未来を生きる子供たちに「問う力」をー児童生徒向け デザイン思考出前授業「ワクガク★プロジェクト」

未来を生きる子供たちに「問う力」を
児童生徒向け デザイン思考出前授業「ワクガク★プロジェクト」



掲載日 2023年6月6日

富士通では全国の小中学校向けにICTを活用した環境教育の授業を行うなど、教育分野で様々な貢献活動を行ってまいりました。デザインセンターでも、小学生向けのユニバーサルデザイン学習の教材提供先端テクノロジーを活用した病院内学級向けの遠隔教育システムのデザインなど、それぞれのメンバーがいろいろな形で子どもたちの教育に携わってきています。
デザイナーの自主研究から始まった「ワクガク★プロジェクト」は、デザインの力で子どもたちの生きる力や未来の社会を創る力を育みたいという思いでスタートしました。デザイン思考を用いて「課題を解決する」ことよりも、まず「課題を見つける」「問いを立てる」ことに重きを置いたプログラムです。プロジェクトに携わったお2人に話を聞きました。

インタビュイープロフィール

富士通デザインセンター フロントデザイン部 デザイナー

  • 杉妻 謙(すぎのめ けん)
  • 丸山 純司(まるやま じゅんじ)

部署名・肩書は取材当時のものになります。

探究学習にも通じるワクワク学べるプログラムを目指す

デザインセンターには、日本酒プロジェクトに参加するなど業務以外の自主研究活動を行っている社員が多く在籍しています。ワクガク★プロジェクトも2021年にこの自主研究活動から始まりました。「子どもたちの生きる力や未来の社会を創る力を育むために、デザイン思考を活用した授業ができないか」との思いで、教育に関心のある有志メンバーで研究をスタート。
杉妻は「最初は、カルタなどで子どもたちが社会課題を分かりやすく学んでもらうための教材開発を考えました」と2年前を振り返ります。
丸山は「リサーチの中で、子どもたちは未来に不安を感じているという調査結果を見つけました。課題を学ぶだけではネガティブな思考になりがちです。それよりも、デザイン思考を使って自ら課題を見つけ問いを立てられるようになる『子どもたちが前向きになり夢を持てるプログラム』に方向性を修正することにしました。そしてワクワク学べるようワクガクと命名しました」と説明を続けます。
杉妻はこの形になった理由を3つ挙げます。「1つ目は、デザイナーは日頃、業務の一環として物事を観察したり問いを作ったりしているため、デザイナーのスキルや価値を子どもたち向けに発揮できること。2つ目は、ビジネスの場への展開。つまり、子どもたちでも分かりやすくより良い問いを立てられることを目指したワクガクで培われたプロセスやメソッドは、普段の業務で行っているサービスデザイン現場における大人向けのワークショップでも通用する可能性があると考えました」

また、学校側にもニーズがありました。現在、文部科学省では「総合的な学習(探究)の時間*」を推進しています。自ら問いを立てその答えを考える学習で、高等学校では2022年度から学習指導要領に導入されました。小中学校でも注目されており、取り組みたいと考えている先生方は多くいらっしゃいます。ただ先生方はこういった授業の経験がなく、多忙な中模索されている方が多いようです。「当初、私たちデザイナーの立場から子どもたちに何かできないかと始めたプロジェクトでしたが、先生方にお話を伺ううちに教育現場とニーズが合致すると感じました」(丸山)



静岡県内の小学校で5年生を対象に実証授業を2回実施

プログラムの開発は、国立大学法人静岡大学教育学部 塩田真吾研究室と一般社団法人プロフェッショナルをすべての学校に(以下、プロ学)との協業で行いました。実は、共に取り組むにあたって、当初は問いの捉え方が異なり意識合わせが必要だったと言います。杉妻は「プロ学や教育学部のみなさんの『問い』とは、疑問点から深掘りして研究の観点を見つけるリサーチクエスチョンを指していました。論文のテーマを決めるような思考です。一方、ワクガクで取り組みたいデザイナーの指す『問い』とは、『How Might We』(どうすれば私たちは◯◯できるか)と言われるクリエイティブクエスチョンを指していました。専門性が異なれば同じ言葉でも定義が大きく違ってくる。これは当たり前のことなのですが、普段の企業の枠の外に出て活動することの価値を感じた一場面でもありました」と話します。このように、言葉の定義や価値観をすり合わせながら授業プログラムのプロトタイプを開発し、2022年度は静岡県内の小学5年生を対象に実証授業を2回行いました。

デザイン思考の基本は「人間中心」であるため、今回は友達や自分自身がユーザー(利用者)となる図書室を観察対象としました。ただ、単に観察するように言っても子どもたちは戸惑うでしょう。杉妻は「利用者中心で観察するためのポイントを『観察メガネ』と題したワークシートとして例示しました。このワークシートが、まるでメガネを掛け替えるかのように子どもたちが観点を切り替えて観察する手助けになります。例えばワークシートの『楽しいメガネ』の欄には、図書室で楽しいと思うときを観察して記入します。良い点だけではなく『不安メガネ』などもあり、子どもたちがユーザー視点でゲインポイント(喜びや楽しみ、幸せな状況)やペインポイント(痛みや悩み、不幸せな状況)に気づき共感しやすくする工夫をしました」と説明しています。この観察メガネは、学校教育に合わせた問いの補助線として機能しました。

教材の例

観察メガネで観察しグループで発表した後は、いよいよ問いづくりのフェーズです。ここでも「問いのハット(帽子)」と呼ぶ問い立てのヒントを与えます。例えば「そもそも○○とは何か?」「じっと座るのが苦手な人はどう思う?」などの観点で子どもたちに考えてもらいます。最後にグループで解決アイディアをまとめ発表する、全5時限(1時限は45分)のプログラムになりました。



5年生が60分集中する授業に担任の先生からも驚きの声

実証授業はプロ学と担任の先生が行い、5時限目の発表の際はデザインセンターのデザイナーが現地とリモートで参加し講評を述べました。丸山は「問い立ての内容を評価するのはもちろんですが、コロナ禍でグループワークの機会が減っていると伺っていたので、子どもたち同士のコミュニケーションの様子や考えに至るまでのプロセスも褒めるよう意識しました」と言い、杉妻も「子どもたちをエンパワーメントし、デザインすることが楽しいと思ってもらえるような観点で講評を行いました」と振り返ります。「例えば、図書室の掲示物が季節によって変わることに気づいて『図書室には季節感がある』と気づいた子どももいて、とても良い視点だと思いました」(杉妻)

  • 静岡県内の小学校で行われた実証授業:オンライン撮影
  • 現地撮影

最後の授業は60分に及んだそうですが、子どもたちは最後まで楽しそうに参加しており、担任の先生からは「5年生が60分集中して授業を受けるのはすごいことです。45分の授業時間でさえ集中するのは難しいことが多いのです」とコメントをいただきました。学校で行う授業は問題解決が中心で、子どもたちはおそらく学校で問いを立てる機会が少ないはずですが、積極的に楽しみながら授業に臨んでいたようです。

授業を見学された校長先生たちからも好評で、担任の先生はプログラム終了後「⼦どもから出た問いを⼤切にし、子どもたちが主体として行動するにはどうすれば良いかを考えて授業を行うようになりました。私⾃⾝が変化したのかもしれません」とおっしゃっていました。
杉妻は「これはとても嬉しい言葉でした。問い立てという子どもたちが持つ力がプログラムを通じて顕在化されたことで子どもを支援する側の意識が変わった、つまり学校の先生方の意識をデザインできたと捉えています。意識変化が様々な教育場面での行動変容につながることで、きっと子どもたちに良い影響があると思います」と喜びを口にしました。



ワクガクが子どもたちが問いを持って学び続けるきっかけになれば

ワクガクを通じて子どもが上手く問いを立てられるプログラムができれば、大人にも応用できるでしょう。このプロジェクトで得られたノウハウを、ビジネスでの共創プロジェクトやサービスデザインに活かすことも視野に入れています。実証授業では様々な気付きがありました。
例えば丸山は「社会人向けのワークショップで、抽象的な言葉を多く使っていたことに気づきました。そのような言葉は小学生には通用しません。大人に対しても正確に伝わっていなかったかもしれないと反省しました。全員が認識できる、具体的で分かりやすい言葉を使おうと思いました」と話しています。

また、観察メガネ、問いのハットのような観点を例示することは、視野や思考を狭める可能性もあり大人向けにはあまり行いません。丸山は「一方でプロ学さんの支援もあり『苦手帽子:静かにするのが苦手な人はどう思う?』など、自分と異なる他者の立場での具体的な観点も取り入れることができました。これはデザイン思考のプロセスにおいて重要となる、ユーザーの理解や共感を深めることにおいて社会人向けにも応用できるかもしれません」と、新たな気付きがあったと話しました。

来年度は中山間地の学校で実証授業を行い、さらにプログラムをブラッシュアップしていく予定です。
杉妻は「おそらく都市部よりも課題の多い地域です。ワクガクをきっかけに子どもたちが今後、小学生という早い段階から自分の地域への問いを持って学び続け、そして社会に出て地域課題を解決してくれたら、こんなに嬉しいことはないですね」と語っています。

結びに2人から今後の展望を聞きました。
「私はプライベートで少年サッカー団のコーチをしており、デザイナーとしての経験を活かして選手、コーチ、保護者を対象にワークショップを実施することもあります。今回のワクガク★プロジェクトではその経験も活かせました。今後は逆に、ワクガクで得た気づきを、プライベートや業務で行う社会人向けのワークショップでも役立てたいです。また、富士通創業の地である川崎市の小学校へ展開できたら良いですね」(丸山)
「デザイナーが持つ専門性を教育の場で活かすことで、子どもたちの生きる力の向上に少しでも貢献したいです。同時に、富士通デザイナーの価値を発揮できる領域が、ワクガクのようにビジネス以外の場にももっと拡大すると良いですね。ワクガクに関しては、今後はデザイナー以外の多様な方々も携わることができるように、また、参加した人が社会との関わりを深めることができるようなプログラムに発展させていければと考えています。」(杉妻)

  • 杉妻
  • 丸山

ページの先頭へ