病院経営で大切なことは?
黒字化への基本的アプローチを徹底解説
【2.戦略策定編】

掲載日:2024年9月30日

病院経営は今後、「自院のやりたい医療」から「行政・地域・患者に求められる医療」へと経営戦略を転換していくことが求められます。本稿では、医療機関が経営戦略を策定する際の基本的な考え方を解説します。(表1)

表1. 本コラム(全3回シリーズ)の全体像

1.環境分析編 2.戦略策定編 3.収支改善編​
概要 市場機会やリスクを踏まえた意思決定を行うために病院が行う外部環境・内部環境分析について解説します。​ 「自院のやりたい医療」から「行政・地​域・患者に求められる医療」へと転換す​るための経営戦略を策定する際の基本的​な考え方を解説します。 収支を改善するための病院収支構造の理解と、その改善に向けた考え方について​解説します。
主な​フレイムワーク​ ・外部・内部環境分析​
・エリア分析​
・3つの基本戦略
・MVV
・組織改革と7S
・病院の収支構造​
・患者数増加へのアプローチ​
・単価向上へのアプローチ

1. 3つの基本戦略とは

マイケル・ポーターが提唱した3つの基本戦略は、企業が競争優位を築くための方法として広く知られています(図1)。

図1. マイケル・ポーターが提唱した3つの基本戦略

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出典:Porter, Michael E. Competitive Strategy:Techniques for Analyzing Industries and Competitors. Free Press, 1980.を基に作成

1-1. コストリーダーシップ戦略:

企業が業界内で最も低いコストで製品やサービスを提供することで、価格競争力を高める戦略です。規模の経済や効率的な運営を活用し、コストを抑えることで競争優位を確立します。

1-2. 差別化戦略:

競合他社とは異なる独自の製品やサービスを提供することで、顧客に対して付加価値を提供する戦略です。品質、デザイン、ブランド、カスタマーサービスなどで他社と差別化を図り、顧客の忠誠心を高めます。

1-3. 集中戦略:

特定の市場セグメントに焦点を当て、そのニーズに特化した製品やサービスを提供する戦略です。市場の一部にリソースを集中させることで、競争力を高め、その分野での優位性を追求します。集中戦略はさらに、コストに重点を置く「コスト集中戦略」と、差別化に重点を置く「差別化集中戦略」に分かれます。

これらの戦略は、企業が競争力を発揮し、業界内でのポジションを強化するための基本的なアプローチです。

2. 大病院と中小病院でとるべく戦略は異なる

2-1. 大病院の場合

理論上、規模が大きくなるほど単位当たりのコストが下がる「規模の経済」が働くとされています。しかし、病院においては、規模が大きくなると部門や診療科の数が増え、サイロ化しやすくなります。また、医師や看護師などのスタッフの人件費や採用コストが増えるほか、近年では特に医薬品の価格が上昇しており、単純に規模の経済を期待するのは難しい状況です。そのため、規模を活かした購買での価格交渉力や効率的な管理部門の運営など、規模に見合ったコスト管理が重要となります。また、大病院の場合、DPC/PDPSの機能評価係数Ⅱにおいて、カバー率係数や地域医療係数の体制評価係数などは病床規模が大きいほど取りやすい傾向があるため、急性期では規模が大きいほど有利になる可能性があります。
大病院では、その地域の急性期患者を集め、スケールメリットを活かした「コストリーダーシップ戦略」が選択されることになります。

2-2. 中小病院の場合

地域の医療を支えているのは公的、公立、民間を問わず中小規模の病院である場合も多く、在宅や介護など、地域包括ケアシステムに対する期待は高くなっています。地域医療構想では、今後も急性期から回復期への機能転換が求められる中で、中小規模病院の役割はますます重要になっています。こういった環境の中で、大病院のように規模で競争優位性を示すことができない中小病院が目指すべき戦略に「差別化集中戦略」があります。

補足:自院の強みを考える

自院を分析するとき、その強みは何かを考える必要があります。中小規模病院の場合、高度な救急医療やロボット手術のような目立つものではなく、リハビリテーションや在宅復帰支援など、地域包括ケアシステムにおける重要な役割をすでに担っていることが多く、この点は大病院にはない強みであると言えます。こういった強みを活かした差別化集中戦略のモデルとして、仮想のA病院の例を基に考えてみます。

モデルケース:A病院

概要

  • 50~99床規模のケアミックス型。
  • 急性期病床(一部地域包括ケア病床を含む)と医療療養病床を持つ。

地域の環境

  • 後期高齢者の増加に伴い、医療需要が増加。
  • 特に急性期後の在宅医療、介護、生活支援の需要が高まっている。

自院の強み

  • 急性期・回復期・慢性期・看取りまでの医療を提供している。
  • 地域リハビリテーションの推進など、地域での活動。

自院の課題

  • 急性期病床の稼働率の低下に伴う収益の伸び悩み。
  • 生産年齢人口の減少に伴う看護師の確保困難。

経営戦略を考える際には、まず同じ診療圏内の競合状況や地域の医療ニーズを分析することが重要です。特に都市部では、地域包括ケア病床が不足している傾向があります。そのため、今後の戦略として、急性期病床から地域包括ケア病床への転換を検討することが選択肢の一つとなります。急性期については、地域のほかの病院と役割を分担し連携することで、自院はポストアキュート機能や在宅復帰支援、在宅医療を受ける患者へのサブアキュート機能を強化することができます。これにより、回復期リハビリテーション病床への入院対象外となる患者も、より積極的に受け入れることができ、強みであるリハビリテーション機能を十分に活用できるようになります。

このように、特定の領域に集中しながら人的リソースを効率的に活用する戦略を「差別化集中戦略」と呼びます。同一診療圏内で回復期リハビリテーションが不足している場合には、回復期リハビリテーション病床への転換も選択肢の一つとなりますが、リハビリテーションスタッフの確保は容易ではないため、慎重な判断が必要です。

3. 戦略を実行するために必要なこと

差別化集中戦略を実行するためには、さらに病院全体の経営戦略や組織文化の整備が重要です。これにより、組織全体が一致団結して目標達成に向けた活動が可能となります。このために必要な組織マネジメントの考え方として、MVV経営を紹介します。

3-1. MVV(Mission、Vision、Values)

病院経営の根幹を成すのがMVVです。Mission(理念)は病院の存在意義を示し、Vision(ビジョン)は将来の目指すべき姿を描きます。Values(価値観)は組織の行動指針となります。これらが明確であることで、組織全体が一体感を持ち、目標達成に向けて一致団結することが可能となります。
例えば、ある病院のMissionが「地域住民の健康を守ること」であれば、そのVisionとして「地域で最も信頼される医療機関になること」が設定されるかもしれません。そして、このVisionを達成するために、「患者中心のケア」「継続的な医療の質向上」「チームワークと協力」といったValuesが掲げられるでしょう。

これらのValuesに基づき、具体的な戦略が策定されます(図2)。さらに、戦略の実行状況を評価するためにKPI(Key Performance Indicator)が設定されます。

図2. 経営戦略策定の全体像

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補足:組織構造からみた病院の特徴

病院の組織構造は、院長を頂点とするヒエラルキーを重んじる階層型組織と、医師、看護師、薬剤師など職種ごとの価値観を重んじる職種別・部門別の組織が絡み合ったマトリックス型組織が特徴です。このような組織では、経営層や事務部門が決めた意思決定を上意下達で伝達することは難しく、戦略の実行段階で職種・部門間で方針がバラバラになりやすいことが課題として挙げられます。
そのため、病院経営者は、Mission(理念)を幹部職員やスタッフに繰り返し伝えていくことが重要です。病院が目指す姿やその実現に必要な価値観を共有し、各部門で具体的にどう行動に落とし込むべきかについてスタッフに浸透させることが求められます。

3-2. KPIの設定

次に重要なのは、これらの戦略を評価し、目標を達成するためのKPIを設定することです。KPIは、病院の成長と発展に向けた進捗を具体的かつ測定可能な形で示す指標です。これにより、組織全体が同じ方向を向いて動くことが可能となります。
例えば、Visionに基づいて「次年度までに患者満足度を10%向上させる」というゴールを設定した場合、その達成に向けた具体的な戦略として「スタッフの能力開発の強化」「診療プロセスの改善」「外来診察待ち時間の短縮」などが考えられます。これらの戦略に対応したKPIとして、以下のような指標が設定されます。

考えられるKPIの例

  • 患者満足度:患者満足度アンケートで「非常に満足」と回答した割合を、現在の65%から75%以上に引き上げる。
  • 平均在院日数:急性期患者の平均在院日数を12日から10日以内に短縮する。
  • 外来診察待ち時間:外来患者の診察待ち時間を平均45分から30分以内に短縮する。

これらのKPIを活用することで、戦略の実行度合いを定量的に把握し、必要に応じて改善を図ることができます。

4. 組織改革と7S

新しい戦略を策定し、ゴールを達成するためには、組織改革が不可欠です。変化する医療環境に対応するために、組織全体を見直して改善していく必要があります。ここで有効なフレームワークが「マッキンゼーの7S」です(図3)。7Sは、組織の各要素をバランスよく改革するためのツールとして活用できます。

  • Strategy(戦略):長期的な目標達成のための計画。
  • Structure(組織構造):組織の枠組みと役割分担。
  • Systems(システム):業務を支える手続きやプロセス。
  • Shared Values(共通の価値観):組織全体で共有する信念や文化。
  • Skills(スキル):必要な能力や知識。
  • Style(スタイル):リーダーシップや経営のスタイル。
  • Staff(人材):組織のメンバーとその配置。

図3. マッキンゼーの7S

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出典: Peters, T.J., & Waterman, R.H. (1982). In Search of Excellence: Lessons from America's Best-Run Companies. Harper & Row.を基に作成

戦略が明確に示されても、それが現場で実行に移されるためには、スタッフ一人ひとりがその戦略に共感し、積極的に取り組む意欲を持つことが不可欠です。ここで、7Sの中でも特に重要なのがShared Values(共有の価値観) です。病院においては、病院長や経営層がMission(理念)を共通の価値観として発信することで、組織全体の価値基準が明確になります。Missionは、組織の進むべき方向性を示し、スタッフが一体となって目標に向かうための指針となります。これにより、日々の意思決定の基準が確立され、スタッフのモチベーション向上にもつながります。

また、共通の価値観が浸透することで、スタッフは戦略の背後にある意図や目的を理解し、自らの役割を積極的に果たそうとする意識が育まれます。さらに、地域社会に対しても明確なメッセージを発信することで、患者やその家族、他の医療関係者からの信頼を築くことができるのです。戦略だけでなく、これらの価値観が組織の隅々にまで行き渡って初めて、全員が一体となって目標に向かって進むことが可能となります。

5. 最後に

病院は複雑な構造をもち、多様な価値観をもつ職種が集まる組織です。その中で戦略を策定して人を動かすためには、戦略そのものを伝えるだけではなく、「なぜ私たちはこの医療を行うのか」「今求められている医療は何なのか」を根気強く伝え続け、Missonの実現と戦略の実行に向けて組織全体でアプローチしていくことが重要となります。

筆者プロフィール

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株式会社日本経営 厚生政策情報センター 主幹 森實雅司
臨床工学技士として高度急性期病院で計21年間臨床業務に従事。経営学修士(MBA)取得後、2023年4月に日本経営へ入社し、医療政策情報の発信を担当、病院経営に関する講演や企業研修、医療関連企業のマーケティング支援も行う。

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