医療業界の慣習の扉を開ける、患者と病院をつなぐ
健康管理アプリをデザイン
掲載日 2023年10月3日
掲載日 2023年10月3日
富士通は2021年にFujitsu Uvanceを始動し、7つのKey Focus Areas(重点注力分野)を対象として社会課題の解決に取り組んでいます。7つのKey Focus Areasのうちの一つ「Healthy Living」では、安心安全に医療データを利活用するためのクラウド型プラットフォーム「Healthy Living Platform」を2023年3月に販売開始しました。このプラットフォームで、患者や医師とのインターフェースとなるアプリのUX/UIデザインをデザインセンターが担当し、ソーシャルビジネス事業本部と共に開発を進めました。本記事ではデザインを担当した4名に話を聞きました。
インタビュイープロフィール
デザインセンター ビジネスデザイン部
部署名・肩書は取材当時のものになります。
日本では高齢化社会が加速し、国民医療費の増大が社会問題となっています。将来にわたり持続可能な医療制度と提供体制を確保するためには、疾病の早期治癒や重症化予防が有効であり、患者や家族が自ら日常的に健康や医療に関するデータを活用し、主体的に健康を管理することが重要です。ただ、医療機関によって電子カルテデータの規格が異なることもあり、これまで患者個人が管理できる医療情報は限定的でした。今回ご紹介するHealthy Living Platformは、電子カルテのデータを国際標準規格であるHL7 FHIR形式に変換し、医療情報を利活用するプラットフォームです。
当プラットフォームの企画、開発は、ソーシャルビジネス事業本部で始まり、デザインセンターは2022年4月から参画しました。 札幌医科大学附属病院様がシステム設計や運用を監修しています。標準規格に変換されたデータを利活用する際、患者が使うスマートフォンアプリを「ポータブルカルテ」、 医師が使うWebアプリを「患者ビューワ」と呼んでいます。
「デザインセンターが参画した当初、ユーザーが利用するアプリについては、まだ具体的な検討が進んでいませんでした」 と西田は当時を振り返ります。 櫻井は「まずは検討の元となるイメージを作ることが大切だと考え、想定ペルソナやジャーニーを踏まえて、アプリのビジュアルイメージを制作しました。 事業部との会議で見せたところ『こういうアプリを作りたかった』と納得いただき、会議の空気感も変わったように感じました。 デザイナーの描いたイメージが目指すべきゴールとなり、関係者の意識が揃うきっかけとなりました」と語ります。このとき制作したイメージが、その後のアプリ開発のたたき台になりました。
患者が使うスマホアプリ「ポータブルカルテ」は、幅広い年代の方が使うことを想定しています。富士は「多くの方が見慣れている、一般的なアプリでも使っているパーツを使い、シンプルで見やすいようにデザインしました。今後機能拡充するためにも、ベースは大事な機能を抑えつつスッキリとしたデザインにすることが重要だと考えました」とデザインの意図を説明します。また「FHIRで扱う医療データは膨大で、一部重複している情報もあります。一般の患者さんに、どの情報をどの順番にどう見せたら良いか、デザインセンターがリードして決めました」(櫻井)と、エンジニアとデザイナーが協力して患者自身が医療情報を管理できる国内初のアプリを構築していきました。
アプリのメインメニューは「アクティビティ」「処方」「データ連携」「プロフィール」の4つで、このうちアクティビティでは通院や入院の予定や履歴を見ることができます。富士は「1つの予定・履歴をカード型で見せることで直感的に分かりやすくしました。また、見やすいように外来(緑)と入院(ピンク)で色相の違いが大きい色を使ったり、カラーアクセシビリティに準拠した配色にしたりもしています」と説明します。それぞれのアクティビティの中に、検査、注射、処置、処方の4種を表示しており、治療の経緯を振り返ることができます。
また「普通、通っている病院の数はそれほど多くなく、患者にとっては病院名よりも診療科の方が重要」(西田)と考え、病院名よりも診療科を大きく表示しています。
開発にあたり、事業部との調整は難航したそうです。。西田は「ユーザーのために良いアプリを作りたいという方向性は同じなのですが、安定性やパフォーマンスに重きを置くエンジニアと、使いやすさに重きを置くデザイナーは衝突しがちで、妥協点をすり合わせるために議論になることもありました」と振り返ります。例えば初期案では、ある設定のために10桁以上の数字を入力させる仕様でしたが、製品版ではUIを考慮してQRコードを読み込む機能が追加されました。
逆にデザイナーの意見で機能をシンプルにした例もあります。「当初の企画ではアプリの中にカレンダー機能がありました。しかし多くの方は、スマホの別のカレンダーアプリや手帳など、別の方法でスケジュールを管理しています。デザイナーの提案で代わりにカレンダーアプリとの連携を強化することにしました」(西田)。結果的にUIが向上しただけでなく、コストと時間の短縮にもなりました。
医療情報というデリケートなデータを扱うため、「同意」のUIには細心の注意を払いました。富士は「これから同意をとるという画面にイラストを入れたり、現在の同意状況をいつでも確認、変更できるようにしたりと何度も試作し、特に安心に重きを置いて開発しました。法務部門にもレビューしてもらっています」と、健康データを扱うアプリならではの注意点を語りました。
この画面で表示されるイラストやアプリのアイコンは、新入社員の川村が担当しました。「UI/UXについて勉強しながら、イラストやアイコンをデザインしました。アドバイスをもらって様々なバリエーションを試作しましたが、誤解を与えないようなイラストにするのは難しかったです」(川村)。アイコンは意匠登録出願も行いました。現在ポータブルカルテはiOS版が公開されており、アップル社から情報提供やHuman Interface Guidelinesに沿ったUI/UXのチェックも受けています。また、Android版の開発も進んでいます。
医師が使う「患者ビューワ」もデザインセンターがデザインしました。Web画面の左側には、患者が許可した複数病院の電子カルテ情報が表示されます。右側に表示されるのが、スマートウォッチやスマートフォンなどのデバイスで取得した血圧、歩数、体温などの健康データです。患者が同意すればこれらの健康データがクラウド上のプラットフォームに集約され、医師が閲覧できるようになります。
富士は「医師が左右のデータを参照し、薬の処方が適切か、運動療法が効いているかなどを判断し、治療に役立ててもらうことを想定しています。将来的に多くの病院のデータがプラットフォーム上に集約できれば、重複する検査が削減できたり、患者が健康診断結果を印刷して持参する必要がなくなったりするメリットが期待できます」と説明します。患者ビューワで表示される元データは患者側で見ているポータブルカルテと同じですが、札幌医科大学附属病院様にもご意見をいただいて医師向けに表示方法を変えています。例えば検査結果グラフは、ポータブルカルテでは過去3回分が一目で分かるように、患者ビューワではすべてのデータが表示されます。また「患者ビューワでは、グラフにカーソルを合わせると背景が変わる、クリックすると反転するなどのインタラクションの工夫もしています」(富士)と使いやすさにも配慮しています。
現在、札幌医科大学附属病院様で本稼働に向けてデータ移行などを進めており、段階的に稼働予定です。「札幌医科大学附属病院様では今後、病院から患者さんにアプリを紹介し導入してもらうフェーズに入ります。患者さんにお渡しするアプリの説明チラシや設定ガイドもデザインセンターが作成しました。川村さんのイラストを取り入れ、病院側で編集いただける形でお渡ししています。また説明動画もデザインセンターで制作しています」(富士)。
今後、医師や患者さんにフィードバックをいただいてさらに改善していく予定です。現在デザインセンターでユーザーを対象としたアンケートやインタビューを準備中です。
最後に4人から所感を聞きました。
「入社して初のプロジェクトだったので、UI/UXはもちろんプロジェクトの進め方なども勉強になりました。また私が試作したデザインに対して、富士さんに『この観点でみるとここは良いがここはこう改善したほうが良い』などと多くのアドバイスをいただき、デザインの観点についても学びました」(川村)
「このサービスは診療体験を再構築するような新しい概念のため、医師にとっても新しい体験になります。医師の方々と一緒に考えながら作り上げていくプロセスにやりがいを感じました」(櫻井)
「新規事業であり、業界の慣習に対して新たな扉を開けるようなサービスに関われて楽しかったです。データを利活用する技術は富士通の強みですが、デザインの力でそれを可視化することで付加価値が生まれると思います。技術とデザインの両輪があってこそ、良い製品ができるのではないでしょうか」(富士)
「患者は『病院のお客さん』になりがちですが、これは患者と病院をつないで健康を『自分ごと化』するサービスです。患者やその家族が、これを健康のハブとして活用し、治療や処方を自分で確認し管理することで生活の質が向上するようご支援ができれば嬉しいです」(西田)
今後は、札幌医科大学附属病院様を皮切りに、まずは道内の病院間のデータ連携を進め、その後は全国展開も見据えています。また、将来的には行政機関や自治体の福祉サービス等と連携したり、匿名化した医療データを治療や創薬、保険に活用したりすることも期待されています。日本の医療イノベーションがここから始まろうとしています。