「価値を作り出そう」と自ら調べ自ら考える人は
皆、デザイン思考を実践している

掲載日 2021年3月16日



富士通株式会社(以下、富士通)が経営方針として掲げるDX企業への変革。そこで求められるデザイン思考は、富士通の持続的成長を支える軸の一つとなるものです。そのため、デザインセンターが企画・製品開発・営業・プロモーションといった製品の開発から提供に至る工程に関わる機会が増えることは論を俟たず、デザイナーはもちろん、非デザイナーも仕事にデザイン思考を取り入れることが求められています。

デザイナーは、それぞれ、どのような思考を持って顧客の課題と向き合い、プロセスや将来像を描いているのでしょうか。また、その思考は、どう広げていけばよいのでしょうか。富士通のデザインセンター フロントデザイン部でサービスデザインに携わる佐久間彩記氏に聞きました。

記事のポイント

  • デザイナーとして流通リテール業界や金融業界のサービスデザインに携わっている。
  • 決まったやり方のない中で価値を作り出そうと自ら考えて動く試行錯誤する姿勢が大切。
  • ビジネスのゴールへはデザイナーだけの力では辿り着けず、様々な職種や顧客をも巻き込む必要がある。
  • 富士通のデザイナーとして、次世代の当たり前の風景を創っていきたい。

将来のビジョンから実装を共に考え、視覚化し実現するのがデザイナー

——— 佐久間さんは、サービスデザインに携わっているとお聞きしました。今のお仕事についてお教えください。

佐久間: デザインセンターのフロントデザイン部に所属しています。サービスデザインとは、色や形状だけをデザインの対象とするだけでなく、ユーザーの体験も創造してデザインしていく仕事です。対象となる事業の「目指したい未来、目的はどこか」を考え、調査してアイデアを検討し、将来像や将来の体験を描いて具現化していきます。

今は、次世代におけるスーパーマーケットやドラッグストアの店舗ビジョン、金融業界の将来像を構想し銀行店舗のありたい姿の策定などを手掛けています。

——— 具体的には、どのような業務になるのでしょうか。

佐久間: たとえば、「未来のコンビニはどうなるか」と考えた時に、必ず実際の買物客や従業員の方にヒアリングして調査し、「こんなことに困っている」「本当はこういうことをしたい」という”取り組む課題”や“ありたい姿”を具体的にしていきます。そして、そこで抽出した問題を解決するだけでなく「どうすればありたい姿を実現できるのか」というバックキャスティングと呼ばれる姿勢でアイデアを模索し実現へ結びつけていきます。その後、どんな機能が必要か、その機能はどんなデータを必要とするのかなどを深堀りしていき、より精密な提案にブラッシュアップしていくのです。

たとえば、「レジの待ち時間を無くしたい」という課題において、従業員はどんなことを考えているでしょうか。買物客は何に困っているでしょうか。買物客の待ち時間を解消することで従業員の業務はどう変わるのか。セルフレジは本当に買物客の負担を解消しているのか。それぞれにどんな技術が必要なのか。——さまざまな視点から、従業員や買物客の行動を鑑みつつ、ユーザーがどのような体験を望んでいるかを調査し、人の細かな動きからレジの向きまで考慮して設計していきます。

銀行店舗においても同様です。次世代に向けオンライン化が進む中でリアルな場所としての銀行店舗が利用者とどのような接点をもつ必要があるのか、地域における役割をどう担っていくかを検討し描きます。未来の兆しや社会変化を捉えながら、利用者の目的や行動と銀行員の業務を調査し、必要な技術やサービスといった条件を組み合わせて将来像を可視化します。

このように、ユーザーの体験だけでなく、そこで働く人々の働き方——より具体的な業務であったり、組織の構造や慣習に至るまでもサービスデザインの範疇です。そのため、最近では「働き方改革」の推進に携わることも増えました。「関わっている人が何に不安を感じて、何を望んでいるかを理解し、不安の解消や希望の実現をどのように達成するか」に向かって共創しています。

——— お聞きしていると、コンサルタント業務に近いのかな、と感じます。

佐久間: 私たちの間でも「デザイナーはコンサルタントなのか」という話題はよく出ますね。正直それらを区別することよりも、どちらの視点も縦横無尽に行き来することが大切だと思っています。違いを明言することは難しいですが、それぞれがどういった視点を多くもっているかと自分なりに考えたところ、コンサルタントはマーケティングも含めて「現状を可視化し、分析して、改良する。つまり現状がスタート」になることが多いのに対し、デザイナーは「将来のビジョンから実装を考え、視覚化して共通認識をはかる。つまり将来像がスタート」となることが大きな違いだと思っています。構想だけでなく、実装手順や実現した後まで携わることもデザイナーの強みと捉えています。

さらに、デザインの根底にあるのは、相手が何をしてほしいのか何が嬉しいのかを汲み取ることだと思っているので、提案して喜んでいただける資料を作りたいと意識しています。他で使った資料をそのままとか、説明する図表の一つであっても使い回しをするのは嫌なんです。ただ、汎用性が低く時間もかかってしまうので……、大変とは思いつつもこだわってしまいますね(笑)。



将来像に向けた課題の解を、顧客やチームと一緒に掘り進めていく

——— 佐久間さんが考えるデザイン思考とは、どのようなものでしょうか。また、仕事にデザイン思考を取り入れるとはどのようなことでしょうか。

佐久間: デザイン思考は思考法、つまり、さまざまな問題解決や価値の実現に向けてどうすれば目的を達成できるか、あの手この手を考えて試していく考え方や姿勢といった“マインド”のことだと捉えています。そして、そのマインドで自ら道を作り進められることが、デザイン思考が身に付いているかどうかの判断になるかもしれません。

デザインが携わる業務の進め方には一定のおおまかなプロセスがあります。たとえば、私の業務で多いプロセスは、「顧客課題の可視化と将来像の探索→方向性の決定→施策アイデアの検討→アイデアの検証→開発のロードマップ化」といった流れになると思います。

そのため、よく「デザイン思考=プロセス=手段」と捉えられがちで、「デザイン思考を使って〇〇する」と表現されてしまうこともありますが、これは違うと思います。デザイン思考はプロセスでもツールでもありません。「どのような手段を使うか」は分野や目的などで異なりますし、かつ、その手段は常にその場で最適なものを自分で作っていく必要があるでしょう。「以前、この手段でうまくいったから」と手段を丸々再利用してもうまくいかない。プロセスは同じでも、状況や目的が異なるため手段を変えなければいけないのです。そうした手段や手法の引き出しをたくさん持っているかどうかがデザイナーの腕の見せどころだと思いますし、そこがこの仕事の楽しさではないでしょうか。

デザイナーはそうしたツールやプロセスを知っている分、顧客に合わせてアレンジする姿勢や新たなツールとプロセスを生み出すことも厭わない。デザイン思考を仕事に取り入れるとは、ツールを使うことでもプロセスに従うことでもなく、目的を正しく理解しようとし続け、達成のために様々なアプローチを試行錯誤することだと思います。

——— その視点から見ると、デザイナーでない方はどのようにデザイン思考を実践できるでしょうか。

佐久間: デザイナーでなくとも「価値を作り出そう」と自ら考えて動く人は、一緒に仕事をしていてすごく「デザイナーだな、デザイン思考だな」と感じることが多くあります。ただ「皆がデザイナーに倣う必要がある、全員がデザイナーである」という考え方は非常におこがましく、それは逆に、エンジニアや人事の方だって同じようなことを違う立場から感じているはずです。肩書にとらわれず、価値をつくるために自ら調べ、自ら考え、自ら行動できるか。決まったやり方の無い中で試行錯誤できる姿勢を持つことが大切なのだと思います。

近年、デザインの領域や意味が拡大し続け、「デザインで問題が解決する」と考えるきらいがあります。その背景には、デザインやデザイナーが持つ、課題発見力や課題整理力、多様な要素をつなげて施策アイデアまで持っていく連想思考だとか、抽象度をうまいレベルに操作できる力、アイデアを人々の共感を呼ぶような魅力的な表現にする力が認知されたということがあるのでしょう。実際、これまではデザイナーが関われていなかったビジネスについても、携わることが増えました。それはデザインにとって良い面もあり、しんどい面でもあります。

——— しんどいとはどういうことでしょうか。

佐久間: デザインに対して過剰に期待され、当事者が問題解決をデザイナーに任せて解決するまで待ってしまうような状況が起きることです。よく「デザインは正解がない」と言いますが、僕は正解は複数あると思っています。その解を見えないところから掘り当てていくイメージです。こっちにありそうだと探す調査ツールや、正解の範囲を絞り込むコンセプトを打ち立てたり、実際に掘るためのツールをつくったり、掘り方のスピードや人数などを理解しながら掘り進められることはデザイン思考の強みです。
とはいえ、ビジネスコンサル無し、開発するエンジニア無し、そして当事者である顧客の想いなしでは顧客課題を解決するビジネス創出は非常に困難です。その点を見落としてはいけない。サービスデザインのゴールは広く抽象的なものが多いのですが、それ故に、ビジネスコンサルやエンジニア、さらに顧客企業も巻き込んで全員の力を借りてゴールを目指したいと思っています。

——— 顧客企業も一緒に掘り進める、すなわち共創していくイメージですね。

佐久間: そうですね。顧客企業がすべて我々に丸投げのスタンスだと何もできません。よく「お客様にも汗をかいてもらう」と言うのですが、たとえばレジ周りのことなら実際にレジを担当されている方にワークショップという形で一緒に考えていただく。そのときに私たちは必要な知識を共有し、視野を広げて一緒に進むことを心がけています。

——— 富士通の他の部署と一緒に仕事をすることも増えてきたと伺いましたが、その点についてはいかがでしょうか。

佐久間: デザイン思考は、すぐに結果に結びつくようなものではありません。そのため、一緒に仕事をする前は、よく「これをやって何になるんですか」という質問を受けることがあります。ただ、一度ご一緒して進め方や結果に腹落ちしていただければ、次からはその社員の方が顧客企業に対して教える立場になったりワークショップを開けたり、さらに企業内や部署内の関係者にも派生していきます。

デザイナーでない方が顧客企業に向けた提案方法をアレンジされていた一例になりますが、アイデア発想を行う時、ユーザーの感情や深層心理を探るために、眉・目・口の組み合わせで100種類の表情を描く「エモグラフィ」という手法を取り入れることがあります。単に、「コンビニに対するアイデアを出してください」だけだとパッケージやレジなど一般的なキーワードから連想されるアイデアしか出てこない。表情のイラストを間に置き、「ここに何か吹き出しを付けてください」というと、「いつものおかずが置いてなかった」などとユーザー体験に近づいた発想ができるんです。以前この手法をワークショップで提案したのですが、その際ご一緒したデザイナーではない方が、他の案件で顧客企業の抱える課題を深堀する際にこの手法で顧客へ考えてもらうように自らアレンジして実践されていて驚きました。

このような手順を踏むことで、富士通社員も顧客企業も一緒に考える状況が当たり前になり、目的に辿り着いた時の満足度も非常に高くなると思っています。

エモグラフィの様子


次世代の当たり前の風景をデザインしたい

——— 先にお話しされた「エモグラフィ」の考え方に近いのかもしれませんが、佐久間さんは、アイデアや認識を可視化する「グラフィックカタリスト」として活動されていると伺いました。

佐久間: 入社してから、デザインセンターの同僚のタムラカイさんが取り組まれている、会議や議論をイラストを交えて可視化し共通認識や議論の促進を図る手法「グラフィックレコーディング」を知りました。それで話を聞きにいったら、「次のイベントに来なよ」と誘われて、グラフィックカタリストとして活動が始まりました。副業的に始めたので、有給休暇を使いながらやっています。

業務においても、ヒアリングをしている際などに「それはこういうことですね」と、バーッとホワイトボードや模造紙に描いて可視化して共通認識を図ることがよくあります。

——— ご自身のスキルを業務に生かせる土壌があるのですね。

佐久間: 富士通は、好きなことを好きなだけやれて、尖った部分を尖ったままにしておける懐の深さを持った会社だと思います。当然、責任も伴いますが。グラフィックカタリストの活動も、入口は、単に自分の興味でしたが、今は仕事にも生かすことができています。

また、仕事で培った関係を自由に生かせるということも感じます。
実際に、同じチームの先輩社員が長年で築いた社内での関係を生かして、部署を越えて新たな取り組みを模索し動き始めました。フロント部門と事業部門とが一体となってビジネスをつくろうとしています。会社がそれに対して「これは本当に組織に貢献するのか」と無為に蹴ることはありません。求められる役割や責任を果たしつつ、それ以外の「取り組みたいこと」も諦める必要はないんです。

——— そのような富士通において、デザイナーとしてこれから何を成し遂げたいですか。

佐久間: 漠然とした表現ですが、「日常社会の当たり前の風景」を「次世代の当たり前の風景」に変えたいです。

今携わっている銀行の案件で言うと、銀行とユーザーの信頼の築き方が変わってくると思います。従来、銀行は主に対面で信頼を構築することを重視してきましたが、新型コロナウイルス感染症の影響下にあるニューノーマルの時代となり、対面ではない信頼関係の築き方が求められるようになるでしょう。そうなると、今当たり前のようにある店舗は、将来、私たちがイメージしているものとは全く違ったものになる可能性もあるし、今店舗で行なっている作業が大きく変わる可能性もあります。その結果、銀行とユーザーの関係や銀行の社会的役割にも影響が及ぶと思います。

次世代の銀行はどういう役割を社会に届けなければいけないか。私たちは銀行と共に、現状の分析や可視化と、将来像からのバックキャスト、両側の視点をもって将来の風景を作っていきたいですね。これは流通・小売業においても同様です。

——— 最後になりますが、デザイナーと仕事をしたい考える非デザイナー、これからデザイナーになりたいという方に向けてメッセージをお願いします。

佐久間: 今、富士通は変化の中にあります。経営方針としてDXビジネスの拡大を掲げ、その土台とすべく、全社員がデザイン思考の実践を求められています。その一環として、営業機能を持ったフロント部門と開発エンジニアとしての事業部門が製販一体となり、企業内におけるデザイナーの役割やミッションも刷新されました。これまで以上に社会に価値を提供するだけでなく、会社内にも「自ら考え価値を創造しようとする人」を一人でも多く生み出し、その輪を広げようとしています。

デザイナーは、これまで以上にさまざまな事業やプロセスに関ることができる環境になっています。顧客との共創はもちろん、関係するフロント部門や事業部門の方々と一緒に将来像を描き、課題に取り組めることをとても楽しみにしています。

いまデザインを学んでいる学生のみなさんは、この「不確実な時代」と言われている中で将来を模索していることと思います。その自分で考え模索できる力、試行錯誤した経験はこれから役割を広げていくデザインの中で非常に強い武器になります。富士通は幅広い業種業界に深く入り込める企業です。その模索できる力を、価値を見つけ出し光らせる力を社会に届けてください。もし一緒になってデザインの力を社会に提供できたらとても嬉しいです。

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