XR(拡張現実)による人の拡張は、ビジネスに破壊的インパクトをもたらすか?

XR技術、AI、画像処理の進歩によって、人の能力が拡張され、これからの私たちの働き方が根本的に変わる可能性があります。XRによる人の拡張に取り組む企業は、どのような競争優位を生み出せるのでしょうか。

XRヘッドセットを装着したまま透明な画面をタッチする女性

人の能力の「拡張」

従業員が仕事を遂行する能力は、それぞれの人のスキルや知識、経験に依存します。この能力をみることで、従業員が、業務をどれだけ早く、効率的に、正確に、かつ安全に実行できるのかを図ることができます。

一方で、近年の拡張現実 (Augmented Reality) と複合現実 (Mixed Reality) 技術の進歩によって、テクノロジーの力で従業員自身のスキル、知識、経験が拡張され、必要に応じた作業支援が受けられるようになりました。これにより、従業員は迅速に、確実に、そして安全に、多種多様な作業を行うことが可能になります。

人の能力の拡張によって、パフォーマンスを高め、効果的かつ効率的に働く人材が創出されると、組織に強力な競争優位がもたらされる可能性があります。人の能力の拡張には、以下のようなメリットが挙げられます。

  • 各工程で必要な作業をステップごとに指示したり、インタラクティブなチェックリストやAIベースのトラブルシューティングを活用したり、必要なときに専門家にアクセスできる機能を設けることにより、仕事の精度が向上します。
  • 仕事の内容やロケーションに応じた警告を必要なタイミングで作業者に伝えることにより、作業者の安全性が向上します。
  • 遠隔の専門家に支援を仰ぎ、作業者が現場で見ているものを専門家が見ることで、より効果的なサポートを提供できるようになります。
  • 新人が一人で独立して安全に作業できるようになるまでの必要なトレーニングと指導量が減少し、トレーニングの期間が短縮できます。
  • 作業者がめったに実施しないような作業については、これまで必要だった定期的な再訓練が不要になります。
  • 業務に求められる知識と経験を、拡張現実技術によって下げることで、この業務を実施可能な人員の採用範囲をこれまでよりも広げることができます。
  • 必要なタイミングで段階的に作業者をサポートし、効果的なリソース配分を実現することで、新製品あるいは複雑な製品の展開作業をサポートします。

市場のディスラプション(創造的破壊)

先述のメリットは、導入企業に運用コストの大幅な削減と新たな競争優位性をもたらします。これによって、XRによる人の拡張に取り組まない組織はますます競争上不利な立場に置かれることになります。このようなテクノロジーの進歩は、市場のディスラプションを招きます。競合他社も同じ技術を採用してキャッチアップしなければ、市場に取り残され不利な状況に陥ることになります。

なぜ今、取り組むべきなのか

現在、AIや画像認識、XRのディスプレイシステムなど、XRに代表される拡張技術で必要となるテクノロジーの技術的成熟度が、今まさに、現場で実用化できるレベルに到達しつつあります。

MicrosoftのHoloLensソリューションである「Microsoft Dynamics 365 Remote Assist」は、すでにテクノロジーが、個人の能力を拡張する可能性を示しており、次世代のXRヘッドセットは、さらに価格や製品の形状、ユーザビリティといった、これまで普及を妨げていた多くの問題をクリアしつつあります。

また、次世代XRヘッドセットの登場により、XR関連のイノベーションが促進され、XRに代表される拡張技術の新しいユースケース創出が期待されます。これらの進化したヘッドセットが市場に投入されれば、更なるイノベーション促進や技術開発・ビジネス適用が進みます。スマートフォンのアプリ市場で私たちが目の当たりにした進化と同じように、ポジティブなスパイラルをもたらすでしょう。

我々は、XR市場や生産計画の分析をもとに、次世代のヘッドセットやスマートグラスが、今後18か月以内に利用可能な状態になるだろうと予測しています。

この次世代のXRヘッドセットやスマートグラスは、システムオンチップ (SOC) の技術を使って製造され、熱伝導率の改善による消費電力対性能比の大幅な改善が期待されます。これによって、より小型・軽量で使いやすいウェアラブルヘッドセットとスマートグラスの製造が可能となるでしょう。

一方で、SOC技術の適用は、競争可能なヘッドセットやスマートグラスの製造が、SOCインテグレーション能力を保有する大手ベンダーに限定されてしまうことにつながります。

SamsungとLGは現在、新世代XRのヘッドセットとスマートグラス向けに、シリコン基板上にOLEDを堆積するOLEDoS技術や、シリコン基板上にLEDを堆積するLEDoS技術に取り組んでいます。LEDoSとOLEDoSは、ガラス基板ではなくシリコン基板を使用するもので、2.5 cmのスクリーン上で高コントラストの8k表示を実現します。これらの新しいXRヘッドセットとスマートグラスは、高速・低遅延のネットワーク接続が求められるため、直接5Gに接続するか、あるいは5G対応スマートフォンに接続することになるでしょう。

今後のXR技術

これからの18か月で、Apple、Meta、Samsung、LG、その他の新興企業等多くのベンダーから、XRヘッドセットとスマートグラスが、発売されるでしょう。同時に、オペレーティングシステムもまた、XRデバイスをサポートするよう改善されます。例えば、最新のiOS開発者向けリリースでは、XRソリューションの開発に必要となる新しいXR関連の開発用API群とReality OSへの言及が含まれています。

Microsoftは、既にXR製品 (HoloLens) を提供しており、個人の能力を拡張するためにDynamics 365上にHoloLensに対応したXR関連のソフトウェアを提供しています。調査会社は、Microsoftは今後、多様なXRプラットフォーム向けのXRソフトウェア開発に注力し、ハードウェアではパートナー提携を模索する可能性があると指摘しています。

また、Metaは、エンターテインメントとビジネス用途の両方にXR技術を活用したMetaverseの開発に注力していくと発表しています。Metaは、潜在的なユースケースの1つとして、Metaverse内でのトレーニングとサポートを提案しています。

Alphabetは、Google Daydream VR、ARCore、Google Lens、そしてさまざまな教育・コンシューマー向けのGoogle Cardboardプロジェクトを提供するなど、XRと拡張現実におけるリーダー企業の1社です。Googleは、XRにおけるオペレーティングシステムやAPIの領域で市場に参入するだろうという予測もあります。

イノベーションのきっかけ

新しいハード、OS、API群を備えたより高機能なXR技術が登場することで、これまで以上にイノベーションが促進され、XRによって拡張された働き方がより普及するでしょう。

しかし、組織がXRのビジネス価値を十分に認識するためには、どのようなユースケースにXRを適用できるのか、またXRで拡張された働き方が自社業務にもたらす価値は何か(バリュー・プロポジション)を理解する必要があります。このプロセスを支援するため、富士通は、組織が新たな労働力確保や業務パフォーマンス向上のために、どのようにXRによる拡張技術を活用できるのかを検討するために、Co-Creation(共創)コンサルティングサービスを提供しています。

インテグレーションが不可欠

XRを適用する真のバリュー・プロポジションは、XRテクノロジーそのものではなく、様々なテクノロジーと組み合わせることによって新しいソリューションを生み出すことにあります。

富士通は、世界をリードするインテグレーターとして、グローバルなケーパビリティとパートナーシップを活用し、XRの真の価値を引き出します。富士通は、XRでお客様の組織変革を支援し、また日々のお客様業務を変革するために必要なテクノロジーのインテグレーションも行います。

XR導入による効果

MicrosoftがForresterに委託した最近の調査研究*1によると、HoloLens Mixed Reality (MR) の技術と他のXR/MRソリューションを導入することで、明確な財務的価値が生み出されたという結果が得られています。

この調査では、MRを使用することで教育トレーニングの効率が60%増加し、作業者の知識獲得と定着の両方を改善できることが分かりました。さらに、この調査では、現場作業員の作業効率は最大60%向上し、初回の作業ミスも改善され手直し案件が最大75%削減したことが明らかとなりました。

また、専門スキルを保有するエキスパートの作業効率は、最大で30%向上したとの結果も出ています。そのほか、この技術によって、出張が75%削減され、また出張に伴う二酸化炭素排出量、移動時間、費用が削減され、サステナビリティの向上にもつながっています。

Forresterの調査によると、HoloLens導入の投資収益率(ROI)は3年間で平均177%となっています。今後、他のベンダーがより安価なMRソリューションを提供すれば、将来的にこのROIはさらに向上する可能性があります。

XRヘッドセットを活用した富士通のsmart manufacturing

近年スマート工場がますます進化している理由の1つとして、XRのヘッドセットを使ってオンデマンドで情報が提供できるようになった点が挙げられます。具体的には、生産ラインのスタッフのパフォーマンスと生産性向上に貢献しています。

富士通のローカル5Gネットワークは、スマート工場での「拡張」作業用のXRヘッドセットなど最新のコネクテッド製造技術の利用に必要な無線接続環境として、高速、低遅延、高信頼の通信環境を提供します。2021年、富士通は「スマートファクトリー」の実現に向け、自社の小山工場においてローカル5Gシステムの運用を開始しました。このローカル5Gネットワークでは、生産ラインのスタッフの能力を高めるためにXRヘッドセットを使用しています。

富士通のデジタルツイン技術

デジタルツインは、現実世界の物理的なシステムやプロセスを、リアルタイムで仮想的に表現する技術です。富士通が提供するデジタルツインには、社会問題の解決に向けた様々な用途が期待されています。その一例が、建設業界です。建設現場の監督は、XRヘッドセットを利用することで、デジタルツイン上のモデルとシミュレーションを、実際の現場状況に重ね合わせて確認することができます。

これが、多大なコストのかかる建設の作業ミスや、建設作業で起こりがちな作業のやり直しを回避するのに大きく役立ちます。また、現場の事故のリスクや安全への意識向上にも役立ちます。このように、富士通のローカル5Gネットワークは、現場にデジタルツインを導入するために必要となる、低遅延で高帯域幅のモバイル接続を実現します。

組み立て作業支援

富士通は、製品の組み立て作業者の作業効率・精度向上を目的として、XR、視覚処理、5Gを活用した組み立て作業支援ソリューションにも取り組んでいます。

このソリューションでは、作業ステップごとに、必要な部品群や部品の組み立て順序を視覚的なガイドで説明することで、作業者は正しい配置と組み立て方を目視で確認することができます。このソリューションは、組み立て工程全体の作業効率・精度向上に役立ちます。

キーメッセージ

  • XRは今後18か月の間に成熟し、組織はそれが引き起こす市場のディスラプションに備える必要があります。
  • アーリーアダプターとなって競争優位性を獲得したいと考えている組織は、今まさにXRの適用を検討する必要があります。
  • この領域の専門性は、需要が多い一方で供給不足が見込まれており、早期に市場に参入することで競争優位性と収益性の両方を獲得できるでしょう。

主要参考資料

著者略歴

Nick Cowell

Nick Cowell

Nick Cowellは、富士通 技術戦略本部の主席コンサルタントです。これまで米国、欧州、オセアニアでの大手テクノロジー企業で勤務した経験を持ち、ハードウェア、ソフトウェア、およびサービス開発に関する豊富な経験を有しています。

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