発達障がいがある子どもたちの サッカー応援ツアー
ユニバーサルツーリズム

掲載日 2021年2月19日

2020年11月21日、神奈川県川崎市の等々力陸上競技場に、子どもたちの歓声が響きわたりました。この日、発達障がい児を対象とした、親子サッカー教室とパブリックビューイングのイベントが開催されたのです。
このイベントは富士通をはじめ、いくつかの企業と自治体、そしてJリーグと川崎フロンターレによるユニバーサルツーリズム(高齢や障がい等の有無にかかわらず、すべての人が楽しめる、誰もが気兼ねなく参加できる旅行)として実施されました。様々なメディアで取り上げられ、大きな反響があったこのプロジェクトでの、富士通のデザイナーの取り組みをお伝えします。

イベント開催背景

2017年12月、神奈川県川崎市にて発達障がいをテーマに「心のバリアフリー・シンポジウム」が開催され、このシンポジウムに参加した富士通、ANA(全日本空輸)、JTBは、川崎市、Jリーグ、川崎フロンターレと協力して、2019年7月27日~28日に「川崎フロンターレ対大分トリニータ戦」のサッカー観戦交流イベントを開催しました。

このイベントはIAUD国際デザイン賞2019 金賞(UXデザイン部門)、2020Jリーグシャレン!アウォーズJリーグチェアマン特別賞を、イベントに向けて制作した映像は先進映像協会 ルミエール・ジャパン・アワード 2019 VR部門特別賞を受賞するなど各方面から非常に高い評価を受けました。これを受け、翌年の2020年11月21日にも「発達障害児向け親子サッカー&パブリックビューイング」が開催されました。

イベントを楽しむ子ども達


発達障がい児の「感覚過敏」に配慮したツアーを実施

発達障がいという言葉を聞かれたことがある方は多いのではないでしょうか。しかし、発達障がい児者が日本全国で約48万人いるということ、その具体的な症状や、彼ら彼女たちが「できない・難しい」と感じていることは何かを知っている人はそう多くないと思います。

発達障がいは、その言葉こそ知られているものの、見た目にわかりにくいこともあり、特に子どもの場合はしつけがなっていないと誤解されたり、当事者には理由がある行動が、周囲に障がい特性として理解されず奇異な目で見られることもあります。

そして、発達障がい児者の中には感覚過敏のある人も多くいます。感覚とは内的なものであり、他者が想像しづらいため、周囲の人たちへの理解が浸透しづらく、困りごとを引き起す原因になることもあります。そのため、外出や旅行といった非日常の場をためらうケースが多いという現実があります。

このプロジェクトでは各社・団体の得意分野を掛け合わせ、「発達障害児を対象としたサッカー×ユニバーサルツーリズム」を実施しました。発達障がいのある子どもの成功体験(スポーツの観戦や体験だけでなく、バスや飛行機の移動、ホテルでの宿泊なども含めて)を増やすことと、これからの共生社会へ向けた障がい理解の促進を目的としています。

2019年に実施されたツアー(2019年7月28日~29日)では、大分市と川崎市から参加を募りました。1日目は大分から飛行機とバスで神奈川県川崎市に移動し、ホームグラウンドでの試合(川崎フロンターレ×大分トリニータ)観戦後にホテルで宿泊。2日目はサッカー教室に参加しました。(川崎市からの参加者は飛行機による移動はなし)
2020年実施時(2020年11月21日)は川崎市在住者から参加を募集、フロンターレのコーチ陣によるサッカー教室に参加後、アウェイ戦を競技場施設内の大型モニターで観戦しました。

ユニバーサルツーリズムをデザインする

このツアーにおいて、富士通デザインセンターは、イベントの事前研修用の動画「障がいを疑似体験するVRコンテンツ」と参加する子どもたちに向けた「旅のしおり」の制作を担当したほか、感情表出の支援アプリ(「きもち日記」)を使った「成功体験の可視化」と「思い出の記録づくり」を事業部と一緒に担当しました。加えて、広報用コンテンツとして「ドキュメンタリー映像」「パネル」などの各種映像・ツールの制作も行っています。また、イベント当日は運営スタッフとして参加、各種サポートを行いました。

本プロジェクトを担当した浅川・境は、以前から発達障がい児や、担当する教員を支援するプロジェクトに参画しており、発達障がい児特有の困りごとやストレスの原因といった知見やノウハウを持ち合わせていました。
当初は映像・ツール制作での参加でしたが、ツアーの企画段階から参加しており、旅程や内容が決まる中で、発達障がい児がよりストレスなく参加するためのツールとして「旅のしおり」の制作、思い出や感情を可視化する「きもち日記」の導入も決まりました。ここでは「VRコンテンツ」「旅のしおり」「きもち日記」について、ご紹介します。

障がいを疑似体験するVRコンテンツ

没入感の高いVRコンテンツは「感覚」の疑似体験に向いており、「他者の感覚」という言語化が難しいテーマにおいて理解と共感が得られやすいという特徴が先行研究から知られています。今回のVRコンテンツはその特徴を活かして制作されました。

動画中には、何度かまぶしい光や大きな音が出てきますが、発達障がい児の疑似体験としてのこのような演出は、すべて川崎市自閉症協会を通して、専門家(Dr.)にアドバイスを受け、彼らの体感にできるだけ近づけています。また、撮影のロケ地は川崎市からご紹介いただいた地元の川崎市立小杉小学校です。動画に出演するエキストラもこの小学校に通う児童です。

「感覚過敏の疑似体験」VR映像(川崎フロンターレ公式チャンネル)

このVRコンテンツはイベントの事前研修用に使用されたほか、試合当日には一般サポーターにも体験してもらいました。

VRコンテンツの体験

「発達障がい児はこんなに大変な世界に住んでいることを初めて知った」「このコンテンツはもっと拡散されてほしいね」と障がいへの理解・共感はもちろん、もっと認知されるべきこととして捉えていただけたのが印象的だった、と浅川は述べています。本プロジェクトの目的の一つは「障がいを知る」ですが、多くの人の共感を得て、少しでも「自分ごと化」してもらうために、テクノロジーを効果的に役立てることで、富士通らしく障害理解促進・共生社会の実現に貢献できたと考えています。

障がいの特性に配慮した旅のしおり

イベントの企画が進む中で、境が提案・制作した「旅のしおり」も大変好評でした。このしおりは「どのタイミングで」「どこに」「誰と」行くのか・するのかに特化しており、試合に出場する選手、飛行機のパイロット、添乗員、乗る予定のバスの写真など、子供たちが接するあらゆる人や場所の写真が掲載されています。
発達障がい児は一般的に抽象的な思考が苦手なことが多く、初めてのことや突発的なことで動揺しがちなため、その特性に配慮した内容となっています。事前にこのしおりを自宅に送付し、参加者が旅の予定を把握しておくことで、子供たちの不安感を減らすことが狙いでした。

境は「もちろん、制作には手間がかかりますが、逆にそこをクリアし、彼らの不安を取り除けば、これまで難しいと思われていた旅行ができることが分かりました。きっと、ご家族や本人の自信につながったと思います。」と、旅の成功体験が彼らの日常生活によい影響を与えた可能性を指摘します。

思い出を可視化し共有できる、「きもち日記」

タブレットで日記をつける「きもち日記」はもともと富士通が文教ソリューションとして持っていたものです。このUIデザインに浅川が携わっていたころもあり、今回のプロジェクトの導入が決まりました。試合観戦後に発達障がい児たちが感想や思い出を入力、イベント終了後に運営側で日記を印刷し、フロンターレの選手のサインを添えて「思い出の品」としてプレゼントしました。

きもち日記

このソリューションのポイントは、発達障がい児たちは感情の表出が苦手という特性があり、親でさえもわが子の感情の把握が難しい場合があるということです。そこで、日記をあえて印刷することで「可視化して」「家族で共有できる」形にしました。参加者の親たちからも好評だったそうです。
ちなみに、1回目のユニバーサルツーリズムの後に、サッカーがきっかけで学校での体育や部活にも前向きになれた、といった日常に良いフィードバックが参加者から報告されています。
これも「旅のしおり」と同様、手元でいつでも確認できる形にしたことが、その後の彼ら彼女たちの日常の行動に良い影響を与えた可能性があるのではないでしょうか。

新型コロナ影響下で感染対策にも配慮し、2020年のイベントを実施

2020年は新型コロナの影響のため、川崎市在住者であること、他の参加者のマスク非着用が許容できることなどを条件に参加者を募り、2020年11月に開催しました。参加者数を減らし、常にソーシャルディスタンスを保つことで安全性を確保。各種メディアからの取材も受け、大きな反響をいただきました。

2020年はイベント開催が難しい状況でしたが、新型コロナは子供たち、特に環境の変化が苦手な発達障がいの子供たちにとってはつらい時期だったはずです。

「このような活動は、継続すること、変わっていく社会情勢にあわせたアップデートをすることが重要です。もちろん運営スタッフの中では今後の開催に向けた話もあります。ソーシャルアクション(社会の問題や課題を発見し可視化・問題提起していく活動)には終わりはありませんが、参加者に寄り添い企画や制作に参加することで、その時その時の最適解を模索したいと考えています。

また、このプロジェクトの「継続」だけではなく、共感してくれた方の「広がり」にも期待しています。例えばサッカー以外の他のスポーツ、または文化的なイベントでも、今回の知見やノウハウは生きるでしょう。今回、IAUD国際デザイン賞2019 金賞受賞(UXデザイン部門)だけでなく、他にもいくつかの賞を受賞したのも、参加企業・団体を始めいろいろな方の共感・協力があったからです。
このイベントが継続すること、伝播していくことで誰もが生きやすい共生社会の実現に向けて、少しでも世界に良い影響を与えられたらと願っています。」

発達障がいのある子どもたちに向けた「川崎フロンターレ対大分トリニータ戦」のサッカー観戦交流イベント
2020年「発達障がい児向け親子サッカー&パブリックビューイング」を開催!(川崎フロンターレ公式チャンネル)
デザインセンター浅川 玄
 境 薫
  • 浅川
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