次の10年を見据えたIT戦略
「失敗しない次世代ERP」を実現する新手法とは
DXに不可欠なERP刷新に向け富士通とSNPが協業

「2025年の崖」に象徴されるように、基幹システムの刷新は日本企業に課せられた不可避の課題である。いかにリスクを抑え、短期間かつ低コストで次世代ERPに移行するか――。この“難題”を解決すべく、シュナイダー・ノイライター・アンド・パートナー社(以下、SNP)と富士通は、2020年9月にプラチナパートナーシップ契約を締結した。今後、富士通は、SNPの新しい移行アプローチを活用し、「SAP S/4HANA」への移行を支援していく。両社の協業は市場にどのようなインパクトとメリットをもたらすのか。富士通の大西 俊介氏とSNP Japanの横山 公一氏に、日経BP 総合研究所の桔梗原 富夫氏が話を聞いた。

DXの実現は行動様式の変革を伴ってこそ

桔梗原デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進こそが、企業の生き残りのカギになるといわれる時代です。その一方、なかなかDXを推進できない企業も少なくありません。顧客企業のDXを支援するため、富士通はどのような取り組みを進めていますか。

大西お客様のDXを支援するためには、まず自分たちが変わらなければなりません。DXの取り組みは「D」のデジタル部分がフォーカスされがちですが、本質はむしろ「X」の部分、すなわちトランスフォーメーションにあると考えています。

既存の仕組みや組織、オペレーションを変える。従業員の行動様式を変え、マインドチェンジを図ることが最も重要です。その上で、経営や業務を支えるITを変革し、デジタル化を進める。富士通はこうしたアプローチでDXの推進に取り組んでいます。

先ごろ発表したジョブ型人事制度の導入はその一環です。本人のスキルや成果を重視し、やる気と実力のある人材を積極的に登用していく。テレワークを促進するなど、働き方改革も積極的に進めています。

桔梗原自らが実践する「行動様式の変革」をいかに「顧客への価値」に変えていくか。それが今後重要になっていきますね。

大西これまでは営業、SEそれぞれに役割があって、連携が難しい面がありました。そこで営業とSEがワンチームになる、新しい組織づくりを進めています。単なるリレーションではなく、お客様の変革を導いていくコンサルタントはどういうものか。ここに主眼を置いています。

まず、自動車業界向けのビジネスユニットで、営業とSEを一体化させた新しい組織構成を実現しました。来年以降、これをほかの業種チームに横展開し、さらには日本だけでなくグローバルにも広げていく。この役割を支える人材の発掘・育成は、ジョブ型人事制度を活用していきます。

富士通の最大の強みは「テクノロジー」と「幅広い顧客基盤で培った多様な業種・業務のノウハウ」です。この強みを新しい組織内で増幅させていき、同時にビジネスを支えるITもデジタル化していく。その成果をお客様へフィードバックすることで、新しい価値を生み出すビジネスサイクルの構築を目指しています。

富士通株式会社 執行役員常務 グローバルソリューション部門 エンタープライズソリューションビジネスグループ長 兼グローバルサービスビジネスグループ長 大西 俊介氏

単純移行はECC6.0の焼き直しにすぎない

桔梗原富士通は次世代ERPへの移行にも注力しています。その中で「SAP S/4HANA」に注目している理由について教えてください。

大西DXを推進するためには、ERPによるリアルタイムなデータの可視化が不可欠です。日本でも多くの企業がERPを導入し、これによって業務プロセスの標準化は進みましたが、データを戦略的に活用できているところはあまり多くはありません。

SAP S/4HANAの最大の特長は、超高速データ処理を実現するインメモリデータ処理プラットフォームをベースにしていること。財務会計、販売管理、人事など多様なソフトウエア・コンポーネントのデータをこのプラットフォームに集約し、リアルタイムで最新のデータを参照・活用することが可能です。

横山もともとデジタル時代のプラットフォームとして設計されており、前世代のECC6.0では実現できなかった機能が豊富に実装されています。多様なAPIにより、AIやIoTのデータも活用しやすい。パブリッククラウドでの稼働にも対応し、Webで統合的に運用できます。このメリットは多くのユーザー企業が認識しています。サポート切れが近いから移行するというネガティブな理由ではなく、DXに向けた積極的なマインドでSAP S/4HANAへの移行を検討する企業が増えています。

大西同感です。現行ERPからSAP S/4HANA への移行をDXの出発点ととらえているお客様が多いようです。

桔梗原そうした中、両社はSAP S/4HANAへの移行を支援するプラチナパートナーシップ契約を締結しましたね。この背景と狙いを教えてください。

大西次世代ERPへの刷新には、個別構築したアドオン(拡張機能)も含め、大規模な既存資産の移行が必要です。ただし、これは一筋縄ではいかない。多くの企業が業務プロセスのすり合わせやステークホルダー間の調整などで大変な苦労した経験がある。「またあの苦労を味わうのか」と食傷気味の企業も少なくありません。

SAP S/4HANAのメリットを最大限に引き出すためには、単に移行するだけでなく、DXを推進できるようにデータの構造も最適化する必要がある。そうしないと、でき上がったものが「SAP S/4HANA というラベルの付いた、アドオンたっぷりのECC6.0」になりかねません。

この負担とリスクをいかに低減するか。そこで独自の「BLUEFIELD(ブルーフィールド)」アプローチを展開するSNPとプラチナパートナーシップを締結しました。富士通はこのBLUEFIELDアプローチを活用した「SAP S/4HANA BLUEFIELDコンバージョン」を提供していきます(図1)。

株式会社SNP Japan Chief Technology Officer 横山 公一氏

図1 SAP S/4HANA BLUEFIELDコンバージョンの移行プロセス図1 SAP S/4HANA BLUEFIELDコンバージョンの移行プロセス

移行前の課題分析、新業務プロセスの検討からサポートする。システムとデータの移行はCrystalBridgeを活用する。そこに富士通が持つSAPシステムに関する知見、業界の専門知識を掛け合わせ、単純コンバージョンでは難しい課題解決を短期間・低コストで実現する

横山SNPは1994年の設立以来、25年以上にわたり多様なデータトランスフォーメーションを通じ、お客様のビジネスの変革と成長に貢献してきました。次世代ERPへの移行も独自のアプローチで支援していますが、まだ日本での実績が少ない。富士通の優れた顧客基盤を生かすことで、日本だけでなくアジアを含めたグローバル市場に向けて、SAP S/4HANAへの移行支援事業を強化できると考えました。

なお、SNPはSAP S/4HANA Selective Data Transitionのパートナーとして独SAP社に公式に認定されています。富士通との協業により、2022年12月末までに、グローバルにおいて30社の導入と100億円の売り上げを目指しています。

日経BP 総合研究所 フェロー 桔梗原 富夫

システムとデータを分ける独自の移行手法

桔梗原独自の移行アプローチであるBLUEFIELDとはどういうものですか。

横山既存環境のシステム部分とデータ部分を分離し、まずデータのない空の状態のシステム「Empty Shell」を生成します。その後、このEmpty ShellをSAP S/4HANAに変換した上で、業務に必要なデータを選択的かつ段階的に移行していきます。最初にデータに依存しない形でシステムをつくり、後からそこにデータを入れ込んでいくわけです。

このアプローチを支えているのが、「CrystalBridge」というデータ変換プラットフォームです。多様なコンポーネントを活用することで、SAP S/4HANA化に向けた適用分析、システム部分とデータ部分の分離、Empty Shellの生成、データの移行やテストなどを自動化できます(図2)。

図2 CrystalBridgeのソフトウエア・コンポーネント図2 CrystalBridgeのソフトウエア・コンポーネント

26のソフトウエア・コンポーネントで構成されるデータ変換プラットフォーム。多様な機能が網羅されており、SAP S/4HANAへの移行を機に、SAPインスタンスの統合やカーブアウトなどにも柔軟に対応できる

 ERPの刷新はシステムを1から組み直す「再構築」と、機械的に単純移行する「コンバージョン」という2つのアプローチが一般的です。再構築方式は新規にシステムをつくり直すので、DXは推進しやすくなりますが、コストも時間も膨大でリスクも大きい。コンバージョン方式はコストや時間を短縮できますが、従来のデータ構造や不要なデータも継承されてしまうので、SAP S/4HANAの機能を十分に生かしきれません。BLUEFIELDアプローチはこの2つの“いいとこ取り”をした、第3の選択肢なのです。

桔梗原BLUEFIELDアプローチは、顧客にどのようなメリットをもたらしますか。

横山本番システムは稼働させたまま、同時並行的かつ段階的に移行が可能なので、ダウンタイムはほぼゼロでSAP S/4HANA化を実現できます。再構築方式はカットオーバーまでに平均24カ月かかりますが、BLUEFIELDの場合はテスト工数も含めて平均6カ月。期間が短くなるので、当然その分のコストも大幅に圧縮できます。

アプリケーションの変更に合わせてデータ調整が可能であるため、移行と同時にアドオンの削減や業務改修を行うことも可能です。この作業はすべて自動化できるわけではないので、富士通の技術力に期待しています。

桔梗原最近は基幹システムをパブリッククラウドに移行するケースも増えています。SAP S/4HANAのクラウド移行にも対応できるのでしょうか。

横山もちろんです。ガートナーの調査によると、SAPユーザーの68%が次世代ERPの基盤としてパブリッククラウドを使うと回答し、そのうち58%が「Microsoft Azure」(以下、Azure)を検討しています。つまり全体の約30%が次世代ERPの基盤としてAzureを考えているわけです。

こうしたニーズに対応するため、SNPは2020年9月15日に、BLUEFIELDアプローチの一環として「Cloud Move for Azure」を発表しました。これを活用することで、オンプレミスにある既存ERPをAzure上のSAP S/4HANAに一気通貫で移行可能です。クラウド環境のサイジングやデプロイも自動で行えます(図3)。

図3 Cloud Move for Azureによる移行タイムライン図3 Cloud Move for Azureによる移行タイムライン

既存ERPを稼働させたまま、Empty Shellを生成しデータを移行していく。検討・準備作業からAzureへのデータ移行、デプロイまで最短約6週間で完了できる

大西富士通はAzureを基盤にしたSAPソリューションを提供したパートナーに贈られる「SAP on Azureアワード」を受賞しており、マイクロソフトとも緊密なパートナーシップを構築しています。Cloud Move for Azureを活用すれば、Azureへの移行を目指すお客様に新たな提案が可能になります。

データ・ドリブン経営とDXのその先まで支援

桔梗原富士通はSAP S/4HANA BLUEFIELDコンバージョンにおいて、どのようなサポートを提供していくのですか。

大西ビジネスプロセスとデータは密接に結び付いているため、DXの推進基盤の構築や業務改修、アドオンの削減には、業種・業務の知見が欠かせません。富士通は多様な業界のお客様システムの企画・設計、構築、運用・保守までITライフサイクル全般をサポートしています。幅広い業種・業務の知見に加え、データベースを含む基盤構築からアプリケーションの実装までカバーする総合的なSI力・保守運用力は大きな強みです。

例えば、企業の合併・統合、カーブアウト(分割)といった成長に向けた構造変革も柔軟にサポートできます。既存資産の何を捨てて、何を残すのか。どのビジネスプロセスを変革し、何を新しくつくるのか。新しいテクノロジーの活用に向けて、データ構造をどう変えていくべきか。全社的なデータの活用とDXの推進を支えるSAP S/4HANAの最適化を支援することが可能です。

SNPとのパートナーシップは、富士通にとっても大きなメリットがあります。BLUEFIELDアプローチによって作業工数が大幅に減るので、今後懸念されるIT人材不足を補い、より多くのプロジェクトに参画できます。

この取り組みを加速するため、「コンバージョン・センター」というという独自の組織を強化しています。これまでも、長年のERPシステムのコンバージョンで蓄積した豊富なノウハウを生かし、難易度の高い非互換項目を含む移行の検討・準備からシステム移行実行までをワンストップで提供していました。このセンターからBLUEFIELDアプローチも1つの選択肢として展開できるようにCrystalBridgeなどのスキルを学ばせ、機能拡張を行っているのです。現在提供準備を進めており、まもなくリリースできる見込みです。

桔梗原新しいアプローチとパートナーシップによって、両社は顧客企業にどのような価値を提供していきたいと考えていますか。

横山現行ERPのメインストリームサポート終了は2027年末に延期されましたが、企業がDXに取り組むべき必要性に変わりはありません。移行を先延ばしすればするほど、DXの流れに遅れをとることになります。BLUEFIELDアプローチの最大の価値は「お客様の時間にコミットできること」。両社の協業でより多くの企業のSAP S/4HANA化を実現し、DXの推進をサポートしていきたい。

大西DXの実現にはデータを戦略的に活用するデータ・ドリブン経営にシフトすることが不可欠ですが、これはあくまで通過点。最終的に目指すべきは、新しいビジネスやサービスを創出し、成長戦略を推し進めていくことです。そのためには業務やプロセス、組織、ITを柔軟に変革する必要がある。富士通はSAP S/4HANAへの移行を出発点として、お客様の成長戦略の推進をトータルにサポートしていきます。

桔梗原先進的な移行アプローチを持つSNP、高い技術力と優れた顧客基盤を持つ富士通がタッグを組んだことで、SAP S/4HANA化に向けて有力な選択肢が加わった形です。当然、その先にはデータ・ドリブン経営とDXの実現という“高い山”が聳えていますが、先を見据えて、いま変えていかなければ未来は開けない。コロナ禍をチャンスに変える。そういう前向きなマインドが日本企業の競争力強化のカギになると思います。両社の提携が、その起爆剤になることを期待しています。

関連リンク

注)本コンテンツは、ITpro(日経xTECH)に掲載されたコンテンツを再構成したものです。

  • SAP及びSAPロゴ、SAP S/4HANA、SAP Businness Suite、その他のSAP製品は、ドイツ及びその他の国における登録商標です。
    SAP AGの商標または その他各種製品名は、各社の製品名称、商標または登録商標です。
  • 本資料に記載されているシステム名、製品名等には、必ずしも商標表示((R)、TM)を付記していません。

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