IoT時代の5Gビジネス : 実証段階から実装へ

エンタープライズ5Gモデルの選択基準は機能性、安全性、コスト・パフォーマンスのベストミックス

5Gはデジタルトランスフォーメーション(DX)を支える重要なデジタル基盤技術の一つであり、これまでの通信ネットワーク技術の数倍のスピードで普及し始めています。産業界は、従来のエンタープライズ通信技術では困難であった超高速、低遅延、多数同時接続等といった優位性に注目しています。一方で、産業界における5Gネットワークの実装はまだ少数に留まっています。

本稿では、富士通グローバルマーケティング本部のチーフデジタルエコノミスト 金 堅敏 が、企業が5Gの導入を躊躇しているのはなぜか、企業の積極的な導入を阻害する要因は解消されるのか、世界で実装されているユースケースの成功要因について、調査・分析し、実装に向けたエンタープライズ5Gの選択モデルを提言します。

IoT時代の5Gビジネス : 実証段階から実装へ

従来の4G・LTEに比べ急速に普及する5G

5Gには、4G/LTEがターゲットとしてきた消費者向け通信サービスに加えて、業種向けに展開されるエンタープライズ5Gといわれる企業向けサービスの強化が期待されています。5Gの「超高速・大容量」、「超低遅延」、「多数同時接続」といった機能は、IoT時代に突入した企業に大きな価値を提供するポテンシャルを有しています。しかし、技術の有用性や実現性、データセキュリティの確保、不明瞭なコスト・パフォーマンスへの懸念から、企業の興味関心は高いものの、実際に導入へ踏み切ることを躊躇してしまうケースが多い状況です。

一方で、世界における次世代通信インフラとしての5Gネットワークへの投資は加速しており、キャリアの資本支出のうち、8割以上が5G関連に振り分けられると見込まれています。事実、初期段階の消費者向けのパブリック5Gは、4G・LTEと比較して4倍以上のスピードで普及し始めています。そして、企業向けに専用周波数が割り当てられるローカル5Gだけでなく、公衆向けの基地局やコアネットワークの一部をバーチャルに占有する形のエンタープライズ5Gも存在します。つまり、5G特有のスライシング技術やテレコエッジコンピューティングと組み合わせることで、コスト・パフォーマンスやセキュリティにおいてもバランスの取れた企業専有のネットワーク(パブリック5Gの専用化)が構築可能です。このような複数の適用パターンが提供されることで、企業側の多様なニーズを満たすことが可能となります。実際に、各国で実証・実装されているエンタープライズ5Gにおいても、ローカル5Gに加えて様々な形でパブリック5Gを専用化したユースケースが登場しています。

世界の主要キャリアや有力なITベンダー、通信機器メーカー、新興企業が、エンタープライズ5G分野への取り組みを加速しており、今後はユーザー企業側でも、実証から実装への移行が加速することが見込まれます。

 
テレコエッジコンピューティングとは:通信サイドから見たユーザに近いコンピューティング処理のこと。また、最近は「MEC」(マルチアクセス・エッジ・コンピューティング)とも呼ばれる。

5Gの優位性を認識しつつも導入に至らないギャップ

新型コロナウイルス感染症の引き起こしたパンデミックで、デジタルテクノロジーの有効性が認識され、DX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みが産業界や行政機関から社会全体に急速に広まっています。それに呼応して、次世代ネットワークインフラとしての5Gへの期待もかつてないほど高まっています。特に、「超高速・大容量」、「超低遅延」、「多数同時接続」を特徴とする5Gの各産業への展開は、新たな革新をもたらす5Gのキラーアプリケーションとも言われています。これまで産業界は、技術が消費者向けのユースケースにどのように影響を与えるのかを軸として過去の無線ネットワーク技術を評価してきましたが、5Gでは、エンタープライズ向けのユースケースがより重要な役割を果たすと認識されています。いま、消費者向けのパブリックネットワークの商用化に止まらず、エンタープライズ5Gの技術検証が世界中で行われ、一部ではすでに実装の段階に入っています。

デマンドサイドである企業ユーザーがエンタープライズ5Gに注目する理由の一つとして、図1が示すように、スマートデバイスが急速に増加し、IoT時代、つまりビッグデータ活用の時代に突入したという点が挙げられます。特に、産業用途のIoTデバイスの数は人々が使用する通信デバイスの数を追い抜く勢いを見せています。更に、大量の記録データやリアルタイムのデータを確実に伝送できる5Gネットワークインフラの提供によって、次世代デジタル技術、例えばAI、IoT、エッジコンピューティング、AR/VR、ブロックチェーン等の機能を十分に発揮させることが可能となり、デジタル・バイ・デフォルト(真のデジタル時代)が到来すると見込まれています。

図1 世界のIoTデバイス数の推移と予測

図1 世界のIoTデバイス数の推移と予測

出所 : 令和2年 情報通信白書を参考に著者作成

また、個々の企業のニーズに応じてネットワーク機能を優先制御するスライシング技術や、5Gユニットの設置場所が自由に選べる柔軟性、IoTデバイスの電力消耗を最大90%まで節約する省電力機能、4Gの128-bitから256-bitまで強化されたセキュリティ(暗号化)機能等も5Gの特徴であり、スマートシティー、自動運転、電力ネットワークなどの広域エリアにおけるユースケースも期待されています。しかしながら、ユーザーとしての企業サイドでは、このような5Gの優位性を認識しているものの、既存のネットワークインフラから5Gへの切り替えを躊躇するというギャップも存在します。なぜなら、5Gの可用性、ネットワークの安全性、導入コスト、組織内部の理解と人材欠如など、導入を阻害する要因が複数存在しているためです。これらの要因には、デマンドサイドのみならずキャリアやITベンダーといったサプライサイド側の課題も含まれていると考えられます。例えば、キャリアの既存4G投資回収との兼ね合いで5Gネットワークの整備が遅れてカバー地域が限られるといったケースや、エンタープライズ5Gの市場では、ニーズが多様化あるいは断片化しており、かつOT(Operational Technology)とICTの融合が求められ、ビジネスモデルや収益モデルの見通しが立てにくいといった課題が存在します。さらに、ユーザー側に高い導入コスト負担が求められる点や5Gを含むデジタル技術を活用する人材やノウハウの欠如といった課題も存在します。英国系の大手調査会社ABI Researchは、多くのユースケースはニーズドリブンではなく販売主導で進められており、企業の実際の期待に応えていないと指摘するインサイトレポートを出しています(*8)。

上述したようなギャップは存在するものの、世界全体で見ると、エンタープライズ5G導入におけるギャップは今埋められつつあります。図2が示すように、主要国のキャリアの資本支出(2021~2025年で全世界の投資額は9,000億ドルと推定)の80%以上が5Gに割り当てられており、パブリック5Gの整備とエンタープライズ5Gユースケースの開発が加速しています(*2,*3)。また、Gartnerの推計によると、2021年の全世界の5G関連投資額は約191億ドルで、うち中国を中心とする中華圏が91億ドル、米国が43億ドル、欧州が16億ドルで全体の8割を占め、米中欧を中心に5Gインフラ整備が加速しています(*9)。

図2 キャリアの設備投資における5G関連シェアの見込み (2021年 -2025年)

図2 キャリアの設備投資における5G関連シェアの見込み (2021年 -2025年)

出所 : GMSA(2021) を参考に著者作成

これらの背景や動向を踏まえて、産業界は、デジタル革新の新時代の到来に備えて行動する必要があります。

パブリック5Gの普及拡大によるギャップの解消

世界の移動通信業界団体(GSMA)によると、2020年末には世界の57ヵ国で142のパブリック5G商用ネットワークサービスが開始されており、2021年末には61ヵ国で178の商用サービスにまで増加すると見込まれています(*7)。また、2020年末にこれらのネットワークに接続している端末は2.3億台で、商用5Gデバイスの種類は300を超えており、2021年末には接続する端末数が5.4億台に達すると予測されています(*6)。5Gの普及の速さから、米国の産業取引団体(5G Americas)は、5Gの導入スピードは4Gの4倍に達し、これは歴史上もっとも導入スピードの速い移動通信技術であると評価しています(*14)。

図3 企業別・事業別の個別ニーズを満たすネットワークスライシングのイメージ

図3 企業別・事業別の個別ニーズを満たすネットワークスライシングのイメージ

出所 : 著者作成

上述した5Gネットワークの可用性の高まりと企業のデジタル化に伴うニーズの広がりと深堀によって、広義の企業専用5G(パブリック5Gの専用化とローカル5G)の市場が急拡大すると見込まれています。アメリカに拠点を置く調査研究機関Keystone Strategy & Huawei SPO Labによると、エンタープライズ5G(5Gバーティカル市場)の2025年の市場規模は、約6,000億ドルに達し、うち5Gへの投資が2,320億ドルで、それに付随する関連市場(データ収集、データ管理、データのセキュアな保存および分析サービス等)への投資が3,700億ドルに達すると予測しています(*12)。また、エリクソンは、上述した5Gネットワークスライシングによって形成される市場も2030年には2,000億ドルに達すると推定しています(*10)。医療、政府、交通、エネルギー、公共、製造がスライシング技術の活用に積極的な業種とされています。

今後、企業は5Gの専用プラットフォームを活かしたビジネス革新の価値創造モデルを構想し実装していくことが非常に重要となります。

エンタープライズ5Gネットワークの選択モデルとユースケースの事例

5Gは企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に重要な役割を果たすと期待されていますが、画一的なニーズ(one-size-fits-all)を満たす消費者向けのパブリック5Gとは異なり、エンタープライズ5Gに対するニーズは多種多様で断片的です。企業専用5Gをどのように構築するのかは、キャリア、ITベンダー、企業ユーザー等の利害関係者にとって大きなチャレンジです。

上述したように、企業専用5Gネットワークには、次の2つの構築モデルがあります。

  1. 日本やドイツでローカル5Gと呼ばれる、公共通信ネットワークの機能に依存しないSNPN(Stand-alone Non-Public Network)モデル。これにはキャリアに割り当てられた周波数だけを特定企業専用にする方法も含まれます。
  2. パブリック5Gのスライシングによって論理的に企業専用ネットワークPNI-NPN(Public network integrated-Non Public Network)を構築するモデル。

図4 企業専用5Gとパブリック5Gのネットワーク構成(概念図)

図4 企業専用5Gとパブリック5Gのネットワーク構成(概念図)

出所 : 著者作成

1. SNPNモデル(ネットワークが物理的に独立するモデル)

図4に示すように、企業は5Gネットワークを構成するための基地局、コアネットワーク、伝送ネットワークのすべてを物理的に構築する必要があります。使用する周波数は以下のいずれかとなります。

  • 自社取得保有の周波数
  • 通信キャリアの周波数を独占的に利用する

また、信頼できる第三者に自社専用のSNPNを構築してもらい、サブスクリプション契約で利用するビジネスモデルも考えられます。SNPNモデルのコンセプトは、4G時代の企業専用ネットワークのモデルと大差ないと言えます。

SNPNモデルのアドバンテージは、なによりもプライバシーレベルやデータの安全性の高さ、超低遅延の実現と自社設計による柔軟性、レジリエンスです。対して、短所は、周波数の取得(あるいはキャリアから独占的に借用)やネットワーク構築に伴う高コスト負担、また高いスキルを持った運用人材の確保が欠かせない点です。

事例1 周波数を取得して物理的に独立するエンタープライズ5Gの例 - 富士通 新川崎テクノロジースクエア、小山工場

2020年2月に富士通は国内初となるローカル5G免許(企業5G専用周波数)を取得し、自社の新川崎テクノロジースクエア内でNSA(LTE設備との連携において5G通信を実現する5G無線方式)を構築し、同年3月に多数のカメラで収集した高精細映像のデータ伝送(大容量、高速)、解析、不審者の早期検知によるセキュリティシステムの運用(国内初となるローカル5Gの商業運用)を開始しました。

また、2021年3月には、小山工場で現場作業の自動化や遠隔支援を行うローカル5Gシステムの商業運用を開始しました。図5が示すように、ローカル5Gシステムは、無人搬送車AGVの位置制御による自動走行を行うミドルバンドのSA(Stand Alone : コアネットワークを含めて5Gの単独技術で構成される5G無線方式)と、MR(複合現実)による作業トレーニングや遠隔支援(大容量、高速の実現)およびAI映像解析による作業判定を行うハイバンドのNSA(Non-Stand Alone : 4G LTEのコアネットワークと5Gの基地局を組み合わせたシステム)の2つで構成されます。

図5 富士通小山工場におけるローカル5Gの活用イメージ

図5 富士通小山工場におけるローカル5Gの活用イメージ

出所 : 富士通ニュースリリースをもとに著者作成

ローカルで構築されたエンタープライズ5Gにエンパワーされた通信ネットワークをベースに、AI、IoT、AR/VR/MR等の先端技術を活用したスマートファクトリーを検証・実現した小山工場のローカル5Gソリューションは、他社にもサービス展開される予定です。これは、世界のトップレベルに位置する日本の製造業が、データの安全性、ネットワークの可用性、生産システムのレジリエンスを重視しており、またパブリック5Gのネットワーク整備が進んでいない中で率先してエンタープライズ5Gを実証し、実装・運用に踏み切った事例です。

事例2 キャリア所有周波数を借用しネットワークの独立性を確保したエンタープライズ5Gの例 - エリクソン南京

エリクソン南京(ENC : Nanjing Ericsson Panda Communicationは、エリクソンと中国の通信機器ベンダーであるNanjing Panda、Potevioなど4社による合弁企業)は通信機器メーカーであるエリクソンの中国生産拠点で、グローバルな技術商品化センターとして位置づけられています。

2019年11月にエリクソン南京はチャイナモバイルや無線ソリューションプロバイダー(上海移遠通信技術有限公司)などのパートナーと共同で、チャイナモバイルの持つ5G周波数をエリクソン専用にして物理的に隔離されたエンタープライズ5Gプロジェクトの協業を開始しました。エンタープライズ5G専用周波数が割り当てられていない中国で通信キャリアの周波数を独占的に利用するローカル5Gを構築したユースケースで、2020年3月末に実装が完了し、運用を開始しました 。

このプロジェクトでは、エリクソン南京の10,000平方メートル以上におよぶ敷地全体に敷設された多数の工場ラインと倉庫などの施設がカバーされ、100以上の5Gネットワーク用設備が接続されています。また、インダストリー4.0のアーキテクチャに基づき、5G専用ネットワーク、産業ネットワークプラットフォーム(IIoT)、アプリケーションという3つのレイヤからなる5Gスマートファクトリーをグランドデザインし、プロジェクトが遂行されました。本プロジェクトでは、5G専用ネットワークをさらに生産・オフィス・モニタリングなどに分割し、異なるデバイスの接続とデータ隔離を実現し、生産性の向上を図りました。同時に、エリクソン南京は、5G専用ネットワークをベースに5GクラウドAGV(無人搬送車)、5Gを活かしたドローンによる棚卸、ARトレーニングとリモート指導、5G無線産業PC(Industrial Personal Computer—IPC)などのユースケースのアプリケーションを開発し、実装したと報告しています。

エリクソンは、エリクソン南京の5Gスマートファクトリーのユースケースで蓄積された技術成果やアプリケーションを、エリクソンの他の工場にも横展開しようとしています。

本事例は、独立モデルの事例で、パブリック5Gネットワークとは物理的に隔離されていますが、社内でも応用用途に合わせてスライシング技術を活用したユースケースを実践しています。また、バーティカル5Gに周波数が割り当てられていない中国の通信環境において、キャリアの持つ周波数のみを活用しています。限られた周波数配分の政策は国によって異なりますが、有力企業はグローバルなネットワークを構築しており、5Gの活用は各市場で同じように行うことに全体最適の価値があります。その意味で、本件は数少ないユニークな事例だと言えるでしょう。

2. PNI-NPNモデル(パブリック5Gを物理的に共有するモデル)

PNI-NPNモデルは、キャリアの周波数を利用しながら、5G時代の新技術であるスライシング技術を活用してパブリック5Gネットワークの全部あるいは一部をシェアして論理的にエンタープライズ専有ネットワークを構築するものです。エンタープライズ5Gの実装が進んでいる中国では、ほとんどのユースケースはPNI-NPNモデルです。中国でパブリック5Gネットワーク整備が進んでいることが、エンタープライズ5Gの適用を促進しているのではないかと考えられます。

PNI-NPNモデル(シェアードモデル)は、主に以下の3種類に分類できます。(図6)

  • モデル①企業内の基地局のみを共有(論理的に隔離)する方法
  • モデル②企業内の基地局とコアネットワークの一部(加入者データベースに当たるUDM : Unified Data Management)と通信確立等の制御を行う5GC-CP(5G Core Network-Control Plane)を共有する方法
  • モデル③企業内の基地局とコアネットワークの全部を共有する(エンドツーエンド共有)方法

図6 企業専用ネットワークのPNI-NPNモデル(シェアードモデル)構築の概念図

図6 企業専用ネットワークのPNI-NPNモデル(シェアードモデル)構築の概念図

出所 : 著者作成

モデル①では、コアネットワークの全部が物理的に社内にローカル配置します。社内の設備制御データや画像データなどの業務データと、ユーザーデータ(加入者データ)およびプロファイル等の稼働データはすべて企業内にあり、データの安全性が確保されます。基地局のみを共有するので、RAN(Radio Access Network : 複数の基地局関連ネットワーク)レベルでのデータ流出の可能性は非常に低く、ある程度のコスト削減効果が見込めるとともに、超低遅延の効果が期待できます。

モデル②では、基地局と、加入者データとプロファイルや制御管理(UDMと5GC-CP)をキャリアと共有(論理的に隔離)し、ユーザーデータ(業務データ)の送受信管理を行うUPF(User Plane Function)とユーザー業務データの保存・管理を行うMECは物理的に社内に設置します。データの安全性はキャリアとの信頼関係に依存する側面もありますが、超低遅延のメリットは享受可能で、コスト削減効果も期待できます。

モデル③は、エンタープライズ5Gの基地局とコアネットワークが論理的に隔離され、すべてのリソースがパブリック5Gのリソースと共有されるエンドツーエンドのスライシングのモデルです。コスト削減効果は最も期待できますが、データの安全性がパブリック5Gネットワークに影響されるという点でレジリエンスの課題が残るとともに、企業内の5G端末とキャリアのエッジサイドに設置されているUPFやMECとの距離によって超低遅延の利点を享受できない可能性があります。

日本国内では、現段階では企業自身が専用周波数を申請し、企業内で完全に独立した5Gネットワーク(ローカル5G)を構築するモデルが先行しており、ローカル5Gシステムの有用性や設備の信頼性向上、関連アプリケーション開発が活発になりつつあります。一方で、キャリアの5Gネットワークの整備が加速するにつれて、ローカル5Gでは対応が難しい広域ユースケースや、コスト・パフォーマンスに優れたパブリック5Gの活用も始まりつつあります。

事例3 ローカル5Gとパブリック5Gの相互接続によるハイブリッドネットワークの構築 - 富士通/NTTドコモ

富士通とNTTドコモは、ローカル5Gの柔軟性とパブリック5Gの広域性に着目して、主にサプライチェーン分野を中心にエンドツーエンド(E2E)のエンタープライズ5Gを構築することを目的として、ローカル5Gとパブリック5Gの相互接続可能なハイブリッド5Gの実証実験を開始しました。(図7)

図7 ローカル5Gとパブリック5Gの融合を図るハイブリット5Gの構築イメージ

図7 ローカル5Gとパブリック5Gの融合を図るハイブリット5Gの構築イメージ

出所 : 富士通ニュースリリースをもとに著者作成

ローカル5Gとパブリック5Gが利用する周波数が異なるため、インターフェースによる周波数変換が必要な相互接続(水平統合)とするか、パブリック5G周波数に統一してスライシング技術によりエンタープライズ5Gを実現する相互接続(垂直統合)とするかを、実証実験を通じて検証が今後進められていきます。パブリック5Gとローカル5Gの単純な足し算ではなく、有効なハイブリッド5Gのアーキテクチャが求められます。

 

また、ソフトバンクとKDDIは、2022年にパブリック5Gのリソースをシェアしてエンタープライズ5Gを構築するスライシングソリューションを提供するとアナウンスしました。今後、日本においても企業専用5G構築におけるパブリック5Gネットワークの活用が活発になると予想され、企業は自社の目的とニーズに沿って選ぶことができるようになります。実際、パブリック5Gネットワークがカバーされていない地域や安全性を優先するケースでは、企業用の周波数を割り当てることでローカル5Gを先行して実践する一部の国(日本、ドイツ等)がある一方、中国や韓国、欧米ではパブリック5Gネットワークの普及が進んだ状況を活かして、パブリック5Gのリソースをシェアしてエンタープライズ5Gを構築するユースケースが数多く実践されています。

移動通信の標準化団体3GPP のエンタープライズ5Gの業界団体5GDNA(the 5G Deterministic Networking Alliance)の調査・分析によると、2020年に全世界のエンタープライズ5G関連のプロジェクトは6,000近くに達し、20以上のリーディング通信キャリアがエンタープライズ5Gソリューションをリリースしたと述べています。産業界は、視野を広げてエンタープライズ5Gの構築モデルを俯瞰し、多様なネットワーク構築モデルを戦略的に考えていく必要があります。

前述したように、パブリック5Gの普及が進んでいる中国では、ローカル5G専用周波数は許可されておらず、スライシング技術によるエンタープライズ5Gの構築が進んでいます。2021年6月末現在、1,600件のエンタープライズ5Gが実装されており、2023年末までの3年間で新たに3,000件を実装し、鉱工業の大企業の生産分野における5Gの活用率を35%にまで高める目標を打ち出しています。今後も、パブリック5Gを活用したエンタープライズ5Gの構築における中国企業の5G実装事例に注目していく必要があります。

事例4 パブリック5Gを活用したエンタープライズ5Gを構築する事例 - 中国ハイアール

総合家電メーカーのハイアールは、早くからIoT技術によるコネクテッド工場の実現に取り組んでいます。2019年にチャイナモバイルのパブリック5Gネットワークをスライスして自社専用の5Gネットワークソリューションを発表し、2020年9月にはスライシングの検証試験を完了し、システムを稼働、エンタープライズ5Gによるスマート工場の実装をすすめてきました(*13)。

ハイアールの事例には、5G+画像解析(品質管理)、5G+AR(人とロボットの協調)、5G+スマート設備(オーダーメイド)、5G+スマート物流といったユースケースが含まれています(図8)。パブリック5Gの有用性の検証(カバレッジの広さについて)が進むなか、パブリック5Gのリソースやノウハウの活用と業務データの安全性確保・超低遅延の実現との兼ね合いを考慮し、ハイアールは、ユーザーデータ(業務データ)の送受信管理を行うUPFとユーザー業務データの保存・処理を行うMECを物理的に社内に設置し、基地局や加入者データの認証機能などはキャリアのリソースをシェアするモデル(図6のモデル②)で実装しました。実証から実装を経て、システムは成功裡に運営されていると報告しています。

図8 ハイアールの産業パークにおける5Gスライシング専用ネットワークの活用イメージ

図8 ハイアールの産業パークにおける5Gスライシング専用ネットワークの活用イメージ

出所 : 5GDNA (2020.11)を参考に著者作成

今回のユースケースでは、5Gにエンパワーされたスマート製造を実現し、製品品質は28%向上、設備故障率は25%減少、生産性は40%向上、投資コストは30%削減といった効果が確認できました。

本件は、現段階で製造業におけるエンタープライズ向け5Gで想定されるユースケースのほとんど全てを検証・実装した事例であり、上述した富士通の2つの事例の応用に近いと考えられます。ただ、ローカル5Gで実現された富士通の事例とは対照的に、ハイアールの事例は、パブリック5Gネットワークのリソースをシェアしてスライシング技術で論理的に専用ネットワークを実現し、かつ業務データ処理を行うMECの構内配置によって各応用シーンに適した柔軟なネットワークリソースの配分とデータの安全性とのバランスを図っています。企業の専用周波数割り当て政策(ローカル5G)を取っていない中国では、パブリック5Gリソースのシェアード化とデータ安全性とのバランスを図るハイアールのモデルが一般的です(*7)。

エンタープライズ5Gの選択基準 : 機能性、安全性、コストの最適ミックス

これまでの考察や事例から導き出されるユーザーサイドの5Gネットワークに対する要件は、大きく以下の3点にまとめられます。

  • 5G機能に対する各ユースケースの異なるニーズを満たすこと(多様性・柔軟性)
  • データセキュリティを満たせること(安全性)
  • 自己定義/自主設計/自主管理の可能性(ネットワークのアジリティ)

一方で、具体的なユースケースの検討では、これらの要件を同時に同じレベルで揃える必要はないと考えます。ネットワークの安全性と導入コストとのトレードオフの関係に悩み、5Gネットワークのビジネス的価値を認識しながらも、結果として導入を躊躇してしまうケースが多く見受けられます。

表1. 各種エンタープライズ専用5Gネットワークの特徴

構築モデルSNPNモデル
(独立モデル)
PNI-NPNモデル (ネットワークシェアードモデル)
基地局シェア基地局・UDM/CPシェアエンドツーエンドシェア
パブリック5Gとの隔離の度合い高い中高中程度低い
遅延の度合い低い低い低いMECの設置距離による
構築の複雑さ複雑比較的簡易簡易もっとも簡易
構築・運営コスト高い比較的高い中程度低い
必要スキル高い比較的高い中程度簡易
対象企業独立性要求の高い業種、大企業一般企業一般企業広域に展開する企業
中小企業

出所 : 著者作成

表1は、上述したエンタープライズ5Gネットワーク構築における主要モデルの特徴、長所・短所をまとめたものです。ハードとソフトの分離など、通信技術イノベーションの進展に伴い、エンタープライズ5Gのモデルの多様化にも注目していく必要があります。

実際、5Gインフラの整備が進んでいる中国では、エンタープライズ5Gをプライベートモデルとするかネットワークシェアードモデルとするかの論争もありました。5Gの免許を持つキャリアを中心とするシェアードモデルの推進派は、無線周波数の有効利用、ネットワーク構築・運営コストの低さや簡易性(経済的な合理性)、スライシング技術などによる専用性の確保、ユースケースの実証実験や実装(商業配備)で実現された経験、などを主張し、企業専用周波数の割り当てに反対しています。GSMAも、限られた無線周波数資源利用の非効率性や5G機能の発展を阻害する要因となる点から、企業専用周波数の割り当てを推奨しないと言及しています。

一方で、独立したエンタープライズ向けネットワークを擁護する陣営は、パブリック5Gネットワークのカバレッジ問題、データの安全性やパブリックネットワークの障害に対するレジリエンス、超低遅延がスライシング技術によって実現できるのかといった疑問を投げかけ、企業向けの専用周波数を割り当てている日本やドイツ等の例を引き合いに出して、自国での専用周波数の割り当てを要求しています。これらの懸念を解消するために、中国のキャリアやサプライヤーは、上述のエリクソン南京の事例で見られるように、安全性のニーズが特に高い特定の業界向けのネットワーク構築や運営ノウハウ・人材を有する大企業に対して、特定の周波数を貸し出すサービスメニューを用意しています。また、中国のユースケースでは、コアネットワーク(UPFとMEC)のローカル設置や、バックアップ機能としてのコントロールプレーン(5G Core Network-Control Plane)をローカルに配備しパブリックネットワークが故障したときの応急措置としてエンタープライズ向けネットワークを運用可能にするソリューションなどを開発し、実装を進めています。

これまでの考察を踏まえてエンタープライズ5Gの方向性は、下記の5つの観点でパブリック5Gのスライシングによる論理的専用化と、一部機能のローカライズ化による物理的専用化からなる、ハイブリッド化に向かうのではないかと考えられます。

  • R16(5G標準リリース16)とまもなくリリースされるR17は、主に企業ネットワーク向けに考案されており、これまでのパブリックと専用ネットワークが「独立」した状態から融合する方向に向かっている
  • 「ヒト」のつながりを目的とするこれまでのパブリックネットワークと違って、「モノ」のつながり(IoT)に伴う革新的なサービスをサポートしている
  • これまでの専用ネットワーク技術(超広帯域無線通信UWB、産業Wi-Fi、IoT機器向けのLTE規格であるNB-IoT他)の非互換性で生じたネットワークのサイロ化、高コスト化と異なり、5Gネットワーク1つの規格でスライシング技術により生産、オフィス管理、物流など様々なニーズに対応できる
  • 5Gの暗号化は4Gの128ビットから256ビットに強化されている
  • 独立モデルは工場内などの特定地域に限定する場合に適しており、自動運転のような広域のユースケースではキャリアのエンドツーエンドのリソースを利用する必要がある

今後、クラウド技術におけるオンプレミス型とパブリック型に関する議論と似た論争で、結局は企業の目的、生産性、クラウド技術の成熟さによりハイブリッド化へと収斂していく動きと同様な動きが5Gでも起こると考えられます。

独立モデルがネットワークを全て自社で所有することで、安全性、可用性、超低遅延を実現する資産保有型のモデルであるのと対照的に、ネットワークシェアードモデルは5G技術の持つスライシング技術や高度な暗号化技術を活用し、コアシステムの全部か一部を企業構内に配置してネットワークを最適化することで、安全性、超低遅延、コスト・パフォーマンス、システム構築・運用の簡易化を満たそうとする、資産の利用型モデルといえます。

したがって、企業は、導入目的に沿って価値最大化の実現手段と、機能性、安全性、コストの最適な組み合わせを考える必要があります。導入目的、自身の能力、パブリック5Gのカバー範囲と可用性の度合い、専用周波数の取得要否、周波数やネットワーク資産所有の必要性、コストなどを考慮して、バランスよく5Gネットワーク導入を設計する必要があるのです。

ニーズドリブンで実証段階から実装へ迅速に移行しよう

これまで見てきたように、パブリック5Gの進展とともに、エンタープライズ5Gも技術検証、実装・運用が同時並行的に進められており、4Gまでとは異なる画期的な通信技術の革新が起こっています。現在、国家間、企業間において白熱した開発競争や産業への実装を競い合っており、自動運転やリモート手術といった遠隔医療、生産設備の自律作業等のユースケースに欠かせない今後の5G技術、さらには6G技術の動向にも目が離せません。

他方、エンタープライズ5Gの実装においては、応用シーンのニーズを十分に調査・確認・把握した上で、ニーズドリブンのネットワークモデルの選定を行う必要があります。選定の過程においては、視野を広げて、これまでのローカル5Gとともに、日本においても2022年にサービスが開始される5Gスライシングモデルを含め、多面的なアプローチを検討していくことが現実的ではないかと考えます。

また、エンタープライズ5Gネットワークの導入は、あくまでも次世代の企業に変革するための基盤整備です。AIやIoT技術を組み合わせたデジタルイノベーションアーキテクチャーや、企業の生産性向上と新しい価値を産むイノベーション活動の活性化をもたらすビジネスアプリケーションをトータルでデザインして実行に移していく必要があります。インフラからアプリまで全体デザインを意識しつつ、エンタープライズ5Gの実証から実装へと移行する、斬新かつ迅速な取り組みを今後も注視していかなければなりません。


主要参考資料

  1. GSMA (2020) “Mobile Connectivity Index” (MCI-data-2020)
  2. GSMA (2021) “the Mobile Economy”
  3. GSMA (2021) “the Mobile Economy China”
  4. GSMA (2021) “Global Mobile Trends 2021 Navigating Covid-19 and beyond”
  5. GSMA (2021) “The State of Mobile Internet Connectivity 2020”
  6. GSMA (2021)MWC Shanghai2021 プレゼン資料
  7. GSMA & CAICT (2021) “5G Use Cases for Vertical China 2021”
  8. ABI Research (2021) “Despite the Massive Potential, Private Networks Still Fail to Reach Scale – and the Window of Opportunity for Telcos is Closing”
  9. Gartner “Wireless Network Infrastructure Revenue Forecast, Worldwide” (2021.08)
  10. Ericsson (2021) “Network slicing: A go-to-market guide to capture the high revenue potential”
  11. Mobile World Live (2020) “Developing an Edge in 5G Services”
  12. 5GDNA (2020.02) “5GDN Industry White Paper”
  13. 5GDNA (2020.11) “5G確定性網絡+工業互連網融合白書” (中国語)
  14. “5G is the Fastest Growing Mobile Technology in History”
    https://www.5Gamericas.org/5G-is-the-fastest-growing-mobile-technology-in-history/

著者紹介

金 堅敏(ジン・ジャンミン)博士

金 堅敏(ジン・ジャンミン)博士

グローバルマーケティング本部 マーケティング変革統括部 チーフデジタルエコノミスト、博士。

グローバルな政治、経済、社会、技術(PEST)のメガトレントのインサイト、ニューエコノミー、デジタルイノベーション先進事例の調査分析に従事。最新著書に『日本版シリコンバレー創出に向けて:深圳から学ぶエコシステム型イノベーション』(共著) ほか。

  1. 従来の4G・LTEに比べ急速に普及する5G
  2. 5Gの優位性を認識しつつも導入に至らないギャップ
  3. パブリック5Gの普及拡大によるギャップの解消
  4. エンタープライズ5Gネットワークの選択モデルとユースケースの事例
  5. エンタープライズ5Gの選択基準 : 機能性、安全性、コストの最適ミックス
  6. ニーズドリブンで実証段階から実装へ迅速に移行しよう
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