東京大学医科学研究所様

がんゲノム医療を加速するAI技術を開発

富士通研究所が持っているAI技術の強みと医療の現場からのリクエストをマッチングしたことで、大きな手応えを得ることができました。実証実験では、対象とした血液腫瘍において治療法指針の重要な根拠となりうる文献に、医師がこれまでの半分以下の時間でたどり着けることが示されました

東京大学医科学研究所
ヒトゲノム解析センター
健康医療インテリジェンス分野 教授
井元 清哉 氏

背景

全ゲノム情報によるゲノム医療をAIで支援

東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センターの研究の特徴は、遺伝情報であるゲノムを網羅的に調べる「全ゲノム解析」に取り組んでいるところにあります。米国では、全ゲノム解析することで、原因不明だった難病を治癒できたケースも出て来ています。

ヒトの遺伝子は約2万2000個ありますが、それらは全ゲノムのわずか2%の領域に過ぎません。さらに、がんに関連するとして良く研究されてきた遺伝子は、そのうちの数百に過ぎません。残り98%のゲノム領域にまだ治療法のない病気に立ち向かう鍵が眠っている可能性があります。東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター 健康医療インテリジェンス分野 教授 井元清哉氏は「がんと闘うにはすべてのゲノムを調べなければならないと考えています」と話します。

しかし、ゲノム情報をフル活用したゲノム医療の実現には大きな問題があります。変異した個々のゲノムについて、過去のどの病状とマッチするのか、抗がん剤の候補があるのかなどを調べなくてはなりませんが、3000万本以上もの文献が蓄積されたデータベースから関係性のある論文を見つけ出す作業に膨大な時間がかかります。

「全ゲノム解析の情報を活用しようとすれば、当然この負荷は膨れ上がります。しかも、学術論文はがん分野だけでも毎年20万本以上のペースで増えています。この問題を解決しておくことが、全ゲノム解析を医療に役立てる大前提になります。そこで自然言語処理を得意とする富士通研究所とAI活用についての共同研究を行うことにしました」(井元氏)。

経緯

治療方針の検討をAIで自動化する共同研究

2018年4月から始まった東京大学医科学研究所と富士通研究所の共同研究の目的は、治療方針を検討する作業をAI技術によって自動化して、検討にかかる時間を短縮することです。まず富士通研究所の自然言語処理のプロフェッショナルが東京大学医科学研究所の知見を踏まえて専用の辞書を作り、医学論文からナレッジを抽出してナレッジグラフと呼ばれるグラフ構造型のデータベースを構築する技術を開発しました。

「工夫したのは予後の情報も拾い出せる仕組みです。治療方針を決めるには予後の情報が必要ですが、図や表などで表現されているので単なるテキスト検索では見落としてしまいます。それも拾い出せるシステムができました」と井元氏は語ります。

また、富士通研究所 人工知能研究所 AIフロンティアプロジェクト プロジェクトマネージャー 富士 秀氏は「アウトプットとして文献の該当箇所をハイライトするとともに、予後情報のサマリーとかグラフを論文と紐づけることで見やすさに配慮しました」と語ります。

次のステップは本当に効果があるのかを検証する実証実験でした。開発した技術を用いて、86万件の医学論文からナレッジグラフを構築し、東京大学の血液腫瘍内科の医師4名にナレッジグラフを用いた検索作業を実施してもらい、それと従来の作業の時間との比較をしました。本実験では、富士通が日本医療研究開発機構「臨床ゲノム情報統合データベース整備事業」(*1)の「ゲノム医療を促進する臨床ゲノム情報知識基盤の構築」(*2)に参画し京都大学と共同で開発したデータベースの一部を、ナレッジグラフに取り込んで利用しました。

結果としては大きな成果が得られました。各遺伝子変異に対する従来の検討作業では、1件あたり平均30分かかっていた検討時間を半分以下に短縮できたのです。

効果と今後の展望

今後は医療現場での実証で適用範囲を拡大

「今後ガイドラインに沿って医療の現場で使える形に仕上げていけば、ゲノムの情報を迅速に患者さんに返せるようになり、ゲノム医療の有効性も向上します」と井元氏はこれからの展開に期待を寄せます。ゲノム解析の医療コストは下がっており、すでに一部保険適用にもなっています。井元氏は「やがてすべてのがん患者が全ゲノム解析を受ける時代が到来します。それに向けての準備をしなければなりませんが、その道筋がつきました」と今回の共同研究の成果を高く評価しています。

富士通研究所としても今回の共同研究の成果を踏まえて、がんゲノム医療ナレッジグラフの対象を幅広いがん種に広げ、医療現場での実証を進め、テクノロジーによる医療の発展に貢献していきます。


(*1)政府のゲノム医療実現推進協議会 中間とりまとめを踏まえ、ゲノム情報と疾患特異性や臨床特性などの関連について日本人を対象とした検証を行い、臨床および研究に活用することができる臨床情報と遺伝情報を統合的に扱うデータベースを整備するとともに、その研究基盤を利活用した先端研究開発を一体的に推進する事業。

(*2)AMEDの課題番号:JP20kk0205013

東京大学医科学研究所

日本
業種医療
設立1892年
Webサイトhttps://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/Open a new window

[2020年掲載]

本事例に関するお問い合わせ

Webでのお問い合わせ
ページの先頭へ