創薬研究の加速と効率化を目指す

創薬研究の加速と効率化を目指す
研究プロセス全体を管理する統合型創薬プラットフォームをデザイン



掲載日 2023年11月22日

サステナブルな世界の実現に向け、富士通が2021年10月に立ち上げた全社事業ブランド「Fujitsu Uvance」。同ブランドがターゲットとする7つの重点分野のうち、「Healthy Living」はヘルスケア領域における社会課題の解決を目指すカテゴリです。ライフエクスペリエンスの最大化を謳う同カテゴリにおいて、Virtual Pharmaのコンセプトのもと、デジタルを活用した革新的・効率的な創薬により患者が必要な医薬品を入手できる世界を実現するための富士通の取り組みが始まっています。
2023年5月には、ペプチド創薬の研究プロセスを管理するプラットフォーム「Biodrug Design Accelerator」をリリース。同プラットフォームは、富士通Life Science事業部がバイオベンチャーであるペプチドリーム株式会社の協力を得て開発に着手したもので、デザインセンターからも3名がプロジェクトに参加。類例のないプラットフォームの企画・開発に、デザインの手法を用いることでプロジェクトの推進に大きく貢献しました。
フロントデザイン部の佐久間、ビジネスデザイン部の加藤、菅原へのインタビューを元に、プロジェクトのこれまでを振り返ります。

インタビュイープロフィール

部署名・肩書は取材時のものになります。


わずか1カ月で完遂。As-Is(現状)の可視化とTo-Beの明文化

「ペプチド」とは2個以上のアミノ酸が結合した化合物のことで、これを主体としたペプチド医薬品は中分子医薬品に分類されます。低分子医薬品や高分子医薬品の中間に位置する分子量で、開発・製造コストを抑えやすいうえに薬効が高く、副作用のリスクが低いという両者のメリットを併せ持つことから、次世代の創薬モダリティとして近年注目されています。その一方で、発展途上の分野であるがゆえに、ペプチド創薬の研究開発を支援する既存のツールやシステムは数少なく、統合的なプラットフォームはそもそも存在しませんでした。

  • ※創薬モダリティ:
    創薬技術・手法のこと。創薬研究の現場では、低分子薬、抗体医薬といった従来の主たるモダリティに加え、核酸医薬、細胞治療、遺伝子細胞治療、遺伝子治療といった比較的新しいモダリティの存在感が年々高まっている。

そこで、Life Science事業部(以下、事業部)ではペプチド創薬の研究開発をターゲットとしたプラットフォームの開発を企図。ペプチドリーム株式会社(以下、PD社)協力のもと、2020年11月よりPD社の研究者へのヒアリング等を開始しました。サービスデザイナーの佐久間がプロジェクトに参画したのは、2021年4月のことです。
「創薬の根幹に関わる専門性の高いシステムということで、事業部からは創薬や化学の知識に秀でたメンバーが集まっていました。そもそも創薬の扱う領域は広くそれぞれの研究内容には深い化学知識を要し、PD社研究員の方々へのヒアリングでは専門的な議論が尽きることがなく、研究業務の全体感を念頭に置いた課題抽出としては難航していました」(佐久間)

佐久間

2021年5月末までに企画完了、6月から開発開始という当初のスケジュールに対し、企画の進捗はやや遅れ気味でした。こうした状況を踏まえて佐久間がまず取り組んだのは、PD社からヒアリングした内容を元に、研究プロセスが俯瞰できる資料を作成すること。システムを構築するうえで、研究業務全体の可視化が不可欠だと考えたからです。次いで、各フェーズにおける研究者の悩みを分類し、明文化していきました。こうして、ペプチド創薬研究の「As-Is」を共有できる資料を元にPD社の研究者へのヒアリングを重ね、最終的に新システムのコンセプトを3つのキーワードに落とし込むに至りました。

Biodrug Design Accelerator 開発コンセプト(To-Be)
  • データの一元管理
  • システム同士のコラボレーション
  • 研究者同士のコラボレーション
開発コンセプトの明文化と可視化

「コンセプトの策定において意識したのは、ありたい姿が単なるきれいごとに見えないようにすることです。キーワードを元に、ユーザーの想いが達成された様子や状況をビジュアライズすることで、イメージの共有を図りました」(佐久間)
こうして、通常は約3カ月かかる一連のプロセスを1カ月で完遂し、企画としてまとめあげました。

機能アイデアの仮説を基に、ユーザである研究者からフィードバックを貰いその場で可視化

プロトタイプを介したコミュニケーションで、イメージのズレを回避

2021年6月からは、ビジネスデザイン部のデザイナー2名も参画。加藤はUX/UI、菅原はUI/ビジュアルの担当です。以降、リリースまでの約2年間にわたりPD社と週1回の打ち合わせを重ねながら、機能ごとに期間を区切って開発を進めていきました。創薬という領域でのデザインワークは、加藤も菅原も初めての経験。UXデザインを主に担った加藤は、次のように振り返ります。

「研究者の方々が創薬の過程を記していた実際のExcelを必死に読み解きながら、創薬プロセスの理解を深めるところからのスタートでした。並行して研究者の言葉に耳を傾け、アイデア展開につなげていきました。また、コロナ渦だったこともあり、オンラインでのコミュニケーションが中心でしたが、複雑な内容に関して意識のズレを最小化するためにも、とにかく手を動かしながら、作成したラフイメージをベースに会話をするようにしていましたね」(加藤)

加藤

研究者の言葉には、各機能を具体的に検討するうえでのヒントが数多く隠されていたといいます。例えば、今回のプラットフォームの主要画面の1つであるヒストリー機能。失敗も含めた研究プロセスがツリー構造で参照できるようになっています。
「あるシニア研究者の方の、『暗黙知を検索できるようにしたい。若手研究者から質問を受ける機会が多いが、自分が前提としている過去の蓄積を踏まえていない相手にいちからレクチャーするのは困難。検索をかければ、過去のイノベーションがどのような前提のもと何を契機にして起こったのかがわかる機能がほしい』という言葉が発想の源となり、ツリー構造によるビジュアライズに辿り着きました」(佐久間)

UI/ビジュアル担当の菅原は、新システムのコンセプトに何度も立ち戻りながらデザインに取り組んだといいます。
「コンセプトに沿った画面を成り立たせるには、実際の入力画面はどうあるべきなのか。ユーザーストーリーを思い描きながらUIに落とし込んでいきました」(菅原)

菅原

また加藤は、今回のシステムのビジュアル面のアプローチについてこう語ります。
「一般的に、用途が専門的であるほど画面も堅苦しくなりがちですが、今回のシステムは菅原さんが非常にやわらかくすっきりとした画面に仕上げてくれました。ユーザーが前向きな気持ちで使いたいと思えるデザインになったと感じています」(加藤)

「富士通の“お堅い”システム画面のイメージを払拭し、やわらかく、ユーザーに優しいものを作りたいという意識は常に持っています。富士通の医療・製薬領域の事業ブランドであるHealthy Livingの世界観とも通じるデザインを心がけました」(菅原)

製品UIイメージ

従来にない多様な「コラボレーション」がもたらした成果

現在は、製品版「Biodrug Design Accelerator」の導入がすでに完了し、評価・検証が進行中。3年間にわたるこれまでの取り組みを振り返りながら、佐久間と加藤は今回のプロジェクトにデザインがもたらした価値を次のように語ります。
「創薬は、富士通のAI技術が強みを発揮している領域です。事業部が取り組んできた創薬関連の先行プロジェクトは他にもありましたが、デザイナーが本格的に参画した事例は今回が初めて。事業部からは『我々のみでやっていたのでは、おそらく辿り着かなかったであろう製品になった』との言葉をいただきました。わかりにくいことをわかりやすく、というデザインの真価を発揮できたと思います」(佐久間)

「熟練研究者の声を聞き、デザイナーが専門的な視点と一般的な視点を持ってつまずくポイントを確認しながらUXの見直しとUI設計を行ったことで、創薬のハードルを下げるプラットフォームを開発することができたと思っています。このプラットフォームの活用が増えることで多くの有用なペプチドを生み出しやすくなり、それが呼び水となってペプチド創薬の分野にイノベーションが起きたら嬉しいです」(加藤)

また菅原は、プロジェクトへの参加を通し、サービスデザイナーとUX/UIデザイナーの連携がもたらす効果を実感したと語ります。
「富士通は、Fujitsu Uvanceに象徴される社会課題の解決にフォーカスするためデザインセンターと事業部の連携を進めています。けれど、デザイナーがジョインすればうまくいくというのではなく、適切なスキルを持ったデザイナーが適所に入ったからこそ効果が出たとも感じています。今回は、佐久間さんと我々UX/UIデザイナーの連携が非常に上手くはまった事例だと思うので、部の垣根を越えて、もっとつながりを強化していきたいです」(菅原)

3名の中で唯一のサービスデザイナーであり、事業部や研究者、そしてUX/UIデザイナーとの連携の要を担った佐久間からはこんな言葉も。
「僕はUIの専門家ではないので、ゴールのイメージをビジュアライズすることはできても、そこに至る細かなUXの手順を網羅的に描き出し、しかるべきUIを定義するのは困難です。それゆえに、研究者や事業部の言葉をデザインの言葉に置き換える翻訳者であろうと意識していました。今回の創薬研究に限らず、デザインが活かせる領域は他にも数多くあると思っています。ノンデザイナーとデザイナーのやり取りは、最初のコミュニケーションコストが高くなりがちですが、意思疎通のためのすり合わせがきちんとできれば大きな効果を発揮できる。そのことを再認識できたのも、今回のプロジェクトの大きな収穫です」(佐久間)

今後、「Biodrug Design Accelerator」は、国内のみならずグローバルに展開することが決まっています。さらに、ペプチド医薬品のみならず、核酸医薬品や抗体医薬品といった他のモダリティへのチャレンジも進める方針です。創薬研究者のクリエイティビティを加速させ、患者が必要な医薬品を入手できる世界を一日でも早く実現するために。「Biodrug Design Accelerator」の進化は続きます。

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