量子インスパイアード技術の活用

日本における量子アニーリング研究の第一人者が語る デジタルアニーラの現在と未来

  • 2019年9月5日

ビジネスや社会のダイナミックな変革を迎えた昨今、コンピュータには、従来型の処理能力をはるかに超える高度で複雑な計算力が求められています。その救世主として注目を集めるのが量子アニーリング技術。同研究における日本の第一人者である大関真之氏に、量子アニーリングとデジタルアニーラの未来について語ってもらいました。

組合せ最適化問題を解決する量子アニーリング技術

日本における量子アニーリングの第一人者である大関真之氏。その先進的な研究はアカデミアにとどまらず、実社会での応用拡大へと向けられています。

東北大学大学院 准教授 大関真之 氏

「私は物理学科出身ですので、統計力学と量子力学という現代物理学の二本柱が研究のベースにあります。そうした中、私のこれまでの研究が、組合せ最適化問題などを解決するツールとして活用できることを知り、非常に興味を掻き立てられました。そこで一念発起して、現在は量子アニーリングの研究に邁進しています。私の立ち位置は基礎科学の研究者でありつつ、産業に結びついた交差点にいること。つまり社会や企業に役に立つための研究を行いたいと考えています」

量子アニーリングの歴史を振り返ると、この計算技術が脚光を浴びるようになった背景にはムーアの法則の限界、つまり従来型コンピュータの限界があります。IoTが社会生活に広がり、より膨大なデータを高速に処理することが必須となったにもかかわらず、半導体のスケーリングによる性能向上はもはや期待できなくなりました。そうした中、従来型コンピュータに代わる全く新しい原理のデバイスとして注目を集めたのが量子コンピュータです。確かに量子コンピュータは、従来型コンピュータが苦手としていた“組合せ最適化問題”に威力を発揮します。ところが近接した素子同士しか接続できないなどの制限もあり、実用化にはまだハードルが残されている状況です。

大量の変数を一挙に扱うことのできる画期的な技術「量子アニーリング」

「そこで脚光を浴びたのが、量子コンピュータの能力のひとつである“アニーリング(最適解の検索を行うアルゴリズム)技術”を使った量子アニーリングです。この計算技術は、自然現象の力を借りることで大量の変数を一挙に扱い、組合せ最適化処理を高速かつ高精度に実行します。現時点で、この計算を実用的に解けるコンピュータは、量子アニーリング技術を利用したカナダのD-Wave Systems社と、量子現象から着想を得た富士通のデジタルアニーラがあります。我々はこの2つを利用することによって、量子アニーリング技術がどのような利点を持つのか、そして社会実装に向けて応用した時にどのような問題点があるのかを洗い出しています」

量子アニーリングの原理に基づいて独自に開発したコンピュータ

デジタルアニーラの優れた性能と対応力

デジタルアニーラの優位性を端的に言えば、「量子ビット」の仕組みをデジタル回路上で再現している点にあります。量子現象に基づいた量子ビットを用いることで飛躍的な演算スピードを実現し、かつデジタル回路なので様々なニーズへの対応もスムーズです。

「レスポンスの良さは、デジタルアニーラの優れた特長だと思います。研究過程において試行錯誤をする上で、計算結果がどんどんレスポンスとして返ってくる環境は実用面を考えても非常に魅力的です。これは扱える変数の規模はもちろんのこと、優れた結合性を有しているからです」

デジタルアニーラには、コンピュータ内部で素子同士が自由に信号をやりとりできる全結合型の設計が採用されています。8192bit規模の全結合で相互接続されているため、複雑で大規模な問題も容易に解くことができます。

「何のストレスもなく、私達が定式化した問題をそのまま流すことができる。その許容力は素晴らしいと感じています。それからデジタルアニーラを使ってみると、組合せ最適化問題では量子力学よりもデジタルの方が、精度が高いことがわかります。ただそこで興味深いのは、同じ問に対する最適解として双方に違う結果が出た時です。つまり量子でやったときにはこういった解が出たが、順を追った場合の正しい計算結果(デジタルアニーラを使った場合)はこうだと理解できること。すなわちそれは“量子を知る”ことに繋がります。そうした意味では、デジタルアニーラの精度の高さは非常に大切ですね」

他にもデジタルであるため、特別な冷却装置を用いることなく常温で安定した動作を実現できることもデジタルアニーラの特長と言えます。これはD-WAVEのマシンにもない優れた点です。

スピーディな計算能力で全体最適化に貢献

工場の自動搬送車の最適化

大関氏の研究チームが行ったデジタルアニーラの活用事例としては、「工場の自動搬送車の最適化」があります。自動運搬車がどのようにラインを回れば最も効率がよく工場内にある部品を運ぶことができるのか、そのルート計算です。
「自動運搬車は工場内で多くの部品や物品を持ち運ぶために利用されているのですが、工場内で働く人々や突然の状況変化など、様々な理由によってルートが常に変化します。そのため、その都度のタイミングで最適な経路を瞬時に計算する必要があります。デジタルアニーラを利用するには、工場の状況を数式にする必要があります。渋滞を減らすといった効率性に関する項目を数式に入れることによって最適化問題として定式化することができ、工場の中の自動搬送車の効率的な運転に利用することができます」

最適化問題として定式化することで、工場内の自動搬送車を効率的に運転する

デジタルアニーラは、他にも幅広い分野、課題解決に利用されています。例えば金融におけるローリスクかつ最大リターンとなる分散投資、創薬における分子類似性検索の高速化、デジタルマーケティングの精度向上による購買促進などです。
「今後、最適化問題を考える上で大きなテーマとなるのは全体最適化です。例えば、全員が同じ渋滞情報を頼りに空いた道を通行しようとすると、結局空いた道路に多くの車が集まって渋滞を引き起こしてしまう。つまり“個別”ではなく“全体”の最適化を考えていく必要があるわけです。特に東日本大震災のような震災や災害が起こった時、全体にとって適切な避難経路を瞬時に示すことができるツールの開発は急務であると言えます。こういった規模の大きな問題にも、スピーディな計算能力を誇るデジタルアニーラが活躍できると思います」

非常に幅広い問題分野に関しても応用ができる

デジタルアニーラとイノベーションの未来

「私達が量子アニーリングの研究により本格的に取り組むことになった分岐点は、D-WAVEマシンのユーザーカンファレンスに初参加したときです。海外の国際機関が使っている量子アニーリングマシンの活用例を見たときに“これは頑張れば勝てる”と思ったんです。つまりそれは、日本にはD-Waveのマシンだけでなく、富士通のデジタルアニーラがあるんだと、量子とデジタル2つを扱える優位性に気づいたからです。日本はこの先、量子アニーリングの分野で世界をリードできる。そのためには我々研究者だけでなく、民間企業を含めた多種多様な方々と大きなコミュニティを形成して共に取り組んでいく必要性がある、そう感じました」

研究者と民間企業などが手を組み、量子アニーリング技術を深化させ、実社会での活用を広げていく———「そのために大切なこととして、ひとつに“何を最適化したいか”を明確にすることです。日本の文化や社会状況を鑑みて、日本独自の課題設定やアイディアを模索する必要性を感じています。また、量子アニーリングの技術を広めて、誰もが使いやすいものにしていくためにも、特に若い世代に興味を持ってもらうことは大事なのではないでしょうか」

東北大学では、量子アニーリングマシンのためのソフトウェアを開発する大学発スタートアップ企業、株式会社Jij(https://j-ij.com/)を設立しました。

「東京工業大学の大学院生がCEOとなり、今後一緒に研究していきます。若い力が参入することは、それ自体が業界の刺激剤となります。さらに注目を集めることで他の分野のベンチャーが興味を持ち、新しいユニークなものが生まれるのではという期待感もあります。そういった意味ではワクワクする時代に突入したなと感じています」

組合せ最適化問題を実用レベルで解ける唯一のコンピュータ、デジタルアニーラ。2018年の登場以来、進化を続けて、2019年度には対応規模が100万bitへと飛躍的に拡張する予定です。またサービスの提供は国内だけでなく、北米・欧州、アジアへとグローバルに展開しています。

複雑な組合せ最適化問題を瞬時に計算

「デジタルアニーラには、規模や結合数、精度といった性能面のほか、導入のしやすさといった面でも大きなアドバンテージがあると感じています。今後、様々な分野で活用されるのはもちろんのこと、将来的には人工知能やロボットとも組合せることで、新たなソリューションを生み出す可能性を秘めています」

大関 真之 氏

1982年、東京都生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て16年10月から現職。主な著書に西森秀稔との共著『量子コンピュータが人工知能を加速する』(日経BP社)など。

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