ソートリーダー対談

生体認証で創る"つながる世界"

スマートシティ編

越 直美 氏
三浦法律事務所 弁護士
OnBoard 代表取締役 CEO
元 大津市長(2012-2020年)

西村あさひ法律事務所、デベボイス&プリンプトン法律事務所、コロンビア大学客員研究員などを経て、2012年に当時史上最年少の女性市長として大津市長に就任。2期8年を務める。2020年より現職。北大院・ハーバード大学ロースクール修了。日本・ニューヨーク州・カリフォルニア州弁護士。著書「公民連携まちづくりの実践―公共資産の活用とスマートシティ」(学芸出版社)。

中山 五輪男
富士通 理事 首席エバンジェリスト

1964年5月 長野県伊那市生まれ。法政大学工学部電気工学科卒業。複数の外資系ITベンダーさらにはソフトバンク社を経て、現在は富士通の理事および首席エバンジェリストとして幅広く活動中。DX、AI、クラウド、IoT、スマートデバイス、ロボット等を得意分野とし年間200回以上の全国各地での講演活動を通じてビジネスユーザーへの訴求活動を実践している。様々な書籍の執筆活動や複数のTV番組出演での訴求など、エバンジェリストとしての活動をしつつ、国内30以上の大学での特別講師も務めている。

現在、私たちが抱える様々な社会課題について解決のカギと考えられている、デジタル社会の実現。このデジタル社会の実現を支えるテクノロジーの一つが「生体認証」です。
社会をより安心安全かつ便利に変えることができるこの技術で私たちは「つながる世界」を創ることを目指しています。
※「つながる世界」とは…一度生体登録を行うだけで、様々なサービスを自分の身一つ(生体認証)でシームレスに利用できる世界のこと。詳しくはこちら。

富士通が実現を目指す「つながる世界」がもたらす少し先の未来についてもっと様々な方に知っていただきたい ―。
このような思いのもと、各界を代表するソートリーダーをお招きし、現在の課題や未来の姿について富士通の中山五輪男エバンジェリストと語っていただく本企画。第三回は、元大津市長で弁護士の越直美氏にご登場いただきます。自治体の役割の変化や行政のDX、生体認証の可能性などについて伺いました。

 

仕事と育児を両立できる社会へ

中山

越さんが大津市長として注力されてきたことの一つが、女性の社会進出や子育て支援だと伺いました。そうした問題意識を抱くようになったきっかけは、何だったのでしょうか。

2009年頃、ニューヨークの法律事務所で働いていたとき、同僚のアメリカ人の男性弁護士が、1年間の育児休暇を取得しました。当時、日本で私のまわりに育休を取得する男性がいなかったので、驚きました。

このことがきっかけで、日本の女性が置かれている状況を外から考えるようになり、仕事か子育てかの二者択一を迫られるのではなく、「女性が自由に選択できる社会を作りたい」という思いで、市長に立候補することを決めました。

中山

最初から政治家や首長を目指されていたわけではないというのが驚きです。その後選挙に当選され、8年間にわたって市長をされていたということですね。

はい、8年間を通じて子育て支援には一貫して取り組みました。8年間で保育園など54園を整備し、待機児童ゼロを実現しました。その結果、大津市では、5歳以下の幼いお子さんを持ちながらフルタイムで働く女性が70%増え、さらに子育て世代の流入により、減少していた大津市の人口も増加に転じました。

 

自治体の役割が変化、「空間と情報の開放」がカギ

中山

越さんは、まちづくりにも積極的に取り組まれたと伺っています。最大のポイントはどこにあったのでしょうか。

一番のポイントは、行政の役割の転換です。というのも、多くの自治体は現在、人口減少・財政難・公共施設の老朽化という三重苦に悩まされています。そんな中、旧来の公共事業によってまちづくりを行うことは難しくなっているのです。

例えば、大津びわこ競輪場は、競輪事業が廃止となった後、その建物と敷地の利活用を検討する必要がありましたが、施設の解体に必要な20億円ほどの費用を捻出する余裕が市にはありませんでした。

この課題の解決にあたり、検討を進めたのは「新しく施設を作る民間事業者に解体費を負担してもらう」という前例のない民間活用の取り組みでした。調査の結果、市民は公園としての整備を期待していること、民間事業者からは商業施設用地としての需要があることがわかり、競輪場の解体と公園の整備を条件に民間事業者を募りました。その結果、公園と商業施設が融合した素敵な空間が実現し、家族でショッピングに訪れ、公園で遊んだりランチを楽しんだりできる人気スポットになりました。

公園と商業施設が融合したブランチ大津京

今後は、自治体の厳しい状況などから、このような公民連携がますます求められると思います。自治体には、新しい時代に求められる空間を作るお金はありません。街を創造する主体はまさに市民と民間事業者であり、行政の仕事はそれに必要な環境を整えることなのです。

中山

同感です。必ずしも自治体が税金を使ってモノやサービスを作る時代ではないですよね。

税金を使うからには、無駄遣いや失敗は許されません。行政が主体になると、どうしても慎重な手続きが必要になり、プランニングに時間がかかってしまいます。スピードが命のイノベーションから、かけ離れてしまうわけです。

だからこそ、アイデアの検討や実行を民間事業者に任せ、自治体はそれに必要な空間や情報を提供する。そうした「空間と情報の開放」が必要になってきます。

また、失敗を許容する仕組みを具体的に作っていくことも大切です。「失敗を検証する機関をあらかじめ設けておくこと」や「どのくらいのリスクまで許容できるかを合意形成しておくこと」はその一例です。

 

「場所にとらわれない生き方」を支える行政のDX

中山

ここからは少し未来についてもお話を伺っていけたらと思います。越さんは、今後私たちの暮らしがどのように変わっていくとお考えですか。

ひと言でいえば、「場所にとらわられない暮らしができる」ということでしょう。これまでは、職場や学校によって住む場所が決められていました。あるいは、居住地の近くに仕事や学校を探す必要がありました。それが、コロナ禍で大きく変化しつつあります。

中山

確かに、「ワーケーション」といった言葉も一般化しつつありますよね。富士通でも大分県や沖縄県、和歌山県など、思い思いの場所で仕事をする社員が増えています。場所にとらわれない暮らし方が広がっているのを感じます。

はい、今後は山や湖など自分が好きな場所に住んでリモートワークをするといった選択肢が広がっていくのだと思います。このような社会の中で、行政のDXやスマートシティの推進は必要不可欠になるでしょう。

中山

なるほど。行政のDXと言えば、越さんは市長をされていた際、行政手続きのオンライン化にも取り組まれたそうですね。

はい。「法律上認められないもの以外、すべてオンライン化する」という目標を掲げて取り組み、1200種類以上ある行政手続きのうち、申請件数の多い手続きからオンライン化することにより、申請件数ベースで約80%の手続きをオンライン化できることがわかりました。

この取り組みに当たって直面したのが、オンライン化への反対です。理由を尋ねると「PCやスマートフォンを使えないお年寄りが困る」とのこと。しかし、このような反対の声があがるのは、単なる「オンライン化」にとどまっており、真の「DX」を推進できていないからだと思うのです。真のDXとは、市民が何もしなくても行政サービスを利用できる世界です。

中山

なるほど、具体的にはどのようなイメージでしょうか?

例えば住民票の写しの請求手続きなどは、オンライン化するよりも、住民票を取得しなくてもよくなるのが理想ですよね。市民の方が住民票を取得する主な理由は、ほかの行政機関や企業から求められているからです。となれば、パブリッククラウドを利用して、どの行政機関でも住民票記載の情報にアクセスすることができれば済むことです。また、企業との関係においても、本人が提出した情報が真正であることを証明する仕組みをつくることが考えられます。

中山

確かにその通りですね。その際の本人確認に生体認証を使うことができたら、さらに便利になりそうです。

はい。先ほど御社の手のひら静脈認証を体験させていただきましたが、生体認証で本人の確認や同意が取れるなら、デジタルに不慣れな方でも簡単に利用できると思います。

中山

単に住民票の取得をデジタル化するだけではなく、仕組みそのものを見直し、テクノロジーを活用することでより便利な形に変わっていく。まさにDXだと思います。富士通が生体認証で目指す「つながる世界」のコンセプトにも非常に関わってくる部分です。

生体認証技術による「つながる世界」のイメージ。IDカードやスマートフォンがなくてもあらゆるサービスを簡単に利用できる

生体認証が普及すればセキュリティが高まりますし、色々な手続きがもっと簡単になると思います。当法律事務所にも顔認証のセキュリティが入り、IDカードを持ち歩く必要がなくなってとても便利になりました。今日体験させていただいた手のひら静脈認証も、非常に簡単に登録・利用ができたので感動しています。手のひら静脈認証は、認証の際に手をかざすという動作が必要なことで、顔認証のようにどこかで勝手に使われてしまうのではないか、という心配が無く、利用者からすれば安心感があるとも感じました。

「手のひら静脈認証」を使い、ロッカーの開錠や入館などを体感いただいた

中山

そう言っていただけると、とても嬉しいです。生体認証がもっと社会に浸透して、例えばATMの利用やショッピングでの決済、オフィスの出入りなどをすべて手ぶらで出来るようになれば、とても便利な社会が実現できそうです。

その通りですね。この便利さと安心感をもっと多くの方に実感していただければ、生体認証はどんどん普及していくと思います。

 

「多様性のあるスマートシティ」の実現を

中山

最後になりますが、越さんの今後の展望などをお聴きしてもよろしいでしょうか。

はい。今の目標は、スマートシティとダイバーシティの融合を実現して「多様性のあるスマートシティ」を作ることです。現在、弁護士として、DXやスマートシティ関連の仕事を行う傍ら、2021年2月に友人の松澤香弁護士と立ち上げたOnBoard株式会社で、女性役員の育成・紹介を行っています。

それぞれの仕事で扱う「DX、スマートシティ」と「ダイバーシティ」という2つの分野は、一見、無関係に思えます。しかし最近、友人が「全く異なる二つの分野の交わるところにイノベーションは生まれる」と言っていました。確かにその通りで、バラバラだと思っていたこの二つの分野が交わってきていると最近感じてワクワクしています。

中山

なるほど。様々な経験をお持ちの越さんだからこそ、「多様性のあるスマートシティ」という言葉がとてもリアルに感じられます。2つの分野への取り組みが重なっていくことで、様々な革新が生まれていくことをとても楽しみにしています。

本日は行政やスマートシティの観点で興味深いお話をいただき、とても勉強になりました。本当にありがとうございました。

今回のゲスト
越 直美氏
三浦法律事務所 弁護士
ウェブサイト
OnBoard 代表取締役 CEO
ウェブサイト
2022年4月掲載
本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです
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