ビジネスの変曲点をどう乗り越えるか?

デジタル時代の経営戦略

ビジネスの存亡がかかる“変曲点”。企業はいかに機敏にそれを見極め、対処すればいいのでしょうか?

デジタル・トランスフォーメーションの波が産業界を揺るがすなか、企業は先の見通せない未来への対応を迫られています。業界の外からやってくる変化の兆しをすばやく察知し対処するため、経営層はどう行動すべきなのでしょうか?

2018年10月22日、セルリアンタワー東急ホテル(東京渋谷)で富士通は『デジタルビジネス戦略 ~デジタル革新の変曲点~』と題する経営者フォーラムを開催しました。講演者としてお招きしたのは、コロンビア大学 ビジネススクールのリタ・マグラス教授と前富士フイルム株式会社 取締役副社長兼CTOであり、現在は一般社団法人 再生医療イノベーションフォーラムの代表理事・会長の戸田 雄三氏。そして、富士通でビジョンの策定や発信を行っているマーケティング戦略本部 VPの高重 吉邦も登壇し、デジタルビジネス戦略について語りました。フォーラムの後半には高重を進行役に、マグラス教授と戸田氏を交えたパネルディスカッションが行われ、デジタル時代の“変曲点”に備えて企業はなにをすべきか熱い議論が展開されました。

リタ・マグラス氏

アメリカ・コロンビア大学ビジネススクール教授。不確実で不安定な経営環境(VUCA World)における戦略とイノベーションの権威として、世界的に高く評価されている。

経営に関する世界的な賞であるThinkers50で、『経営思想において最も影響力ある10人』の1人に連続して選出。2017年には、戦略分野の特別賞(1位)を受賞。

近著の『競争優位の終焉』は、グローバル・ベストセラー。

世界トップ企業への戦略コンサルティングや、経営層向けイベントにて講演を実施。

戸田 雄三 氏

一般社団法人 再生医療イノベーションフォーラム 代表理事・会長
前 富士フイルム株式会社 取締役副社長 CTO

1973年 富士フイルム株式会社に入社、カラーフィルム製品開発・製造技術に従事。以降、化粧品・サプリメント事業、医薬品事業を立ち上げるなど、数々のイノベーション創出と新規事業開発を先頭に立ち成し遂げてきた。2018年6月に退任。

現在は「一般社団法人 再生医療イノベーションフォーラム」の代表理事・会長として活躍中。

開会挨拶では、富士通 執行役員副会長の佐々木伸彦が登壇。「あらゆる産業で創造的破壊が進む今日、企業はデジタル時代の経営戦略をしっかり検討し、最適なタイミングで実行していく必要がある。本日の議論のなかで、そのための手がかりを見つけていただければ」と述べ、マグラス教授にバトンを渡しました。

デジタル革新の“変曲点”

リタ・マグラス教授

デジタル革新がもたらす“変曲点”の後には必ず競争優位の終わりがやってきます。

企業の競争優位はイノベーションとともに生まれ、製品とともに成長し、利益回収とともに急速に衰えていきます。これを「一時的な競争優位(transient competitive advantage)」と呼びます。企業は、その競争優位が衰える“変曲点”をできるだけ早く見極め、対抗策を打っておかなければなりません。

さもなければ、環境変化に適合した競争相手によって市場から駆逐されてしまうでしょう。デジタルの力で事業を変革するか、それとも誰かがそうするのを黙って見ているか、選択肢はその二つにひとつです。

マグラス教授のスピーチ『デジタル革新の“変曲点”』のダイジェスト①がご覧いただけます。

デジタル革新は、かつて実現不可能だったことを実現可能なものに変えています。たとえば20年前、巨大なメディア帝国を持たないかぎり20億人に向けてメッセージを送るというようなことは誰も想像すらできませんでしたが、今日ではFacebookのようなSNSを利用するだけで誰もが無料で世界の1/3の人口に発信することができます。

デジタル技術がそのように物事のあり方を変えている時代、企業はそれに向けて新しい思考法と戦略を持つ必要に迫られているのです。

変貌する市場競争のかたち

“変曲点”においては競争のあり方も変わります。これまでの市場競争は“業界”のなかで閉じており、たとえば、自動車業界において競合とは他の自動車メーカーを指していました。しかし、デジタル時代には、“業界”の外からも強力な競争相手が市場参入してきます。これが“業界”から“アリーナ”への移行です。アリーナとは、顧客が成し遂げたい課題や仕事をめぐって様々な業界に属する企業がしのぎをけずる、新たな市場競争の場です。

iPhoneが登場した2007年から数年にわたる家計支出の比較を見てみましょう。ウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載されたデータによれば、iPhone発表の年を起点に、家計支出に占めるインターネットと携帯電話への出費が増える一方、衣類や家電への出費が抑えられ、落ち込みはじめています。

業界ではなく、アリーナで考える

たとえば皆さんがアパレルメーカーだとしたらどうでしょう。競争相手は他のアパレルメーカーだけではありません。インターネットと携帯電話のプロバイダーも競争相手なのです。

この“変曲点”にどう立ち向かうことができるでしょうか?そこで、注目すべきは、顧客が成し遂げたい課題や仕事なのです。これをクレイトン・クリステンセンが展開したコンセプトによると、ジョブ(Job To be Done)と言います。本質的に、製品やサービスを買うのではなく、生活の中で成し遂げたいことを行うために、『借りる』のです。

十代の女の子たちにとってファッションとは、自分自身を表現するもの、自分が何を好きでどのようなグループに属するかを伝えるものです。そして、どのような服を着るかにこめられたこの価値観は、ソーシャルメディアの誕生後、ますます顕著になっています。

彼女たちの誰もがスマートフォンを持ち、SNSに投稿し、写真を送り合っています。もし自分の買った服が友達と同じだったら、格好悪いと感じるに違いありません。彼女たちにとって服装とは、毎日変わっていく自分を見せるものなのです。

アメリカにおける家計支出の比較表
注:データはアメリカ人の中間層60%の収入を含み、インフレーションは含まない。
*元金返済及び設備投資を除いた住宅保有者の年間コスト
ソース:アメリカ合衆国労働省労働統計局 消費者支出調査 ウォールストリートジャーナル

しかし、従来のアパレルメーカーは、シーズンごとに新作を発表するだけで、そうしたユーザーの現実を捉えていませんでした。旧態依然とした小売業、たとえば百貨店などでは、実際に十代向けのアパレルの売り上げが落ち込んでいます。かれらは“変曲点”を見逃したのです。“業界”の外で始まっている変化に気づいていれば、もっとオープンで創造的な対処ができたはずです。

一方で、この変化にいち早く対応したアパレルメーカーのブランド、ZARA、ユニクロ、Forever 21、H&Mなどは業績を伸ばしています。そして、彼らもまた、よりとても速いサイクルで展開するファストファッションの脅威にさらされています。

鉄鋼業界におけるデジタル革新

新しい“アリーナ“を作成した成功例として、ドイツ鉄鋼業界で鋼材販売を行うクロックナー社を紹介したいと思います。創業100年以上になるこの老舗企業はデジタル革新による事業変革を実現しました。

大手製鉄会社が独占している鉄鋼市場の中間層には、鋼材を顧客の求める仕様にして供給する大小さまざまな企業がひしめいています。クロックナー社が属するこの業界は問題を抱えていました。

顧客の要求にすぐに応えようとするあまり、サプライチェーンが過剰在庫に陥っていたのです。

おりしもAmazon、Uber、Airbnbといったデジタル・プラットフォーマーたちが、様々な業界に破壊的な影響を与えていて、鉄鋼業界にそうした脅威が訪れるのも時間の問題と思われました。自分たちがこのまま変わらなければ、環境の変化に呑み込まれてしまうだろう、とクロックナー社のCEO、ギスベルト・リュール氏は考えたのです。

そこで、リュール氏は、西ドイツにあるクロックナー本社をドイツのシリコンバレーであるベルリンに移すことを計画。2人のエンジニアに、「ベルリンに行って現地のエコシステムに溶け込み、デジタルの現状をしっかり把握してほしい。そのうえでわれわれの新規事業を立ち上げよう」と指示をしました。

ベルリンに着いたらかれらは、親会社とも協力しながら独立した小さな事業を立ち上げます。やがてそのベンチャーは成長し、本体で働く人々をも感化するようになりました。ベルリンの事業が目指したのは二つのデジタル・プラットフォームの構築です。ひとつは自社用として顧客との協業をサポートするもの。そしてもうひとつは鉄鋼業界全体をサポートするオープンなものでした。

2018年2月、クロックナー社が構築した鋼材取引のオープン・インダストリー・プラットフォーム「XOM METALS」が稼働を開始しました。外部資金で運営されているこのデジタル・マーケットプレイスは、クロックナー社固有のデジタル・プラットフォームからは独立しており、同社の競合企業も自由に使うことができます。XOM METALSが伸びていくかどうかはまだまだ未知数ですが、そうなる可能性は十分にあると感じています。

忍び寄る変化の兆し

わたしたちは“変曲点”の到来をどのようにしたら見極められるのでしょうか。インテルの共同創設者アンドリュー・グローブは『パラノイアだけが生き残る:時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのか』という自著のなかで、自然から学べと述べています。春が来ると、雪は気づかないうちに端(エッジ)からゆっくりと溶け出します。“変曲点”もそのように気づかれないまま少しずつ始まり、ある時点で見慣れた景色をまったく違うものに変貌させるのです。

“変曲点”を捉えるためのチェックリストとして、7つのポイントを紹介します。

マグラス教授のスピーチ『デジタル革新の“変曲点”』のダイジェスト②がご覧いただけます。

「変化が起こるエッジに、直接触れることができるメカニズムを持っているか?」

このところ、個人情報流出で揺れているこのソーシャルメディアの巨人Facebookは、このメカニズムが機能していなかったかもしれません。2012年に買収した写真動画共有サービスInstagram(インスタグラム)の二人の創設者も退社してしまいました。Facebookは創業当時のイノベーションの勢いを失っており、むしろ守りに入ってしまっています。

「現場を知る人間から多様な視点を学んでいるか?」

ニューヨークの、街にある電話ボックスを観光者用の無料インターネットボックスに変えようとした起業家グループがいましたが、この街の実情をよく知っている人をデザインチームに入れていなかったため、実施後に思わぬ展開となり、全くの再検討が必要になったという事例があります。

「小さなアジャイルなチームに権限を与えているか?」

これはAmazonの創業者のジェフ・ベゾス氏も信奉する考えです。彼は少人数のチームに、実証実験や投資規模の小さい意思決定を行う権限を与えています。

「小さく賭ける(アイデアを手軽に試す)仕組みを作っているか?」

例えば、Adobeにはキックボックスという制度があります。それは小さな赤い箱で、中身はお菓子、スターバックスのプリペイドカード、そして1,000ドル分のギフトカードが入っています。希望すれば社員の誰もがその箱をもらうことができます。では、それで何をするのでしょうか?そのお金を使って、自分のアイデアを試すのです。その結果から会社は次のビジネスにつながりそうなアイデアを探り当てます。

「普段から現場の実情を知るため外に出ているか?」

GAPでは幹部が定期的に店舗に出かけ売場を視察していましたが、従業員はそのために残業して準備をし、いつも普段とは異なるかたちで幹部を迎えていました。これでは現実は見えてきません。見るべきはビジネスの実情です。普段から現場に出かける習慣をつけておく必要があります。

「悪いニュースを上げるインセンティブ(報告を奨励する仕組み)が働いているか?」

“変曲点”についての情報は、通常会議室には届きません。変化の兆しというのは、顧客からの奇妙な問い合わせや要望、市場調査で引っかかった意外な数字というかたちで現れるからです。そうした悪いニュースが経営層に届く仕組みを作っておく必要があります。

「否定を前提に物事を判断しようとしていないか?」

悪い兆しや望まない事態を否定してしまうことは、ビジネスに致命的な結果を招きます。“変曲点”を見過ごし、適切な対処に遅れをとるからです。

守りの姿勢でこれまでと同じ成功を収めようとしても、それは無理です。攻めの姿勢で、事が起こる前に行動し、次の一歩を踏み出さなければなりません。

デジタル時代のビジネス戦略

高重 吉邦

デジタルとはなにか? それはつまるところ、日常の業務から人間の遺伝子まで、身の回りのあらゆるものがデータ化されていくことです。データからいかに価値を抽き出すかということこそが、非常に大きな経営課題の一つとなっています。このデータ万能の時代に世界中の経営者が注目しているのが、「人」を中心としたビジネスモデルです。

富士通はずっとヒューマンセントリックというビジョンを掲げてきました。これは、人をすべての中心に置いて価値を創出する考え方ですが、このデジタル時代にさまざまなビジネスにとって非常に大きな意義を持つようになってきています。

高重VPのスピーチ『デジタル時代のビジネス戦略』のダイジェストがご覧いただけます。

例えば車を例に取ると、これまではいかに良い車を造るのかということにしのぎを削るプロダクトアウト型のビジネスモデルでした。しかし、本当に人が必要としているのは、A地点からB地点に最も快適に効率良く移動する”モビリティ”という経験価値であり、先ほどマグラス教授がおっしゃったジョブです。

こういったヒューマンセントリックなモビリティという経験価値を、自動車メーカー、部品サプライヤー、デジタル・サービス・プロバイダー、電力インフラ、そして保険事業者など、様々なプレイヤーが新しいエコシステムを作ることによって共創することができるようになってきました。こうしたエコシステムを富士通はデジタル・アリーナと呼んでいますが、これが非常に大きな変化ではないかと思います。これは、自動車に限った話ではなくて、製造、流通、金融、医療などあらゆる業種でこうした価値の共創がはじまっています。

デジタル化の3つのレベル

富士通が今年2月に行ったグローバル調査では、67%の企業がすでにデジタル・トランスフォーメーションに着手していて、取り組んだプロジェクトの20%~30%ではビジネスの成果を出していることがわかりました。業種の中では金融が最も進んでいることもわかりました。大事なことは、なぜ(Why)企業がデジタル化に取り組むのかということです。もちろん事業の効率化というのもありますが、それ以上にビジネスのトップライン(売上)をどう向上させていくのか、さらには新しいデジタル技術を使った新しいビジネスモデルによるディスラプション(破壊)の脅威にどのように対抗するかということが大きな動機となっています。その脅威の最大のものは、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に代表されるデジタル・プラットフォーマーによる既存業界の破壊ですね。

ビジネスのデジタル化には3つのレベルがあります。つまり、オペレーションのデジタル化、商品・サービスそのもののデジタル化、そして最もパワフルなのがデジタル・ビジネスモデルです。例えば、デジタル化が進んでいる銀行業界の場合、若いミレニアル世代の73%がGAFAからサービス提供を受けたいと考えている明確な脅威に対して、AIやRPAによるオペレーションの自動化、DIY(Do It Yourself)のモバイルバンキングや多様なFintechサービスによる商品・サービスのデジタル化を加速しています。しかし、究極的には、不動産業といったような銀行サービスの隣接産業とエコシステムを作り、一人ひとりのライフサイクルに寄り添うエンゲージメント・バンキングサービスを構築することが、非常に大きなアジェンダになっていると思います。

リスクを取らないことが大きなリスク

申し上げたかったことは、このような変化のスピードが速く不確実な時代には、リスクを取らないことが大きなリスクになるということです。たとえ本業と利益相反する可能性があったとしても、スモールスタートでもいいので、マネージされたリスクを取って、破壊的な影響をもたらす可能性があるデジタル技術を試行していく必要があります。

そこで、産業革命以来ずっと続いてきた縦割りの閉じた事業モデルから、オープンでスケーラブルなモデルにどうやってシフトしていくのかということが大きな課題となってきます。そのために、マグラス教授がご紹介されていたように、データとジョブに着目したオープンなBtoBのデジタル・プラットフォームが重要になってきています。例えば、クロックナー社は鋼材のB2Bデジタル・プラットフォーム 「XOM METALS」を立ち上げましたが、これは競合他社にも開かれているため、必ずしも同社のビジネスだけを利するわけではありません。しかし、同社は「Amazonなどに破壊される前に行動を起こす必要がある」と意思決定しました。

もう一つの例ですが、世界最大手のロジスティクス企業DHLも本体と完全に切り離す形で、Saloodo!というオープンな物流のデジタル・プラットフォームを立ち上げ、6,000を超える物流事業者が参加し、25万台のトラックを運用して急成長しています。本業とバッティングするものの、DHLでは対応しきれない多様な顧客の多様な需要をカバーすることができるという効果がありました。これらの例に共通するのは、本体から切り離してオープンなB2Bデジタル・プラットフォームにチャレンジしているということかと思います。

最後にもう一度、強調しておきたいことは、やはりイノベーションを生み出していく原動力は人だということです。AIが進歩するなか、人の持つ創造性、共感力、そして課題解決力がより一層求められるようになっていきます。それをいかにうまく抽き出すか。これからは組織中心ではなく人間中心の考え方に変えていかなければなりません。

富士通はデジタル時代の共創パートナーとして、デジタルビジョンや戦略の検討、デジタル人材の育成、アジャイルな開発、デジタル技術の提供、オープン・イノベーション、そして最も重要なデータからの価値創造ということをお客様と共に行い、ビジネスの成功に貢献していきます。

求められるのは “クレイジー”なリーダー

戸田 雄三

デジタルの破壊力がもたらす変化に対処するため、企業は自ら変わらなければなりません。

カラーフィルムは2000年をピークにして、かなり速いスピードで衰退しました。これは成長している時に衰退を想定しないとだめだという教訓です。

このとき、立ち上げたのが20名ほどからなる小さなチーム。創薬や再生医療の分野に狙いを定め、事業創造に取り組みました。新しいことをやろうとすると、さまざまな困難にぶつかり、ほとんどはうまくいきません。しかし、自らの才能を「原理化」「普遍化」することで自分を定義し、ゴールへのストーリーを創造することを粘り強く続ければ道は拓けます。

新規事業を立ち上げようとするとき、あらためてその重要性に気づくのは社内にある“暗黙知”です。これは文書化したり、特許を取ったりすることはできませんが、大変重要です。リーダーは暗黙知の価値を知る必要があります。

また、“パッション(情熱)とミッション(使命感)”や戦略も大切です。それがないと、たいていは失敗します。リーダーが持つ問題意識、使命感、正義感こそ、まわりの人間を動かすのです。

知を深めて先手を打つ

また、垂直統合型の組織の問題についても触れると、Amazonであれ、Googleであれ、横軸でつながる強力なプラットフォームを持っています。Uberが立ち上げた配車サービスのプラットフォームは、業界を揺るがしています。これまで通りの縦割りの事業形態では顧客を満足させることができなくなってきました。

こうした流れのなか、日本企業は次の一歩を踏み出しあぐねているのではないかと感じます。自分たちがやっている現業はどうなっていくのだろう。どうやってそれを価値化すればいいのだろう。それが見えずに不安と危機感が募っているように見えます。

これを打破するためには、自社の持つナレッジを研ぎ澄まして、強みに変えていくこと。自社にある知を深め、市場に先手を打っていくことがなによりも重要です。そこで、コンビネーション、敵ではなく、一緒になって市場を変えていくということだと思います。

リーダーは“クレイジー”であれ

また、強いマインドセットを持った事業リーダーも必要です。

リーダーはある意味“気違い(クレイジー)”でなければいけません。そしてその“気違い”を支えるためにいわゆる“馬鹿(フール)”が必要です。

つまり、なにか新しいことをやろうとすると、現状とあるべき姿の間に大きなギャップがあることに気づきます。常識では埋めるのが不可能なくらい大きなギャップです。それをあえてやるのは”クレイジー”。その人には自分を否定する勇気や常識を打ち破ろうとする意思、まわりから反対されればされるほど元気が出るというような強いメンタリティが求められます。そして、そのリーダーの突飛な発想に力を貸そうとするのが”馬鹿”です。非常識なことにあえて力を貸すのですから、かれらは”フール”でなければならないのです。

しかし、一方で、いまは“突飛な発想”を周囲に認めさせやすい時代でもあります。

“クレイジー”な予言者にとって、これほど良い時代はありません。ビッグデータやディープラーニングの力を借りれば、どんなに飛躍した論理であっても、その発想の妥当性を検証することができます。発想からすばやく価値を生み出し、イノベーションの生産効率性を飛躍的に上げていくことができるのです。

リーダーは、まずゲームチェンジャーであること。攻めの姿勢でいかなければいけません。「守りは本能、攻めは才能」、守りは誰でもできる。日本の企業にはどちらかというと守りの人間が多く、関所がありすぎて、そこを通り抜けてやろうと考える人が少ない。通り抜け方は多種多様、攻めは個性でもあるんです。このような心構えで行ってきて、わたし自身もいろいろな反対に遭いましたが、最後までやりきることで理解し合えたと感じています。 “クレイジー”に、とにかく攻める。それがわたしの持論です。

戸田氏のスピーチ『新規事業立ち上げと事業変革』のダイジェストがご覧いただけます。

パネルディスカッション
創造的破壊に備えるビジネス戦略

“変曲点”の到来をいかに察知し、どう対処すべきなのか?中核事業を維持しながらいかに新規事業を立ち上げるか?フォーラムの締めくくりとして、高重を進行役に、マグラス教授と戸田氏がデジタル時代のビジネス戦略とリーダーシップについて語り合いました。

高重 吉邦

このディカッションを行う問題意識として、日本経済の失われた20年を経て、このデジタル時代に「日本人」がどうやってグローバルでの競争力を回復できるのかというものがあります。企業がどのような組織戦略を取っていくかというのも重要だけれども、もっと人間をどう変えていけばいいのか、どういうリーダーシップが必要なのかといったところを議論したいと思います。まずは“変曲点”について。マグラス教授からは「これまでのビジネスで通用していた制約条件がまったく意味をなさなくなる転換点」だと教わりましたが、手遅れにならないための判断ポイントに興味があるところです。戸田さん、いかがですか?

戸田 雄三

手遅れになる前に手を打つ、ということですが、日本企業の特徴として、周囲とうまく折り合える人が高く評価される傾向があります。しかし、ダイバーシティというか、価値を創造する個性的な個人をもっと大事にしないと、組織が守り一辺倒になり、衰退していってしまうような気がします。つまり、手遅れになるわけです。

リタ・マグラス

私がワークさせていただいた日本企業の多くでは、常識からかけ離れたデータや情報を受け入れようとしない傾向があると感じています。イノベーティブな企業では多様な意見や情報をむしろ尊重します。例えば、Amazonがクラウドサービスを始めた時の例があります。ベンジャミン・ブラックという人がeコマースのための拡張可能なコンピューティング・インフラ構築を担当していたのですが、彼ともう一人の同僚は他の企業も同じ問題を抱えているのではないかと思いました。Amazonには重厚な企業プロセスがあるわけではなく、パワーポイントではなく、2ページの文章を書いてベゾス社長の所に持っていき、コストは当初はあまりかからないと説明しました。ベゾス社長はこれを気にいって、本社のあるシアトルからは離れたフロリダに彼らを送って、物理的に分離してこのアイデアを開発させました。これが興味深い所はリスクが小さいというところです。そして新しいアイデアを作る自由、上級幹部がそれを聞く耳を持つことによって、新しい機会が生まれます。

高重 吉邦

Amazonのやりかたで本当に興味深いのは、パワーポイントではなく、「ナラティブ(物語)」という文書の企画書で事業判断するというカンパニー・ルールですね。戸田さんもリーダーにはストーリーが必要だっておっしゃったことにもつながりますが、パワポになってしまうと中味が圧縮されて色々なことがごまかせるんだけれども、文書でちゃんと書いていくとごまかせない。面白いやり方だと思います。

戸田 雄三

この時代は、企業はそこに勤めている人の、人材のインキュベーターにならないといけないと思います。その仕事を通じて一人ひとりが人として、それからタレントとして能力を上げていくということが企業の重要な役割だと思います。このデータ革命によって色々な産業が大きく様変わりしていく時に、従来型のビジネスのためだけに、目の前にある課題だけに一生懸命やってきた人間をずっとつくってきた企業が勝てるわけはない。生き延びられるわけはない。今こそやはり、新しい仕事を立ち上げる明日のための人材をつくっておくことが企業の大きなミッションではないかと思います。Amazonはそういうことをやっているんだという感じがします。

高重 吉邦

“変曲点”に挑む企業にはどのようなリーダーシップが求められるでしょうか? 戸田さんは先ほど社内の抵抗を跳ね返しながら、変革を進めていくとおっしゃっていましたが。

戸田 雄三

企業によって違うと思いますが、周囲に反対されてもそれをエネルギーに変えていく、いい意味での自分を信じきれる楽天的なリーダーが必要だと思います。そして、ストーリーの中で表現にこだわるのも重要です。寸鉄人を打つという言葉があります。非常に短い釘だけれども、人をインスパイアして変えていく。そして、一番大事なのは、市場の前に自分のすぐそばにいる部下たちです。自分の部下が目を輝かせて「一緒にやりましょう」と言ってくれるような関係性を作らないと企業の意味はありません。

リタ・マグラス

わたしは企業がイノベーションを起こしていくには3つのタイプのリーダーが必要だと考えています。まずは大きな戦略の方向性を決める人。パッションを持っていて熱意に溢れているアントレプレナー。この二つのタイプのリーダーの間に、エベレストに登山する時に案内人として付くシェルパのような役割を果たすリーダーが必要です。天気がこうだったらこういうルートを取りましょう、雪が降りそうだったら待ちましょうということを言うわけです。シェルパは深く組織を理解していて、どうやって抵抗勢力を説得すればよいのかもわかっている人です。

戸田 雄三

次の企業リーダーになるのは、現場を知り尽くしたそのシェルパタイプですね。現場感覚のないトップは、資金とリソースを無駄遣いして会社を潰します。

高重 吉邦

市場の変化に危機感を覚えてデジタルの新規事業を立ち上げるような場合、本業との間に利害相反が起こることがありますが、それをうまく切り抜ける方法はあるでしょうか?

リタ・マグラス

コアビジネスはいつまでもずっと同じままでいいというわけではなく、変革が必要になります。しかしそれは、新規事業の立ち上げとは全く別の性格の変革です。だから、成功へのファーストステップは本業と新規事業の変革をリードする人間を分けることです。ただ、ここで重要なことは、本業で培ったナレッジやノウハウを新規事業と結びつけていくことです。富士フイルムの場合、精密化学のノウハウがそれにあたります。本業の強い能力を活かし、本業の変革と新規事業の立ち上げを結びつけることは、スタートアップにはできないことです。

また、ポートフォリオという観点からは、コアビジネスを健全にしておくための投資と共に次世代のコアビジネスをつくるための投資があります。さらに、金融の用語ですが、”オプション”としての投資があります。重要になるかもしれない領域に小さな投資を行って、将来大きな投資をする権利を確保しておくというものです。これは非常に直観的なものです。様々な事業領域は異なる時間軸で発展していきます。それを踏まえて、将来のためのビジネス戦略を立てる必要があるのです。

戸田 雄三

マグラス教授がおっしゃることはよくわかるが、多くの日本企業では事業部門間の対立が起こってそれが機能していないのも事実です。儲かっている事業部門が、新規事業部門に投資資金を本来廻さなければならない。それができる、そしてやらなければならないのが、トップです。クロックナーという企業は、CEOのリーダーシップでそれができた好例でしょう。

高重 吉邦

イノベーションのシードを殺してしまわないために、ポートフォリオをマネジメントする良い方法はありますか。

リタ・マグラス

もちろんあります。どのようなポートフォリオでも投資と収益の2つの側面を持っています。企業は、4つの経営プロセスを緊密に連携させる必要があります。第1は戦略です。戦略は将来を見据えて立案します。第2は予算の決定プロセスです。予算は過去の業績に基づいて立案されるので、戸田さんがおっしゃるように戦略とは常にコンフリクトがあります。第3はプロジェクト承認とポートフォリオでの位置づけ、そして第4は人々への報酬です。イノベーションをマネジメントするには、まずポートフォリオの見方をしなければなりません。そして、この4つのプロセスを結び付けて全体を最適化させることが不可欠です。そうしないと、人はそれぞれに最適な判断をしてしまい、成熟した既存事業から新規事業へのリソースのシフトが機能しません。

イノベーションというと、何かミステリアスなプロセスで、黒いTシャツを着ているようなクリエイティブな人間のみができると思いこみがちです。本当は、イノベーションは地に足が着いた実際的なプロセスで、学んで実行することができます。ただ、既存事業とはツールや判断指標といったやり方が異なるだけです。

高重 吉邦

今日の環境変化のスピードはあまりにも速く、ビジネスモデルもそれに合わせて変えていかなければなりません。富士通の場合、通信機器からコンピューター、ITサービス、クラウドと中核事業が移り変わってきました。現在はAI、ブロックチェーン、量子コンピューター領域などにも力を入れています。一方で、根本的な所では、技術の可能性に対する非常に深い信頼であるとか、「信頼と創造」を重視する文化。「ともかくやってみろ」や、「夢をかたちに」と言った経営者の言葉がありましたけれども、そういった言葉は、いまだにちゃんと会社の中に根付いていて、変わらずに人をドライブしてくれていると思います。いったい、企業の普遍の強みとはなんでしょうか?どの部分が変わらないコアで、どの部分が変わるべきバリアブルだと思われますか?

戸田 雄三

難しい質問ですね。最初に挙げたいのは、企業文化です。世の中がどう変わろうと守り続けるべきカルチャーがあると思います。今までいた会社の一番大事なカルチャーは何かと言われると、若い頃に二つ三つ上の先輩に言われたことです。彼に、「うちの会社は何を作っているか、知っているだろうな?」と聞かれました。「フィルムですか」と答えたんですが、「そんなこと聞いてんじゃないよ、信頼をつくってるんだよ」と言われたんですね。原理として守るべき文化、しかも時代と共に進化させないといけない。だから常に自分に問いかける必要がある、この会社のコアはなんだろうということを現場のリーダー層が常に考える仕組みを持っておくことが大事だと思います。

リタ・マグラス

10年間成長を維持し続けた企業グループを研究したことがありますが、リーマンショックの年も含め、かれらは皆、10年間で5%ほど収益を伸ばしていました。この研究から分かったのは、著しい成長をしている企業というのは、2つの相矛盾するように見えることをやっていることです。一方では、こういった成功している企業は、ビジネスモデルの基本要素を殆ど変えませんでした。カルチャーとか本質的な価値観、リーダーのメッセージ、そして長年に渡って培ったネットワークは非常に安定しています。戦略もそれほど変わっていません。しかし、もう一方では、ものすごい量のダイナミズムも生まれています。予算配分や、小さな規模の市場での実験、人材のローテーションをどんどんやっています。

高重 吉邦

日本の産業界には失われた20年というのがありますが、その停滞を越えて今後日本が世界でプレゼンスを上げていくためには、どんな戦略が必要だと思われますか?

戸田 雄三

日本企業を見ていると、非常にもったいない気がします。組織の論理が先行し、ひとりひとりの自由度や能力が組織という箱の枠のなかに押し込められてしまっている。これは、そろそろ変えていかないといけません。さもないと、環境変化のダイナミズムについていけなくなる。逆にいい人材が満ち溢れて出てくるところに、それに合わせた組織という箱を作ったほうがいい。

リタ・マグラス

イノベーションと規則を遵守する組織の論理には相入れないところがあります。クレイジーな人や変わった人に居場所を与えないかぎり、才能から価値を抽き出すことはできません。どのようなインセンティブを構築するかが鍵を握ります。失われた20年を越えていくためには、優れた起業家精神を育むインセンティブの仕組みが必要です。「会社に逆らうならご褒美はお預けだ」というような報奨制度は、知らず知らずのうちに起業家精神を潰してしまいます。

高重 吉邦

私が「組織中心から人中心に変革しなければならない」と申し上げたのは、戸田さんがおっしゃったことと同じです。そして、世界のデジタル・プラットフォーマーたちとグローバルに戦っていくには、社内の才能を活かすインセンティブをうまく設計していく、ということですね。では、最後にここで、お二人から会場に向けて、ビジネス戦略についてのアドバイスをお願いします。

パネルディスカッション『創造的破壊に備えるビジネス戦略』のダイジェストがご覧いただけます。

戸田 雄三

リーダーは、他人にできることはしない。課題や目標を設定するときには、個性を思う存分発揮する、ということを与えられた使命だと考えてください。“コンセンサス・ファースト”ではなく“ゴール・ファースト”です。社内のコンセンサスは必要ですが、それは目標を設定したあとの話です。

リタ・マグラス

イノベーションと成長、それは決して秘められた謎ではありません。イノベーション力を高めるための優れたツールキットもありますので、そうしたものもぜひ試してみてください。事業アイデアをまず小規模にテストしましょう。実証実験を行い、それから次のステップ、そしてその先へと進めていくのです。

高重 吉邦

ありがとうございます。ここまでマグラス教授、そして戸田様とともに、わたしにとっては大変興味深い議論を進めてまいりましたが、今日のこの議論が皆さまのビジネス戦略策定のヒントとなりましたら、まことに幸いです。本日は、富士通経営者フォーラムへのご参加、どうもありがとうございました。

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