
「なぜ?」を問い続けてきた私
子供の頃から、私は好奇心が旺盛で、何でも「なぜ?」と聞いてばかりいました。そのため、両親から「しつこい」と呆れられていました。「なぜ空は青いのか?」「なぜキリンの首は長いのか?」など、疑問は尽きませんでした。特に、物理学が大好きでした。物理学は、身の回りの自然現象を説明し、論理的に考えることを教えてくれたからです。大学に入っても相変わらず「なぜ?」と問い続けていましたが、答えのない問いが山ほどあり、解明されていない謎が数多く存在することに気づき始めました。
大学では、コンピュータアーキテクチャやコミュニケーションシステムなど、興味深い講義がたくさんありましたが、私の進むべき道を決定づけたのはデジタルデザインの授業でした。交通監視カメラのコンピュータビジョンをテーマにした学期を通した長期プロジェクトをきっかけに、研究への情熱が目覚めました。論文を読み、様々なアルゴリズムを試して、その性能を評価するという作業に没頭しました。その結果、学会発表の機会も得ることができ、とても貴重な経験となりました。毎日新しいことを学び、問題を自分の力で解決することに大きな喜びを感じました。これらの経験から、研究を深め研究者としての道を歩みたいと強く思いました。
高まる需要に応える、高性能AIアクセラレータの開発
富士通と理化学研究所は、「京」やその後継機である世界最速のスーパーコンピュータ「富岳」の開発で広く知られています。私はコンピュータアーキテクチャ、特に特定の用途において計算を高速化するためのドメイン特化型アクセラレータの設計に強い関心を持っていました。そのため、富士通研究所でコンピューティング性能の向上に貢献できる研究を行うことは、私にとって理想的なキャリアパスでした。
入社以来、私はこれまでにない高速処理が可能なAIアクセラレータの開発に挑戦してきました。AIやハイパフォーマンスコンピューティング (HPC) アプリケーションの進歩に伴い、それらのアプリケーションを高速に実行するコンピューティングプラットフォームへの需要が確実に高まっています。近年、AIモデルを動作させるために必要な計算量は、年間で5~10倍に増加すると報告されています。一方、汎用プロセッサの計算能力は年間で2倍になることは難しいため、汎用プロセッサだけではAIの成長ペースに追いつけません。そのため、AI向けに設計された専門のドメイン特化型アクセラレータが必要となります。AIだけでなく、機械学習、ロボット工学、画像認識など、ターゲットとするドメインに焦点を当て、高性能を実現します。

AIのための再構成可能なハードウェアアクセラレータの開発に注力
私の担当プロジェクトは、高まるAI需要に伴う計算量の増加に対応するため、AIアプリケーション向けのデータフロー型再構成可能なハードウェアアクセラレータの開発を行っています。これは、特定のタスク向けにハードウェアアーキテクチャを適応させることで、処理速度を向上させるものです。私の最も重要な仕事の1つは、このアクセラレータのアーキテクチャを探ることでした。データフローアーキテクチャを用いたアクセラレーションに最も適したAI処理の種類を研究し、それらの処理に対するアーキテクチャの有効性を検証しました。次に、標準的なアーキテクチャを使用して、複数タスクを効率的に処理する方法をいくつも試しました。
この経験は、マッピング手法についてより深く掘り下げるきっかけとなりました。マッピングとは、コンピューティングシステム内の特定のハードウェアコンポーネントにアプリケーションのさまざまな操作を割り当て、パフォーマンス、リソース使用率、および電力消費を最適化することを目標とする手法です。マッピングはとても複雑で、CAD(コンピュータ支援設計)を使っても簡単には解決できないほど難易度の高いものですが、私にとって魅力的なタスクでした。特にデータフローグラフで表現されたアプリケーションを、デバイスモデルグラフで表現されたハードウェアアーキテクチャへのマッピングの研究を進めました。
新たなアーキテクチャにおけるマッピング手法の課題に向けて
マッピングは私にとって未経験の分野だったため、当初私はこの研究を非常に難しく感じました。さらに、高速化の対象であるアプリケーションの多様化に伴いアーキテクチャも変更される可能性があり、課題をより複雑にしていました。進化するアーキテクチャと多様なアプリケーションの両方に対応できる柔軟なマッピング手法が必要でした。アプリケーションを詳細に分析し、チームメンバーや共同研究者との議論を通じて、私はいくつかの不変条件を見つけました。これらの条件をマッピングのフレームワークに組み込むことで、アーキテクチャが変化する可能性があっても、安定した動作を保証することができるようになりました。チームが完成させたフレームワークは堅牢であり、アーキテクチャの更新にも適応できることが証明されました。
研究が進んだ背景には、トロント大学の研究グループの協力がありました。私はトロント大学に常駐し、彼らのフレームワークCGRA-ME(*1)を利用して、私達が提案するアーキテクチャのモデリングの研究を行いました。私たちのアーキテクチャに合わせてフレームワークを調整し、マッピング性能を向上させることに成功しました。2年近くの共同研究の成果を、国際会議で複数の論文として発表しています。
トロント大学での研究生活
私は、どちらかと言うと一日が始まるのは人より少し遅めです。ブランチの後、トロント大学のキャンパス内にある研究室に向かい、同僚や共同研究をしている教授たちと顔を合わせます。ホワイトボードを使ってブレインストーミングをしたり、アイデアを議論したりします。時には、日本のチームと夕方や夜にリモート会議を行い、最新の情報を交換したり、研究成果について議論したりすることもあります。
私は自然が好きで、公園を散策したり、ハイキングに出かけたりします。近くの公園を散歩したり、美しいキャンパスを散策したりすることで、研究の新しいアイデアが浮かんだり、目の前の課題に集中して取り組むことができます。仕事の後には、よく映画、特にSF映画を見てリラックスしています。

計算の未来を加速する
私の短期的な目標は、次世代スーパーコンピュータ向けに、GPU(グラフィックスプロセッシングユニット)やCPU(中央演算処理装置)といった従来のプロセッサと比較して、10倍から100倍の性能向上を目指す高効率なAIアクセラレータを開発することです。長期的には、電力消費の大きい現在のGPUに代わる魅力的な選択肢である、再構成可能なデータフローアーキテクチャの専門家を目指しています。SFから着想を得た、自動運転や監視システムといった現実世界で重要な役割を果たすアプリケーションの計算を飛躍的に高速化するアーキテクチャの開発が目標です。SF映画などで見かけるような、高度なインターフェースの実現を目指します。
関係者からのメッセージ
アインさんは、献身的な若手研究者です。現在はトロントに滞在し、トロント大学と共同研究を行っています。彼女の人生におけるモットーは「好きを仕事に、仕事を好きに」です。大学の教授や学生、同僚と活発に意見交換しながら、日々研究に励んでいます。また、自分の好き嫌いをはっきりと言うこともためらいません。レストランのメニュー選びなど、日常の些細な選択にも、彼女の独特な感性が光ります。彼女は、仕事とプライベートのバランスをうまく取りながら、本当に大切なものに焦点を当てて生きています。(Fujitsu Consulting (Canada) 池 敦)
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(*1)CGRA-MEは、トロント大学で開発されたオープンソースツールで、粗粒度再構成可能アーキテクチャのモデリングと探索を目的としています。

本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです