生活シーンで広がり始めた手のひら静脈認証
新たな可能性を示す生体認証技術がDXを加速する

生体(バイオメトリクス)によって本人であることを認証する技術は、もはや身近な存在となっている。
スマートフォンに搭載された顔認証や指紋認証もその一例だが、実はより高度なセキュリティを実現するものとして、手のひら静脈認証もまた生活シーンで広がり始めているという。そこで、同技術領域においてグローバルリーダーの地位を確立している富士通に、最新の活用事例を聞いた。
BtoCの局面で手のひら静脈認証はどう使われているのか、他の生体認証技術とは何が違い、どんな可能性を秘めているのかを見ていこう。

パーソナライズ化する生活シーンで生体認証は不可欠な存在となる

今やデータ活用によるDXの進展がさまざまな生活シーンに変化をもたらしている。だが個人情報など機密性の高いデータは、堅牢なセキュリティシステムによって守られなければいけない。新たな事業確立に最新のデジタル技術が次々に用いられる一方で、暗号化技術やブロックチェーンなど、セキュリティの領域でも劇的な進化が起きている。これも1つのDX。

「多くの場合、さまざまなサービスを利用する際の入口の部分で、本人だと確認するために認証技術は用いられていますが、セキュリティを優先し過ぎて手続きを過度に複雑にすれば、ユーザーから不満が噴出します。確かなセキュリティを保証しつつ手続きが簡便であること。それが生活者のニーズであり、われわれの課題でした」

たしかにスマホ使用時はもちろん、キャッシュレス決済や、駅やオフィスをはじめとする施設の入退場などで、現代人は知らず知らずのうちに多くの本人認証ゲートをくぐりながら生活している。サービスを提供するBtoC領域の企業は、確かなセキュリティとともに利便性もまた上げていく必要に迫られている。

「ICカード×手のひら静脈認証」で馬券購入と払戻のキャッシュレス化を実現したJRA

2018年9月、JRA(日本中央競馬会)は、キャッシュレス馬券販売の新たなサービスを競馬場およびウインズ(場外勝馬投票券発売所)の一部で開始した。利用者は、新たに設置されたキャッシュレス券売機に、あらかじめ発行しておいた会員ICカード「JRA-UMACA」をタッチし、センサーに手のひらをかざして読み込ませるだけで本人認証を完了。マークカードやQRコードを読み取らせるだけでキャッシュレスによる馬券購入が可能となるサービスである。

従来の馬券購入では、現金の出し入れによる手間が購入者およびJRA双方に発生していた。そのための対策が会員専用ICカード「JRA-UMACA」の発行と、「JRA-UMACA」専用券売機の設置だった。券売機を通じてカードに「どの馬券をいくら分購入したか」という情報を記録させることで、現金のやりとりばかりでなく、紙の馬券の発行や紛失時の対応という手間も省くことができる。馬券が的中した場合の払戻金もまた「JRA-UMACA」に自動で入金される仕組みだ。

ただし、銀行のATM同様の金銭授受を実施するシステムゆえ、高度な本人認証技術の導入が不可欠。しかも銀行利用と異なる性質を持つ馬券購入シーンゆえに、暗証番号やパスワードの利用を超える本人認証水準で、迅速かつなりすましが困難な生体認証技術が不可欠。結果的に採用されたのが本人認証はもとより、他者排除率が高い手のひら静脈認証だった。

競馬という娯楽を提供するJRAにとっては、キャッシュレス決済の利用が進む時代に相応しい新サービスとしての位置づけも大きかったが、他方で独自の事情も抱えていた。

馬券購入すなわち投票作業の実に7割がインターネット上で行われるようになった結果、競馬場やウインズに直接足を運ぶユーザーの減少が懸念される状況にあったのだ。オフラインのシーンでもオンライン同様の利便性とセキュリティを確保し、競馬場やウインズに足を運んでもらう施策は、エンターテインメントとしての競馬の魅力を伝えていくために不可欠だったのである。

このキャッシュレス販売の利用者は開始から17カ月で14万人を突破。競馬愛好者の数が500万人と言われる中での実績ゆえに評価は高い。キャッシュレス券売機も、JRAが運営する競馬場全10カ所では設置済み。全国に41カ所あるウインズの内15カ所にもすでに設置され稼働しており、今後未導入のウインズにも設置される計画が進んでいるという。

「通帳・カードがなくても利用できるATMを実現したOKB大垣共立銀行

2012年9月、岐阜県の大垣共立銀行が国内で初めて「通帳レス、カードレスでも利用できるATM」の実用化をスタートした。ユーザーは事前に手のひら静脈認証センサー搭載の専用端末を使って自身の生体情報を登録しておくだけ。以後は通帳やキャッシュカードがなくても、瞬時に完了する手のひら静脈の読み取りと、暗証番号および生年月日を入力するだけでATMを通じて入出金など各種サービスが利用できる。

日本のほとんどの銀行では、当人が通帳やカードを携帯せずに外出した場合や、紛失してしまった場合、引き出しや預け入れといった基本的サービスすら利用できない状況が今なお続いている。

セキュリティを重んじればこその本人認証の徹底だろう、と一定の理解はしつつも、その利便性の低さに対する不満は小さくない。銀行業界サイドも重々そうしたユーザーの本音を課題として受け止めてはいるものの、一歩踏み出せないでいる状況というところ。

大垣共立銀行がそうした業界のジレンマを乗り越えて新サービスの実行に踏み切った背景には、2011年に発生した東日本大震災があった。多くの被災者が通帳やカードを災害で失い、自分の口座からお金を引き出すことさえ叶わないでいる困窮を知ったことから、銀行業界全体の課題として受け止め、1日でも早く実現すべきサービスとして開発に着手したという。

そこで採用されたのが生体認証技術。なかでも、高いセキュリティを実現しつつ、ユーザーに極力面倒な手間を掛けずに済むものとして手のひら静脈認証の導入を決定し、同行のATMに手のひら静脈を読み取るセンサーを搭載した。

生体認証技術を介したサービスについては、利用する側に「自分の体の情報を第三者に渡したくない」という意識が今も根強くある。サービスを提供したい企業としては、ある意味、超えねばならないハードルだ。

例えば読み取った生体情報を銀行が預かるのではなく、ユーザー本人のICカードに記録していく手法も考えられるが、それでは「カードレスで利用可能」とはならない。地域に根ざした金融機関として、ユーザーとの間に信頼関係を築いていた大垣共立銀行だからこそ実現できたサービスであり、現在、手のひら情報の登録者数は60万人を超え、ユーザーに利便性と安全性が評価された結果と言えるだろう。

同行のサービス開始から8年が経過した今も、日本国内の銀行では類似したサービスは普及していないが、グローバルな大手金融機関では生体認証技術の導入がすでにスタンダードにさえなっている。

富士通によれば、同社が提供する生体認証技術は、ATMばかりではないとはいえ、世界60カ国で導入され9,400 万人が利用しているとのこと。今後は日本でも前向きな変化が起きるはずだ。

ブラジルではメガバンクと年金機構が手のひら静脈認証を採用

日本の金融機関での生体認証技術の導入に続いて 、グローバルな金融機関では日本には無いダイナミックな変化が次々に生まれている。2006年7月にはブラジルを代表する4大メガバンクの1つ、ブラデスコ銀行が富士通の手のひら静脈認証をATMに導入することを決めた。

また同行は公的機関であるブラジル年金機構との連携も決定。年金受給をセキュアに実行できる仕組みもまたスタートし、同行は1ユーザーとしての手のひら静脈登録ユーザー数は最大を誇る。
生体認証技術の導入が早い時期から積極的に推進された背景には、ブラジルが抱える治安の問題があった。カードの盗用など、日本をはるかに超える不正利用の被害が銀行を悩ませていたのである。本人認証にカードのようなモノを用いたり、暗証番号に頼るだけではリスクに対応できないとの判断から、精度と利便性の双方に優れている生体認証技術の検討が開始され、選択されたのが日本の富士通の技術だった。
一方、高齢者などへの年金受給をマネジメントするブラジル年金機構も、同様に治安に関わる不正受給リスクを問題として抱え、加えて受給者の生存確認を毎年行っていく業務にかかるコストの削減という課題も持っていた。

そこでブラデスコ銀行が導入した手のひら静脈認証搭載のATMを通じて、本人確認と生存証明を自動的に可能にしながら、安全に年金サービスを実行していく仕組みをブラデスコ銀行との連携で開始したのである。

数ある生体認証技術の中で、なぜ手のひら静脈認証が採用されたのかといえば、1つは偽造が極めて困難だという点。もう1つは小型化された読み取りセンサーがATMへの搭載に最適だった点。

本人認証の精度が高い生体認証技術には目の虹彩を利用するものもあるが、統一規格のATMに虹彩を読み取るセンサーを設けても、ユーザーの体格や身体的事情によっては利便性が損なわれる。

手のひらを読み取るセンサーは、認証精度はもちろんのこと、直接触れることなく認証が可能であり、衛生面でも 高く評価され、導入が決定されたという。

その評価の高さは、公的機関である年金機構でのサービスが続いている点や、ブラデスコ銀行が新たに生産するATMのすべてにセンサーが搭載されていることから明らかである。

韓国ではすべての国内線空港が搭乗者確認に手のひら静脈認証を採用

2018年、韓国空港公社は同社がマネジメントする国内線空港での搭乗者確認プロセスに、手のひら静脈認証を採用することを決定。1年足らずの内に14あるすべての国内線空港でこの新サービスの稼働が始まった。

日本では実施されていないプロセスゆえにピンと来ないかもしれないが、世界の多くの国では国内線利用者に対する本人認証が義務づけられている。独自の安全保障上の事情を抱える韓国もその1つ。

従来、国内線に搭乗する際は空港でのチェックインを済ませると、手荷物検査場のスペースで国民IDカードと呼ばれる身分証明書を提示し、常駐する保安担当者の目視によるチェックを受けなければいけなかった。

当然のことながら利用者にとっては煩雑な行程であり、時間もかかる。チェックする側の韓国空港公社としても手間とコストとリスクの伴う行程だった。

日本の空港も昨今では混雑の緩和が課題となっているが、それは韓国でも同じこと。年間約3200万人が利用する国内線搭乗者の動きをスムーズにすることは、空港経営全体の大きな課題となっていたため、渋滞を生み出す搭乗者確認プロセスの効率化施策として手のひら静脈認証が採用されることとなった。

効果は歴然。空港内での人の動きがスムーズになり、保安担当者の確保という人員面での問題も解消。さらには国民IDカード不携帯時に搭乗ができなかったなどの問題 からも解放されたことなどから、早期の全空港完備が実現した。

付随して、早くも別の波及効果が現れている点はIT活用やDXが進む韓国ならでは。空港内には搭乗手続き以外にも、さまざまなサービスを提供する店舗や銀行、その他施設が入っていることから、韓国空港公社による手のひら静脈認証と連携した新しいサービスが生まれ始めているという。

あくまでも厳正な本人認証と、セキュアなデータ活用を達成することを第一義として導入された認証技術ではあるが、そこに利便性という価値も加わったことにより、DX次代に相応しい可能性の広がりがもたらされている、といえる。この点は、空港関係者や航空産業とは無関係な産業にも、大いに参考にできる部分があるはずだ。

「国にも産業や企業にも、それぞれの事情や課題があります。ですから、どこが進んでいて、どこが遅れているという視点では一概に語るべきではないと考えていますが、こうして銀行や年金機構、空港というように非常に公共性が高く、数多くの方が利用される場面で手のひら静脈認証が採用されているのは事実ですし、ありがたいことに富士通には海外から多数のご相談やオファーも頂戴しています。

今後もセキュリティの向上はもちろんのこと、省スペースや非接触、認証時間のさらなる短縮など利便性につながる改良を進め、DXによる未来創造に私たちも貢献し、新たな可能性を導き出せる存在でありたいと考えています」

  • (注)
    このコンテンツは2020年3月12日にJDIR(JBpress Digital Innovation Review)に掲載したものです。
    本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は掲載時のものであり、このページの閲覧時には変更されている可能性があることをご了承ください。

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