インフラ・コミュニティ・テクノロジーの融合でつくる新しい世界

都市インフラ・社会インフラの再定義

人工知能、ビッグデータ、IoT − デジタルワールドとリアルワールドの融合が引き起こす劇的な社会変化、第4次産業革命。そのインパクトは、都市や人々の暮らしをどう変貌させていくのでしょうか?

2017年10月12~14日、東京にある六本木アカデミーヒルズでInnovative City Forum 2017が開催され、世界の幅広い分野におけるオピニオンリーダーを迎えて、都市とライフスタイルの未来をテーマに議論が展開されました。富士通は、本会議において、13日午後に実施されたイノベーティブシティ ブレインストーミングに参加しました。このセッションは「第4次産業革命」をキーワードに、人工知能など最新テクノロジーの進展がいかに私たちの社会やワークスタイル、日常の価値観を変えていくのかを検証し、都市のあるべき未来像を素描しようとする試みです。

この図はこの記事ページのイメージ写真です。

会場では、東洋大学教授、慶應義塾大学名誉教授、森記念財団都市戦略研究所所長、アカデミーヒルズ理事長 竹中平蔵氏とNEC代表取締役会長 遠藤信博氏とのオープニング対談に続いて、分科会進行役によるキックオフプレゼンテーションが行われました。その後、参加者は「都市インフラ」「企業と働き方」「シェアリングエコノミー」「人工知能とアート」といったテーマ別の分科会に分かれ、多彩なリソースパーソンとともに議論を交わしました。

キックオフプレゼンテーションでは、4つの分科会に先駆けてそれぞれのテーマに精通する4名が登壇し、問題提起を行いました。

「都市インフラ・社会インフラの再定義」

神保 謙 氏 慶應義塾大学 総合政策学部 准教授/キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員神保 謙 氏
慶應義塾大学 総合政策学部 准教授
キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員

今、我々の目の前でデジタルの世界とフィジカルな(物理的な)世界の融合が凄まじいスケールで起こっています。これは18世紀、20世紀初頭、1980年代に起こった産業革命に続く、新たな産業革命だと言えます。

この第4次産業革命は、製造業、金融、医療、建築、流通、教育などあらゆる産業領域で進行しており、それが総体として2020年までにGDPを30兆円超押し上げるという予測もあります。

都市インフラの文脈でこの進化はどのように考えられるのでしょうか。かつては物理的な世界が高度化していくという世界を描いていましたが、第4次産業革命でイメージするべき都市像というのは、家庭、医療、経済活動など様々な空間が相互に連携しあって、新しい価値を創造していくということではないでしょうか。また、課題として挙げられるのが、市民の個人情報を含めたデータ基盤構築の問題です。そうしたデータは医療、教育、危機管理などさまざまな用途に有効ですが、一方で透明性の高いオープンな共有の仕組みが不可欠となります。

総務省はこれを2020年に向けた社会全体のICT化というかたちで構想していますが、その際、新旧社会インフラの連動も課題となると考えます。

そのほかにも、デジタルデバイド(高齢者とテクノロジー)、個人データ開示への抵抗(プライバシーと社会)、キャッシュレスエコノミーの遅れ(中国やインドの変貌)、国産のデータセンターとクラウドサービスの脆弱さ(都市インフラとセキュリティ)、人材育成(社会イノベーションとリーダーシップ)など、考えるべき課題は多くあります。

「企業、働き方、生活の大変革」

柳川 範之 氏 東京大学大学院 経済学研究科・経済学部 教授柳川 範之 氏
東京大学大学院 経済学研究科・経済学部 教授

スマートフォンが誕生して10年、私たちの生活は大きく変わりました。同様に、働き方にも様々な変化が起きています。顕著な変化として挙げられるのは、モビリティの獲得だと感じています。オフィスにいなくても仕事ができるようになり、カフェでパソコンを開いている人の姿は、すでに日常の風景の一部になっています。

時間や空間に縛られないワークスタイルがさらに進めば、企業のあり方や生活の仕方も変容を迫られるでしょう。そもそも毎日同じ場所で同じ人々と長時間働く必要があるのでしょうか。仕事の時間とプライベートな時間を区別する必要があるのでしょうか。

例えば、ブロックチェーンで組織が自動生成され、会社が人の集まりですらなくなったとき、企業と個人の関係はどう変わっていってしまうのでしょうか。会社はかつて労働者にとってコミュニティであり、教育の場であり、アイデンティティでもありました。そこでは企業と個人の関係の再定義が必要になってきます。

自己実現や楽しみも含めて、人がいきいきと働ける社会とはどのような社会なのでしょうか。現実を見れば技術革新は、約束された豊かな社会を生み出してはいません。どこに問題があり、何を変えていけば解決できるのでしょうか。

分科会では「会社」ではなく「個人」を主語にして、私たち自身は何をすべきなのか、何ができ、何をしたいかということを議論していきたいと考えています。

「シェアリングエコノミーの未来と信用システムの再構築」

原 英史 氏 株式会社政策工房 代表取締役社長原 英史 氏
株式会社政策工房 代表取締役社長

まず、社会には、3つの段階があります。第1は、伝統的な社会。ここでは人々が信頼に基づき、道具、家、移動手段などを互いに融通しあいます。

第2は、それらが商業サービスに置き換えられた社会。賃貸マンションやホテル、レンタカーなど、事業者が消費者向けにサービスを提供し、事業者の信用が基盤となり、国家がそれを裏付けます。

第3は、シェアリングエコノミーが登場する社会。技術革新により個人対個人、個人対企業の信頼関係がデジタル化されます。スマートフォンに搭載された評価システムによって信用度が瞬時にわかるため、特別な仲介者がいなくても信用が担保されます。シェアリングエコノミーは国の規制ではなく、相互に評価が行われるようになり、この段階では行政体系も規制中心からコミュニティによるチェック型の役割への大転換が起こりつつあります。

しかし、実際にはそれがあまり進んでおらず日本ではとくに遅れています。例えば、民泊における旅館業法、配車サービスにおける道路運送法、教育における教育職員免許法など、既存の規制や制度、既得権を持つ事業者の抵抗などがシェアリングエコノミーへの流れを阻んでいます。

一方で、遅れているからこそ、一気に状況が変わる可能性もあります。例えば今、日本で土地所有者の不明が大問題になっていますが、不動産登記のような仕組みが全くなかったガーナでは航空写真とブロックチェーンを用いて所有移転の仕組みを作り、不動産登記の問題を解消させたという事例があります。このようなことを日本でも考えていく必要があると考えています。

「人工知能時代のアートの役割」

松尾 豊 氏 東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 特任准教授松尾 豊 氏
東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 特任准教授

今、機械の世界で視覚革命が起ころうとしています。先カンブリア紀、生物は目を持っていませんでしたが、高度な目を持つ三葉虫が現れたことで状況が一変しました。三葉虫は優位に立って大繁殖し、捕食される側も対抗手段として目を持つようになりました。これにより生物の多様化がはじまったと言われ、これをカンブリア爆発と呼びます。

これまで機械は視覚を持っていませんでした。もちろん人間の網膜にあたるカメラやイメージセンサーは以前からもありましたが、ものが見えるようになるには網膜に映った信号を視覚野で処理しなければなりません。ディープラーニングがそれを可能にしました。

視覚を獲得した機械は、これまで以上に多くの仕事をこなせるようになります。例えば、稲やジャガイモを根こそぎ収穫するのではなく、熟れたトマトをひとつひとつ認識して収穫できるようになるのです。

こうして機械はあらゆる産業に進出するようになるでしょう。例えば、医療現場で医師が行なっている画像診断。その能力はすでに機械の方が人に優っています。今後は視覚にもとづく認識機能が人間から切り離されて社会のいたるところに再配置されていくと考えられます。

これまで『認識』というものは人間のアイデンティティでした。それが失われたとき、人間性とは一体何になるのでしょうか?人間の役割とは?人間にしかできない仕事とは?我々は、これからどのような社会を作っていくのか? そんなことを考えてみたいと思います。

分科会 Theme 1:都市インフラ・社会インフラの再定義

キックオフプレゼンテーションに続いて会場は、分科会に別れ、それぞれのテーマに沿ってブレインストーミングが行われました。第1分科会では、慶應義塾大学 総合政策学部 准教授/キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員 神保 謙 氏、ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長 北野 宏明 氏、株式会社ブイキューブ 代表取締役社長CEO 間下 直晃 氏、シーラカンスK&H株式会社 代表取締役/東洋大学 理工学部建築学科教授 工藤 和美 氏、富士通株式会社 マーケティング戦略本部 VP 高重 吉邦が参加し、「都市インフラ・社会インフラの再定義」というテーマでディスカッションが行われました。

「都市とライフスタイルの未来を描く」というフォーラムのテーマを踏まえ、当分科会では第4次産業革命における新しい都市インフラ・社会インフラについてのブレインストーミングが行われました。議論の主な争点としては、(1)社会改革のためのパーソナルデータの収集やAI導入の是非、(2)都市を支える3つのレイヤー「社会インフラ」「コミュニティ」「テクノロジー」のライフサイクルの違いと連携の難しさ、(3)ICT技術によるワークスタイル変革とリタラシー格差、(4)建築と市民参加の在り方 などが挙げられました。

まず、議論の突破口を開くため、会場の聴衆に向けて、『第4次産業革命の大前提として、パーソナルデータの収集に賛成かどうか』について質問が投げかけられ、賛成と反対が半々くらいの回答を得ました。続いて、2つ目の質問として、『人間の仕事を奪う可能性のあるAIの導入は、積極的に進められるべきか』を尋ねたところ、ほとんどが賛成という結果でした。

これを踏まえて、AIによる社会変革と都市のあり方について議論が展開され、『冒頭の2つの質問であった、パーソナルデータの収集もAIの活用も、もはや選択の余地のない、止まらない流れ』だという発言がありました。また、AIなどの新しいテクノロジーを都市とどう融合させるかという話は昔からあったということに触れ、「建築は50年、100年と残っていくのに対し、ITというのは2年も経てば陳腐化してしまう。あまりにもライフサイクルが違い過ぎるため難しい。これが都市となると、話はもっと大掛かりになり、ライフサイクルの異なる3つのレイヤー、「インフラ」「コミュニティ」「テクノロジー」をうまく連携させる必要がある」との意見が出ました。

そうした議論のなか、第4次産業革命と都市という文脈でテクノロジーカンパニーとしての事業ビジョンを問われた富士通の高重は、次のように述べました。

「私たち富士通は『ヒューマンセントリック』というビジョンを掲げています。テクノロジーが人の仕事や存在意義を脅かす時代だからこそ、人を中心に置いて物事を考え、人中心のアプローチで社会に新しい価値を届ける、そういう理念を持ったビジョンです。

これからの時代にとって、なによりも大事なのは、テクノロジーを活用しながら人々が信頼できるコミュニティを築くことだと思います。お互いが信頼できれば、データの相互活用も促進されます。

キックオフプレゼンテーションの中で、AIによって『認識』という機能が人間から分離され、社会の各所に再配置されていくという話がありましたが、それを仕事の喪失と考えるのか、それとも人間の能力の拡張と考えるのか。富士通は、ヒューマンセントリックという考えの中で、あくまで後者の立場に立って社会を再設計していくべきだと考えています。

ひとつの例が、スペインのサンカルロス医療病院と行ったAIによる診断支援システム共同開発の事例です。この診断支援システムは、患者が抱える自殺とアルコールや薬物乱用のリスクを高精度で瞬時に判定するもので、それによって医師が患者と向き合う時間をより多く生みだしました。このシステムの導入以来『仕事の質が変わった』という評価を医師たちから、いただいています。これは、人間を中心に据えたテクノロジーのあり方を示すひとつの例ではないでしょうか」。

この後、さらに議論は深まり、都市における働き方について議論が進みました。現在、注目を浴びている働き方改革に話題が移り、今後、ワークスタイルの大変革は起こるのか?という問いに対して、「長時間労働の問題もありますが、背景にあるのはやはり人手不足。AIが人の仕事をするというのは、その意味で日本にとって喜ぶべきことなのかもしれません。退職者や出産で退社した女性が労働市場に復帰できる緩やかなワークスタイルも必要です。東京一極集中型を避けるためのサテライトオフィス、テレビ会議を使った遠隔営業なども増えてきました。また、対面原則の規制が緩和され、実際に相手に会わずともサービスが提供できるようになっています。遠隔医療や遠隔教育もその例のひとつです。」との発言がありました。

一方で、建築業界でも最近はスマートビル、スマートオフィス、スマートホーム、空間シェアリングなどのさまざまな変革が起こっており、そうした動きに関する洞察を尋ねると、「建物はライフサイクルが長く一度作るとそう簡単には変えられません。そのため、なるべくたくさんの人たちの声を建物に反映させたい。そのために市民向けのワークショップなども開催します。しかし現実では、そうしたワークショップに集まってくる人たちはお年寄りや専業主婦の方が多く、子どもや若い世代、働く世代の姿はあまり見かけません。テクノロジーの力を借りてさまざまな市民の声をプロジェクトに取り込むことができれば、建築の在り方も変わってくるのではないかと思います。」との発言がありました。デジタル世界の大変革が実際の制度や社会基盤をどう変えていくのか、より具体的に現実に即してそのプロセスを検討すべきだという意見も出されました。

また、国内でなかなか進まないパーソナルデータの収集と社会的な活用について、海外の参加者から事例が紹介され、個人データの収集にはその見返りとしてそれに見合ったベネフィットが提供されるべきだという意見が出されました。実際、国民のパーソナルデータの収集と活用に成功した国々はその政策を「スマートシティ」の実現から「スマートネーション」の建設へと一歩進めています。この点で日本は後塵を配しているのではないでしょうか。

しかし一方で、そこには強力に政策を推し進めようとする国家戦略と多様性を重視する民主的な価値観との相克もあり、人々や社会の幸福を担保しながら大改革を進めていくのは決して簡単な仕事ではありません。

「ここではあえてその結論を急ぐことはせず、参加者それぞれがより研ぎ澄まされた問題意識を持って今日学んだ知見を持ち帰り、日々の思考の中でそれを深め、また来年この場に戻って再び議論してほしい」という進行役の言葉を結びとして分科会は終了しました。

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