デザイナーが富士通で働くということ
—— 会社員×グラフィックカタリスト

掲載日 2020年9月2日



社会を支えるITインフラ基盤、携帯電話やパソコンを開発・提供し続ける富士通株式会社(以下、富士通)。培ってきた技術力を結集し、企業のデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)実現に向け一層の貢献を目指すとともに、自らもDXに取り組み、新たに生まれ変わることを発表した。

その一環として新設されたデザインセンターは、プロダクトやUX・UIデザインだけでなく、顧客企業の新規事業デザインなど幅広い分野でそのデザインの力を発揮。所属するデザイナーには、さまざまな業務においてデザイン力が求められ、富士通のデザイン経営をリードする役割も期待されている。

デザイナーとして同センターに所属しDX推進やサービスデザインといった“本業”に従事しながら、グラフィックカタリストとしても社内外でも活動する、タムラカイ氏、小針美紀氏、佐久間彩記氏もそんなデザイナーの一人であり、彼らは、自らのデザイン力にはグラフィックカタリストとして活動してきた経験やスキルが生きているという。今回、その活動の背景や目指すところとともに、富士通でデザイナーとして働くことについて語ってもらった。

タムラ カイ


グラレコを通じて広がった可能性

——— タムラさんは、富士通に所属しながら個人活動としてグラフィックレコーデイング(以下、グラレコ(注) )にも携わり、社内外でキャリアを積み上げてきた、ユニークな経歴をお持ちですよね。

タムラ: 僕はもともと、富士通の社員としてWebやGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)などのデザインに携わっていました。一方で、「このまま会社員だけやっていていいのだろうか」と考えることがあり、紆余曲折ありながら「描いて考えて伝えあうラクガキ講座」というワークショップを社外で開催するようになったんです。それらの活動を通して「世界の創造性のレベルを1つ上げる」というパーパスを持つようになりました。2012〜2013年頃だったと思いますが、議論を記号や絵で可視化するグラレコが広まりはじめ、それは、今まで僕がやっていた「描いて考えて伝えあう」と共通する考え方の手法だった。必然的に、その初期の頃から社外のセミナーやイベントでグラレコの実演をする機会をいただくようになりました。最初は社外で活動していたので、会社ではちょっと異質な存在だった時期があったかもしれません(笑)。

グラレコの活動が広がる中で立ち上げたのが、グラフィックカタリスト・ビオトープ(以下、GCB)というプロジェクトです。今でこそ会社にも認められていますが、立ち上げ当初は個人的なプロジェクトでした。これを一緒に始めたのが当時グループ会社の人事部にいた小針さんだったんです。

  • (注)
    グラレコとは、会議やセミナーなどにおいて、議論や発表の内容、構造、流れなどを「絵(グラフィック)」を活用しながらリアルタイムに可視化する手法のこと。

——— 会社の業務ではなく、個人的なプロジェクトであったGCBを通じて小針さんと活動するようになったのですね。小針さんは、どういうきっかけでデザインやグラレコに関わることになったのでしょうか。

小針 美紀

小針: 私はシステムエンジニアとして富士通のグループ会社に入社しました。その後入社前から抱いていた「日本企業を、しなやかに強くする」という思いから、徐々に全社に関われる仕事がしたいと考えるようになって。希望して人事に異動しました。そこでは若手の育成に関わっていたのですが、配属後に若手や配属先の上司たちにインタビューをすると、プロジェクト期間がどんどん短くなり、かつ質も問われるようになっていることを感じました。「想定以上の変化がこれからもっと起きていく。なのに、一定の技術スキルを教える新人研修でいいのだろうか」と悩んだ時期があったんです。

そこで自分で情報を集め、「対話を通して複雑な課題や状況に向き合い、お互いの力を活かしあって変化につなげていく」というデンマーク発祥のリーダーシップトレーニングと出会い、新人研修に導入しました。このトレーニングで初めてグラレコに触れ、「この手法は、将来の私たちにきっと必要になる」と思い、私も始めたんです。

タムラさんとの出会いは、蒲田にある事業共創のためのコミュニケーションスペース「FUJITSU Knowledge Integration Base PLY(通称:PLY=プライ)」で、タムラさんのグラレコを見たのがきっかけでした。当時、タムラさんが執筆した『ラクガキノート術』(エイ出版社)という本のことは知っていましたが、富士通の社員であることはその時初めて知って。で、紹介してもらったんです。

タムラ: 小針さんと話して、お互いに課題感や思いに共感して、一緒にやろうってなりました。それまで「グラフィックレコーダー」と言われていた肩書きも、僕らはレコーダー(記録者)を目指したいわけではないと考えていて、グラフィックを介して場をデザインするということで「カタリスト(触媒)」を使うようにしたんですよ。

——— 佐久間さんは、入社した年からGCBに携わっているんですよね。

佐久間 彩記

佐久間: そうですね。僕の場合、大学時代からマインドマップ(思考の表現方法)などを使用して、テキストと一緒に絵を付ける、ということをずっとやっていました。何かの形や状況を文章だけでどんなに説明しても、それぞれが思い浮かべる姿って人によって異なってしまいます。それをその場でパッと絵に描くと、「これはイメージ通り」「ここはそんな感じじゃない」というように、どんどん共通の認識になっていきます。

会社に入って、社内での打合せでもお客様とのコミュニケーションでも、そういう共通言語や認識が必要だ、と考えていたのですが、たまたま同じ部署内でグラレコをやっているのを見て、「これだ!」と思ったんです。どうやったらこういうものを描けるのかと、タムラさんに聞きに行ったら、「いいから描きなよ」という感じでGCBに巻き込んでもらえました。



なぜ、富士通なのか

——— 現在は、新設されたデザインセンターに所属していると伺いました。それぞれの業務を教えてください。

タムラ: 新設されて間もないので、今もまだバタバタしていますね。2020年6月から、小針さんと一緒に富士通全体のDX推進を担う組織横断型のチームに入り、デザイナーとして、会社をデザインの力でどう支えていくのかを日々考える仕事をしています。

小針: 今年(2020年)の1月、「元SAPジャパン株式会社の福田譲さんがDX推進のために富士通に入社する」というニュースを見て、福田さんと直接会話してみたいと思い、SNSでつながりました。6月にタムラさんと一緒に福田さんとお会いすることになり、今のDX推進を担うチームに参加することになったんです。

佐久間: 僕はそのDX推進とは別で、メイン業務としてサービスデザインに取り組んでいます。新規事業のデザインや未来のサービスにおけるユーザー体験を作り出す仕事です。

たとえば、「電車に乗る」という行為を考えると、昔は切符を買って乗車していたけれど、今、日常的に切符を買う人はほとんどいません。みんなICカードで改札を通っています。「切符を買う」という行為が「改札を通る」という大きい目的に置き換えられました。すると、その目的に合わせるために、ICカードの使い勝手や改札の仕組み、人の流れなどをデザインしていくことになります。サービスデザインとは、そのように目的を多角的に捉えて実現するためのデザインとも言えます。

——— 新規事業や未来のサービスにおけるユーザー体験のほか、企業のDXなども範疇ですよね。非常に幅広い。

佐久間: その幅広さに惹かれて、学生時代にサービスデザインを学びました。僕は広い意味で「デザインで社会に貢献する」ことをやりたいんです。そういう意味では、必ずしも富士通である必要はないかもしれません。ただ富士通は、多くの顧客チャネルを持ち、社会インフラなど公共性の高い事業にも数多く関わっている。つまり、その事業規模である富士通には、非常に大きな可能性があるし、必然的に、社会サイズの仕事ができる環境だと思っています。

——— 事業規模も富士通の企業価値ということですね。

小針: そうですね。事業規模が非常に大きく、日本という国で大きな存在感を持っている会社だと思います。ここがデザイン力をどう生かすのか、それに挑戦していくなかで、日本のさまざまな企業、さらには日本全体を仕組みごと変えることができるかもしれないですよね。それは、先ほどの述べた、「日本企業を、しやなかに強くする」という思いの実現にも繋がる、私が富士通に所属している大きな理由です。

タムラ: 僕はGCBを立ち上げる前から、会社に所属しながら外の活動もしていたわけで、独立という選択肢がなかったわけではありません。ただ、富士通という企業に所属している方が、自分が楽しいと思える仕事ができると思ったんです。僕自身は、グラレコの活動を通して得た思考やスキルなど、外で得ることができた価値を会社に還元したいと考えていましたが、とはいえやはり、社内において異端児みたいになった時期があった。ただ、富士通は、そんな異端児であっても不思議と受け入れてくれる会社なんです。

僕が携わるグラレコの活動がここまで広がったこと、その結果、富士通の仕事にも生かせるようになったこと、その背景には富士通の寛容な企業カルチャーがあると思っています。富士通において国産コンピューターの開発を推し進めた池田敏雄さんもそうであったように、自分がやりたいことを自由にできる会社ではないでしょうか。



グラレコで培ったデザイン力を、富士通へ還元する

——— 設立当初はタムラさんの個人的な活動であったGCBが、どのようにして社内に認められるようになったのでしょうか。

タムラ: 僕らの活動が、社団法人at Will Workが主催する「Work Story Award 2017」を受賞したんです。それで逆輸入的な感じで富士通に凱旋した(笑)。それまで「タムラたちは何をやっているんだ」といいながらお目こぼししてくれていた社内からも、評価されるようになりました。

——— まずは社外で認知を広めて、社内でも認められるだけの実績を作ったということですね。

タムラ: はい。その結果、社内のイベントやワークショップでグラレコを紹介したり、業務で活用したりする機会は増えましたね。ただ一方で、グラレコは手段であって、これ自体が目的ではないと考えています。つまり、グラレコを富士通で生かすことはもとより、その活動を通じて得てきたスキルや考え方、実績などは自分たちの自信にもなるし、それが次さらに次へと、大きなこと、やりたいことをやるための一歩を踏み出す力になる。そういったものも還元していきたいと考えています。

富士通フォーラムにおけるグラレコ及びファシリ(タムラ)

——— 具体的には、富士通のどのような仕事の現場で還元されているのでしょうか。

佐久間: 僕の業務でいえば、サービスデザインの現場にグラレコの手法は本当に有用だと感じています。アイディア提案から資料作成、議論の進行などさまざまな場面で視覚からアプローチできる。たとえば、顧客企業の事業であるコンビニやスーパーにおける新しい店舗づくりを考えたり、未来の銀行における支店の役割を考えたり、さらには組織改革に携わることもあります。

顧客企業の方々とともに、未来のありたい姿を手に取れるように視覚化して、事業を具体的に進めていく仕事で生かされ、それをきっかけに評価をいただくこともあります。社内からも「グラフィックカタリストという人がいるぞ」ということで広まり、有用なスキル/手法として認知されているのではないでしょうか。

小針: 私が以前所属していた人事の仕事では、社員のみなさんにいろいろなことを伝えたりお願いをしたりするのですが、あまり伝わっていかないことをもどかしく感じていて。その中で「伝わりやすいように伝える」「ついついやりたくなってしまう環境をつくる」ことの必要性を感じていました。

GCBではいろいろなデザイナーと協働したのですが、「これ、人事の仕事でもやってみよう!」と思う要素や考え方が多くありました。特に注目したのは「物事を相手に受け取ってもらいやすくするため、どういう投げかけや行動を起こすのか」という点。投げかけ方のデザインと言えるかもしれませんね。

タムラ: 僕の場合は、GCBというプロジェクトを動かし、組織を作ってきた経験が生きていると思っています。GCB立ち上げの時期、まだ日本語版が出版されていなかった『ティール組織』(英治出版)を小針さんが原書で知り、この本をベースに「固定化された大企業ではなく、柔軟に進化する組織を作りたい」ということで、緩やかだけど尊重し合う、そして各人がやりたい仕事をやれる組織を目指してきました。

とはいえ、それをそのまま富士通の仕事に置き換えて、闇雲に「やりたいです!」といっても通用しない。たとえば僕たちの場合であれば、やりたいことをどう伝えたら受け入れられるのか、どういう手段が最適なのか、受け入れられるためには何が必要なのかといった、“デザインする力”を駆使する必要があるでしょう。

——— これまでのお話を受け、富士通でデザイナーとして働きたいと考える人たちに一言いただけますでしょうか。

タムラ: 富士通は、第8代社長小林大祐氏の言葉「ともかくやってみろ」から受け継がれる企業カルチャーのもと、デザイナーも非デザイナーも、自分の希望ややりたいことが受け入れられる余地のある会社だと感じています。そこには当然責任も伴いますが、自分のデザイン力が、さまざまな分野のさまざまな事業規模の中で生かせるようになる。さらに、僕らのように本業とは別の活動も取り入れることができる現場や懐の深さもあります。

富士通は今、時田社長のメッセージの一節、「イノベーションを誰かが起こしてくれるのを待つのではなく、皆さんひとりひとりが自らイノベーションを起こせるようになる。これが富士通が目指す『デザイン経営』です」にもある通り、デザイン経営の実現に取り組んでいます。そこでデザインの力をどう生かしていくのかは、僕たちデザイナーにとって、未来に向けた楽しみな挑戦だと思っています。これから入社する方々と、富士通のそんな環境で一緒に成長していきたいですね。

GCBメンバー
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