5Gによる遠隔教育をデザイン
水族館と院内学級をつないだ体験学習

5Gによる遠隔教育をデザイン 水族館と院内学級をつないだ体験学習イメージ

掲載日 2021年1月04日



「長期入院のため病院内に設置された院内学級で学ぶ子どもたちの、生きる力のより一層の向上につながる体験をさせてあげたい」こんな思いが、5Gなど先端技術を活用して入院中の子どもたちをサポートする遠隔教育プロジェクトにつながった。提案したのは、障がいのある子どもに寄り添う活動を学生時代から続けてきたデザイナー。国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)掲げられた目標4.教育「すべての人々へ質の高い教育の提供を目指す」の目標の実現につながる試みだ。

5Gによる遠隔教育をデザイン 水族館と院内学級をつないだ体験学習イメージ


「サメと泳ぐ」体験学習に子どもたちが歓声

2020年2月28日、入院中の子どもたちが学ぶ東京都内の院内学級に明るい声が響きわたった。5Gによる映像伝送や水中ドローンにVR技術などを活用して沖縄美ら海水族館と教室を結んで行われた遠隔教育(体験学習)の実証実験。ヘッドマウントディスプレイを身に着けた子どもたちは水槽の中を泳ぎ回るような気分を味わい、巨大なジンベエザメなどを観察した。リアリティがありすぎて「怖い」という子もいたほど。興奮冷めやらない子どもたちが病室に戻ってからも楽しそうに感想を話し続ける姿に、先生方も一緒に喜んだという。
富士通が関西学院大学教育学部やNTTドコモなどと協力して、2019年から実施してきたプロジェクト。20人余りの子どもたちが普通の学校でも味わえない体験を楽しんだ。

「サメと泳ぐ」体験学習に子どもたちが歓声


学生時代のボランティア活動が原点

このプロジェクトを発案したのは、デザインセンターの杉妻謙。富士通入社の際に「テクノロジーと人との懸け橋になりたい」と志望動機を語った杉妻は、学生時代に障がいのある子どもの送迎ボランティアに取り組んだ。その際、子どもに手を噛まれたことがあり、当初は驚いたが、それは彼らにとってうれしさの表現だと聞かされて、「この子たちが感情を自由に表現できる手段があればどんなに素晴らしいだろう」と考えたことが現在の業務につながる原点となった。
こうした経験から、入社後は知的障害や発達障害などがある子どもたちの学習・生活を支援するアプリの開発など、ユニバーサルデザインに関連する業務に数多く取り組んできた。今回も営業部門から5Gを活用した事業の検討を持ち掛けられた際、院内学級で学ぶ子どもたちへの支援に活用したいと提案した。

「サメと泳ぐ」体験学習に子どもたちが歓声


院内学級に通い子どもたちのニーズ探る

5Gを活用することで入院中の子どもたちにどんな価値を提供できるのか。杉妻は首都圏や広島県の養護学校や院内学級に足を運んでヒアリングを重ねた。その中で感じたのが、長期入院の子どもたちのなかには、学習の基礎となる生活上の体験が不足してしまう問題があることだった。
「幼少の頃から入院して外出が困難な子どもは、例えば算数の問題で『リンゴを買っていくらお釣りをもらうか』という文章が出されたときに買い物のイメージが描けない。こうした日常生活の体験の不足から学習の理解も進みにくい。そうした子どもたちに生きる力を与えるような体験をさせてあげたいと思いました」
こうした中、富士通の中には無い、水中ドローンとVR技術を持つベンチャー企業をプロジェクトに巻き込みながら、アイデアを出し合ったところ、海を知らない子供たちに海や生き物について学んでもらう5Gを使った仮想の遠隔学習を実施することになった。

海を知らない子供たちに海や生き物について学んでもらう5Gを使った仮想の遠隔学習


富士通の伝統から「思いをリレーしている」

杉妻はプロジェクトの実現に向けて重要だったのが仲間づくりだったと話す。5Gの技術でのどのような価値を示せるか、まず大学の専門家の助言や院内学級のヒアリングから具体的な価値を描き出し、その実現に向けて協力してくれる学校や水族館施設や必要な技術を持つ事業部やベンチャー企業を探し出していく。デザイナーとしてこうした関係者の思いや技術を結び付けて実証実験の構成を組み立てた。
「大学の先生はビジョンや方向性を示せても具体的なアイデアは描きにくいし、技術者はテクノロジーをどう生かすかその使い道を探している。ビジョン実現に向け、人々の生活課題や社会課題をベースに有効なテクノロジー活用シーンを描くことで、デザイナーとしてその橋渡しができたと思う」
さらにユニバーサルデザインを手がけた先輩が富士通に多くいたことも大きかったと話す。
「1990年代から障がいがある人でもパソコンやATMを使えるような取り組みが社内で行われており、近年では、ウェブ・アクセシビリティや視覚に障害ある方でも使いやすい携帯電話などに取り組む先輩が身近にいた。こうした富士通の伝統からバトンを受け取り、その思いをリレーしているという認識があります」

技術ベースでなく社会ニーズをみて新たな価値提供を

5Gを活用した遠隔教育の実証実験はいったん終了。

このプロジェクトは、多方面で認められ、2020年度キッズデザイン賞、IAUD国際デザイン賞 (金賞)、またSDGsパートナーシップ賞(特別賞)を受賞し、様々な方面で入院中の子どもたちに多彩な体験的学習を提供して生きる力を育成する非常に重要な取り組みと評価された。

杉妻は、今後の展開に向けて、「技術ベースではなくまず社会ニーズをみた上で、新たな価値をいかに人々の暮らしや社会に提供できるか考えたい」と話す。4年前に大学へ再入学し、社会福祉士(ソーシャルワーカー)の国家資格も取得した。
「デザイナー兼ソーシャルワーカーとして、社会福祉の問題が起きる社会構造を明らかにし、テクノロジーの力で、誰もが生きやすい環境を作り出すことがミッションだと思っている。今回の仕組みを使って他にも高齢者の抱える課題や、離島や僻地などの課題解決などにも活用できないか、新たな価値提供を考え続けていきたい」

デザインセンター 杉妻 謙デザインセンター 杉妻 謙
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