イノベーションとリーダーシップ

イノベーティブな組織をつくるリーダーシップとは?

デジタルトランスフォーメーションが進行する中で、企業組織も大きな変化を迫られています。イノベーションを生み出し続ける組織運営の秘訣は何なのか?

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富士通 グローバルマーケティング本部 チーフストラテジストの高重吉邦です。2019年7月30日、ザ・キャピトルホテル東急(東京都千代田区)で「ヒューマンセントリックな組織づくり~革新的な組織をつくるリーダーシップ~」と題して、経営者フォーラムを開催しました。今回お招きした講演者は、ハーバード・ビジネススクールでリーダーシップ、グローバリゼーション、イノベーションについて教えているリンダ・A・ヒル教授とANAホールディングスでアバタープロジェクトを指揮する深堀 昂さんです。

そもそもなぜこの経営者フォーラムをやっているのかと言うと、テクノロジーやビジネスモデルが急速に変化する先が見えない時代に、経営者の方々と一緒にビジネスの方向性や戦略について議論し、新しい考えを創造し、変革を加速していくためです。そのために、これまで一橋大学の野中郁次郎名誉教授、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授、UCバークレーのヘンリー・チェスブロウ教授、コロンビア大学のリタ・マグラス教授など、世界をリードする経営思想家から「何が重要なのか、何を考えて経営すべきなのか」についての洞察を共有いただき、議論を深めてきました。

今回フォーラムの起点となった問いかけは、昨年10月の経営者フォーラムの中での、元富士フイルム 副社長兼CTO(最高技術責任者)で同社の変革をリードされた戸田雄三さんとの会話の中から生まれてきました。それは、「私たちは、いまだに人間を組織という箱の中に閉じ込めていないだろうか?」という本質的な疑問です。

人間の創造性を活かしてイノベーションを生み出す、真のヒューマンセントリックな組織はどうあるべきか?これを議論するためには、昨年11月にウィーンで開催されたピーター・ドラッカー・フォーラムでご一緒したリンダ・ヒル教授が最も適任だと思いました。彼女は、「リーダーの役割は自らがビジョナリーなリーダーとしてイノベーションを牽引することではなく、従業員が率先してイノベーションを生み出すことにチャレンジしてそれを実現できる環境を創り出すことだ」と説きます。トイ・ストーリーなどのヒット作を生み出し続けるピクサー・アニメーション・スタジオの伝説的な創業者エド・キャットマル氏などの豊富な実例研究から、「Collective Genius (集合天才)」という腹に落ちるコンセプトを生み出しました。

ではそれを日本の大企業でどうやって実践すればいいのか?その大きなヒントを提供してくれるのが、社内起業家(イントラプレナー)としてとてもユニークな活動をされている、ANAの深掘さんです。物理的に移動しなくても世界中どころか宇宙までどこにでも行けてしまう「瞬間移動」という、どこでもドアのようなコンセプトを、アバターという人が操作するロボットで実現してしまう壮大なビジョン。これをメジャーな航空会社の中でプロジェクト化し、社内外の人を動かしてしまうとても純粋だけれども物凄いエネルギーを秘めた人です。

以下は私、ヒル教授、深掘さんのプレゼンテーションと3人によるディスカッションのサマリーです。最後のパネルでは、今最も重要なテーマである「両利きの経営(ambidextrous organization)」にどう取り組むかについてもディスカッションしています。

イノベーションを導くのは、目的志向型のコミュニティ

高重 吉邦高重 吉邦

2017年から毎年、私たちは世界のビジネスリーダーを対象に、デジタルトランスフォーメーション(DX)に関する調査を行っています。この調査から浮かび上がってきたDXを成功に導いていくための組織能力をデジタルマッスルと名付けています。デジタル化を進め、イノベーションを生み出すためにはこれまでとは異なる筋肉が必要だという意味です。デジタルマッスルには「リーダーシップ」「人材のエンパワーメント」「アジャイルな文化」「エコシステム」「データからの価値創出」「ビジネスとの融合」という6つの筋肉があります。DXの成果を実現している企業は、これら6つのデジタルマッスルで高い筋力を有していることが調査の結果分かっています。DXとは、単に技術を導入することではなく、継続的にこれらの組織能力を高め、事業を再創造していくプロセスなのです。

DXが最も進んでいるのはアメリカと中国で、この2カ国の企業は平均して非常に高いデジタルマッスルの組織能力を有していました。彼らと比較して日本企業は出遅れていて、特にDXを遂行する人材の不足に悩んでいます。それでは、デジタル時代にイノベーションを生み出すリーダーシップ、人材、組織の面で何が課題なのでしょうか。

そのヒントが、私も日本人として唯一登壇させていただいた昨年11月のドラッカーフォーラムにありました。ドラッカーは「人間中心の経営」を提唱した現代経営学の創始者とも呼ばれる人です。第10回目のこのフォーラムでは、リンダ・ヒル教授をはじめ、世界中から集まった世界トップクラスの経営思想家たちが今日の時代を生き抜くために必須としたのがまさにこの「人間中心の経営」でした。これは富士通の唱えるヒューマンセントリックの考えにも大いに通じるところがあります。

私たちは「人間中心の経営」というものをデジタルの文脈で捉え直す必要があるのではないでしょうか。イノベーションを生み出すのは人間の創造性であり、それをどう引き出すかが鍵だということです。私たちのDX調査の結果からも、従業員に情熱をもって自らの考えを伝え、自発的な行動を促進する共感型のリーダーシップをとる企業の方が、DXの成果を約2倍の確率で実現していることが分かっています。同じく、ワークライフバランスや、ダイバーシティ、インクルージョンを重視し、人材のエンパワーメントを理解する組織の方が、DXの成果で大きく先行しています。

一橋大学 名誉教授の野中郁次郎先生は、第1回目の経営者フォーラムで「日本企業の強みは、信頼を基盤とするライフタイムコミットメントのコミュニティにあった」と話されています。自分の経験でも、私が入社した当時、富士通もそうしたコミュニティの熱気にあふれていたように思います。会社のなかに横のつながりがあり、誰にでも相談できるオープンな風土がありました。そして、失敗をとがめず、何でもやってみようという気風がありましたし、自分自身も実際にやりました。しかし、次第に、大企業を中心に日本の産業界からそうしたコミュニティが失われていったように感じています。大所帯となって組織が硬直化し、失敗が許されなくなってしまいました。

DXを進めていこうとするとき、その中核にあるのはコラボレーションを通じたスピーディな学習にあると思います。今年の4月にビジネスモデルキャンバスの創始者として著名なアレックス・オスターワルダー氏が来日し、富士通もスポンサーをしてワークショップを行いました。彼の考えも、すばやく何度も実験を繰り返し、だめだったら何度でもやり直せという考え方です。デジタル時代にはこうした実践的な学びの姿勢こそが人を成長させ組織を強くするのではないかと思います。

今、デジタル時代において、目的志向型のコミュニティを構築することが経営の重要課題だと思います。リーダーの役割とは、イノベーションを生み出す実践的な学習をメンバーが行う機会を与え、マネジメントすることではないでしょうか。

高重チーフストラテジストのスピーチ『イノベーションを導くのは、目的志向型のコミュニティ』のダイジェストがご覧いただけます。


続いて登壇したリンダ・ヒルは“Collective Genius(集合天才)”というコンセプトを生みだした共著書『Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation(ハーバード流 逆転のリーダーシップ、日本経済新聞出版社)』で知られるハーバード・ビジネススクールの教授です。世界の経営思想家トップ50 (Thinkers50)にも毎回選出されていて、2015年にはイノベーション賞を受賞されました。イノベーションは果たしてひとりの天才のひらめきから生まれるのでしょうか?彼女はそう問いかけます。ヒル教授は、このコンセプトを生み出す基礎となったフィールドワークから語り始めました。

集合天才:多数の従業員の天才のかけらをひとつにまとめる

リンダ・ヒル教授リンダ・ヒル教授

私はこの15年ほどハーバード・ビジネススクールでリーダーシップとイノベーションの関係性について考えてきました。

イノベーションを持続的に起こしている世界各国の卓越したリーダーを訪ね、文化人類学の手法で彼らの考えや行動を観察しました。調査した業界もさまざまで、ITやエンターテインメントのほか政府機関やNPOなどもリストに含まれています。

リーダーシップと一言で言っても、そこには当然、国ごとの文化の違い、組織文化の違い、個人のスタイルの違いなどがあります。しかし今日は、そうした違いよりも、むしろ共通項に焦点を合わせてお話ししたいと思っています。イノベーションを何度も起こす人々には考え方や仕事の取り組み方に驚くほどとても似通ったところがあったのです。

では、まず定義から始めましょう。イノベーションとは何か?

私はそれをとてもシンプルにこう定義しています。「イノベーションとは、斬新さと有用性を兼ね合わせたもの(Novel + Useful)」です。新しいものはたとえ創造的であっても、なにかの役に立たなければそれはイノベーションとは呼べません。

この定義は、私たちが何年にもわたってその行動を深く学んだ35名のビジネスリーダーに共通して当てはまるものでした。製品であれ、サービスであれ、ビジネスモデルであれ、組織であれ、漸進的であれ、ブレイクスルーであれ、イノベーションとは、これまでにない新しいもので、そして役立つものなのです。

バリュー・クリエイターとゲーム・チェンジャー

私たちが調査したビジネスリーダーたちは、イノベーションに対して共通の考え方を持っていました。それは、「特定の人だけでなく、組織の誰もがイノベーションを起こすことができる」という信念です。病院の清掃係であっても、伝染病予防のためのイノベーションを起こせるという考え方です。

イノベーションを考えるとき、私は“パフォーマンス・ギャップ”“オポチュニティ・ギャップ”という言葉を用いています。リーダーたちは従業員に対して、“バリュー・クリエイター(価値創造者)”にならなければならないと言っています。つまり、本来できてしかるべきことと現状できていることとの間のギャップ(差)を認識して、その業務上のパフォーマンス・ギャップを埋めることができなければなりません。

しかし、それだけでは不十分です。同時に彼らは“ゲーム・チェンジャー(変革者)”でなければなりません。ゲーム・チェンジャーは、今行っていることと、新たなビジネス機会(オポチュニティ)との間のオポチュニティ・ギャップを認識して、その新たな機会を実現できる人です。

私たちが調査した各企業のビジネスリーダーは、「もしオポチュニティ・ギャップに自ら対応できなければ、競合他社が先にアプローチして、その可能性を奪い取るだろう」と従業員に向かって説いています。

オポチュニティ・ギャップへの対応が重要なもう一つの理由は、それが顧客を喜ばせるからです。パフォーマンス・ギャップを埋めて、業務効率を改善しても顧客が喜ぶことはありません。企業はオポチュニティ・ギャップを解消することによってはじめて、自らを抜本的に差別化し、顧客との戦略的なパートナーシップに基づく長期的な信頼関係を築くことができます。

またオポチュニティ・ギャップが重要な最後の理由は、最も優れた人材を採用するためです。才能があり、情熱を持った人を惹きつけるには、新たな可能性にチャレンジする機会を与えなければなりません。

リンダ教授のスピーチ『集合天才:多数の従業員の天才のかけらをひとつにまとめる』のダイジェストがご覧いただけます。

天才のかけら

ここでひとりの人物をご紹介しましょう。ピクサーの共同創業者、エド・キャットマルです。私が今までにあった最も優れたリーダーの一人です。ご存じない方も多いと思いますが、彼はCG技術イノベーションでアカデミー賞を5度も受賞し、ピクサーがディズニーに買収されたのちはディズニーアニメーションの社長の職に就いていました。例えば、『アナと雪の女王』はその頃、彼がつくった映画の一つです。低迷していたディズニーを立て直した立役者のひとりといえます。

ピクサーを最初に訪問したとき「映画作りはチームスポーツ」だと教わりました。そこには編集、ストーリー、美術、レイアウトをはじめライティング、シミュレーション、レンダリングなど多種多様な仕事があり、担当する人々が緊密に連携しています。300人から500人近くの人間が4~5年かけてひとつの映画に取り組んでいます。たった10秒のシーンに6ヶ月費やされることもあります。

エドが言うには、どんな映画も最初は箸にも棒にもかからない“酷い赤ん坊”のようなものだそうです。それが何度も何度もプロセスを繰り返していくうちに、少しずつ“立派な大人”になっていきます。アニメーターの一人が説明してくれましたが、ある登場人物についてアイデアを思い付いて監督に見せたところ、何度かのやり直しの後で実際の映画に採用されたそうです。ピクサーでは、こういうことが起こると「アニメーターの天才のかけらが監督と共有されたので、映画がもっと素晴らしくなった」と言うそうです。誰もがそういった天才のかけらを持っているのです。

エドはピクサーのオーナーだったスティーブ・ジョブズについて、「彼はイノベーションというのはたった一人の天才がもたらすものではなく、多くの人々のコラボレーションによって作り上げられるものだ、ということを本当によくわかっていた」と語っています。

制作が困難を極めた『トイ・ストーリー2』が完成したとき、スティーブ・ジョブズは、この映画制作チームだけでなく、800人近くいるスタジオの人間すべて、監督から食事担当、運搬担当まで、すべてのひとに週給の13倍に相当するボーナスを払ったそうです。スタジオに所属するすべての人がそれぞれの“天才のかけら”を出し合ったことで最高の映画ができたということを伝えたかったのでしょう。

イノベーションを創出するために

イノベーションを創出するには3つの組織機能が必要ですが、そのためにまず知っておくべきことがあります。それはイノベーションの特徴です。次の4つになります。

  • イノベーションは専門性と経験を持った人たちのコラボレーションから生まれる。
  • イノベーションはたいていの場合、発見型の学習を通じて形づくられる(だからイノベーションを前もって計画することはできず、まず行動することが必要)。
  • イノベーションは新旧のアイデアの組み合わせである(必ずしも新しいアイデアだけからなるものではない)。
  • イノベーションの創出はやる気を起こさせるが、同時に知的にも感情的にも大きな負荷を強いる。

リンダ教授のスピーチ『イノベーション創出に必要な3つの組織能力』のダイジェストがご覧いただけます。

イノベーションを生みだそうと思うなら、こうした現実に対処できる組織を作らなければなりません。何度もイノベーションをおこすような組織は、そのために次の3つの能力をもっています。

  • 創造的な摩擦(Creative Abrasion)
    対立する多彩なアイデアのマーケットプレイスを生みだす。組織のひとりひとりが自身のアイデアを語り、他人の意見を聴く。アイデアの優劣で競い合う。リーダーは意見の対立を調停するのではなく、それぞれの違いを際立たせ、実験の段階に進む力強いアイデアのポートフォリオを築く。
  • 創造的な俊敏性(Creative Agility)
    すばやく実験を繰り返し、発見型の学習を行う。リーンスタートアップやデザイン思考などはそのためのツールといえる。万全なかたちで行うパイロットプロジェクトではなく、小規模な実験を行い、失敗から学んでいく。
  • 創造的な解決(Creative Resolution)
    対立するアイデアを組み合わせて活かす。折衷案ではなく、それぞれの強みをそのまま創造的に組み合わせる。判断の際、特定部署、専門家、上司などの意見に振り回されず、辛抱強く両方のアイデアを活かすようにする。

そうした判断の実践例のひとつとして、Google エンジニアリング担当上級副社長のビル・カフランの話をご紹介しましょう。GメールとYouTubeのデータインフラ構築を託されていました。とにかく膨大でしかも形式も異なるデータを、どう扱いどう保存するか、一筋縄でいく仕事ではありません。「どうやってこの仕事をやり遂げるつもりですか?」と訊くと、彼は「自発的に起こることを見ている」と答えました。「自発的に」とは、どういう意味なのでしょう?

ビルは意図的に2つのエンジニアチームにこの仕事を任せていました。それぞれ別々に独自の考えを取り組ませたのです。難題に直面するたび、チームは彼のところにやってきましたが、答えを出さず逆に質問をして押し戻しました。「リーダーは答えを出してはいけないんです。そうすると一所懸命考えなくなる」と彼は言いました。

2年後にそれぞれのチームが暫定的ソリューションを完成させたとき、彼は互いのチームを引き合わせ、それぞれの長所と欠点を学ばせました。そして互いに相手の欠点をあげつらうのではなく、それぞれの長所を組み合わせ、さらに良いソリューションに仕上げさせたのです。

「自分たちのアプローチには限界があり、課題はずっと大きいということを自ら学んでほしい」とビルは言います。「たいていの企業は、トップがある部署を選んで順番に開発をやらせるものですが、ブレイクスルー技術の開発の場合は、それが本当にうまくいくかどうかはわかりません。時間もかかります。これに対し、複数チームが同時並行で実験を繰り返す方法が最も効果的で効率的です」。

リーダーの仕事は人がイノベーションを取り組む環境をつくること

「イノベーションを起こそうと思うなら、リーダーにはビジョンは必要ない」と彼は言います。「いままで誰もやったことのないブレイクスルーを起こそうとしているのだから、リーダーがイノベーションをリードすることなどできません。リーダーの仕事は意欲的にコラボレーションし、発見型の学習を行い、アイデアを統合する場を提供することです。それこそがあるべき姿です」。

わたしが研究してきたリーダーたちは皆、それぞれのビジョンを胸に秘めていましたが、大事なのは人が意欲的にイノベーションに取り組むことができる環境作りであるということを心得ていました。ビルはこう言っています。「イノベーションは共創のプロセスです。部下たちはリーダーと一緒に未来を共創したいと思っています。だから、リーダーはそういった共創のプロセスに自分をどう位置付けるかを考えなければならないのです。」

イノベーションのための組織文化

もうひとつ大切なのが、コミュニティとしての組織文化です。

なぜコミュニティとしての組織文化が重要かというと、文化を通じて人々のつながりや帰属意識が生まれ、共通の目的意識が培われるからです。イノベーションを支える組織文化の構成要素は次の3つです。

  • 目的:何のために私たちは存在するのか
    目的が明確であれば、物事がうまくいかないときも人々をまとめ、前に進ませることができる
  • 共有された価値観:何を重要とみなすか
    突飛な夢を抱くこと、協力し合うこと、責任を持つこと、学ぶ姿勢を持つこと
  • エンゲージメントのルール:互いにどういうやり取りをし、問題の解決策をどのように考えるか
    他の意見の尊重、信頼、切磋琢磨、全体を俯瞰すること、すべてを疑うこと、データ志向

新しい企業文化をうち立てて成功した例としては、韓国でバッグの高級ブランドを立ち上げた女性経営者キム・ソンジュや、インドで従業員の意識改革に取り組んだHCL CEOのヴィニート・ナイアー、グローバルマーケティングでコラボレーションを実践したフォルクスワーゲンCMOのルカ・デメオの事例などがあります。

本日は、リサーチから分かったことをお伝えしました。それは、これまでとは異なるリーダーシップの考え方です。そしてそれこそが、イノベーションを生み出すことができた企業が実践していた秘訣なのです。


3番手として登壇したのは、ANAホールディングスで世界中からロボティクスエンジニアを結集させ、アバタープロジェクトを展開する深堀 昂氏。現在、アバター準備室の共同ディレクターを務める深堀氏は、国内外の大学や研究所をまきこんで広がっていくアバタープロジェクトがどのようなもので、どうやって立ち上げたかについて語りました。

航空会社のアバター開発、どこまで自分を信じ切れるか

深掘 昂氏深掘 昂氏

私は今、ANAホールディングスでアバターに関する事業を進めています。アバターとは、遠隔地に置かれたロボットに意識、技能、存在感を瞬間移動させ、⾃分の分⾝のように「⾒て(視覚)」「聞いて(聴覚)」「触る(触覚)」ことのできる技術です。リアルタイムでコミュニケーションおよび作業を行うことを可能にします。「なぜ航空会社がアバターを?」と疑問に思われる方もあるかと思いますが、ANAの経営理念は「安心と信頼を基礎に、世界をつなぐ心の翼で夢にあふれる未来に貢献します」となっておりますので、航空機のかわりにアバターで世界をつないで未来に貢献しようと考えております。

航空機で移動する人々は世界の人口のわずか6%に過ぎませんが、もしアバター技術がスマホのように普及すれば、どんな人でも皆、「どこでもドア」のように自由に世界中どこへでも瞬間移動できるようになります。ネット環境があればALS(筋萎縮性側索硬化症)の人でも外に出ていろんな体験ができる。アバターは人体拡張機能も備えている次世代のモビリティ(移動手段)なのです。

とはいえ、そのような市場はまだ世界のどこにも存在していません。そこで、いま3つの柱を掲げて事業化を模索しています。

第1は、ANAとXプライズ財団が行っている国際賞金レースです。これには世界74か国、570チームが名乗りをあげ、災害救助や介護に役立つ高性能アバターの開発にしのぎを削っています。ロボットに無縁な私たちが世界トップクラスのロボティクス研究所やエンジニアと交流できるようになったのはこの賞金レースのおかげです。

第2は、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)とともに進める宇宙関連事業です。具体的には、宇宙空間における建設、宇宙ステーションなどの保守運用、宇宙空間におけるエンターテインメントなどを想定しています。

第3は、遠い未来ではなく明日からでも使えるアバターサービスの開発です。

よくいただく質問として、どんなサービスなのかという質問をいただきますので、簡単に先にご紹介しますと、例えばGoogleさんのGoogle Mapをイメージしていただきたいのですが、この会場(ホテル)の多分、上層の部分までは拡大していったら見えると思うんですが、私たちの技術は、このクリッカーを例えばここに置いてあったら、拾うことができるような技術です。例えばオンラインショッピングストアであれば、私たちのアバターが置いてあれば、Aという商品とBという商品、ちょっと手に取って比べてみたいといったときに、デジタル世界からリアル世界に入り込んで、スタッフさんに聞きながら、じゃあA商品にしようかなということができます。実は二つの場所をつなぐ扉という意味には、デジタルとリアルの間の扉というところもございまして、リアル世界からVR世界にも入り込むことができる、さらにARの世界にも入ることができる、特殊な乗り物となっております。ANAの予約サイトを開くと、そもそも飛行機で行きますか、アバターで行きますかという質問に、近い将来、変わるというふうに思っております。

もちろんアバターはただの乗り物ではなくて、身体拡張の機能も付加されています。例えば皆さんが溶接工だったとしたら、私たちのロボットハンドを使って、その動きを機械学習して、溶接工の技術がない途上国の人がスキルをダウンロードして、溶接をすることができるようになります。

現在、さまざまなスタートアップ企業とハードウエアの開発、および私たちのコアである低遅延の技術を掛け合わせながら、いろんなアバターを準備しております。

オンラインのモニターとスピーカーをもつ移動機器

  • 出張先のイタリアから栃木県の自宅に接続し、幼い子供と遊ぶ。その間、妻は別のことをすることができる。幼児の言葉に応えて機器が自由に移動するので、テレビ電話などとは異なる存在感がある。この仕組みは、高齢者をもつ家族の遠隔コミュニケーションなどにも有効。
  • 閉館後の沖縄の美ら海水族館で海外の希望者に向け実際の展示を案内。
  • 百貨店で、店員の案内を受けながら遠隔で買物を楽しむ。通常より一人あたりの売上単価が高いという報告がある。

力触覚をもつ釣り竿

  • 海に出ずに、マグロなどを釣る楽しみを味わうことができる。力触覚の技術は、慶応大学ハプティクス研究センター所長の大西公平教授の研究室が開発。

二足歩行ロボット

  • 米国オレゴン大学のスタートアップとの共同開発。無人走行とアバター走行を並行して導入しロボットの普及を加速。街の警戒や災害救助などでの活用が期待される。

視線入力技術と人型サービスロボット

  • 日本財団、オリイ研究所とのコラボレーションで実現。視線で意思を文字入力する技術を活用。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者がこの仕組みを利用して、カフェでの労働体験をする実験を2週間実施。

触覚をもつ高性能アバターハンド

  • ANAの低遅延システムと触覚技術とセンサーでそれぞれトップクラスのスタートアップ企業とコラボレーションして開発。ジェル状のセンサーをもち、手触りも伝達可能。

こうしたサービスは、こちら側の動作と向こう側の動作に遅延がおこると没入感が損なわれてしまいます。そのため私たちがトップエンジニアを世界中から集めてきて、重いデータを瞬時にやりとりできる低遅延技術(ハードとソフト)を開発しました。現在の遅延幅は、東京~シンガポール1万キロで4Kデータを送信した場合で100ミリ秒まで縮まってきました。

これらの技術を用いて実現しようとしているのが、新しい社会です。できない移動をなくす。したくない移動をなくす。そして、世界中の場所と人をつなぐ。会議で使う人もいれば、そのままそのロボットを動かしてショッピングで使う人もいれば、何か通訳で使う人もいればということで、まさに誰もが使える人間の身体というところです。どこにでも行くことができる。外見を変えることができる、変身をすることができるというのはすごく大きいところです。

先日、世界経済フォーラムがこのアバターを「今後急成長するテクノロジートップ10」のひとつに選び、スマホと同じくらい普及するだろうと書いてくれました。非常にうれしかったのですが、いずれiPhoneのようにアバターのアップストアが誕生すると思っています。

最後に、どういうふうにプロジェクトを立ち上げたのか、業務外でこういう活動をやってくることができたのかについてお話をしたいと思います。私の場合、ANAへの入社は、「世界中の人たちをつなげる」という自分の人生で追い求めたいビジョンとマッチしていました、飛行機も好きですし、つなげるっていうことをライフワークにしたいというふうに思っていました。そこからスタートをして、まずは本業で頑張って成果を出して周囲の信頼を得てから、外部のコンペに業務外で参加して、ビジネスモデルをつくり、グランプリとかの賞をいただいて、それをベースに有志プロジェクトを立ち上げるようにしています。その後、その有志プロジェクトを社内の正式プロジェクトに格上げして、異動、または部署を立ち上げるというプロセスを必ず踏むようにしています。

日本の企業組織とイノベーション

パネルディスカッション(リンダ・ヒル/深堀 昂/高重 吉邦)パネルディスカッション(リンダ・ヒル/深堀 昂/高重 吉邦)

後半に行われたパネルディスカッションは、参加者が事前に回答したアンケート結果をインプットに使いながら、トップダウン型と自律型のリーダーシップをどう組み合わせ、新規事業と既存事業をどう位置づけて「両利きの経営」にチャレンジするべきか、「年功序列の組織」をどう変革していくべきかなどの企業経営者が直面する大きな課題について活発な議論を行いました。

高重吉邦

Googleではインフラ構築にあえて2つのチームに同じプロジェクトを同時並行で開発させたというお話が先ほどありました。Googleやフォルクスワーゲンのように潤沢な資源が無い企業ではそれは難しいのではという意見も参加者からいただいています。リソースが限られた企業でもこのような探究(エクスプロレーション)ができると考えますか?

リンダ・ヒル

リーンである(リソースをかけない)というのは、よりイノベーティブであることに役立ちます。同時並行の方が速く学習でき、それだけリソースは少なく済みます。スタートアップは当然リソースが少ないので、すばやくリーン開発しなければなりません。さもないと淘汰されてしまいますから。やる気と情熱のある人が真剣になると生産性が高まり、リソース不足を補ってくれます。

リソースの問題があるのは、潤沢すぎる大企業の方かもしれません。パイロットプロジェクトも行えますし、すべてにおいて完璧をめざしてしまいますから。

高重吉邦

アバター準備室は少人数でやっているんですよね?

深堀昂

専属部署は9名ほどで、兼務者は15名です。それに加えてGoogleで働くような世界中のリーンマインドの優秀なエンジニアが、給料が安くなるにもかかわらず日本に移住して協力してくれるというちょっと不思議な状態が起きています。

高重吉邦

イノベーションを生み出すリーダーシップとして、トップダウン型がいいのか、あるいは自律型の組織がいいのか。参加いただいた経営層の方々が回答いただいた現状のリーダーシップの型はトップダウン型と自律型で分かれましたが、それ以上に、非常に多くの回答者が状況に応じて使い分けるとおっしゃっています。イノベーションの組織を完全に独立してつくるべきか、既存事業の中に含めて行うべきかについても、どちらもありうるという回答が多く見られました。こういう状況を考えると、やはりリンダ・ヒル教授もおっしゃっていた「両利きの経営(ambidextrous organization)」ということかと思います。

リンダ・ヒル

ディスラプティブ・イノベーションの研究で知られるハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、既存事業(現在のストラクチャー)が新規事業(未来のストラクチャー)を潰してしまうので両者を別々に維持する必要があると言っています。私は、既存事業と新規事業を別々に立ち上げたとしても、最初から両者の統合を考えておくべきだと考えています。最初から考えなければ、いつまでたっても統合されないでしょう。

高重吉邦

ANAの場合は、デジタルデザインラボという小さな独立組織を立ち上げられましたね。一方、アバタープロジェクトはその前からやられているとのことでした。なぜ本社直轄の小さな組織でやろうとされたんですか。そして社内の他の組織とどのように連携しているんですか。

深堀昂

2016年4月にデジタルデザインラボという出島機能を立ち上げて、エアライン事業から離れたビジネスを考える部署として動かしており、公募制で若手を集めています。

社内でもイノベーションのための組織づくりについては議論が高まっていますが、アバター準備室は現在、経営戦略室という部署に所属していますので、評価のためのKPIもあり、通常ビジネスのように回しています。

リンダ・ヒル

今研究していることの1つは、誰がイノベーションラボを運営するべきかというポイントです。まだ途中段階ですけれども、社内の組織と深い関係性を持つ人間がイノベーションラボを運営すべきだと思っています。特にデジタルトランスフォーメーションについては、社外の人間では社内の組織にそのような影響力を行使することができません。社内で認められていないので、イノベーションを具体化することができません。イノベーションラボを率いる適役のリーダーは、ビジネスのこともわかっていて、さらにイノベーションに必要なスキルを持つ新たなタレントを引き込むこともできる。そして、既に社内でのネットワークを確立していて、既存事業に携わる人々と新規事業に取り組む人々との間でお互いの考えを的確に翻訳することができる信頼のおける人です。

高重吉邦

先ほど、控え室での会話のなかで“クラッチ”ということを言われていましたね。非常に大きくてゆっくり動くギアと、高速で回転している小さなギアがあるけれども、それらを連結させようと思ったら中間にクラッチがなければいけないと。

リンダ・ヒル

2つのばらばらな組織をつなげるものが必要です。それでは複雑になってしまうように思えますが、中間にクラッチのような機能があれば、それぞれ文化も違う世界に生きている2つの組織の間のジレンマを解決することができます。

高重吉邦

アバタープロジェクトでは非常に多くの社外パートナーがいて、また社内でもコラボレーションされていると思うのですが、そのあたりはどのようにやっているのですか?

深堀昂

リンダさんとは先ほど控室でクラッチの話で盛り上がったんですが、アバタープロジェクトにおいても、未来の事業と現在の事業を並行して回していくのがすごく重要だと思っています。たとえば国際賞金レースはその未来の部分ですが、そこにはXプライズ財団会長のピーター・ディアマンデスさんやシンギュラリティの権威でもあるレイ・カーツワイルさんといった方々が無償でアドバイザーになっていただいていて、未来のビジョンがどんどん前に進んでいきます。

ただ同時に、航空会社がロボティクスの中に入っていくっていうのは決して容易なことでは無いので、自分たちでやはり手足を動かして、ユーザーが何を求めているかっていうのを見いだしながら、実際にプロトタイピングをして、マーケットに出していくっていう現在の事業のほうも同時にやっていく必要があります。

世界のトップエンジニアも同じ未来をつくりたいってことで、移住してまで集まってくれています。ただ、いきなりそういう人たちが、会社の例えばマーケッターの所に行ったとしても、間違いなく破談になってしまうだろうっていうのはすごく思っています。そこはやはり私たちがちゃんと入って、現在の事業のほうはしっかり経営戦略室で回すという、この2輪っていうのが今まさに重要だと思います。

高重吉邦

現在の事業は経営戦略室でマネージしながら、未来のビジョンを探究するところはXプライズ財団などの外部に求めたわけですね。そういった意味では、よく言われる黒船を使ったと言えなくもないですね。

深堀昂

そうでもしなければ、航空会社でロボティクス事業を立ち上げるなんて不可能に近いことです。

リンダ・ヒル

米国企業eBayはご存じだと思いますが、eBayはインターネット企業として創業当初から利益を上げていました。同社にとってイノベーションと利益が両立しないということではないのです。そのために、カスタマーフォーカスの非常に厳格な社内ルールを適用していました。そのeBay社長のメグ・フィットマンですが、イノベーションで優れた業績をあげたある地域の組織に対しては、多少のルール違反も大目に見ていました。

もう1つの例で、私も取締役を務めていた米国の大手銀行State Streetのテクノロジー戦略には、レガシー・テクノロジーを刷新するグループと未来の銀行を志向するグループがありました。これらの現在と未来を志向する2つのグループを分離し、異なる指標を適用して運営していました。そして、取締役会のテクノロジー委員会がそれぞれを異なる指標で評価し、同じトップがこの2つのグループを指揮することによって両方をつなぐクラッチの役割を果たしていました。取締役会が現在と未来の事業に関する選択の意思決定に参加し、経営陣と共にワークすることが必要だと思っています。

『日本の企業組織とイノベーション』のダイジェストがご覧いただけます。

高重吉邦

いま、日本企業の伝統だった年功序列システムが崩れてきています。信頼のコミュニティを創るには、このシステムは有効だったと思うのですが、デジタル時代のスピードに合わなくなってしまった。才能ある人材を採用するには個々の能力や何の仕事をするのか(ジョブ)を重視するように変革していかなければならないとも思います。アバタープロジェクトにはそうした才能が多く集まっているようですが、どうやって行っているんですか?

深堀昂

航空会社では誰もロボティクスのことを知らないし、社内にアバターの権威もいないわけです。だからそういう人事評価もできません。国際賞金レースに関してジュネーブでネットワーキングサミットを実施して、そこで採用面接をしました。あるCTOの方に依頼したのです。わたしたちはビジョンを語り、そこに人が集まってきて、CTOの方がいい人材を選ぶ、というようなやり方でリクルーティングをしました。

高重吉邦

給与で集まってくるわけではないんですよね?

深堀昂

トップエンジニアの方々はもともと働いていた企業のほうが収入は高いと思いますね。とある技術者は、「自分の技術を試してみたい」と言って来てくれました。もとの会社では、技術が完成していたのにマーケットに出せなかったようで、悔しさがあると。一定の給与があって、好きなことができるならと満足して来てくれます。意外にも日本になら住みたいという人がとても多い。これは国としての日本の強みかもしれません。

高重吉邦

新規事業では人事の仕組みもダイナミックに変えて行くべきだと思いますか?

深堀昂

私たちアバター準備室の場合、給与や昇進も既存事業と同じでフェアにやっています。大企業を辞めてスタートアップに行くのも一つの選択でしょうが、私は大企業だからこそできるイノベーションというのがあると思っています。まだ実証実験の最中ですが、海外に負けない大きなソーシャルインパクトを日本発で生みだすチャンスがきっとあると思っています。

リンダ・ヒル

さきほど休憩中に会場の方から聞いた話ですが、インドには年功序列ではなく社会階級があってそれが課題だとおっしゃっていました。私の研究にある韓国の事例では、企業内にヒエラルキーがあり、その壁をなかなか崩すことができませんでした。彼女が会長なので誰も面と向かって話しかけなかったそうです。そこで飛行機で隣り合わせに座った時に話をするとか、トップとボトムの間の関係を変革するためにどのような機会でも活用したそうです。

ピクサーの場合、若い監督やアニメーターが、アカデミー賞を5回取ったトップにどうすればもの申せるでしょうか?そこで、エド・キャットマルは人事採用に関し、必ず自分よりも頭のいい人間を採用すると話していました。日本語では「船頭が多くして..」と言うようですが、英語では「厨房に料理人がいすぎると物事がうまくいかない」と言います。エドは優秀な人材はいくらいても足りないと考えていました。ハーバード・ビジネススクールのMBAの学生達が「それでは厨房に料理人が多すぎるのでは」と言った時、エドは「自分よりも優れた人間と働くことができる強い自信が無ければ、君たちはピクサーでは絶対働くことはできない」と言い返しました。さらに、「ピクサーの取締役会の中から誰かに退いてもらうとしたら、それはスティーブ・ジョブズだろうか?いいや私は彼と一緒に働くことから学ばなければならない」と言いました。

互いにトップレベルであれば、コラボレーションの際に信頼をもって仕事ができます。年功序列やヒエラルキー型の組織だと、なかなかそうはなりません。

高重吉邦

そろそろ時間もなくなってきましたので、最後の質問とします。理想と現実のなかで人々のマインドセットをどう変えていけばいいのか、ということについてです。富士通の中で、私自身、ヒューマンセントリックのビジョンを伝道し続けており、理解は深まってきましたが、なかなか行動を変えるところまではいっていません。また、ビジョンと現場でやっていることのかい離も難しい課題です。社員のマインドセットを変えて行動につなげていくにはどうしたらいいでしょうか?

深堀昂

やはり最後は、自分自身を信じ切れるかどうかではないでしょうか。

アバタープロジェクトの場合、私は自社で低遅延のシステムやロボットの技術開発をすべきだと主張して大反対を受けました。賞金レースから社外で良い技術が出てくれば、それに投資をすればいいじゃないかと。それでも私が思っていたのは、Xプライズ財団が描く未来像だけ見て投資事業をやっても、絶対に資金が潤沢なGoogleやAmazonには勝てないということでした。それが分かっていたので、自分たちで技術を集めてプロトタイプをつくってインプリすることが不可欠だと思ったわけです。そこで、夏休みにアメリカに飛んでアバターの試作機を無償で借りてデモンストレーションしてみたり、有志団体を立ち上げたり、諦めず辛抱強く説得を続けました。経営陣にメールを送り続けて「スパムメールだ」と言われたりしましたが、話を聞いてくれる役員もあり、そのつながりがいま役立っています。私の場合、最初のアイデアを練っていた4年半くらいは、業務外でアショカ財団のファウンダーをマイアミで出待ちしていたくらいだったので、もしかしたら自分のほうが正しいのじゃないかという思いがあり、自分自身を信じ切れたというところが大きかったと思います。

武者修行できそうな若者たちの背中を押して、困ったときにはかれらの話を聞く、というような組織文化が大事なのではないかと思っています。

リンダ・ヒル

大企業でマインドセットが変わらないのは、社員が“不満”を感じていないからです。それがなければモチベーションもおこりません。不満を認識するのに一番いい方法は、顧客と会うことです。部門横断型のチームで会いに行き、聴き取りを行います。そうすると不満が浮き彫りになり、みんなで力を合わせてそれを解決したいというやる気がでてきます。目的が共有されます。

先ほどもお話ししましたが、大企業にいる人はパフォーマンスギャップ(既存事業)ばかりやりたがりオポチュニティギャップ(新規事業)については、乗り気ではありません。失敗して経歴に傷がつくことを恐れており、やりたがらないのです。顧客の不満をユニークなやり方で解決していくことが、最終的には成長につながっていきます。

そして企業の経営者は、なぜ自社の社員がオポチュニティ・ギャップに取り組まないのかを理解しなければなりません。アバターのようなものをやりたがる人が出てこない理由は自分のリーダーシップにあるのかもしれません。彼らにオポチュニティは何か、顧客の不満を見出すよう促し、その上で自分たちがワクワクしながら夢を実現するようサポートすることが必要です。

『目的志向型のコミュニティ創出に向けたマインドセットの変革』のダイジェストがご覧いただけます。

高重吉邦

ヒル教授、深掘様、貴重なお話をありがとうございました。時間となりましたので本日のフォーラムはここで終了とさせていただきます。

会場の皆様、今日は長い間、お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。イノベーションを生み出す組織、そしてそのリーダーシップについての議論、少しでも皆様のお役に立つことができたなら幸いです。

編集後記

世界トップクラスの経営思想家を招いて行うこの経営者フォーラムも第5回目を迎え、今回のフォーラムでは、イノベーションとリーダーシップにフォーカスして議論を行いました。

リンダ・ヒル教授の『リーダーの役割は自ら全て決めることではなくて、イノベーションを生み出しやすい環境を創り出すこと』という考えは、多くの人が持っているリーダーシップ像とは異なるものなのではないでしょうか。また、深堀様のアバタープロジェクトのお話は、多くの可能性を感じ、とてもわくわくするものでした。まさにイノベーションを生み出す能力を持った目的志向型のコミュニティによって、イノベーションにチャレンジしている例ではないかと考えます。

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