“働き方改革につながるDX”としての手のひら静脈認証
生体認証技術は職場環境を変え、人の働き方も変える

生活シーンで広がり始めた生体認証の事例を紹介したが、今回は民間企業や公共機関の組織内で活用されている認証技術の最新事例を見ていきたい。セキュリティと利便性の双方を向上させる、というBtoC同様の理由で期待されるばかりでなく、認証技術の進化は昨今の働き方改革においても重要な役割を担っているようだ。

官民で高まる認証技術導入ニーズ。とりわけ期待を集めているのが生体認証

DXの進展もあり、多様で膨大なデータが組織の活動に不可欠となっていることから、それらのデータをいかにセキュアに保護するか、という責任は前にも増して問われ始めている。他方、官民問わず進行する働き方改革によって、勤怠管理は複雑化し、テレワークなどオフィス外でデータを取り扱う局面も増えている。いつ、誰が、何をしたのかを確認するすべとしても、生体認証技術は注目されているようだ。

企業活動における生体認証技術への期待は、例えば2012年に複数のグローバル企業によって結成されたFIDO(Fast IDentity Online。ファイド)アライアンスの存在からも見て取れる。FIDOの目的はパスワードに変わる認証技術の標準化。オンライン認証という領域において国際的な統一規格を設け、その浸透を促進することによって、技術を提供する企業にとってもユーザー側の企業にとっても、より手軽にセキュアなオンライン認証を実現させようというものだ。参加企業もそうそうたる顔ぶれであり、Microsoft、Google、Amazon、Apple、Facebookなどに加え、日本からも富士通、ドコモ、LINE、Yahoo! Japanなどが名を連ねている。

2020年の今、世界の各所で「FIDOに準拠」あるいは、FIDO認定を取得したことを明示する技術やサービスが信頼を得て、採用事例をどんどん増やしている状況であり、もはやこの領域のスタンダードとして定着した感がある。つまり、それほど「確かな認証技術の導入」についての企業の関心は高く、洋の東西を問わず急ピッチで導入が進んでいるということだ。

行政に目を向けてみると、総務省、文部科学省、厚生労働省などがそれぞれの見地から、セキュリティ強化の必要性に迫られ、二要素認証(2つ以上の異なる方式を組み合わせた認証システム)の導入を求めるガイドラインを関係各所に示している。当の官公庁や自治体でも二要素認証のひとつの要素として生体認証の導入が進み、例えば全国に約1800団体ある自治体のうち500団体以上が富士通の生体認証技術を採用済みとのこと。

では、企業や公共団体が具体的にどんな場面で生体認証を用いているのか。なぜ、数ある認証技術の中でも生体認証を選択したのか。富士通の生体認証ソリューションを導入した事例から見ていこう。

オンライン生体認証を採用し
現場改革を実現したテプコシステムズ

東京電力では管轄するすべての電柱の保守業務行っている。現場に出向いた保守作業員は、状況に応じてスマートフォンを用い、同社のシステムにログインする必要があるのだが、従来はIDとパスワードの打ち込みによる方式だったという。しかし、屋外の路上にある電柱の保守にあたる作業員にとってみれば、より煩雑さを軽減したログイン手法が作業効率上望ましい。送配電事業を担い、保守業務を行う東京電力パワーグリッドとしてもセキュアかつ利便性向上のためのシステム改修コストや多大な工数は課題となっていた。

そこで東京電力グループのDXを担う存在であるテプコシステムズがオンライン生体認証の導入に乗り出し、2019年に採用されたのが富士通のFIDO準拠システムだった。採用理由は複数ある。

まず1つ目はセキュリティ。IDとパスワードに依存する旧システムでは、フィッシングや使いまわし、なりすましなどのリスクがあったが、これをFIDOに準拠した生体認証に変えることで解決できる。富士通のFIDO準拠のオンライン生体認証サービは稼働実績があり、SaaSで提供されているため、テプコシステムズが利用するクラウドシステムへの連携が容易に実装できるため、スピーディーなサービス開始を実現。FIDO認証では、仮に作業員の生体情報や、認証に必要な秘密鍵の情報は端末から取り出すことができないため、なりすましなどによりテプコシステムズが管理するシステムへの侵入も防げる機能を有している。

2つ目の要因は利便性。屋外での作業が中心になる保守作業員にとっては認証の手間が減ることで本来の任務に集中でき、結果として業務の質もスピードも上がる。

東京電力パワーグリッドとテプコシステムズは、今回のオンライン生体認証サービスを東京電力管内の電柱保守業務を効率化する新システム「TEPCOスナップ」というサービスに適用している。台風や地震など大規模な災害時には特に、保守作業員の手が回りにくくなるが、そんな中、住民が撮影した写真(傾いた電柱や、切断している電線などの様子)を送ってもらい、その画像を活用してスピーディーな保守業務に役立てていくサービスだ。こうした住民や社会への貢献度を引き上げていく新規事業を実現できたのも、クラウド活用による生体認証システムがあればこそだった。

エネルギー業界は今、自由化やそれに伴う分社化といった潮流の中で競争が激化している。本人認証の利便性を高めるとともに業務効率の向上と強固なセキュリティの効果を素早く導入し活用していくことで生体認証の活用は注目されていくに違いない。

検査不正問題への対応 攻めの改革を実施した自動車メーカー

少し前まで「過剰な品質管理体質が国際競争力を失わせた」とまで言われていた日本の製造業界だが、近年はそれと裏腹に「検査不正」が発覚する事例が目立つ。自動車、部品、化学、素材など、さまざまな業界で不適切な検査が露見し、厳しく改善が求められてきている。当然のことながら製造業各社は今一度、生産工程や人員配置などあらゆる確度から見直しと変革を進めているわけだが、その流れに一役買っているのが生体認証技術だ。

2017年には、自動車メーカーで完成検査不正問題が発覚した。この問題をきっかけとして複数の自動車メーカーが作業員の本人確認強化のために手のひら静脈認証を導入している。自動車メーカーの工場においては、完成検査不正問題発覚以前から作業履歴のエビデンス蓄積を目的としてID/PW認証やICカードを用いた本人認証を行っていたが、より厳正に「誰が、いつ、工場のどのプロセスに携わったか」を掌握するため、生体認証技術に着目したというわけだ。

メイド・イン・ジャパンのハイクオリティ神話を復活させるためにも、製造業界ではあらゆる企業が品質管理体制の再構築と向き合っている。単に不正防止のためだけでなく、生産効率や品質のさらなる向上にも生体認証技術を役立てていこうという動きは、今後さらに業界を挙げて本格化するはず。すなわち、認証技術は守りだけでなく攻めのDXの1つとしても注目されているということになる。

電子カルテシステムと生体認証の連動をスタートした広島市民病院

2001年以来、厚生労働省が呼びかけ、けん引する形で「保健医療分野の情報化」は進行してきたが、中でも特に注目されてきたのが電子カルテシステムの普及。現状でも普及率は全医療機関の40%程度とのことだが、大規模な病院では電子カルテを用いる光景が当たり前になりつつもある。

地域がん拠点病院でもある広島市民病院は、中国四国地方において医療をリードする先進機関。電子カルテシステムについても2006年という早い時期に導入していた。患者のあらゆる健康情報と個人情報が網羅されたデータを扱うがゆえに、セキュリティに万全を期して「ID入力+生体認証」というシステムログイン方式をとっていた。ただし、当初生体認証技術として採用したのは指紋認証。自分の指紋情報を登録済みの医師や看護師が、正しい手順で患者の電子カルテを開こうとしても、センサーが指紋を正しく認識できず、二度三度と繰り返してようやくカルテを閲覧できるような事態が少なくなかった。

しかしその後、生体認証技術の進化もあり、もともと同病院の電子カルテシステムを担っていた富士通の手のひら静脈認証システムが2016年に改めて採用された。外傷はもとより乾燥や肌荒れなどの影響が出やすい指紋認証と異なり、体内にある静脈を読み取って本人認証を行うのが手のひら静脈認証。やり直しを求められることがほとんどなく、一発でログインできるこの新システムにより、医師によっては1日に30回以上も認証作業を行っていた現場の作業効率は飛躍的に上がったという。

また、部外者にはなかなか分かりにくいが、医療の最前線にいる医師らは外来診察、入院病棟、手術室など1日の間にさまざまな場所へ移動しながら従事している。認証のためにICカードやデバイスを持ち歩く必要がある環境では、当人の煩わしさだけでなく、デバイス紛失などによるセキュリティ上のリスクも高まる。患者の個人データ保護の観点のみならず、医療機器や薬品類など危険度の高いものが数多く置かれている病院では、セキュリティの精度と利便性とが高度に求められる。そんな中で採用されたのが手のひら静脈による生体認証だったわけだ。

超高齢社会の日本で医療の情報化は不可避な課題。今後はさらなる電子化がさまざまな局面で確実に進む。つまり、データにアクセスするためにログインする機会はどんどん増えていくのであり、認証技術の確かさは多くの医療機関が直面していくことになる。

沖縄・豊見城市が生体認証による勤怠管理を開始。働き方改革へのヒントがここに

企業誘致や雇用拡大などで積極的な施策を繰り広げ、その成長力において全国でもトップレベルにいるのが沖縄県の豊見城市だ。いわば地方創成の旗手ともいえる同市は、業務においても人事給与や財務会計、文書管理などの局面に連動性の高いパッケージツールを導入。作業効率を向上させながらペーパーレス化などもIT活用で推進する改革を続けている。その豊見城市が2019年に採用したのが、手のひら静脈認証による勤怠管理システムだ。

従来は紙ベースで行っていた勤怠管理だが、全職員の勤務状況をリアルタイムで把握することは難しく、人員配置を検討する際にも実態を把握することが困難だったという。そこで、作業効率の向上、ペーパーレス化を目的に業務システムを導入、その認証方式として手のひら静脈を採用した。

手のひら静脈認証の採用理由としては、他の生体認証に比べてなりすましなどの不正を防ぐことができるセキュアな性質、そして日々の繰り返しとなる打刻作業が短時間で確実に完了できる利便性が挙げられている。

だが、なによりの成果として挙げられているのは、勤怠情報をデータで管理できることによるさまざまな効果だ。常にシステム上で職員の出欠や動向を確認でき、給与システムとも連動させたことから、残業時間の算出といった煩雑な業務が飛躍的に削減でき、健全な働き方を徹底していく上でも、上司が部下の状況をリアルタイムで把握できる点が役立っているとのこと。また、市庁舎のみならず保育所や認定こども園などの施設にも打刻機を設置したことで、多様な働き方にも対応できているという。

タイムカードやIDカードを用いるスタイルから、生体認証によって勤怠を管理するスタイルに変更したことにだけ注目した場合は、さして大きな変化とは思えないはずだが、実は複数の事由からポジティブな変化が追求されていた。第一に、出退勤を記録する作業は多数かつ多様な職員が毎日行うため、生体認証導入によりIDカードのようなモノが不要となる変化は、決して小さくないということ。利便性向上による各職員のモチベーションアップという効果は、毎日行う作業だからこそ大きい。IDカード紛失等への対応が不要となったこともある。第二に、あえて手のひら静脈認証を選択したメリットもここに絡んでくる。例えば指紋認証の場合、気候や体調次第で認証作業のやり直しが求められるケースも多いため「毎日大勢の人間が行う場面」では、ストレスや煩わしさを職員に与えてしまう。その点、外部環境の影響を受けづらく、瞬時に読み取りを完了させられる手のひら静脈認証が最適だったといえる。第三に、勤怠情報をデジタルデータとして扱えるシステムとともに生体認証を導入したことによる効果が極めて大きい。豊見城市の導入事例は早くも他の複数の自治体が注目し、採用を検討しているようだが、民間企業でも同様の事例は続出しているという。そうした現象を導き出しているのも、以上のように複数のメリットが確認されたからこそだといえる。

そこにあるのは働き方改革という時代の波。誰もが同じ時間に同じオフィスに出勤するようなシンプルな働き方は、今後間違いなく減っていく。リモートワークやモバイルワークといったテレワークが増え、「復業」もまた広く浸透すれば、個人の働き方はどんどん多様化し、勤怠管理を行う組織はますます緻密で即時性の高いマネジメントを求められることになるだろう。

今回見てきた4つの事例が示すように、生体認証技術の普及は「守り」の面ばかりでなく、「攻め」の局面でも必要とされ始めている。そして高齢化社会という視点からも、働き方が多様化するという視点からも、その効果には期待が集まり、時代の変化に即した機能として認知され、官民を問わない社会実装が始まっているということだ。

  • (注)
    このコンテンツは2020年3月25日にJDIR(JBpress Digital Innovation Review)に掲載したものです。
    本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は掲載時のものであり、このページの閲覧時には変更されている可能性があることをご了承ください。

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