既存ビジネスをどう壊す?!シリコンバレー流ビジネス戦略

成功するには5回の失敗が必須?!

テクノロジーと融合した新しいビジネスモデルが、既存産業のエコシステムを根底から揺さぶり、新たなイノベーションを起こしていく時代に、私たちはシリコンバレーから何を学ぶべきでしょうか?

2017年12月5日、明治記念館(東京元赤坂)において、富士通は経営者フォーラム2017を開催しました。「破壊的イノベーションを創出するシリコンバレー」をテーマとした本フォーラムでは、富士通Open Innovation Gateway(OIG)のシニアディレクターであるモヒ・アメッドが司会進行を務め、シリコンバレーで活躍するイノベーター3名、ケビン・スレース氏、バリー・カッツ氏、アンドレア・ケイツ氏が、それぞれ「破壊的イノベーション」「デザイン思考」「リーンイノベーション」について講演を行いました。OIGは、富士通が2015年にアメリカのシリコンバレーに開設したプラットフォームであり、米国の大学、研究所、ベンチャーの多彩な人材と日本企業との接点を創り、協業・共創の促進を行っています。フォーラムでは、富士通 執行役常務CMO阪井洋之がその詳細を紹介しました。後半には会場も一体となったパネルディスカッションが行われ、日本企業の様々な悩みや課題について活発な議論が交わされました。

この図はこの記事ページのイメージ写真です。

明日を見通せないビジネス環境、いかに成長の道を拓く?

佐々木伸彦 富士通 執行役員専務 CSO

フォーラムのオープニングでまず登壇したのは、富士通 執行役員専務 CSOの佐々木伸彦です。自動車産業における自動運転、金融業界におけるフィンテック、タクシー業界やホテル産業におけるUberやAirbnbの事例を挙げながら、明日を見通せない今日のビジネス環境で、いかにして企業は生き残り、成長の道を拓いていくべきか問いかけました。そこで大きな力となるのはテクノロジーを起爆剤に新事業を創造するという斬新な発想。シリコンバレーはまさにその宝庫とも言えます。「我々は、シリコンバレーから何を学ぶべきか。今、世界で起きている技術革命を肌で実感し、次の成長戦略のひとつのヒントとなれば幸いです」と述べて、佐々木はシリコンバレーから招いた3名のスピーカーを壇上に迎えました。

シリコンバレー流 破壊的イノベーション

ケビン・スレース 氏ケビン・スレース 氏

一番手として登場したケビン・スレース氏は、シリコンバレーを拠点に活動するイノベーターです。数々の起業を成功させたシリアル・アントレプレナーでもあり、2009年に米Inc.誌の「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」に輝いたほか、ウォール・ストリート・ジャーナル紙からは「テクノロジーイノベーション賞」が贈られています。現在、米企業7社の取締役を務め、TEDのスピーカーとしても知られています。

スレース氏は、まず過去の「破壊的イノベーション」を振り返りました。自動車や鉄道をはじめ印刷技術や電波技術など、人々のライフスタイルを一変させ、それ以前にあったエコシステムを破壊してしまった技術革新の事例は枚挙にいとまがない、と述べます。今、現在もまたインターネットやAIなどの技術が、これまでの常識を新しく塗り替えています。

こうした破壊的イノベーションは、企業経営に何を強いるのでしょうか? スレース氏は、コダックとゼロックスの2社をイノベーションのチャンスを逃した例として提示しつつ、企業の生き残りの道を明らかにしました。

コダックは、他社に先駆けてデジタル写真の技術を保有していたにもかかわらず、銀塩プリントにこだわり過ぎたため、そのメリットを成長につなげられず返って没落の道を歩んだ、とスレース氏は指摘します。ゼロックスもまた、コンピューターやインターネットの基礎技術を生み出していたにもかかわらず、コピー機という既存ビジネスに執着したため、時代の新潮流に乗り遅れてしまいました。

両社の失敗に共通して言えることは、破壊的イノベーションに対峙することへの恐れだとスレース氏は指摘します。「自分たちがやらなければ、必ず他の誰かがそれをやる。イノベーションをいち早く受け入れた企業が、次の時代の覇者となる。彼らはそれに気づかなかったのです」。

そうした過ちを避けるためにも、経営者はイノベーションに積極的に向き合い、厭わずにスピード感をもって試行錯誤を実施すべきであり、その姿勢は起業家ばかりでなく、大企業にとっても重要である、とスレース氏は話します。

「そして実は、成功のチャンスはスタートアップよりも大企業の方が高いのです」とスレース氏は強調します。「なぜなら、大企業には既に顧客ベースがあるからです。ベンチャーの場合は、顧客探しから始めなければなりません。しかし、大企業はその必要がない。新しいプロダクトやサービスを生みだしたとき、顧客ベースでその評価を測ることができます。小規模に試し、成功の感触がつかめれば一気に拡大展開する。そういうことが、大企業の場合は可能なのです」。

最後にスレース氏は、共創の重要性も強調しました。「顧客のみならず、パートナー企業とともにイノベーションを興していく姿勢は大切です。私たちがサポートする富士通Open Innovation Gatewayは、まさにそうした場を提供しています」。

シリコンバレー流 デザイン思考とエコシステム

バリー・カッツ 氏バリー・カッツ 氏

二番手として登壇したのは、スタンフォード大学とカルフォルニア美術大学で教鞭を執り、IDEOのフェローとしても活躍するバリー・カッツ教授です。同氏は今、ビジネス界で広く実践されている「デザイン思考」の世界的権威としても知られています。

カッツ氏はまず「破壊的イノベーション」について最初に論じたのがハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授であることを指摘しながら、あらゆる業界のメジャープレーヤーが明日の成長の鍵を探しに集まる場所としてシリコンバレーを紹介しました。「自動車メーカーの研究所も数多くここにありますが、それは彼らが自動車の未来はデトロイトでもミュンヘンでもなく、ここシリコンバレーにある、と考えているからです」。

シリコンバレーには成功したテクノロジー企業ばかりでなく、大学や法律事務所、ベンチャーキャピタルなどが集まっており、「人」「知識」「資金」が有機的につながるエコシステムが形成されています。「そして、そのエコシステムには、デザイン企業も加わっているのです」と強調し、カッツ氏は講演テーマである「デザイン思考」について語りはじめました。

「デザイン思考」とは、もともとデザイナーたちが何かを創造する際に自然に行なっている思考法や行動様式のことです。最近は様々なビジネス活動にも有効だということが知られています。ひとつの実例として、カッツ氏はグーグルのデザイナーの「デザイン上の問題を解決するやり方が、ものづくりや経営戦略にも有効だった」という言葉を紹介しました。

これまで大方の企業はモノを作り出すときに機能性や市場性を第一に考え、それを使うユーザーとの共感や創造性を副次的なものと考えがちでした。しかし、むしろ前者よりも後者の方が実は重要である、とカッツ氏は説明します。また、創造性についても、経営者に求められているのは、単にクリエイティブな人材を採用することではなく、クリエイティビティを全社員にいき渡らせることである、と話します。「訪問客を案内する受付の女性も含め、全社員がクリエイティブであることが大切なのです。製品開発にしても、機能性や市場にばかり目を向けるより人間中心の視点で製品を捉えた方がうまくいきます」。

「デザイン思考」はそのために役立つ、とカッツ氏は話しますが、すぐにこのように付け加えました。「しかし、気をつけなければいけないのは、『デザイン思考』を創造性やイノベーションを生み出す安易なツールのように考えてしまうことです。デザインというのは、もともと限りない失敗とやり直しをともなうプロセスです。従って、失敗を仕事の一部と考え、試行錯誤を方法論とするような忍耐強い姿勢が求められます」。

「シリコンバレーには失敗を尊ぶ文化がある」とカッツ氏は教えます。「HPやアップルもそうして大きくなったのです。日本企業の方々も『デザイン思考』の本質を学び、失敗を恐れずイノベーションに果敢に挑戦してほしい。シリコンバレーの富士通Open Innovation Gatewayは、そのひとつの足がかりになるでしょう」と話し、講演を結びました。

シリコンバレー流 リーン・イノベーション、フィジタル戦略

アンドレア・ケイツ 氏アンドレア・ケイツ 氏

シリコンバレーから招かれた講師として最後に登壇したのは、アンドレア・ケイツ氏です。彼女は、企業の成長戦略をユニークな視点で展開した著書『Find Your Next』を持ち、シリコンバレーのゴッドファザーとして知られるスティーブ・ブランク氏とともにスタートアップを立ち上げた経験もある米国起業家です。

彼女は冒頭で“フィジタル”という新しい概念について語りはじめました。フェイスタイムで遠くに住む祖母と話す小さな子どもが「おばあちゃんは、スマホのなかに住んでいる」と言うと、大人たちは笑いますが、実は、既に私たちはその子どもの見ている現実の中に生きているのだ、と彼女は主張します。

それは、物理世界(フィジカル)と仮想世界(デジタル)が融合した“フィジタル”の世界です。この現実のインパクトから逃れられる産業はない、とケイツ氏は予言します。「自動車メーカーは近い将来、モノとしての自動車を売ることよりもモビリティ(移動の利便性)を売ることに、より力を注ぐようになるでしょう。そこでは自動車を所有することよりも、心地よく移動することの方が価値として優位になります。消費もものづくりも“フィジタル”を基本に動き始めます。実際に米国では農業機械・建設機械のジョンディアや製薬のロシュ、不動産投資のジョーンズ・ラング・ラサールなどの企業が“フィジタル”を成長戦略に組み込もうとしています」。

“フィジタル”時代の企業に必要なものとはなんでしょう? 「重要なのは、次の二つです」と彼女は言います。「まずひとつは、小さくスピード感をもって起業すること(リーンスタートアップ)、そしてもうひとつは多くのパートナーとの共創です。破壊的イノベーションの生み出す新しいビジネスの流れからすばやく収益を引き込む仕組みを作ることが大切です」。

もし、大企業がこの二つを事業活動に取り込むことができれば、大きな競争優位性につながる、とケイツ氏は主張します。そして、その実例としてアマゾンの名が挙がりました。「かつて、ビジネススクールでは『まず業界を知り、そこに固有の優位性を作れ』と教えてきました。しかし、アマゾンを見てください。書籍販売で始まったビジネスが今や出版業界を飛び越えて電子コンテンツ、生鮮食品、ドローン、クラウドサービスなど、異業種へと飛躍的に拡大しています。明らかにビジネスのルールが変わったのです」。

既存のビジネスモデルから、新たな成長の芽を見つける。それを小さな事業規模で試し、実効性を確認して大きく展開する。この方式を彼女は“アマゾン式ビジネス”と呼びます。「皆さんは『Amazon Dash Button』をご存知でしょうか? 日用品の情報をスマートフォンに登録しておくと、アマゾンから送られてきたデバイスのボタンを押すだけで、補充品が自動で配達されてくるというサービスです。これは“フィジタル”なビジネスモデルの見本とも言えます。ここにはフィジカルとデジタルの理想的な融合が見られます。おそらくプリンターのインクなど、補充ビジネスに応用できるでしょう」。

「スピード感のある立ち上げ、それこそが成功の鍵なのです」と語り、ケイツ氏はその講演をこう結びました。「最小リスクですばやく立ち上げ、大きく展開するリーンスタートアップの時代がもう始まっています。そしてそれは、共創の時代でもあります。富士通Open Innovation Gatewayは、まさにその実践の場だといえるでしょう」。

富士通のオープンイノベーションへの取り組み

阪井 洋之 富士通執行役常務CMO阪井 洋之 富士通執行役常務CMO

シリコンバレーの講師陣に続いて、富士通執行役員常務CMOの阪井洋之が登壇し、オープンイノベーションに向けての富士通の取り組みを紹介しました。富士通は近年、Open Innovation Gateway、富士通デジタル・ビジネス・カレッジ、Digital Transformation Center、MetaArcベンチャープログラムといった数々の取り組みを展開しています。

Open Innovation Gateway(OIG)は、2015年6月に富士通がシリコンバレーに開設し、日本のお客様やパートナー企業をシリコンバレーの起業家や大学・研究機関と結びつけて新しいプロジェクトを進めていく役割を担っています。具体的にはワークショップやセミナー、オープン・ディスカッションなどの場を通じてシリコンバレーの多彩な人材との接点を提供し、共創に向けたリアルな活動を進めています。スタンフォード大学を巻き込んだ「デザイン思考」のジョイントプロジェクトやAI関連のスタートアップとの協業などもここから生まれています。

また、2017年に開校した富士通デジタル・ビジネス・カレッジは、企業がデジタル革新を進めるうえでの人材教育や人材育成の支援を目的としており、部門長向けの「デジタル戦略コース」、実務者向けの「スキル育成コース(AI・Analytics/デザイン思考/セキュリティ)」を提供しています。「デジタル戦略コース」には、シリコンバレーでの研修も組み込まれており、米国の起業家精神を肌で感じる良い機会となっています。本フォーラムにお招きした3名のスピーカーは、この富士通デジタル・ビジネス・カレッジにもご参加いただいたことがあります。その時の講演がとても好評であったこともあり、日本の皆様にも彼らの知見を共有したいと考え、今回このようなフォーラムを企画し、実現できたことを嬉しく思います。

その他にも、デザイン思考の考え方をベースに、富士通流のメソッドとしたヒューマンセントリック・エクスペリエンス・デザイン(HXD)というものがあります。人を中心に考え、まとめていくということで、ビジョンの策定からコンセプトの開発、ビジネスの検証といった一連のプロセスを共通のフレームワークで実施しています。このようなデザイン思考のメソッドを使い、ITを活用してワークショップができるイノベーション共創の場として、東京と大阪に富士通デジタル・トランスフォーメーション・センターを設けており、ニューヨークとミュンヘンにも広げていく予定です。

最後に紹介したMetaArcベンチャープログラムは、斬新なアイデアを持つベンチャー企業と富士通が手を組み、6ヶ月ほどのサイクルで事業化を目指していく協業プログラムです。互いのコミュニケーションを取り持ち、プロジェクトの進行をサポートする支援チームも編成されており、すでにAI、ロボティクス、クラウドといった分野での実績をあげています。

「今後も共創を軸として、こうしたオープンイノベーションの取り組みに邁進していきます」と結んで、阪井は講演を終えました。

パネルディスカッション
破壊的イノベーションを創出するシリコンバレー

4名の講演に続いて、Open Innovation Gatewayのモヒ・アメッドを進行役に、後半は会場の参加者を交えたパネルディスカッションが行われました。破壊的イノベーションを持続的に生み出していくシリコンバレーの環境に対し、長年培われた価値観や企業風土に縛られてなかなか思い切った変革を起こせない日本企業のジレンマ、一方でそれを乗り越えて一歩を踏み出そうとする気概の感じられる議論が展開されました。

モヒ・アメッド(司会)

では、パネルディスカッションを始めたいと思います。折角ですので会場の皆さんがお近くの方と簡単に自己紹介と今日の登壇者の皆さんへどのようなご質問されたいかについて2分程、会話して頂きたい。その後、登壇者の4人に対して積極的にご質問して頂ければと思います。

参加者A

シリコンバレーでOIGとともにスタンフォード大学d.schoolの「デザイン思考」ワークショップに参加させていただきました。その際に感じたのですが、シリコンバレー流のやり方だと、議論と検証を重ねていくうちに、当初設定した領域から検討対象がどんどん離れていってしまうことがあります。実は当初、それにかなり戸惑ってしまったのですが、今はそれこそがイノベーションを生むプロセスなのだと思っています。しかし、日本企業の場合、そういうやり方はなかなか理解されません。何かアドバイスはありますでしょうか?

バリー・カッツ

検討対象から離れることを嫌う傾向は、米国にもあります。したがってそれは日本企業特有の問題ではありません。日本にもシリコンバレー流の思考法を持つ企業があるのではないでしょうか。

ケビン・スレース

シリコンバレーでは成功する前に少なくとも5回は失敗すると言われています。失敗を嫌うのではなく、それを尊び、そこから学ぶ姿勢を奨励すべきでないでしょうか。

アンドレア・ケイツ

私からは、イノベーションの評価と投資判断について一言。イノベーションの成否は財務諸表のようなものでは測れません。例えば、試行錯誤の回数や顧客の声など、別の指標が必要です。また、投資判断についても、これまでのような経営者の英断というやり方ではなく、新しい事業のアイデアに部分的に投資し、結果を見ながら拡大していくやり方が有効だと思います。


参加者B

インテルに30年ほど勤めていましたので、シリコンバレーのやり方はある程度分かっています。今は日本企業でイノベーション推進の役割を担っているのですが、会社は過去の成功体験や慣行に縛られ、かなり保守的です。この壁を破るにはどうしたらよいでしょうか?

アンドレア・ケイツ

企業には二本の柱が必要です。ひとつは新しい考え方という柱、もうひとつは積み上げてきた考え方という柱です。アレクサンダー・オスターワルダーはビジネスモデル創出についての著書の中で、この相反する2つの柱のバランスを取るためには仲介役(アンバサダー)が必要であると説いています。仲介役を介して二本柱の経営をしていく必要があります。


参加者C

医薬品業界に勤めています。大きな組織に新しい発想や行動様式を根づかせるためには、まずトップの意識が変わらなければならないと思います。トップの意識を変え、企業文化を変えるにはどうすればいいでしょうか?

バリー・カッツ

空母を想像してみてください。人類最大の移動建造物です。空母が方向転換するには大変な時間がかかります。しかし、周囲の小型ボートなら方向転換は簡単です。これと同様に母船である経営本部とコミュニケーションを保ちながら、小さなユニットで低コストのイノベーションを試みてはいかがでしょうか。スタンフォード大学の同僚が「イノベーションというのは、地道な試行錯誤の末にようやくたどり着くものだ」と言っていました。したがって、母船の目の届くところで小さなボートが何度も方向転換を試すべきなのです。


モヒ・アメッド

皆さんの方で次のご質問を考えていらっしゃる時間に、ケビンさんにお伺いします。どのようにすれば、日本企業でも「破壊的イノベーション」を起こすことができるようになるでしょうか?

ケビン・スレース

30年前、IBMはパソコン市場でオープン戦略に舵を切り、マイクロソフトやインテルからOSやCPUなどを調達し始めました。これはすばらしい経営判断でした。バリーの言うとおり、母船のそばにいる小型ボートに裁量権と資金を与え、色々と試させるやり方は非常に有効です。小型ボートすなわち少人数チームや協力ベンチャーがリスクをとって試行錯誤を繰り返し、短期間でイノベーションを創出する。そのやり方が最良だと思います。


モヒ・アメッド

バリーさんに伺います。日本企業はどのように「デザイン思考」を採り入れていけばいいでしょうか?

バリー・カッツ

「デザイン思考」は今、大きな注目を集めていますが、これを何かのための方法論と考えるのはとても危険です。もちろんスタンフォード大学やIBMではそれぞれ「デザイン思考」についての方法論がありますが、私はむしろ「デザイン思考」は哲学であると考えています。デザイナーの仕事には原理があり、それは家具の設計に使えるとともに製品開発や経営戦略にも適用できます。スタンフォード大学の方法論がそのままある企業に活かせるわけではなく、やはり原理に基づいて、それぞれがそれぞれに合った方法論を生み出していくことが重要です。


参加者D

最近、シンガポールで「デザイン思考」の取り組みを視察してきました。そこで彼らが挙げていたキーポイントは、ダイバーシティ(多様性)、ラピッドプロトタイピング(すばやい試行)、そして継続の3つです。この中で、私が日本企業の課題として感じるのは、ダイバーシティです。同じ考えと文化を持った人間がいくら集まっても破壊的イノベーションは生み出せないのではないでしょうか?

アンドレア・ケイツ

会議室で議論をするより、顧客やパートナーなど外の声に耳を傾ける方がずっと有意義なのではないかと私は思っています。ウォール・ストリートのフィンテック企業とミーティングをしたとき、ブロックチェーンの話になりました。あまり生産的な議論にならなかったので、パリから専門家を招いて話を聞いてみることにしたのです。その話を聞いて、彼らは新しい視点でブロックチェーンを捉えられるようになりました。

バリー・カッツ

これを言うのは少しためらわれるのですが、日本では女性の活躍が足りません。その場に女性がいないということは、優れた人材の半分を眠らせているということです。女性の活躍でGDPが2割近く伸びるという話を聞いたことがあります。イノベーションに女性の存在は不可欠です。


モヒ・アメッド

皆さんの方で次のご質問を考えていらっしゃる時間にアンドレアさんに伺います。「リーン・イノベーション」に関連して、日本企業と米国企業の違いだけでなく、共通点についても何かご感想などがありましたら、是非お願いいたします。

アンドレア・ケイツ

共通点は少々難しい質問ですね。ひとつ言えるのは、5カ年計画やSWOT分析で成長戦略を描いている企業がまだ日米ともに多いということでしょうか。彼らは、現在のビジネスを守ることに手一杯で、破壊的イノベーションというようなことは考えません。一方、シリコンバレーの企業が成長戦略を描くために、今、用いられているのはビジネスモデル・キャンバスです。技術革新で業界の大転換が起こってもすばやく対応できるよう備えているのです。

ケビン・スレース

今は個人や企業が10億人のユーザーにアクセスすることも不可能ではありません。スマートフォンの新しいゲームのPokemon Goがわずか7ヶ月の間に10億ドルを稼ぎ出したことはたぶんご存知でしょう。そのようなビジネスモデルはかつて存在していませんでした。こうした時代にSWOT分析が役立つでしょうか。数世紀の歴史を持つ大企業であろうと、このトレンドから逃れることはできません。


モヒ・アメッド

富士通のオープンイノベーションの取り組みの責任者として、その取り組みに込めた想いやそれを富士通のお客様がどのようにご活用できるかについて、阪井さんにお話をお願いできますでしょうか。

阪井 洋之

富士通も大きな会社になり、なかなか内部からだけのイノベーションというのは難しいところがあり、やはり外の新しい血とつながっていくことが重要だと思います。今年のマーケティング・メッセージは「Digital Co-creation」としているのですが、様々なお客様やパートナー様、スタートアップと一緒に行動し、新しい血と融合して、そこから新しい革新的なサービスや取り組みが生まれてくるのではないかと考えています。そのようなことを目指し、Open Innovation Gatewayやデジタル・ビジネス・カレッジ、デザイン思考のワークショップなどを行っています。

今日この会場に富士通デジタル・ビジネス・カレッジにご参加いただいた方もいらっしゃると聞いております。どなたか、いらっしゃいますか?

参加者E

大手百貨店に勤めております。システム部門から営業部に異動し、社長から事業デザインの企画を託されております。悩んだ末、助け舟を求めて富士通のデジタル・ビジネス・カレッジに参加しました。そこで学んだことはいろいろありますが、ひとつ実感したのは、誰かに壊される前に自ら壊さない限り、これからの時代は生き残れないということです。OIGで実施されたシリコンバレーの研修にも参加して、現地のスタートアップの本音に触れました。驚いたことにベンチャーキャピタルがスタートアップを評価する際に重視するのは、事業計画や収益モデルなどではなく、そのアイデアと熱意だということでした。従来の判断基準と全く違います。そこで、私も職場に戻り、熱意を持って自分の描くビジネスモデルを推進しています。その勇気を与えてくれたこのデジタル・ビジネス・カレッジに、とても感謝しています。


モヒ・アメッド

どうもありがとうございました。会場の皆さんから最後に何かご質問・コメントありますでしょうか。

参加者G

建設大手企業に勤めています。限られた経営資源の中、スピード感を持って課題に取り組むよう努力していますが、数ある重要課題にどのようにして優先順位をつけるべきか悩んでいます。建設労働者の高齢化など、業界としてドラスティックな転換が必要なものもあります。

ケビン・スレース

優先順位としては、漸進的なイノベーションではなく、破壊的なイノベーションにつながる課題をまず選ぶべきだと思います。また、建築業界の世界的なトレンドとして、モジュール型プリファブリケーション(組み立て工法)はご存知かと思います。中国ではこの工法を用いて30日で高層ビルを建設した事例もあるようです。

バリー・カッツ

課題に対処するイノベーションの選択肢(ポートフォリオ)を増やすことをお勧めします。たったひとつの処方箋に社運の全てをかけるというようなギャンブルは、なかなかトップの了解を得にくいものです。数ある選択肢の中に破壊的イノベーションにつながるアイデアを滑り込ませておくと可能性が広がります。

アンドレア・ケイツ

先ほどバリーが話していたアマゾンの事例ですね。コアビジネスを維持しながら他業種に展開していくやり方です。それを選択肢とおっしゃっているのだと思います。


モヒ・アメッド

最後に登壇者の方々に一言ずつコメントをいただきたいと思います。

ケビン・スレース

最小リスク、最小投資で小さく始め、有効性を検証して展開する。経営陣を説得するのは大変でしょうが、根気よく叩き続ければ、必ずドアは開きます。頑張ってください。

バリー・カッツ

今日、自動車業界では競合の名前にグーグルやアップルやアマゾンの名が挙がります。10年前にこれは考えられませんでした。業種を超えた競合あるいは共創の時代がやってきています。

アンドレア・ケイツ

昨日、米国のドラッグストアと保険会社が合併したというニュースがありました。合併の理由は、アマゾンです。規制が緩和され、薬のネット販売が可能になったのです。これまで思いもよらなかった相手と協業し、これまで思いもよらなかった相手と戦う時代がやってきています。

阪井 洋之

ケビンさん、バリーさん、アンドレアさん、今日はどうもありがとうございました。会場の皆様も積極的に議論にご参加いただき、ありがとうございました。日本発のイノベーションがシリコンバレーを驚かす日が来るよう皆さんと頑張っていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。


この阪井の結びの言葉をもってパネルディスカッションは終了し、参加者は続いて懇談会に移動、カジュアルな雰囲気の中で登壇者や他の参加者との会話を楽しみました。従来の常識や価値観が通用しない新発想のビジネスが、市場のルールそのものを書き換えているこの時代に、これからの経営のあるべき姿について、積極的な議論が展開されました。

ご参加いただいたお客様からは、「非常にアクティブな活動に感銘を受けた。自社のイノベーションの進め方を最高するきっかけとなった」「シリコンバレーのスピード感やリアルな動きを直接聞くことができ、刺激的であった」「具体的にイノベーションを進めている方々の話を聞くいい機会である。いくつかいいヒントを頂き、具体的な施策を考えるきっかけとなった」などのコメントを頂戴し、多くの経営層の方々にお越しいただいた本フォーラムは、盛況のうちに幕を閉じました。

ページの先頭へ