ステークホルダー
ダイアログ2023
サステナビリティを事業戦略の中核に据えた企業のあり方とは
富士通では、様々なステークホルダーからの意見を経営に活かすため、2010年から外部有識者の方々とのダイアログを実施しています。2023年8月に開催されたダイアログでは、2名の有識者と「サステナビリティを事業戦略の中核に据えた企業のあり方とは」をテーマに、意見を交わしました。
参加者
帝人株式会社
代表取締役社長執行役員 CEO
内川 哲茂 様
1990年入社、2017年帝人グループ執行役員、マテリアル事業統轄補佐 兼 繊維・製品事業グループ長付(技術生産構造改革担当)、2020年複合成形材料事業本部長、2021年4月帝人グループ常務執行役員、マテリアル事業統轄、同年6月取締役常務執行役員、2022年4月代表取締役社長執行役員 CEO(現任)
Wholeness Lab代表
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主任研究員(併任)
青木 志保子 様
専門は環境学。東京大学大学院 新領域創成科学研究科環境システム学修士課程(環境学修士)修了後、地方自治体職員、NGO職員、NPO職員、大学研究者を経て2021年より環境負荷の定量化(LCA)と次世代のライフスタイルを創造するWholeness Lab代表。その他、東京大学大学院 新領域創成科学研究科環境システム学後期博士課程在籍、特定非営利活動法人ミラツク 研究員(非常勤)等
富士通
ステークホルダーダイアログの内容(概要)
はじめに~自己紹介/事業・取り組みについて~
CSuO梶原(以下、梶原)
CSuO(Chief Sustainability Officer)として、サステナビリティ経営の実践を推進しております。パーパス実現に向けて当社の注力する課題をより明確にするため、今年度マテリアリティを改定しました。『必要不可欠な貢献分野』として「地球環境問題の解決」「デジタル社会の発展」「人々のウェルビーイングの向上」の3つを掲げています。
また、事業を支える「持続的な発展を可能にする土台」においては、価値創造の源泉として「テクノロジー」「経営基盤」「人材」を強化し、新たなビジネスモデルやイノベーションの創出を支えています。
SEVP 高橋(以下、高橋)
2021年に富士通に入社し、今年度よりグローバルビジネスソリューションビジネスグループ長として、Fujitsu Uvanceを牽引しています。クロスインダストリーによる社会課題の解決に向けて、業種間をつなぐソリューションやサービスをグローバルに展開しています。帝人様との「資源循環における環境価値化実証プロジェクト」をはじめ、グローバルでお客様との共創ビジネスを推進しています。今後、ESG経営プラットフォームの展開を予定しており、Scope3までの可視化とシミュレーション、AIやブロックチェーンを活用したレコメンデーションを通じ、サーキュラーエコノミーの形成によるGHG(温室効果ガス)削減も目指していきます。
SEVP 島津(以下、島津)
入社以降、システムエンジニアとしてお客様のシステム構築に携わってきました。2015年よりクラウド、ネットワーク、データセンター、保守に関わる事業と海外オフショアを中心としたサービスデリバリを担当しています。さらに、2022年より英国に拠点を移し、Fujitsu UvanceのHorizontal領域を推進しています。推進上の課題として意識していることはセキュリティ脅威への対応、地政学リスク、グローバルでのエコシステムの広まりに伴う事業リスクへの対応、成長領域や進化するテクノロジーに追随できる人材確保とリスキル、全社方針・アクション・ガバナンスの浸透、そしてデータドリブンな経営判断を実現する基盤の確立です。
帝人 内川様(以下、内川)
2022年に代表取締役社長CEOに就任しました。当社は1918年にレーヨンの商業生産から始まり、現在はマテリアル、繊維・製品、ヘルスケアに関する事業を展開しています。サステナビリティへの取り組みでは、「未来の社会を支える会社」を目指し「環境価値ソリューション」「安心・安全・防災ソリューション」「少子高齢化・健康志向ソリューション」を事業として推進しています。高機能素材のケイパビリティを活用したマルチマテリアル化による高付加価値用途へのビジネス変革や、サプライチェーン全体の環境負荷低減といったサステナビリティ(持続)から、リジェネレーション(再生)実現に向けた新たなソリューション開発を進めています。「資源循環における環境価値化実証プロジェクト」は素材産業起点でのサーキュラーエコノミーおよび信頼できるリサイクル素材の普及を目標として、今後はさらに対象範囲を拡大していきます。
Wholeness Lab 青木様(以下、青木)
環境学を専門としており、地方自治体やNPOにも所属していました。現在は環境価値の定量化(LCA*1)から企業の新規ビジネスに向けた支援と研究を行っています。今後求められるサステナビリティの要素は、①LCAを用いた定量化による守りと攻め、②効率性や脱物質化に続いて充足性*2の追求、③個々人が持ち得る環世界*3を意識・理解し発揮すること、と考えています。サステナビリティは、環境だけでなく社会や人権など多岐にわたり、その評価軸が今後ますます増える傾向にあります。このような背景やDE&Iの観点からも、環世界を重層的に持てるかがキーと言えます。企業としては、多様な従業員の観点を持ち合わせること、つまり従業員それぞれの環世界を活かすことで、イノベーション創出などに先手を打つことが可能となります。
- *1製品やサービスを原材料採取から、材料入手、製品製造、輸送、使用、廃棄、リサイクルに至るまですべてのライフステージを範囲として環境負荷および影響の観点から定量的に評価すること。
(文献:『LIME2 意思決定を支援する環境影響評価手法』 産業環境管理協会、『演習で学ぶLCAライフサイクル思考から、LCAの実践まで』㈱シーエーティ) - *2最適な健康、幸福、幸福のために必要かつ十分な量の適切な量の物質的財やサービスを消費すること
(文献:P.-M. Boulanger,2010 ‘Three strategies for sustainable consumption’) - *3普遍的な時間や空間も、動物主体にとってはそれぞれ独自の時間・空間として知覚されているという生物学の概念(文献:『生物から見た世界』ヤーコプ・フォン・ユクスキュル著)
サステナビリティを充足性から捉える
高橋
充足性戦略について、企業において経済合理性との兼ね合いから、もう少し具体的にどのような取り組みをすればよいかご提案いただけますか。
青木
充足性とは、人間の福利を満たすレベルに十分な程度の経済発展や消費の在り方を望む考え方です。「移動」を例にあげると、オランダでは移動の必要性を問いながら、移動手段は車ではなく歩くことの優位性や効果を考えた上で歩行に適した街づくりをしています。消費者の価値観から変えていく視点が必要です。
時田
充足性戦略は国や地域の慣習や倫理観などを含めて考慮する必要があり、グローバル企業にとっては各国で慣習や倫理観が異なる中、全社的な戦略が立てにくいという難しさがあります。一方、サステナビリティの事業化はスケールが必要であり、他者と共感の輪でつながりグローバルで進められるかが重要だと考えます。
内川
当社が目指す化学業界におけるサステナビリティは、環境負荷低減のみならず再生事業にも取り組むべく、その両方のバランスを取りながら実践しようとしています。しかしながら、各国の慣習や倫理観の違いから、欧米の化学メーカーとは再生事業の重要性を共通認識するまでに至っておらず、一事業体だけでは成立できない難しさを感じます。
サステナビリティを推進するためのデータ可視化
時田
気候変動は世界中において待ったなしの状況であることは誰しもが認識するところですが、それぞれの国の事情、例えば、いわゆるグローバルサウスと呼ばれる国々の状況などを鑑みると、貧富の差、ヘルスケア、水問題などがより優先課題であることも事実です。SDGsの17のゴールはそれぞれトレードオフになり得るので、本当に良い世界とは何か、SDGsのゴールは一体何なのかを常に考える必要があります。
島津
サステナビリティには様々な視点があり、企業の取り組みに正解はないと思います。LCAを用いた定量化として、紙ストローとプラスチックストローの地球環境への影響度は、ある視点では大きいが、違う視点では小さいという事例を青木様にご説明いただいたように、企業がどちらかを採用する際に、どの視点をサステナビリティにおける軸と捉えて意思決定するかが重要だと考えます。
青木
おっしゃる通り、LCAでの定量化含め、推進上の軸となる考え方は必須となります。紙ストローは、一見して自然素材なので環境に配慮されているように見なされていますが、実は環境負荷が大きくなってしまう評価項目があるというように、私たちも気付かないうちにサステナビリティウォッシュになってしまう可能性があります。
内川
私も同感です。SDGsのゴール自体に焦点を当てるのではなく、そこにコミットする企業が様々な観点で、ルールや優先順位の変化に対して適用していくことを意思表明することが重要だと考えます。特に環境問題には様々な評価軸がある中で、企業は何を拠り所に取り組めばいいかという点においては、富士通との共創ビジネスのようなデータの可視化が重要な役割を果たします。誰も取り残さないようなICTの実現を期待したいです。
時田
あるアカデミアの方から、当社への期待として、デジタルツイン技術で地球上の全海洋をシミュレーションしてほしいとお話しいただいた事があります。SDGsを推進する上でのルールや評価軸の整備については、サイバー空間上で地球全体を再現し、施策をシミュレーションするくらいでないと難しいと考えており、すぐに実現可能かは別としても、これはDX企業である当社の使命でもあります。
内川
最先端技術を有しており、かつ、サステナビリティをコミットされている富士通に先陣を切っていただけるのではないかと期待をしています。化学メーカー含め各企業はアプリケーション側にしかなり得ないため、データをどう活用するか取り決めをした上で、共通のプラットフォームを構築していただき、多くの企業が活用できている姿を目指していただきたいと考えます。
時田
それには、いかに多くのお客様のアプリケーションをプラットフォームに載せていただけるかが前提になります。地球規模の問題にはクロスインダストリーでの取り組みが必要であり、当社のプラットフォームに載せるかどうかは別としても、全業種で共通のデータを活用し、共通のルールでデータを作り出すもしくは収集し、同じ手法で分析し、開示していく必要性を感じています。
高橋
共通のルールでデータを収集・分析・開示していくには、各企業で手を取り合いながらエコシステムを形成することが必要であり、当社も日々多くのお客様に提案しています。社内のコンセンサスが難しいお客様に関しては、私たちも一緒に各部門を訪問させていただきながら、データ活用の重要性をご説明しています。
青木
LCAにおいてもデータの開示と共有が必要です。しかしながら、企業側からすると、なかなか根幹的な技術情報を共有しづらいというのが現状です。各社で共通の目的を持って、データをシェアしていこうという気運が高まることを期待しています。
時田
今年1月に開催されたダボス会議の、グローバルIT企業約20社の経営者が参加するセッションでは、我々が、各国の規制等を比較検証するなどして、国を跨る共通ルールや共通プラットフォームの在り方を議論してはどうか、という話もありました。企業の責任ということに照らし目的を持つことで、民間企業で手を取り合って対応していくことは不可能ではないと考えています。競争の源泉というしがらみから一歩踏み出すことで、各企業でのオポチュニティが広がり、企業価値の向上や評価につながるということを見据えられるようになると、この動きも加速していくと考えています。
ダイバーシティの必要性
時田
青木様からご教授いただいた、企業がDE&Iにおいて、環世界を重層的に持ち合わせることが重要であるということに大変感銘を受けました。ダイバーシティを確保しながら、あらゆる視点で事業を推進していくことは、まさにサステナビリティ経営の目指すところです。企業間でのコミュニケーションには、LCAの概念を含めて、サステナビリティの取り組みを開示していく事が必要だと感じます。一方で、企業経営においてリアリティを無視することはできません。理想だけを追えない中どのようにパーパスに近づけるかは、経営の課題としてしっかりと軸に入れなければいけないと考えます。テクノロジー企業としては、先程お話したような、地球全体をサイバー空間に再現するという目標は、エンジニアとして非常に大きな挑戦ですが、それを目指して進めば、何かしら皆様のお役にも立てるのではと考えています。
島津
ダイバーシティを意識しながら、企業や社会がどうあるべきかという価値観を共有することにより、その価値観に共感する企業、団体、国などが集合体となってエコシステムの形成につながっていくと考えます。まさに帝人様のようなリジェネレーションの実現に向けたビジョンを実践されているお客様と連携できると、サステナビリティの実現は加速していくでしょう。
内川
サステナビリティの実現には、企業のパーパスや課題解決の方向性に共感する人たちが集まらないと成し得ないことですし、環世界の考え方は企業自体がモチベートするために必要なものと感じています。世の中の社会課題に対応している企業と連携しようとする時に、しっかりとそれらを開示できている企業を必然的に選んでいこうとするでしょう。
おわりに
梶原
本日は貴重なお話しをありがとうございました。内川様からは事業とサステナビリティの両立を軸に、帝人様ならではの経験と知見をご共有いただき、青木様からは、何をもってサステナブルといえるか、LCAをはじめとするツールを用いて環境負荷を定量化することの重要性など示唆に富んだご意見をいただきまして、当社としても大きな学びとなりました。最後に、当社への期待を含めて、内川様、青木様よりコメントをお願いします。
内川
最先端テクノロジーを駆使しながらSDGsが掲げている「誰も取り残さない」ための産業界共通ICTプラットフォームを構築いただけることを期待しています。富士通とのさらなる連携を目指して、当社も様々なアプリケーションを構築していきたいと考えています。
青木
富士通の多様な人材によるイノベーションとテクノロジーによって、より彩り豊かなサステナビリティの世界を実現できることを期待しています。
時田
内川様、青木様それぞれのお立場から非常に示唆に富んだご意見をいただきました。当社のFujitsu Wayの大切にする価値観の先頭は「挑戦」です。当社の「挑戦」に対して、大きな「信頼」を寄せていただき、また、賛同いただける企業と共に成長しながら、その姿を示すことで、「共感」の輪を広げて世界を持続可能にしてきたいと考えています。ステークホルダーの皆様との対話を通して、さらにその輪が広がっていくことを期待しています。お二人からのご示唆や期待を当社の経営に反映・実践してまいります。
本日は貴重なご意見をいただきありがとうございました。