理化学研究所様と富士通が共同開発した「富岳」はスーパーコンピュータの性能ランキング「TOP500」「HPCG」「HPL-AI」「Graph500」の4部門において、2020年に続き2021年6月にも世界第1位を獲得しました。
3期連続、しかも4部門で同時に1位を獲得するのは世界初の快挙であり、「富岳」の総合的な性能の高さを実証するものです。同時に、日本が提唱するSociety5.0の実現に向け、AIやビッグデータ解析といった様々な分野の研究開発基盤として大きく貢献しうることも示しています。実際、新型コロナウイルス感染症への施策を探る研究などに利用が始まっています。

この対談では、「富岳」の開発をリードしたお二人を招き、スーパーコンピュータがこれまでどのような経緯をたどって発展してきたのか、そして未来に向かってどのような可能性が広がっているのかなどについて、お話いただきました。

なぜ強大な性能をもつマシンが必要なのか「圧倒的なスピードが質的転換をもたらす」

スーパーコンピュータが生まれて半世紀が経ちますが、そもそもなぜ、強大な性能をもつコンピュータが必要とされるのでしょうか。

松岡

スーパーコンピュータはその名の通り「スーパー」なコンピュータとして、通常のコンピュータではできないことを可能にするマシンです。主に天気予報、弾道計算などシミュレーション分野で使われていましたが、膨大なデータ処理に要する計算時間を短縮することが求められていました。

当時のスーパーコンピュータは普通のコンピュータのせいぜい数倍から10倍程度の性能でしたが、今日、PCの数万倍、数千万倍の性能差となっています。例えるなら「富岳」はスマートフォンの2,000万倍もの性能があります。スーパーコンピュータの進化は非常に速いのです。

そのようなスーパーコンピュータの能力は新しい産業、サイエンスを生み出し、用途も様々な分野に広がってきました。AIの分野でいえば、スーパーコンピュータの性能が上がったため、ディープラーニングなど新たなアルゴリズムが可能になったと言えます。圧倒的なスピードが質的転換をもたらしたのです。そういう意味で今後もより高速なコンピュータが社会的に求められていくでしょう。

スーパーコンピュータ技術の変遷と開発上重要となった技術とは「並列型の課題を打破した富士通のインターコネクト技術」

スーパーコンピュータは「富岳」に至るまで、凄まじい勢いで進化してきました。その技術の変遷について教えてください。また、開発を進める上では、何が重要だったのでしょうか。

新庄

1980年代頃までのスーパーコンピュータはベクトル型が主流でした。しかし、1つのプロセッサの処理能力をあげていくことには限界があるため、1990年代以降はコストパフォーマンスに優れている並列処理、スカラー型へとシフトしていきました。

並列型でネックになったのは、プロセッサをつなぐインターコネクトという技術です。例えば1990年代の並列型コンピュータはプロセッサを数百台並べるのがやっとでした。より多くのプロセッサを搭載するために開発された技術が富士通のTofuインターコネクトです(注)。これは6次元メッシュ/トーラスと呼ばれるネットワークによって、従来の3次元接続より1桁大きい規模の拡張性を実現する画期的な技術でした。このように並列型におけるインターコネクトの難点を克服することで、「京」では8万台、「富岳」に至っては15万台ものプロセッサを積むことが可能になり、大きく進化したのです。

スーパーコンピュータの開発競争はなぜ激しいのか「スーパーコンピュータの競争力はその国の国力」

「富岳」は、4冠を達成したうちの演算速度を競う「TOP500」では、約9年振りに日本勢としてトップを奪い返しました。TOP500は、これまで米国勢だけでなく、中国勢もトップになったことがあります。スーパーコンピュータ開発の国家間競争は、なぜこんなに激しいのでしょうか。

松岡

スーパーコンピュータの開発は「作ってなんぼ、使ってなんぼ」と思っています。

まず、「使ってなんぼ」というのは、スーパーコンピュータを使ったアプリケーションで社会変革を起こすということです。「富岳」は、最先端の医療・創薬、災害対策、地球環境・エネルギー問題、素材開発から巨大な建物の構造計算といった多岐にわたる学術・産業分野でのイノベーションを起こしていくことを目的としています。

そこで「作ってなんぼ」につながっていくのですが、スーパーコンピュータは、最先端のテクノロジーを採用し、かつ新たに開発していかなければ進化しません。それらの技術は、ICTのすべての分野に浸透していきます。スーパーコンピュータの技術をアップスケールしていくと新世代のクラウドの進化につながり、ダウンスケールしていくとスマートフォンやロボット技術などIoTの進化につながり、社会の広い裾野に影響力を及ぼします。いまのスマートフォンの高性能はスーパーコンピュータの進化なしにはあり得ません。

スーパーコンピュータの競争力は、その国の国力、GDPとほぼ比例します。現在、世界でGDP第1位は米国、2位が中国、そして日本が3位です。スーパーコンピュータの能力もトータルすると同じようなランキングになっている。国家間で激しい競争が展開されるわけです。

理化学研究所
計算科学研究センター長
松岡 聡 氏

「富岳」によってどのようなことが可能になるのか「国内のスーパーコンピュータすべてを使った計算パワーを「富岳」1台でカバー」

現在「富岳」の性能は、例えば「TOP500」では2位の3倍以上と圧倒的な能力を持っています。このような能力を持ってすれば、従来のスーパーコンピュータと比較してどのようなことが可能になるのでしょうか。

松岡

「富岳」は「京」にくらべて50〜100倍計算が速いので、先ほどもお話したように質的変換をもたらします。

新型コロナウイルス感染症を例にとってみましょう。既存の2,000種類以上ある治療薬から効果のある薬を探すとなると、「京」では1年かかる計算が「富岳」ではたった3日で答えが出ます。

現在、新型コロナウイルス感染症に対する様々なソリューションが求められていますが、従来なら国内のスーパーコンピュータすべてを使ったくらいの計算パワーが必要です。それらを「富岳」1台でカバーできます。

また、「富岳」は、開発にあたって健康長寿社会の実現、防災・環境問題、エネルギー問題など、9つの社会的・科学的重点課題が設定されており、アプリケーション開発もコデザインという形で同時に進められました。そのため、今回新型コロナウイルス関係で「富岳」の利用が前倒しとなっても、そういったアプリケーションを転用して迅速な課題解決に貢献できているのです。

「富岳」の開発で苦労した点「不可能と思われたムーンショット目標の電力性能をクリア」

お話しに出たように、「富岳」は2021年度から稼働開始を予定していましたが、一部のリソースは2020年から新型コロナウイルス感染症対策のために使われ、成果を挙げています。開発を進める上では、どのような苦労があったのでしょうか。

新庄

もっとも苦労した点は、性能に対して電力を抑えなければならなかったという点です。理化学研究所のセンターがもつ電力30メガワットの中で開発しなければなりません。

そこで、1ワットあたり15ギガフロップス以上の性能を出すことが目標とされました。開発を始めた頃は世界トップクラスのスーパーコンピュータでも1ワットあたり2〜3ギガフロップスなので、15ギガフロップスというのは普通ではあり得ない数値でした。

さらに様々なアプリケーションで性能を発揮するような電力性能を出すのは非常に厳しいチャレンジでした。この難題に対しては、半導体の性能向上もありましたが、新たな実装技術の採用、冷却装置の効率化などによってクリアすることができました。

また、「富岳」の量産は2019年12月頃から始まり、2020年5月に納入を完了する予定でした。しかし、海外から調達している部品もありました。新型コロナ感染症の影響で工場や物流が止まってしまい、スケジュール調整に苦労しましたが、最終的には無事間に合わせることができ、ほっとしています。

富士通株式会社
理事
新庄 直樹

松岡

電力性能のことで補足しますと、1ワットあたり15ギガフロップスというのはムーンショット的なとんでもない数値目標でした。現在のクラウド用コンピュータで使われているCPUは5〜6ギガフロップス、「富岳」の3分の1程度です。「富岳」と同じ性能を出そうとすると100メガワット、専用の発電所が必要なほどの電力が必要とされます。「富岳」が採用した汎用CPUで15ギガフロップスというのは世界トップレベル、圧倒的な電力性能なのです。今回、本当に、本当によく達成できたと思います。

「富岳」の技術はどのように展開されているか「商用コンピュータとしてもグローバルに展開」

「富岳」の開発は国家プロジェクトで行われました。その目的の1つは、成果をグローバルに展開することにあると思います。「富岳」の技術はどのように活用されているのでしょうか。

新庄

富士通では、「富岳」と同様のテクノロジーが使われている「PRIMEHPC FX1000」という商用コンピュータを発売し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)様、名古屋大学様といったアカデミアの分野、ものづくりの分野ではキヤノン様などで採用いただいています。

ただ、「PRIMEHPC FX1000」は「富岳」並の非常に大規模な計算センター向けなので、小規模なお客様には使いづらい側面があります。そこでもう少し手軽に使える「PRIMEHPC FX700」を発売しました。普通のクラウドサーバのようなコンパクトな筐体でより広い分野のお客様に使っていただけるモデルです。

一方、今回の開発した新しいCPU、A64FXは非常に電力効率に優れています。これはグローバルパートナーであるHPE社(前Cray社)のスーパーコンピュータに採用され、世界中でお使いいただいています。

スーパーコンピュータの役割は変わっていくのか「社会のあらゆるシーンでイノベーションを推進」

「富岳」の性能はこれまでのスーパーコンピュータを遥かに凌駕するものです。これから先、同様のスーパーコンピュータが次々と出現することで、スーパーコンピュータの役割は変わってくるとお考えでしょうか。

松岡

「富岳」という名前は、高さと裾野の拡がりの両方を象徴しています。

2020年5月に、マイクロソフト社が自社のAI開発をスーパーコンピュータで展開すると発表したように、スーパーコンピュータは、企業にとって非常に大きなイノベーションをもたらすため、まったく新しい用途も出現しています。世界トップクラスのスーパーコンピュータをAI、自動運転、ホームセキュリティなど複合的なプロジェクトに適用していくことがこれからは必須となってくるでしょう。国家間の開発競争だけでなく、企業間の争いも激しくなってきているのです。

裾野の広がりということでいえば、A64FXはArm CPUなので幅広く利用することができます。汎用性と高性能、省電力などが兼ね備わっているため、多様な目的で使えます。

日本でSociety 5.0と呼ばれている、ICTが社会を変革し、私たちの生活をよりよいものにしていく、あらゆるところにスーパーコンピュータとそれに関連する技術が使われる時代がすぐそこまで来ています。

新庄

スーパーコンピュータが天気予報に活かされていることは一般的によく知られています。それ以外にも、社会の基盤を支えるところに利用が広がってきて、自動車の衝突解析や空気の流れのシミュレーションなどで利用されています。一方、日本の企業ではあまりスーパーコンピュータの活用が進んでいないという面もあります。そういったところに利用が広まっていけば、「スパコンを使っている」ということを意識せずに、もっと普及していくのではないでしょうか。

松岡

スーパーコンピュータを広く活用していくためには、たんに速いというだけでなく、使いやすいということが大切です。また、ソフトウエアがリッチである必要があります。PCやスマートフォンが広く普及したのは、ソフトウエアのエコシステムがあったからです。「富岳」にArmアーキテクチャを採用した理由もそこにあります。普及のためには性能だけではなく、汎用性、エコシステムを維持していくことが重要です。

最近、私たちのところにも、いろいろな企業から「こういうことはできないか」といったオファーが来るようになってきました。ほとんどの課題はスーパーコンピュータで解決できるようになってきています。

スーパーコンピュータ開発で重要となる技術とは「計算能力への需要はますます大きくなってきている」

これから先、スーパーコンピュータの開発で重要となる技術については、どのようにお考えでしょうか。

新庄

「富岳」の開発時にどれだけの計算能力が必要か、多くの開発者とディスカッションしましたが、ほとんど不可能と思われるような強大な能力が求められていることがわかりました。それだけの能力があればパラダイムシフトを起こすくらいのものです。ですからスーパーコンピュータは、これからまだまだ性能をあげていかねばと思っています。

昨今、量子コンピュータがホットな話題となっています。しかし、量子コンピュータは、スーパーコンピュータとはまったく違う原理で動きます。既存のアプリケーション資産を活かすためには、現在のコンピュータのアーキテクチャを引き継ぐことが求められています。その中で難しいのは、CPUのチップの中では速くなっていてもメモリとかインターコネクトは外にあるため、その接続速度にボトルネックがあってそれらを解決していく技術が重要になっていくと思います。

松岡

並列化についていうと、「富岳」は800万個近いCPUコアを使用した並列マシンです。
採用されているA64FXは、ベクトルプロセッサとスカラープロセッサ両方の性質を兼ね備えているので、競合のCPUより高速なパフォーマンスを発揮できています。

ベクトルプロセッサを有効に動かすにはメモリ帯域幅とネットワーク帯域幅を大幅に向上させる必要があります。A64FXは最先端のGPUにも使われている高速なHBMメモリを使用して、通常のメモリデバイスよりはるかに優れた性能を提供しています。

今後、スーパーコンピュータの開発は、2つの問題に直面するだろうと思っています。

1つは、さらに帯域幅を改善していく必要です。そうでないと多くのアプリケーションのパフォーマンスが上がらなくなります。
もう1つは、ムーアの法則の終焉です。これ以上トランジスタ自体を小さくすることができなくなると、演算性能も上がらなくなります。そういった二重苦にあって、いかに性能向上を維持していくのか。従来技術からの延長では不可能な部分ではありますが、そこに大きなチャレンジがあると思っています。

スーパーコンピュータの新たな展開「「富岳」はゲームチェンジャー的役割を果たしている」

「富岳」の開発によって、コンピューティングにも新たな展開が生まれるのではと感じています。その点についてはどのようにお考えでしょうか。

松岡

スーパーコンピュータが、汎用化していくことは大きな流れとしてありました。「富岳」が汎用的なCPUで世界一の性能を築き上げたことで、世の中はそのことに気づかされました。「富岳」がゲームチェンジャー的な役割を果たしたのです。

今まではスーパーコンピュータは遠い存在と考えられていましたが、「富岳」はいわば巨大なArm CPUのクラスターで、その上で普通のLinuxであるRedHatが実行されています。PCとソフトウエアのルックアンドフィールの区別がつかなくなっているのです。

手軽になった高性能な並列コンピュータをどう使うか。これまで予想もしなかった用途がでてきています。
例えば、GPT-3というリッチな自然言語処理モデル。AI専用の巨大なスーパーコンピュータを使い、ディープラーニングで広範囲にトレーニングしたからこそ実現したもので、他ではなかなか真似のできることではありません。しかし、「富岳」のようなスーパーコンピュータがパブリックであれば、多くの研究グループがその高性能を活用し、試みることができます。アンケートでも、「富岳」でこんなことをやってみたい、あんなことをやってみたい、というアイディアが数多く寄せられています。

これからスーパーコンピュータを担う人材育成とは「プログラミングにおける発想の転換が必要」

松岡

東京工業大学と大阪大学が主催する、高校生のスーパーコンピュータコンテスト「夏の電脳甲子園」といわれるイベントが毎年開催されています。2020年は残念ながらコロナ感染症のため本戦は中止となりましたが、「富岳」を使いオンラインで記念大会が行われました。
最近の高校生はICTのスキルレベルが非常に高く、自分でPCを組み立て、プログラミングもしています。

「富岳」もArmプロセッサなので、見た目はPCと変わらないのですが、1つ大きな違いがあって、彼らは並列コンピュータのコーディングやアルゴリズムを経験したことがないという点です。
コンテストでは、並列化のアルゴリズムを理解し、発想の転換ができたチームと、それができなかったチームで差が生まれました。彼らにとって新しい知的体験になったと思います。

今後の人材教育においては、並列処理におけるプログラミング、アルゴリズムなどのスキルを身に付けること、同時にAI、シミュレーション、その他の分野でどのように適用できるかを学ぶことが重要です。
意欲のある青少年にスーパーコンピュータに触れる機会を提供していけば、10万ノードのマシンをやすやすと使いこなす若者がでてくるでしょう。

新庄

開発エンジニアはモチベーションが重要です。自分の仕事の意義や評価がモチベーションになります。
「富岳」のようなマシンの開発に携わるということは、世界トップクラスのものを作るという大きな目標があるわけです。最終的に完成したものが世界的に評価されれば、達成感も得られます。

そういったモチベーションを維持することを重視しながら、すぐれたエンジニアを育成していきたいと思います。

Armアークテクチャという汎用CPUで世界一を達成した「富岳」は、スーパーコンピュータの世界に新たな地平を切り拓きました。今回の対談で、「富岳」が様々な社会課題の解決、企業のイノベーションに欠かせないインフラとなることがおわかりいただけたのではないでしょうか。今後も「富岳」の活躍にご期待ください。


  • (注)
    記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
  • (注)
    このページは、2020年10月に行われたFujitsu ActivateNowの対談内容をもとに記事化したものです。

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