熊本県高森町役場 様・福岡県直方市役所 様

イノシシによる農業被害対策に鳥獣クラウドサービスを活用。画像認識技術や捕獲通知機能で捕獲効率の向上と作業負荷を軽減

鳥獣による農業被害に悩む熊本県高森町と福岡県直方市は、総務省の“ICT まち・ひと・しごと創生推進事業”を活用して、ICT化した箱罠でイノシシを捕獲する「広域鳥獣クラウドサービス」を実証。日本初となる富士通の画像解析技術によって効果的 に成獣を捕獲することで、農業被害の低減を図った。また広域に散らばった箱罠の情報を無線ネットワークでクラウド上に集めることで、重労働だった箱罠の見回りの効率化に繋がった。

課題
効果
課題箱罠の見回り・監視などの作業負荷を軽減したい
効果捕獲情報のメール通知などによって作業負荷が大幅に軽減
課題生息頭数の削減のために成獣を効果的に捕獲したい
効果日本初の画像解析技術によって成獣の捕獲率が向上

導入の背景

耕作放棄や離農——— 農業振興を妨げる鳥獣被害

農林水産省が調査を始めた1999年以降、鳥獣による農産物の被害は年間約200億円前後(国全体)で推移している。近年では、鳥獣被害防止交付金として年間100 億円の対策費用が投じられているにもかかわらず、被害額が目に見えて減少しているとは言い難い。

被害が深刻化している要因は主に、鳥獣の生息域が広がったこと、耕作放棄地が増えたこと、高齢化による猟師の減少などが考えられる。特に収穫期の被害は深刻で、その影響は耕作放棄や離農にもつながるため、産業の大部分を農業が占めている自治体にとっては深刻な問題だ。

今回、広域鳥獣クラウド・プロジェクトを実施した熊本県高森町と福岡県直方市も、こうした鳥獣による農作物の被害に悩まされ続けており、高森町では例年約5 千万円、直方市では1 千万円の被害を受けている。全国的に見て農作物の被害はシカ、イノシシ、サルが全体の7割を占めるが、両自治体にとって最も深刻なのはイノシシによる被害だ。

熊本県高森町役場
農林政策課係長
植田 雄亮 氏
福岡県直方市役所
農業振興課長
田中 克幸 氏
福岡県農林業 総合試験場
畜産部専門研究員
村上 徹哉 氏
熊本県高森町
上色見地区猟友会 隊長
後藤 広一 氏

「イノシシは雑食なので、木の芽、山芋、野菜、米など何でも食べます。畑が荒らされて農作業自体が困難になるなど被害は深刻です。非常に警戒心が強く、人の気配や匂いに敏感なので捕獲も難しいんです」と話すのは高森町役場農林政策課係長 植田 雄亮氏。

実証のポイント

作業負荷の軽減と生息頭数の効果的な削減

高齢化などにより猟師の数が減っていることから、捕獲は基本的にくくり罠と箱罠で行なわれる。ただ、くくり罠は地面に埋設した仕掛けでイノシシの脚を捕らえる方法で危険も伴う。「止め刺しの際に捕らえたイノシシが暴れて猟師が大怪我を負ったこともあります。そこで最近では箱罠による捕獲を推進しています」(植田氏)。

一方、箱罠は食べ物で柵の中に誘い込み捕獲するという方法で、くくり罠と比べて安全性は高い。ただ、罠である以上、捕獲の確認や餌の仕掛けのために毎日の見回りは必須だ。しかも一帯は日本特有の中山間地域で山の起伏が激しく、さらに設置する箱罠は広範囲に及ぶ。「直方市では猟友会の3 名が手分けをして毎日50 ~ 60 カ所を見回っていましたが、特に悪天候時は大変でした」と直方市役所農業振興課長 田中 克幸氏は話す。

鳥獣対策の課題は、「箱罠の見回り監視などの作業負荷の軽減」と「生息頭数の効果的な削減」の2 つが挙げられる。

両自治体とも捕獲数が増加傾向であるのにもかかわらず、イノシシの生息頭数は減少しなかった。これは捕獲以上に生まれる個体が多いからだ。一頭の雌が年間に4、5 頭を出産するため、例えば高森町の場合でも捕獲を強化(2012 ~ 2014 年度で1,823 頭を捕獲)しても、結果的に被害額は横ばいという状況が続いた。被害を減らすには生息頭数を減らさなければならないが、そのためには成獣を効果的に捕獲する必要があった。

「以前にも植物プラントの事業で富士通さんのICT の活用事例の話を伺ったことを活用させてもらったことがあり、その先進的なアイディアと技術に驚かされました。今回、箱罠をICT 化して成獣を効果的に捕獲するシステムサービスがあると知り、大きな期待を持ちました」(田中氏)。

システム概要

成獣の選別捕獲に日本初の画像解析技術を導入

鳥獣対策について共通の課題を抱える高森町と直方市が富士通と手を結び、ICT を活用した広域鳥獣クラウド・プロジェクトに取り掛かったのは2014 年。総務省の進める“ICT まち・ひと・しごと創生推進事業”を活用し実施された。

システムはまず、赤外線センサーで鳥獣を検知すると監視カメラが起動。次に画像解析によって成獣か否かを判別し、事前に設定した大きさ以上の成獣のみ箱罠の扉が自動で閉塞。捕獲後は捕獲通知や画像が自治体や地元の猟友会にメールで配信される。

この成獣・幼獣の判別には「日本初の画像解析技術が使われており、より精度の高い判別が行われるということで、この点も魅力的なポイントでした」(田中氏)。

ただ、広域鳥獣クラウドは全国的にまだ新しいサービスであるため、本格稼働までにはいくつか解決すべき課題があった。例えば各箱罠の監視カメラの映像データは無線ネットワークでクラウド上に集められるが、場所の選定を含めて設置場所の電波状況や電波の到達範囲を念入りに調査する必要があった。

また、従来の捕獲方法に慣れた猟師や関係農家にICT 箱罠の利点を理解してもらう必要があった。高森町と直方市はそれぞれ、事業中のアドバイザーとして密に連携を図っていた九州自然環境研究所(高森町)、地域環境計画(直方市)と共に説明会を重ねた。

説明会ではICT 箱罠の仕組みから実際の利用方法などの説明を行ないました。「猟師や農家の方々も、最初はスマートフォンやタブレットの操作に戸惑っていましたが、徐々に慣れてきました。捕獲時にメールで知らせてくれるだけでなく、クラウドの画面で箱罠の状況を画像で確認でき、さらに事前に捕まえるイノシシの大きさや捕獲する時間帯などを細かく設定できるので、非常に利便性が高いです」(植田氏)。

実証効果と今後の展望

箱罠の“見える化”によるさらなる効果に期待

様々な検証を重ねて2016年から本格稼働。現在、高森町で29基、直方市で30 基の箱罠がクラウド上で監視されている。「やはり劇的に変わったのは、無駄な見回りの必要がなくなったことです。以前は捕獲に気づかずイノシシが檻を破って逃げてしまうケースもありましたが、導入後はスマートフォンやタブレットに捕獲情報を即座に知らせてくれるのでそういった心配もなくなりました」と植田氏。また毎日の見回りがなくなることで箱罠の周囲に人間の匂いが付かず、イノシシを誘い込みやすいという利点もある。

また、生息頭数の効果的な削減についても大きな成果が出た。共同でシステムの開発を行った福岡県農林業総合試験場 畜産部専門研究員 村上徹哉氏によれば「成獣(体重20 キロ以上)の捕獲率は、2008 年~2013 年度の平均46%から、ICT 箱罠を設置後に65%まで向上した」という。高森町猟友会隊長 後藤 広一氏も、「ICT 箱罠を導入後、大きなイノシシが効率的に捕れるようになった」と、その効果を喜ぶ。

捕獲数も上昇傾向で高森町の場合、イノシシとシカは年間900 頭ずつ、サルについては年間30 頭を目標にしているが「概ね良いペースで捕獲できています。実際にシステムを運用するためには、生態調査費用および機器の保守などに年間200 万円のランニングコストがかかりますが、それ以上に被害低減が見込めるので費用対効果は絶大です」と植田氏。

また直方市の場合も「例年、捕獲数が約100 頭(イノシシ、シカ、サルの合計)で推移していましたが、最近は概ね200頭を超えています。被害額15%低減という目標もほぼ達成できていますし、この結果には大変満足しています」と田中氏。

ICT 箱罠の効果は他にもある。「例えば“見える化”が実現できたことでイノシシの生態が以前よりも詳しく分かるようになりました。設置箇所による細かなデータが残ることで、今後、どんな場所にどのように設置すればより効果的に捕獲できるか、少しずつ解明されると思います」と村上氏は話す。

広域鳥獣クラウドによって被害低減を実証した高森町と直方市だが、まだまだ深刻な鳥獣被害に悩まされている自治体は多い。「広域で導入すると、例えば追い込みをかけた有害獣を隣接する地域で捕獲するなど、コスト以外にも利点があります。より相乗的な効果を生むという意味でも、広域鳥獣クラウドを広めていただきたいですね」と植田氏は広域鳥獣クラウドの今後の展開に期待している。

熊本県高森町役場 様

人口 6,189 人(2016 年10 月1日現在)
面積 175.06km2
概要 南阿蘇、根子岳の麓に広がる。農林業と観光業が主体で、農林業では近年、大根やキャベツなどのブランド野菜の生産や、阿蘇地域の高品質ヒノキ「南郷檜」のブランド化にも力を注いでいる。

福岡県直方市役所 様

人口 56,746 人(2016 年10 月1日現在)
面積 61.76km2
概要 福岡県の北部に位置する。商工業都市であるが、食育・地産地消に取り組むなど、 農業にも力を注いでいる。六ヶ岳米や福智山麓名水米など、オリジナル米の生産も盛ん。

熊本県高森町役場 様[2017年7月掲載]

福岡県直方市役所 様[2017年7月掲載]

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