電子処方箋をめぐる誤解を解く──本質は「情報共有基盤」という視点
掲載日:2025年12月25日
電子処方箋の運用が2023年1月に開始されてから2年以上が経過しましたが、医療機関における導入率は依然として低調です。2025年10月時点で薬局の導入率が約86.5%に達する一方、病院は17.3%、医科診療所でも23.3%にとどまっています。
当初政府が掲げていた「2025年3月までの概ね全国普及」という目標には未達であり、現在は電子カルテと一体的に「2030年までに患者の医療情報を共有するための電子カルテを整備するすべての医療機関への導入」 という新たな目標へと方針転換されました。
図1.電子処方箋・電子カルテの目標設定
この導入の遅れについて、多くの医療機関からは「システム導入・改修費用が高額」「導入する経済的メリットを感じない」といった声が聞かれます。確かに、目先のコスト対効果だけを見れば、導入に二の足を踏むのも無理はありません。
しかし、こうした認識の背景には、電子処方箋の本質に対する根本的な誤解があるのではないでしょうか。
本稿では、電子処方箋を単なる「紙のデジタル化」としてではなく、医療DXの中核をなす「情報共有基盤」として捉え直し、その真の価値とこれから創出される新しいエコシステムについて考察します。
1.オンライン資格確認との違い──リアルタイム性がもたらす本質的な価値
電子処方箋を理解する上でまず押さえておきたいのが、すでに多くの医療機関で導入されているオンライン資格確認による薬剤情報確認との違いです。この違いを正しく理解することが、電子処方箋の真価を見極める第一歩となります。
オンライン資格確認で閲覧できる薬剤情報は、レセプト情報をベースとしています。レセプトは診療月の翌月10日に医療機関から保険者に提出され、審査を経て支払基金や国保連合会のデータベースに登録されます。そのため、実際の処方から情報が参照可能になるまでに、最長で1ヶ月と10日程度のタイムラグが発生します。
図2.オンライン資格確認における各情報の閲覧期間
例えば、患者が3月1日に他院でA薬を処方されたとします。この情報がオンライン資格確認で参照できるようになるのは、早くても4月中旬頃です。もし患者様が3月中旬に別の医療機関を受診した場合、医師はA薬が処方されている事実を把握できないまま、類似の薬剤や併用禁忌の薬剤を処方してしまうリスクがあります。慢性疾患で複数の医療機関を受診する患者ほど、このリスクは高まります。
これに対し、電子処方箋は「電子処方箋管理サービス」を通じて、処方情報がリアルタイムで登録・共有されます。医療機関が処方箋を発行した瞬間に情報が登録され、薬局で調剤が完了した時点でその結果も即座に反映されます。このリアルタイム性こそが、電子処方箋の最も重要な特長です。
図3.電子処方箋の概要
先ほどの例で言えば、3月1日にA薬が処方された情報は即座に電子処方箋管理サービスに登録されるため、患者が3月中旬に別の医療機関を受診した際、医師はその場でA薬の処方状況を確認できます。これにより、重複投薬や併用禁忌を未然に防ぐことが可能になります。
このタイムラグの問題は、現場の医療従事者の間でも大きな課題として認識されており、「オンライン資格確認だけでは実用的なメリットが感じられない」という声が多く聞かれる理由の一つとなっています。
2.電子処方箋の真価──本質は「紙のデジタル化」ではなく「処方情報の共有基盤」
電子処方箋は、医師・歯科医師が処方した薬の情報を電子処方箋管理サービスを通して薬剤師に伝達し、薬剤師からも調剤した薬の情報を登録・管理できる仕組みです。厚生労働省の紹介ホームページにおいても、電子処方箋の機能として最も強調されているのは、重複投薬や併用禁忌の自動チェック機能です。
ここで注目すべきは、電子処方箋という名称から連想される「処方箋という紙をデジタル化したもの」という理解は、その本質を捉えていないという点です。電子処方箋の本来の目的は、処方箋の電子的な伝達ではなく、「処方情報の共有」にあります。むしろ、その機能は「お薬手帳」に近いと言えるでしょう。
お薬手帳は、患者が複数の医療機関や薬局を受診・利用する際に、過去の薬歴を共有し、重複投薬や薬物相互作用を防ぐためのツールです。電子処方箋は、このお薬手帳の機能を、国が管理する電子処方箋管理サービスという公共インフラを通じて、よりリアルタイムかつ確実に実現するものと捉えることができます。
実際、電子処方箋の重複投薬等チェックは、患者の同意の有無に関わらず、処方内容を確定するタイミングで自動的に実行されます。医療機関では処方時に、薬局では処方箋受付時に、過去の処方・調剤情報と突合し、同じ成分の薬剤の重複や、医薬品の添付文書で「併用禁忌」と定義されている薬剤の組み合わせがないかがチェックされます。
この仕組みにより、たとえ患者が申告を忘れたり、お薬手帳を持参しなかったりした場合でも、医療機関と薬局の双方で安全性のチェックが働くことになります。これは、従来の紙ベースのお薬手帳やオンライン資格確認では実現できなかった、電子処方箋ならではの価値です。
3.電子処方箋の導入状況──薬局と医療機関の大きな乖離
電子処方箋の導入状況を見ると、薬局と医療機関の間に大きな乖離があることが明らかです。2025年10月時点で、薬局の導入率は約86.5%に達している一方、病院は17.3%、医科診療所でも23.3%にとどまっています。なぜこのような差が生じているのでしょうか。
図4. 電子処方箋の導入状況
薬局における高い普及率の背景
薬局における電子処方箋の導入が進んだ理由の一つは、薬局が「受ける側」であるという構造的な要因にあります。医療機関が電子処方箋を発行し始めた際に、それを受け取れる体制を整えておかなければ、患者に不便をかけることになります。そのため、多くの薬局は、地域の医療機関の動向を見ながら、早期に導入を決断しました。
また、薬局にとって電子処方箋の導入は、単なる業務のデジタル化を超えた価値があります。電子処方箋管理サービスに登録されている情報を用いてチェックすることで、他施設で処方・調剤された薬剤との重複や、併用禁忌の関係にあるかを事前に把握することができます。これは、薬剤師の専門性を発揮し、患者様の安全を守る上で極めて重要な機能です。
医療機関における低い導入率の理由
一方、医療機関での導入が進まない理由としては、以下のような点が挙げられます。
病院においては、「システム導入・改修費用が高額であるため」「導入する経済的メリットを感じないため」が上位の理由として挙げられています。医科診療所においても、「システム導入・改修費用が高額であるため」が主な理由となっています。
さらに、「五月雨式の開発が続き、『現時点での導入は得策ではない。もう少し待って機能が固まってからのほうが、無駄な追加コストが抑えられるのではないか』と考えている」「病院経営が非常に苦しい状況にあり、導入・運用コストの捻出が困難である」という指摘もあります。
こうした状況を踏まえ、政府は2025年7月1日に新たな目標設定を行うとともに、補助金の期間延長や診療報酬上の対応など、導入促進に向けた取り組みを強化しています。
図5.電子処方箋に関する新たな目標設定
図6.電子処方箋管理サービス補助金の補助対象期間延長について
4.すでに享受できるメリット──8割以上の薬局が接続する情報共有基盤
医療機関における電子処方箋の導入率が低い一方で、実は当の医療機関はすでに電子処方箋のメリットを部分的に享受できる状況にあります。この事実は、多くの医療関係者に十分に認識されていません。
薬局の8割以上が電子処方箋に対応している現実
前述の通り、2025年10月時点で薬局の導入率は約86.5%に達しており、2025年度中には概ね全ての薬局での導入が見込まれています。これは何を意味するのでしょうか。
薬局が電子処方箋に対応しているということは、その薬局で調剤された処方情報が速やかに電子処方箋管理サービスに登録されるということです。つまり、医療機関が電子処方箋ではなく、紙処方箋を発行していたとしても、患者が電子処方箋対応薬局で調剤を受ければ、その情報は国の管理サービスに蓄積されていきます。
これは、8割以上の処方情報がすでに国の電子処方箋管理サービスには登録されているという、極めて重要な事実を示しています。
医療機関が電子処方箋システムを導入し、この管理サービスに接続すれば、すでに蓄積されている膨大な処方・調剤情報にアクセスできるようになるのです。
重複投薬や併用禁忌のアラートが活かされた実績
実際に、電子処方箋の重複投薬等チェック機能によって、重大な薬物有害事象が未然に防がれた事例が多数報告されています。
ある薬局では、初めて来局した患者の電子処方箋を受け付けた際、システムが併用禁忌のアラートを発しました。確認したところ、患者は別の医療機関で処方された薬を服用中であり、その薬との組み合わせが禁忌であることが判明しました。薬剤師がすぐに処方医に疑義照会を行い、処方内容が変更されたことで、重大な健康被害を防ぐことができました。
また、複数の医療機関を受診している高齢患者において、同じ成分の薬が重複して処方されていることが電子処方箋のチェック機能で発見され、処方の見直しにつながったケースも多く報告されています。これは医療費の適正化にも貢献しています。
こうした事例は、電子処方箋が単なる業務効率化のツールではなく、患者安全を守るための重要なインフラであることを示しています。医療機関が電子処方箋システムを導入することで、処方時にこれらのチェック機能を活用でき、より安全な医療を提供できるようになります。
5.新しく出てくる動き──公共インフラと民間サービスの融合
電子処方箋という公共インフラが整備されることで、その上で展開される民間の新しいサービスが次々と生まれています。これは、電子処方箋がもたらす最も大きなインパクトの一つです。
オンライン薬局サービスの登場
2024年夏頃から大手薬局チェーンや大手ショッピングサイトにより、オンライン服薬指導から処方薬の配送まで利用できる、いわゆる「オンライン薬局サービス」が日本で本格的に開始されました。患者は、スマホアプリから、利用している「オンライン薬局サービス」に登録されている薬局で薬剤師によるオンライン服薬指導を受け、処方薬を自宅など指定の住所に配送、または薬局の店舗で受け取れます。
このサービスが実現できたのは、電子処方箋という公共インフラが存在するからです。患者が医療機関で電子処方箋を交付されれば、その情報はクラウド上の電子処方箋管理サービスに登録されます。患者はアプリ上で薬局を選択し、オンライン服薬指導を予約するだけで、自宅で薬剤師の説明を受け、薬を受け取ることができます。
慢性疾患などで定期的に処方薬を必要としている患者や、移動や待ち時間の手間を減らしたいお子様を持つ方などに特におすすめのサービスとされており、高齢者や育児中の方、多忙なビジネスパーソンなど、幅広い層のニーズに応えるサービスとなっています。
アインホールディングス、ウエルシアホールディングス、日本調剤など、大手薬局チェーンがこのサービスに参画しています。地域の中小薬局にとっても、大手プラットフォームと連携することで、立地に関係なくオンライン上で患者との接点を作れるという新しい可能性が開かれています。
お薬手帳アプリやPHRとの連動
電子処方箋のもう一つの重要な展開が、お薬手帳アプリやPHR(Personal Health Record)との連携です。
2023年1月の電子処方箋の運用開始に伴い、利用者においてもマイナポータルによるレセプトに基づく薬剤情報に加え、電子処方箋管理サービスに基づく処方・調剤情報を閲覧することができるようになっています。
さらに、多くのお薬手帳アプリが、マイナポータルとのAPI連携機能を実装しており、電子処方箋の処方・調剤情報を自動的にアプリに取り込めるようになっています。これにより、患者は自分の服薬情報を一元的に管理し、いつでもスマートフォンで確認できるようになります。
また、お薬手帳アプリの中には、単なる服薬記録だけでなく、血圧や血糖値などのバイタルデータを記録できる機能や、服薬アラート機能、市販薬やサプリメントの情報管理機能など、総合的な健康管理ツールとしての機能を持つものも増えています。
このように、電子処方箋という公共インフラが整備されることで、その上で民間企業が創意工夫を凝らした新しいサービスを開発し、患者の利便性や健康増進に貢献する、というエコシステムが形成されつつあります。
これは、単に「紙がデジタルになった」という次元を超えた、医療の在り方そのものを変える可能性を秘めた「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」の動きそのものと捉えることができます。
6.今後の展望──補助金制度と新たな目標設定
電子処方箋の導入を促進するため、政府は複数の補助金制度を用意しています。
補助金制度の概要
令和7年度の補助金に係る資料として、医療情報化支援基金等が示されています。従来、令和7年(2025年)9月30日までとしていた期限は、初期の基本導入範囲からリフィル処方箋や院内処方機能の追加導入など、それぞれのケース毎に区分を設けて延長されています。
図7. 電子処方箋補助金の区分別補助概要
厚生労働省が発出した電子処方箋の新目標
当初、政府は「2025年3月までに概ね全国の医療機関・薬局への普及」を目標としていましたが、この目標は達成となりませんでした。そのため、電子処方箋については、電子カルテ/共有サービスと一体的な導入を進めることとし、「患者の医療情報を共有するための電子カルテを整備するすべての医療機関への導入を目指す」という新たな目標が設定されました。
電子カルテについては、「遅くとも2030年には概ねすべての医療機関において必要な患者の医療情報を共有するための電子カルテの導入を目指す」こととされており、電子処方箋もこれと一体的に普及を図る方針です。
この方針転換の背景には、電子処方箋の導入を進めるには電子カルテが導入されていることが重要であるという認識があります。実際、調査によると、電子カルテを利用している医療機関の方が電子処方箋の導入率が高いことが明らかになっています。
さらに、病院の電子カルテシステム等の医療情報システムについて、カスタマイズ等による高コスト構造になっている現行のオンプレミス型から、いわゆるクラウド・ネイティブなシステムへと移行するべく、国は、2025年度中目途に、標準仕様(基本要件)を策定することとしています。
つまり、電子処方箋の普及は、単独の施策ではなく、クラウドネイティブな電子カルテの普及、電子カルテ情報共有サービスへの対応、そして医療DX全体の推進という、より大きな文脈の中に位置づけられているのです。
7. 結び──情報共有基盤としての電子処方箋の未来
電子処方箋は、単なる「紙の処方箋のデジタル版」ではありません。その本質は、全国の医療機関と薬局をつなぐ「処方情報の共有基盤」であり、患者安全を守り、医療の質を向上させるための重要なインフラです。
現時点で医療機関の導入率は低いものの、薬局の8割以上がすでに電子処方箋に対応しており、膨大な処方・調剤情報が電子処方箋管理サービスに蓄積されています。医療機関が電子処方箋システムを導入すれば、この情報にアクセスでき、重複投薬や併用禁忌のチェック機能を活用して、より安全な処方が可能になります。
さらに、電子処方箋という公共インフラの上で、オンライン薬局サービスや、PHRと連携したお薬手帳アプリなど、民間企業による革新的なサービスが次々と生まれています。これらのサービスは、患者の利便性を大きく向上させ、医療のアクセスを改善する可能性を秘めています。
政府は、電子処方箋の普及を、クラウドネイティブな電子カルテの導入や電子カルテ情報共有サービスとの一体的な取り組みとして位置づけ、2030年までの全医療機関への普及を目指しています。これは、日本の医療全体がデジタルトランスフォーメーションを遂げ、質の高い医療を効率的に提供するための、壮大なビジョンの一部なのです。
医療機関経営者の皆様には、電子処方箋を目先のコストやシステム更新の負担としてではなく、未来の医療エコシステムに参画し、患者様により安全で質の高い医療を提供するための戦略的投資として捉えていただきたいと思います。補助金制度も充実している今こそ、導入を検討する絶好の機会と言えるでしょう。
筆者プロフィール
アクレインシステム株式会社 代表取締役 堀江 宙
<略歴>
2002年〜 情報システムベンダーの医療IT部門にて電子カルテ、レセコン等システム提案を担当。
2018年 アクレインシステム株式会社を独立起業。
医療・ヘルスケア分野のICT活用に特化したコンサルティング、セミナー講師等の事業を展開。
日本医療情報学会認定 上級医療情報技師
医療情報安全管理監査人協会 認定医療情報システム監査人補
日本プライマリ・ケア連合学会 ICT診療委員
参考:https://acranesystem.com/profile/
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