協業事例インタビュー

株式会社エモスタ

富士通アクセラレータプログラムでの共創の取り組みを、座談会形式でご紹介します。今回は、新の心理学とテクノロジーを組み合わせて、「心理的柔軟性を高め、人々が自分の価値観に沿った人生を歩む支援をする」をミッションに掲げる「株式会社エモスタ」さんです。

近年、マーケティングをはじめとするあらゆる分野でキーワードになっているのが、「共感」です。個々人の状況が細分化したことで誰にでも訴求できる要素が減った現代では、個々人の心に寄り添い、「これは私のための商品なのかもしれない」「応援したい」と思ってもらうことが大切だと言われています。

しかし、顔の見えない消費者に共感してもらうためには、人の心への深い理解が必要です。FUJITSU ACCELERATOR第6期に採択された株式会社エモスタ(以下、エモスタ)は、最新の心理学とテクノロジーを組み合わせて、「心理的柔軟性を高め、人々が自分の価値観に沿った人生を歩む支援をする」をミッションに掲げるスタートアップ。

同社が開発したソフトウェア「エモリーダー」は、人の表情から喜びや悲しみ、怒りといった感情を読み取ることで、会話相手の共感度が高い/低い話題を判別。広告の効果促進や組織の人事活動、病院での患者の状態把握などへの活用が期待されています。

そのほか、社員の会話時の表情やテキスト、SNS内容を解析することで組織内の課題を明らかにして解決策を提案する組織コンサルティングも実施。「人の感情」を通じて、企業、ビジネス、社会課題の解決につなげる方法を、日々模索しています。

そんなエモスタは、富士通グループのSIer会社「株式会社富士通ビー・エス・シー」とともに、2019年に3ヵ月に渡る協業検討活動を実施。綿密な打ち合わせの成果として、どのようなものがみえてきたのでしょうか。また、組織環境も大きく異なる大企業とスタートアップが、FUJITSU ACCELERATORを通じて協業することの意義や難しさとは。

エモスタの小川修平氏と富士通ビー・エス・シーとしてエモスタとの協業を進めた経営企画室共創推進部の田中優子氏に、当時のお話しを伺いました。

新規プロジェクトを成功へと導きやすくする方法を、統計から分析

株式会社エモスタ 代表 小川 修平 氏

FUJITSU ACCELERATORにはどのようなきっかけで応募したのでしょうか

エモスタ 小川氏(以下、小川)

プログラム担当者の鈴木さんにお声かけいただいたのがきっかけですね。弊社としては心理学に関連したサービスがどのようなところに需要があるのか調べたいという思いがありました。

エモスタの現状での大きな課題は、消費者のニーズに詳しい企業との接点がないことです。例えば、人事系サービスを展開するためには、人材に関する知見を持った企業の知見が必要ですし、健康増進まちづくりに関連するサービスを展開するならば、そのヘルス分野や街の人や文化に知見を持った企業と組まなければなりません。富士通さんは幅広いネットワークや長年培ってきた現場感覚をお持ちなので、そういった点で、弊社の知識と組み合わせることで面白いプロダクトや質の高いサービスをつくることができると考えました。

ピッチ後は、どういう流れで進行したのですか?また、なぜ、富士通ビー・エス・シーさんと組むことにしたのですか?

小川

ピッチの結果、富士通内の事業部門やグループ会社など、計3つからお声かけいただき、最終的に富士通ビー・エス・シーさんとの協業を決定しました。

実現に至らなかったほかの2件については、お互いに協業後のイメージを固めることができなかったからです。弊社もB to Bサービスを手がけていますが、何らかの形でサービスを利用してみたい現場を実際に持っている会社でなければ、議論がふわっとしてしまうんです。

これは今回の話ではないですが、先ほど話したように、「健康増進に寄与するまちづくりをしたい」という要望を持った企業がいても、「街はどの範囲か」「健康とは何のことか」がハッキリしなければ、具体的なプランを考えることができません。その点、富士通ビー・エス・シーさんは、2つの具体的な話しがあり、そこから、より私たちの強みを使いながら抱える課題の掘り下げができるイメージを持つことができました。

富士通ビー・エス・シーさんは、なぜ、エモスタ様に声をかけようと思ったのですか?

富士通ビー・エス・シー 田中氏(以下、田中)

実際に協業することになった内容とは別のテーマで、最初にエモスタさんに興味を持ちました。私たちの部署では、『スマートグラスを用いた感情オーラグラス』というプロトタイプをグループ会社のメンバーと開発したことがあったのですが、その内容を実現に近づけていけるパートナーを探していました。プレゼンやファシリテータなどをする方が、人の持つ感情をオーラ状で見える化することで、聴講者や参加者の感情をリアルタイムに知ることができる、その結果、聴講者や参加者の気持ちに応じたプレゼンや望ましい進行ができるようになるのでは?といったアイデアで、そのテスト途中にあったんです。エモスタ様は感情認識AIの開発をされておられ、教師データの判定精度や数も信頼がおけるものだったことと、興味関心のベクトルが同じなのではないかとお声がけをさせていただきました。

富士通ビー・エス・シーとはどのように協業を進めたのでしょうか。

小川

はい、田中さんが先にお話ししてくださった内容も議論を重ねたのですが、少し実現可能性に向けて協業するには、互いのリソース面で不足がありました。一方で、会話を重ねるなかで、富士通ビー・エス・シーさんが過去から今に至るまで様々なサービスアイデアをお持ちであること、しかしそれをブラッシュアップし、メンバー同士がビジネス検討のところまで昇華させていく過程に、社内課題をお持ちであること、そこに弊社の知見が生かせるかもしれないことがみえてきました。そこで、その課題をテーマに、富士通ビー・エス・シーの社員さんの「価値観の言語化」に挑戦することになりました。
彼らは新たな価値創造、みらいを社員さん側からつくることに積極的な会社です、そのプロジェクト現場としての社内に、心理学を取り入れることにしました。新しいインサイトがありそうという感覚がお互いにありました。

その仕組みについてもう少し教えてください。

田中

はい、弊社には社員が取り組んでみたいこと、たとえば新技術を活用したサービス検討や社内改善、新規事業案を企画提案できる窓口が年中オープンしており、採択されたプロジェクトには賛同した社員が自ら参加エントリーし、所属組織を超えて挑戦できる「Innovation Challenge」という仕組みがあります。このプロジェクトは主体的なメンバーで構成され、活動自体は業務時間の10%を使って活動できるというものです。今回は、この参加者らを比較して、どうすれば彼らのパフォーマンスを高めることができるのか、をエモスタさんのお力をかりてリサーチしました。

チャレンジできる仕組みをお持ちであるからこその課題へのリサーチですね。エモスタさんのどのようなノウハウが活かされたのですか?

小川

プロジェクト非参加者と参加者の、また、参加者の中でもプロジェクトの関わり度合いをいくつかの指標でリサーチしたときその質の違い、プロジェクトごとの目標に対する達成度からグループ分けしグループ群を対象に比較。回答者の回答をまとめて、マルチレベル解析(項目と項目の因果を分析する手法)で算出しました。

すると例えば、非参加者の中には、「プロジェクトに参加するからには必ず短期間で成果を出すよう求められるのではないか」と恐れている人が一定数いることがわかりました。もちろん営利企業なので中長期的にはなにがしかの結果は求められるのですが、この結果からは、すぐに実利につながるか掴み切れないテーマ、切り口でも構わないという会社側としての姿勢や実際の事例を、より強く打ち出すべきだということがわかります。

田中

はい。むしろインタビュー、MVP、など検証する過程、実現可能性検討、市場を見極めていくためにこの「Innovation Challenge」という仕組みをうまく使ってほしい。だからこそ、専門分野の異なる人材が集い、業務時間の一部を使って試して挑んで、壊していくことをOKとしているのです。失敗からも次に「知」が残り活きればよい。最初から結果が見えているならこの枠組みを使う必要はないんですね。

統計の結果から明らかになったのは、「当たり前の事実」

プロジェクトに関わる方々の状況と感情を調査することで、パフォーマンスを上げるための施策を分析されたのですね。

小川

はい。こう説明すると難しそうに聞こえますが、見えてきたことの中には当たり前のことも多かったです。そもそも未参加者はこの「Innovation Challenge」の内容をしっかりと知らない人が全体の半分近くを占めていることがわかりました。全社員向けや社外公開のフォーラム、独自イベントの開催、各種公募等で紹介はしていらっしゃるようですが、社外常駐率が高い富士通ビー・エス・シーさんにとっては、内容の周知をしつこいくらいに徹底する、工夫するだけでまだまだ参加者増につながるでしょう。

また、今回はプログラム参加者が何をこの活動に期待しているかを解析、スタート時と実践期間中等、タイミングを分けてみていきました。全体として、「新しいテクノロジーの学び」との関連性は強かったですね。一方、最初の一歩は何があれば踏み出せるかで見てみると、プログラムへのエンゲージが低い人の中には「もっと報酬(または報酬につながる評価)が欲しい」と考えている人も多いという結果が出ました。つまり、ある程度見返りを増やすだけで参加者増加を見込めるかもしれないということです。一方で、プロジェクトを自ら新規立ち上げしているリーダーのモチベーションはそことは別の「リスク許容」「好奇心に基づく探求」などが優位。改めてリサーチすることで各々が考えるChallenge環境やそれを促進するために必要なことを確認できましたが、逆に言えばあっと驚くような結論はでなかった。

あまり驚くべきデータではなかったようですが、違いや傾向が見えた中、3ヶ月の協業の後、より具体的な組織コンサルやプロダクト開発といった活動は行わないのでしょうか?

小川

サーベイの設計からレポートの提出までで3ヶ月、この調査に付随し、参加者と非参加者のコミュニケーションを促進するようなbotのようなプロダクト開発を、その後の活動プランを示せたらと思っていましたが、その開発の必要はなく協業検討活動期間を終えました。更なる活動の打診をいただけると嬉しいと思う反面、こちらとしてもこれからどのような方針で進めるのが適切なのか、基本的な社内浸透段階での課題が明らかになった分、判断に迷うところです。

田中

そうですね、リサーチ結果から、最初に企画を考えプロジェクトリーダーになる人とそれに賛同し手を挙げて参画するメンバーとでは、その参加動機や、参加し続けたいと思うモチベーションの源泉、Innovation Challenge活動において大事にしたい価値観が、一部異なっている、ということが明確になりました。この社員の皆さんの価値の置き方の違いを、互いに認識しながらメンバーは取り組む必要がありますし、挑戦継続を社員に働きかけていく上司、幹部社員も、相手の状況に合わせた関わり、支援が必要となります。私たちは、こういったサーベイ結果から見えてきたことを10月のInnovation Challengeのアニバーサリーイベント内(年1回)で社員に向けて報告共有しました。
この社内イベントには本人、幹部社員や上司、役員含め、150人以上が参加しました。エモスタ様との協業により、チャレンジを歓迎し、挑戦者同士が事業に資する取組へと昇華させるために組織として何が必要かを考えていく一つの機会になったのでは、と思います。

小川

すぐに、弊社が次なる活動に展開できないのは残念ですが、やみくもな仮説でサービスを導入するより良かったのかもしれません。また、実際に大企業で働く人々300人のデータを扱うことができる機会は、大変貴重でした。私たちとしては、何らかの形でこの調査で得たものを活かしていきたいですね。

田中

ありがとうございます。社内に結果報告してから4か月です。現在、より組織全体でチャレンジをしやすい会社にしていけないか、検討中です。みらいに向けた活動に挑むことは、今後のありたい会社へ近づくための必然であると思いますから、この先も状況次第で相談させてください。

お互いの課題感を提示した方が、より具体的な協業が実現できる

今回の協業をやって良かった点は、どのような部分でしょうか。

小川

たくさんのデータが取れたことのほかには、僕らのようなベンチャー社員ではなかなか思いつけない意見をいただけたことですね。例えば、先ほどの「報酬を増やす」という対策については、鈴木さんから「基本給を増やすことはとても難しい、特許など普段とは別の形で報酬を与えたほうが喜ばれるはず」と伺いました。

家庭を持つ社員の場合、通常の給料だとまず家計上、奥様に全て回収されてしまいますが、それとは別の形で入金されたお金ならそのままお小遣いにできることも多いんだそうです(笑)。このように大企業のカルチャーを理解している方でなければ持つことのできない視点も多く、勉強になりました。

また、Sier企業の中にはこのような組織コンサルを行おうとすると、自分たちの仕事が邪魔されていると感じるのか、露骨に嫌そうな態度を示してくるケースも少なくありません。その点富士通ビー・エス・シーさんの方々は、とても真摯に対応していただいたので、作業をしていて気持ちが良かったですね。

田中

私たちもまた、当たり前の枠組みが違っていることや、意見を自由闊達に言い合えることが、大変新鮮でした。併せて、結果的に一般的に言われていることと同じような結果が出たとしても、専門性とデータに裏付けされた人の価値観のありようは、説得力があります。今回の結果で、この先弊社が新たな価値創出をしていくうえでの”KEY”をいくつか見つけられたのは良かったです。

逆に協業期間を含めたFUJITSU ACCELERATORに対する不満点や、「協業期間中にもっとこうすべきだった」などの後悔はありますか?

小川

理想を言えば、リサーチの質問項目をもっとたくさん設けたかったですね。当初の目標としていた「価値観の言語化」というテーマからすると、質問の数や内容を削減した結果、完全に明らかにできたとは言い難い。もっと取りたいデータはあったのですが、リサーチ実施範囲の広さや時間の都合から、削減せざるを得なかったです。

FUJITSU ACCELERATORへの不満点については、何の制約もない中で協業内容を検討するのではなく、ある程度のテーマが提示された方がやりやすいと感じました。今回はまずこちらがプレゼンを行い、興味を持った事業者さんから声をかけてもらうという流れでしたが、逆にまず子会社や事業所が悩みを提示して、それに対してスタートアップがアプローチするというやり方も面白そうです。特に私たちのような組織コンサルの場合は、事前に具体的な課題を伺えるほど、解像度の高い提案が可能です。

私たちとしても、心理学の使いどころをもっとイメージしていただけるよう、プレゼンの仕方を工夫すべきですね。心理学は人が関わるあらゆることを扱えるだけに、具体的な課題に適切にアプローチするのは簡単ではありません。

田中

「共感」「心理をAIで」といったものには、バズワードも多い。私たちも、どこのスタートアップがその中で本来こちらがイメージしていることを得意としているのか、相手の技術や経験値を掴むのに時間がかかってしまうことがあります。今回は、ピッチ以降、早めに互いの課題やリソースをストーリーで語り、意見交換を重ねる場を持てましたので、FUJITSU ACCELERATOR事務局の皆さんにもサポートいただけ感謝しております。早期にそういったフェーズに入れるようにし、各社の問題に迫れるかどうかが必要かもしれませんね。

今後、他のアクセラレータプログラムに参加する予定などはありますか。

小川

社内のPoC(実証実験)などもあるため忙しいのですが、参加したいとは思っています。私たちの事業ではやはり解析のもとになるデータが欠かせないので、そうしたデータを提供いただける会社と何らかの形で協業したいですね。

特にいま注目しているのは、信頼形成に関わるテキストデータを持っている会社。どのような会話がなされれば対話相手同士の信頼を形成できるのかがわかれば、病院での患者との意思疎通や、保険商材を扱うビジネスにとっては大きな武器になるからです。

今後、エモスタ様はどのように事業を進めていくのでしょうか。

小川

今回のような組織コンサルなども積極的に引き続き行いたいですね。現状はまだこなしてきた件数が少ないため、仕組み化を進めることが課題です。扱うテーマが人の感情という難しいものなだけに、ビジネスプランをある程度シンプルにするのが大切だと考えています。

今後は先ほどお話しした信頼形成に関わる事業にも注力しようと思っています。これは将来的に、あらゆる分野で活用できる事業になるはずです。例えば、孤独な老人の会話相手をAIが務めることもできるかもしれません。特に近年は、定年後の男性の話し相手不足や孤独死が社会問題になっています。心理学とテクノロジーを適切に掛け合わせれば、ビジネス領域だけでなく、こうした社会問題への対策や多くの人の暮らしやすさにもつながるはずです。

(執筆:新國 翔大 撮影:齋藤 顕)

株式会社エモスタ

東京都中央区
URL:https://emosta.com/ja/ 新しいウィンドウで表示

代表 小川 修平 氏

2008年米大卒業後7年間の投資銀行勤務を経て独立、M&Aブティックのパートナーとしてアドバイザリーをするかたわら、心理学博士であるアレクザンダー・クリーグ氏とエモスタを2017年に立ち上げ。感情と行動の関係を紐解きながら人間とは何かに迫る事業を模索中。感情・表情認識AIやネットワーク解析を中心としたテクノロジー、と心理学の知見を組み合わせたソリューション開発を手掛ける。

協業担当者

株式会社富士通ビー・エス・シー 経営企画室共創推進部 部長 兼 人事・総務本部人事部 担当部長 田中 優子

2007年に富士通ビー・エス・シーに中途入社。採用・人材育成・キャリア支援業務を経て現在はお客様との共創、組織開発業務等に従事。前職で培った人材育成経験、地域・人々とのコラボレーション事業の経験から、多様な人々が自らチャレンジし相互に学び実践することが強い組織を作ると信じて取り組んでいる。

本件に関するお問い合わせ

富士通アクセラレーター事務局

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