デザイン思考でつながる資格「人間中心設計(HCD)専門家」とは

デザイン思考でつながる資格
「人間中心設計(HCD)専門家」とは



掲載日 2022年2月14日

NPO法人「人間中心設計機構(HCD-Net)」では、「HCD(Human Centered Design)の実践/人を優先したモノ・コトづくりの推進」と、「産学官を横断的につないだ新たな社会形成の推進」に関する活動をしています。
その活動の一つに「人間中心設計プロセスを実践できる専門資格の認定」があります。資格は「専門家」と「スペシャリスト」の2種類あり、富士通内でも様々な部署の従業員が保有しています。今回、富士通デザインセンターの資格保有者のうち、キャリアや担当業務が異なる4人が、HCDの概要や、富士通のビジネスとHCDの関係について座談会を実施しました。「デザイン思考」と、その中核となる「人間中心設計」は単なる思考法や概念ではなくプロセスであり、富士通の掲げるパーパス、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」を実現するためにも必要な視点と言えます。(※この記事は富士通グループ向けに公開した記事に加筆修正しました。)

記事のポイント

  • HCDの実践はユーザーの現場の観察からはじまる
  • HCDの実践は個人ではなくチームで取り組むことが重要
  • HCD・デザイン思考はモノづくりにとどまらず、コーポレートの分野にも適応できる


——— まずはみなさんが、HCDの資格を取得したきっかけを教えてください。

ビジネスデザイン部 善方

善方: 私はもともと心理学が専門でデザイナーではありませんが、富士通の感性工学を研究していた部署からデザインセンターに異動し、ユーザビリティ評価やUI設計の業務に関わってきました。
自分の専門やアイデンティティを人に伝える難しさを感じていた2008年ごろ、HCDの専門家資格認定のことを知り、自分の専門がデザインの「人間中心設計」という領域であることを客観的に示せると思い取得しました。


経営デザイン部 在家

在家: 私はもともとFMV(個人向けPC)のUI/UXデザインを担当しており、そのころにHCDの知識やスキルを社外で学び、その手法をもってらくらくパソコン、らくらくコミュニティの開発を手がけました。
そのあと、富士通研究所(現在は富士通に統合)に出向した時期がありました。研究所は何かの分野の博士や学会の理事という方が多く、その中で「デザイナー」というだけではアピール力が弱い、彼らと対等に話すために名刺に書ける資格が欲しいと思ったのが資格取得のきっかけです。実際、この資格があることで、研究所の方と話しやすくなりました。
最近では社内の教育プログラムの制作にも携わりました。受講者の特性や彼らにどういう価値を届けるかを考えましたが、ここにもHCDのスキルが活きています。


ビジネスデザイン部 富士

富士: 私は社内で社会・公共インフラ分野のプロジェクトを担当する中で、UI/UXのスキルを視覚化したいと思ったのがきっかけです。
HCDの資格には「専門家」と「スペシャリスト」がありますが、まずは2015年に「スペシャリスト」を取得しました。その後、調達仕様に「人間中心設計プロセスを用いて設計・開発する」というプロジェクトが2018年にあり、この時は入札時から参画しました。この案件を通して得た実績から、2019年に「専門家」も取得しています。
官公庁系については、ここ3年くらいは「人間中心設計プロセス」が調達仕様になることが増えてきたので、必須の資格になりつつあるのかなと思っています。


ビジネスデザイン部 揖

揖: 私は他の3人と違って、明確な資格取得のきっかけはありません。
ただ、HCDを活用した業務の経験が長くなってきたので、専門家としての能力があるかの確認とスキルの棚卸を兼ねて専門家の資格を取得しました。
申請時にこれまでの実績をHCDのコンピテンシーに振り分けて記載しますが、自分の実績のある分野、手薄な分野が可視化されて興味深かったです。自分のこれまでのキャリアと今後やるべきことが見え、その後の成長につながったと思います。

実際にユーザーが使う、その現場を見ることから人間中心設計がはじまる

——— HCDの申請・コンピテンシーの話が出ました。それについて教えていただけますか?

善方: HCDの資格は実務経験がある方(専門家:5年以上、スペシャリスト:3年以上)を対象としています。
申請時には過去の実績をHCDのコンピタンスマップのどの項目に該当するのか、振り分けて記載します。ひとつの項目に実績が集中していてもだめで、例えば、専門家ならA群から7項目、B群から3項目必要です。スペシャリストならA群から6項目、B群からは必要ありません。B群では、自分が実践するだけではなく、プロジェクト全体を回したり組織のメンバーに働きかけるスキルも求められます。
もちろん、ひとつひとつの実績の妥当性やHCDの理解度も審査しますが、HCD領域全体のなかで、どれくらいカバーできているのかも資格取得の要件になっています。

2021年度コンピタンス一覧(出典:公開版: HCDコンピタンスマップ 2021年度)

在家: 実際にプロジェクトを回すとなると、自分だけが「人間中心設計」の視点を持つだけでは不十分で、チーム全員がその視点を持たないと、ユーザー中心の製品やサービスはできません。そういう意味でも、デザイナー以外の方みんなに必要なスキルだし役立つ資格だと思っています。

コンピタンスの一覧ですが、初心者ならA11~13(上の図版より、A11.プロトタイピング能力、A12.ユーザーによる評価実施能力、A13.専門知識に基づく評価実施能力)が取り掛かりやすいと思います。まずは自分が作ったものをユーザーが想定通り使えるかテストする、そこでユーザーが使えない、わからない、というのを目の当たりにするのは、勉強のきっかけとしては大きいと思います。

揖: これは、コンピタンスで言うとC1(HCD適用・導入設計能力)の話になりますが、ユーザーテストは開発プロセスの改善のきっかけとしても、とても有効です。デザイナーが改善提案するよりも、ユーザーが目の前で“使えない”のを見るほうがずっと説得力がある(笑)。
どのユーザーも同じところで躓くところを見てもらうと、もう直すしかないですよね。じゃあ、ユーザーに使ってもらえるのを作りましょう、となって、開発プロセスから改善していくケースも多いです。

——— ショック療法ですね(笑)

在家: 実際に目の前でユーザーが使えなくて困っていたら、作った側はすごく焦りますし、「ユーザーテストを繰り返しながらユーザーが使いやすいものを作る」重要性も深く理解できます。

揖: デザイナーにとっても、ユーザーと直接向かい合う時間を持つことは重要です。専門家のバイアスが強くなりますし、定期的にユーザーテストをしないと、勘が鈍るということもあると思います。

在家: 話を戻すと、逆にA8(製品・システム・サービスの要求仕様作成能力)A9(情報構造の設計能力)あたりは、SEの方々にはとっかかりにしやすいと思います 。ここを入口にして、新しいスキルを身に付けるのがいいのではないでしょうか。

——— なるほど。HCDのスキルを伸ばすルートはいろいろあるんですね。

富士: 例えば、A9(情報構造の設計能力)はSEのお仕事そのものですよね。実際、デザイナーよりも得意な方は多いです。
SEはシステム全体をみるための情報設計は長けているけれど、ユーザー視点で考えるのに慣れていないかもしれません。従来はそこをデザイナーが補っていたけれど、そこで役割分担して満足するのではなくて、プロジェクト全体に人間中心設計の思想を取り入れてもらえると、より良いものづくりが実現できるように思います。
デザイナーが得意な分野は確かにありますが、それ以外はプロジェクトに関わる人みんながやれる/できるようになるといいですよね。

善方: 実際、最近はデザイナー以外の方が入会することも増えてきたように思います。例えば、ウェブサービス開発をやられているような方が、積極的に資格を取って実践で活用しているのだと思います。

揖: HCDの資格の知名度も上がりましたね。
前は名刺に書いていても特に反応がないことが多かったのですが、最近はそこから会話が広がることがあって、知られてきたなと実感します。ここ2~3年のことです。

富士: 応募者も、ここ3年くらいで増えてきました。「スペシャリスト」を取得した2015年と「専門家」を取得した2019年では、認知度がすごく高まったなと周りの変化を感じます。

HCDはデザイン思考の基盤となりえるもの

———富士通デザインセンターのミッションの一つとして「デザイン思考の浸透」があります。HCDとデザイン思考が近い概念であることは、直感的には分かるのですが、両者の関係について教えてください。

善方: この図を見てください。これはHCDの価値の拡がりを表した図です。これを見るとHCDは、デザイン思考やUX、サービスデザインといった関連するテーマの基礎に位置づけられている、という理解ができます。

HCDの価値の拡がりを表した図(出典:HCD-Net「篠原理事長よりご挨拶」)

———HCDはモノづくり以外の分野も想定しているんですね。

在家: 過去にHCD-Netのイベントにある企業の人事の方が登壇されたことがありました。そこで発表された事例では、人事が従業員の課題をHCDで解決した、というものでした。従業員を「ユーザー」と捉えて現場でどんどんトライ&エラーで施策を回して職場を改善していったのです。デザイン思考は、現場と対話で進められる場所なら、モノづくりに限らず適応できると思います。
コーポレート・人事系の方がこの記事を読まれて、HCDに興味を持ったり資格取得を前向きに考えてくれたらいいですね。

善方: 富士通はDX企業への変革を進めていて、デザインセンターは「デザイン思考の浸透」を通じて、その変革を加速させることがミッションです。その流れ自体は人間中心設計専門家の立場からも歓迎していますが、同時に「デザイン思考」の言葉がひとり歩きしているのではないか?という危惧もあります。

揖: デザイン思考はやればうまくいくわけでも、魔法の杖でもないですからね。単なるマインドセットでもない。実際やってみると泥臭いというか、ハードなことも多いですよね。デザイン思考が本当の意味で浸透してほしいと思っていますが、感覚的なことで終わらずにどんどん実践して、色々な経験を積んでほしいです。

善方: だからこそ、いま皆さんにHCDのことを知ってもらうことに意味があると思っています。ここには実践できる体系だったマップがあり、学びの場所がある。デザイン思考の実践にも必ず役立つと思います。

———最後に、この記事を読んだ方がHCDについて興味を持たれた場合、どうしたらよいでしょうか。

善方: ぜひ、内容を見ていただき、ご自身の業務に取り入れていただきたいと思います。そこから資格取得を目指すのもスキル拡大としては有効だと思います。繰り返しますが、この資格はデザイナーだけのものではないということは強くお伝えしたいです。

在家: デザイン思考を勉強した先にこの資格があることを知っていただきたいと思います。あと、HCDのことは知らなかったけれど、仕事で近いことをやってたな、という方もいると思います。そういう方は資格取得を前向きに検討してもらえると嬉しいです。

———ありがとうございました。業種や職種に関わらず、HCDやデザイン思考を自分のスキルとして考え、実践する方が増えてほしいですね。
本日はありがとうございました。

デザインセンタービジネスデザイン部善方 日出夫
  揖 隆弘
  富士 聡子
 経営デザイン部在家 加奈子
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