ユニバーサルMaaSアプリ UI設計
「誰もが移動をあきらめない世界」
を実現するために

掲載日 2021年3月29日

MaaS(Mobility as a Service:マース)とは、いろいろな種類の交通サービスを、需要に応じて利用できる一つの移動サービスに統合することと定義されています。昨今では、ICTを用いて航空・鉄道・バスなど複数の交通事業者をひとつに連携させたシームレスな移動サービスを指す事例が多いようです。従来の「乗り換えアプリ」でも移動に関する情報が提供されていますが、MaaSは予約や決済までワンストップで行えるのが特徴です。現在、日本では官民を問わず様々な事業者が取り組んでおり、次世代交通サービスとして注目されています。複数の交通サービスが一つのサービスとしてつながることは、事業者とユーザーの両方にメリットが多いと言われており、今後の発展が期待されているサービスです。

全日本空輸株式会社(以下 ANA)、京浜急行電鉄株式会社、横須賀市、横浜国立大学は、何らかの理由で移動にためらいのある方々(移動躊躇層)が快適にストレスなく移動を楽しめるサービス「Universal MaaS~誰もが移動をあきらめない世界へ~」(以下、「ユニバーサルMaaS」)の開発に取り組んでいます。2020年12月1日から2021年2月28日には横須賀市で実証実験を実施し、ユニバーサルMaaSのコンセプトに沿って構築したお客さま向けアプリ「ユニバーサルお出かけアプリ」を、実際にユーザーの方々に試用していただきました。

富士通デザインセンターはANA様から当アプリのデザインについてご相談いただき、湯浅・境がアプリを「ユーザー体験からUIを設計する」ことをご提案、その後、同チームの若手デザイナー、岩井・岡部がプロジェクトに加わりました。以降、MaaSにユニバーサルデザインの視点を融合した「ユニバーサルMaaSアプリ」のUIデザインについて、お伝えします。

ユニバーサルアプリの特徴

このユニバーサルMaaSのサービスコンセプトは「誰もが移動をあきらめない世界」であり、その実現には機能面だけでなく「移動体験の質の向上」の視点、つまり「移動を楽しくすること」も重要だと考えました。アプリ開発ではともすると機能の充実に目を向けがちですが、ユーザーの視点に立ったUI/UX設計においては、本当にユーザーの役に立っているのか・より楽しく使えているのか。「機能」だけではなく、「体験」の設計も必要となってきます。

プロジェクトリーダーのANAの大澤様は、本アプリのUI/UX開発を富士通デザインセンターに依頼した経緯をこう振り返ります。
「今回、アプリのUI/UXを富士通様に依頼させていただく前に、あるワークショップを開催していただきました。まずは自分たちのペルソナ・特性をさらけ出し、各々が移動する際に障がいとなっているものは何か、相互理解するところから始めました。そのような機会を経て、移動の世界においては『障がい者』『健常者』の定義が曖昧だということに気づきました。
誰もが皆、何らかの理由で移動をためらう(移動躊躇層となる)シーンがあり、そのためらいを取り除くことによって、新たな移動動機に繋がると確信したのです。また、単にためらいを取り除くだけでなく、自分に合った移動体験を自らつくることが大切だと富士通様との議論の中で気づき、それを具現化してくれるようなアプリの構築を目指すことになりました。」

今回は、身体に障がいがある方に向けたユニバーサルアプリとして、いくつか配慮した点があると岩井は説明します。
「基本的なところでは、背景色とボタンやテキストなど各要素とのコントラストを大きく取った、カラーユニバーサルを意識しています。また、通常のアプリでも各ボタンの間隔は適度に空けますが、このユニバーサルアプリでは通常よりも各ボタンの間隔を広めにとり、ボタンの押し間違いを予防しています。これは、ひとくちで車いすユーザーといっても、指・腕・上半身など足以外にも障がいがあり、複雑な画面操作が難しい方がいらっしゃるためです。また、二本の指を使って縮小/拡大操作をする『ピンチイン/ピンチアウト』の操作が難しいケースがあることをANA様へのヒアリングで伺っていましたので、このアプリでは縮小(-)/ 拡大(+)ボタンも設置しています。」

機能面の特徴としては、検索結果で表示されたいくつかのルートのうち、自分が選択したものをカスタマイズし保存できる機能が挙げられます。「自分だけの旅のしおり」をアプリ上で作成でき、移動の楽しさを後押しする機能です。今はルート保存機能や、自身の特性情報・位置情報を、サービス提供者用アプリ「ユニバーサルサポートアプリ」側に連携する機能が実装されていますが、将来的には、お客さまとサービス提供者のコミュニケーション機能の実装も検討されています。

ユニバーサルアプリの特徴

また、ユニバーサルデザインの視点として、複数の交通公共機関を乗り継いで移動するケースにおいて、移動とそれに関する手配情報を一元化して表示する機能があります。従来、ユーザー側が必要に応じて集めていたこれらの情報を一元化することは、実際の手間だけでなく心理的負担も大きく軽減できるでしょう。

実証実験の初日には横須賀市内の街歩きイベント「WheeLog!街歩きイベントin横須賀」が開催され、岡部・岩井の両名も参加、ユーザーが実際にアプリを使う様子を確認しました。岡部はこのときの様子をこう述べています。
「正直、デザイン面での意見はあまり聞かれませんでした。でも、違和感なく利用できたからこそ、これといった感想が出てこなかったのかなと思っています。それよりも、検索のスムーズさ、おすすめルートの表示、必要な情報の一覧表示などの機能面について、便利だ、とりあえず使ってみようと思える、などと感想を頂いたことがうれしかったです。」

街歩きイベントで感じたユニバーサルデザインの必要性と難しさ

実証実験初日の2020年12月1日に開催された街歩きイベントでは、車いすのユーザー1名を含んだ5~6名を1グループとし、6グループが参加しました。普段、車いすを使わない参加者も交代で車いすを使用し、「車いすユーザーの視点」と「車いすを使わないユーザーの視点」の両方を体験しながら街歩きを実施しました。実際に石畳がある歩行者用通路などを通って街中を移動しながら、WheeLog!アプリを活用して車いす走行ログやバリアフリースポット情報を収集・投稿しました。投稿した情報は今回作成した「ユニバーサルお出かけアプリ」に瞬時に反映されるため、車いすでも安心してお出かけできるエリアが、自分たちの行動によって広がっていく喜びも体験することができました。

  • 実証実験イメージ

岩井と岡部もこのイベントに参加し、あらためてユニバーサルデザインの必要性と難しさを感じたようです。岩井は車いすの移動そのものも初めてで「車いすで移動することが、こんなに大変だとは知りませんでした」と言います。「歩道にある少しの段差、緩い坂道、石畳。こういった普段なら気にならないものが車いすユーザーには障害物になることを実感しましたし、それが次々と出てくることに驚きました。小さな障害物が街中に点在していて、本当に疲れてしまうんです。車いすの方々が外出や移動を躊躇してしまう気持ちがよく分かりました。実際に車いすに乗って移動したことで、自分自身の障がいに対する理解が深まった、解像度が上がったと感じています。」

また、岡部は「ユニバーサルデザイン」の難しさについてこう述べています。「例えば点字ブロックは視覚障がい者の方が利用しますが、点字ブロックのでこぼこが車いすユーザーにとっては障害物になることもあります。同じように車いすユーザーのためのバリアフリー対策が、他の障がいをお持ちの方にとっては邪魔になることもあるかもしれません。すべての人をターゲットにすることは正直難しい。けれど、多角的な視点を持ったユニバーサルデザインを考え続けることが必要だと思っています。

このアプリのUIデザインをANA様にレビューしていただく過程で『車いすユーザーに限らず、色々な方を手助けしたいね』という話になりました。繰り返しになりますが、車いすユーザーと言っても障がいの内容は一様ではないし、同様に世の中にはユニバーサルデザインを必要としているさまざまな人がいらっしゃいます。難しいことですが、ユーザー自身に向き合い、必要とされる体験を作りたい。仕事として関わるうちに、そう強く考えるようになりました。」

本質を繰り返し問い続けたい

このプロジェクトでは、岩井・岡部がUI設計に入る以前に、デザインセンターの同じチームに所属する湯浅・境の2名がANA様への提案を実施しています。UI設計を若手の二人が担当し、湯浅・境はアドバイザーとして見守ってきました。
岩井は入社してすぐにこのプロジェクトにジョインしたこともあり、富士通のデザインについて様々な気づきがあったようです。「湯浅さんや境さんは『このデザインが本当にその人のためになっているのか』を深く考えています。アプリのUIデザインをチーム内でレビューしても、やはりその点を繰り返し問われ、『なんのため』『誰のため』という本来の目的を見失いがちになることに気づきました。人起点で考える、ユーザーのことを考える、そしてそれを何度も繰り返していることが印象に残りましたし、素晴らしいなと感じています。」

岡部は去年の春に新卒入社したデザイナーです。「まだキャリアも浅いので」と口にしながらも「いろいろなタイプのデザイナーが周りにいて、自分がどうなりたいのか考えるのにここはすごくいい場所です」と話します。「ユニバーサルMaaSのプロジェクトでは、湯浅さんや境さんはアプリのUIだけでなく、ビジネスとしてあるべき形やANA様への伝え方など、様々なことを『デザイン』されていました。私も根本の部分をいろいろな視点で見て、考え続けるデザイナーになりたいなと思います。」

デザインセンター岩井 宗一郎
 岡部 萌子
  • 岩井
  • 岡部
ページの先頭へ