スマートな顧客体験を生み出す非接触生体認証技術とその活用事例

公開日 2021年5月11日
データ奥瀧 乃梨子, 安部 登樹, 松山 佳彦, 山田 茂史

昨今の新型コロナウイルス感染症の流行によって,非接触・非対面なサービスのニーズが高まっている。非対面でもセキュアで利便性の高いサービスを提供するために,生体認証技術の導入検討が盛んになってきた。

本稿では,ニューノーマル時代に適した非接触生体認証について,リテール業との協業事例を交えながら,従来の課題とそれを解決する技術,更には多様なサービス利用を可能とする「生体認証でつながる世界」の構想について述べる。

1.まえがき

2020年,新型コロナウイルスのパンデミックによって,我々の生活様式は大きく変化した。当たり前だと思っていた,人と人,人とモノとが触れ合う環境やサービスに対する見方が変わり,「リモート」「フルセルフサービス」などの,リアルな接点から脱却するためのソリューションが求められるようになった。利用者の意識にも変化が見られ,「コロナショック以降,モノとの接触を気になるようになったという人は79.8%を占める」という調査結果も出ている[1]。

リテール業に目を向けてみると,コロナ禍によって従来の取り組みの重要性が増している。例えば,レジ現金管理の作業コスト削減などを図るキャッシュレス化や,人手不足でも生産性を落とさない省人化のような働き方改革への取り組みが挙げられる。これらは,利用者や従業員の安心・安全を守るために店内での接触機会を低減するといった,新たな課題を解決するソリューションとしても注目されている。このようなニーズに応える新たな店舗づくりによって,リテール業のDX(デジタルトランスフォーメーション)は加速している。

本稿では,リテール業を例に,非接触・非対面を実現するクリーンな生体認証技術とその活用事例,および多様な業種やサービスをまたいで「生体認証でつながる世界」の構想について述べる。

2.リテール業の生体認証への期待

リテール業では,人手不足対応およびニューノーマル時代に適した店舗において,人を介さないサービスや人同士の密接機会の低減を実現するために,無人化・省人化ニーズが高まっている。一方で,人の目が少なくなることによるセキュリティ低下を懸念する声もある。つまり,省人でも,高い生産性とセキュリティを両立できるソリューションが必要である。これを実現するものとして,生体(バイオメトリクス)認証技術の活用が注目されている。

まず,高生産性については,キャッシュレス化や年齢確認などへの適用が挙げられる。生体情報にクレジットカードやポイントカード番号などの決済情報を紐付けることで,認証成功時にその情報に基づき,キャッシュレスかつカードレス決済を実現する。更に,手ぶらで気軽に購入できることで利用回数や売上の増加も期待される。また,コンビニ業界では,年齢確認用の身分証明書記載の生年月日と紐付けて生体認証を行うことで,身分証明書レスで確実な年齢確認への適用も検討されている。

次に,高セキュリティについては,例えば店舗入店ゲート開扉時の認証への適用によって,店舗の物理セキュリティを高める方法が考えられている。

3.富士通の生体認証の技術革新

本章では,リテール業が抱える大規模な利用者およびニューノーマルな店舗へ適用する際の課題と,それを解決する富士通の革新的な技術および活用例について述べる。

富士通では,ノートPCやスマートフォン,ATMなどでの本人確認用に,指紋,虹彩,顔,手のひら静脈などの様々な生体認証技術を搭載してきた。特に,なりすましが困難で,高い認証精度と安全性を持つ手のひら静脈認証は,「手のひら静脈認証 FUJITSU 生体認証 PalmSecure」(以下,PalmSecure)として,ATMや図書館利用時の本人確認,空港での搭乗者確認などの一般利用者向けサービスへの展開が進んでいる。

PalmSecureは,利用者が明示的に手のひらをセンサーにかざすことで認証が行われる。つまり,無意識下ではなく,本人の意思があって初めて認証できるため,「勝手に認証されてしまうのではないか」といった不安を取り除く効果がある。一般利用者向けサービスでは,利用者が安心感を持ってサービス利用を選択できる高い受容性も求められる。世界約60か国,9,400万人以上利用実績があるPalmSecureは,一般利用者向けサービスにも適した技術である。

リテール業でも,利用者に負担をかけない手ぶらで確実な本人確認手段として,施設利用権限の確認(会員管理)やキャッシュレス・カードレス決済などの用途にて,既にPalmSecureが活用されている。

しかし,現状の精度では数万人規模を単一の生体情報だけでは識別できないこと,手のひら静脈を正しく撮影するためのガイドが必要であること,といったコロナ禍を受け活用シーンを拡げていくためには解決しなければならない技術的課題がある。

3.1 100万人規模の高速認証を実現するマルチ生体認証

単一の生体認証だけで個人を識別することは,精度や認証速度の課題から制限がある。認証精度の高いPalmSecureであっても,1万手(両手登録の場合5千人)が上限の目安となる。利用者数が1万手を超える場合,電話番号や誕生日などのキーを入力して認証対象者数を絞り込む運用を推奨している。しかし,キー入力という利用者に負担となる作業や接触機会は,スピードとユーザビリティーを重視する傾向のあるリテール業では受容しづらいという声もあった。そこで,自然な動作で認証できる操作性に優れた顔認証と,高い精度を持つPalmSecureを組み合わせたマルチ生体認証技術を開発した[2]。

本技術は,図-1 Step1に示すように,まず利用者がセンサーに手をかざす動作の間に,顔画像を撮影して顔画像による絞り込みを行い,全登録データの中から1万手以下となるように候補者を抽出する。ここでは,本人を漏れなく上位に検索できる本人拒否率の低さが求められる。次に,図-1 Step2に示すように,利用者が顔認証で絞り込んだ認証候補対象者に対して手のひら静脈認証を行い,1人を特定する(Step3)。ここでは,確実に1人を特定することが求められるので他人受入率の低さが重要となる。マルチ生体認証では,操作性だけでなく,処理ステップに応じて重視すべき精度軸に合わせて,顔および手のひら静脈を選定している。

図-1 マルチ生体認証技術

複数の生体認証を組み合わせることによって大規模認証が可能となるが,認証のための処理時間が増加してしまうという問題がある。特に認証時のデータベース(DB)参照の処理時間増加がネックとなり認証時のユーザビリティーが低下してしまう。この問題を解決するために,DBをインメモリ化することによって,クエリとロード処理時間の高速化を行った。これによって100万人規模で単一生体認証と同等の高速認証を実現するマルチ生体認証を実現した。

現在,富士通新川崎事業所内でローソン様と共同で実施しているレジなし店舗Lawson Go[3],一般顧客向けに光洋ショップ-プラス様にて[4]実用化に向けて実証実験を行っている。

実証実験では,レジなし店舗において,無人でも十分なセキュリティを確保するために,入店時の本人確認手段として導入されている。レジなし化によって削減されたレジ待ち時間だけでなく,財布やスマートフォンの出し入れやスマートフォンアプリの立ち上げも不要になったため,平均待機時間は入店準備にかかる時間のみの4秒となった。この方法は,Lawson Goスマートフォンアプリに表示されるQRコードをかざす入店方法の1/3に値し,従来のレジあり有人店舗のレジ待ち時間の90%を短縮する効果があった。

3.2 国内首位の精度を達成したマスク着用時でも認証可能な学習エンジン

顔認証において,マスク着用によって顔の大部分が覆われてしまうことは大きな精度の低下を招く。一般的に,マスク着用時は,マスクで隠れていない部位,例えば,目の周辺などから抽出した特徴量だけを使った認証を行うことが多い。しかし,特徴量を抽出する顔画像領域が狭まるため,情報量が減少して認証失敗となることがある。そのため,一時的にマスクの取り外しが必要な場合があった。

そこで,コロナ禍のマスクを着用した生活スタイルでも快適に認証ができるようにするために,マスクを着用していない通常の顔画像にマスク画像を疑似的に付加した顔画像情報を学習するエンジンを開発した。図-2にその概要を示す。顔の輪郭や形など,目の周辺以外の情報も使って特徴点を抽出することで高精度化を実現している。以前はマスク着用時の顔による絞り込み失敗が数%あったが,本技術の適用によって,絞り込み失敗が1%以下となることを確認した。加えて,米国国立標準技術研究所(NIST)が実施した,世界160以上の組織が参加している顔認証ベンダーテストにおいて,国内ベンダーで首位となる認証精度を達成した[5]。

図-2 データ拡張学習技術

3.3 完全ガイドレスな手のひら静脈認証を実現する光誘導UI

PalmSecureは,センサーに手のひらをかざす動作によって得られる静脈パターンを利用する,非接触な認証技術である。衛生面に優れている一方で,手のひらを空中に浮かせる認証は,認証に不慣れな利用者にとっては,センサーの認証可能エリアの高さが分かりづらいという問題があった。

そこで,センサー周囲に手のひらの形をしたライトを設け,手をかざす高さに応じてライトの色と発光パターンを変化させることによって,直感的に適切な高さが分かるように,光誘導によるユーザーインターフェース(UI)改善を行った。図-3に示すように,高さに合わせてリアルタイムに色を変化させることで,利用者が手元を見ながら適切な高さを把握できるため,快適な認証が可能となる。

図-3 光誘導ユーザーインターフェース

この光誘導UIおよび前項の顔認証学習エンジンに関する評価・検証は,新川崎事業所内のLawson Goの実証実験にて2021年1月から行っている。

4.生体認証の更なる活用範囲の拡大

リテール業では,Lawson Goのように,生体認証でセキュリティを高めたレジなしソリューションによって,人手不足であっても,従来型の有人店舗では売上やスペースの問題があり出店が困難だったエリアへの展開を図ることができる。 更に,自治体やヘルスケアなどの公的サービスや,一般利用者向けサービスを展開する団体と「FUJITSU Security Solution AuthConductor(オースコンダクター)」を介して共有することで,一度生体情報を登録すれば,各サービスIDなどとの紐付けによって手ぶら認証サービスを面的に拡げることができる「生体認証でつながる世界」の展開を計画している。利用サービスの拡大による利便性向上だけでなく,多数の利用データを,生体認証をキーに集めることができるので,データの質,ひいてはパーソナライズドサービスの質の向上も期待される。

5.むすび

ニューノーマルな店舗づくりを目指すリテール業を例に,生体認証技術とその活用方法について述べた。

利用シーンの拡大のためには,UIを含め利用者が分かりやすく,安心して使える認証技術が必要であると考える。更なる使いやすさや精度の向上など,生体認証技術の改良を図り,新たな生体認証による顧客体験を提供することで,ニューノーマル時代の新たな生活様式を作り上げていく。


本稿に掲載されている会社名・製品名は,各社所有の商標もしくは登録商標を含みます。

著者紹介

奥瀧 乃梨子(おくたき のりこ)富士通株式会社
ソーシャルデザイン事業本部
手のひら静脈認証PalmSecureの販売推進に従事。
安部 登樹(あべ なりしげ)富士通株式会社
研究本部 先端融合技術研究所
手のひら静脈認証技術,顔認証技術,マルチ生体認証技術の研究開発に従事。
松山 佳彦(まつやま よしひろ)富士通株式会社
研究本部 先端融合技術研究所
生体認証システムの研究開発に従事。
山田 茂史(やまだ しげふみ)富士通株式会社
研究本部 先端融合技術研究所
手のひら静脈認証技術,顔認証技術,マルチ生体認証技術の研究開発に従事。

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