量子インスパイアード技術の活用
デジタルアニーラ活用の鍵は「組合せ最適化問題」に気付く目。では、その目を養うには?
社会の様々な課題を解決できるコンピュータとして期待が集まるデジタルアニーラ。その活用の鍵は、世の中の課題のどれが、デジタルアニーラが得意とする「組合せ最適化問題」として解決できるのかを見いだすこと。今回は、量子アニーリング応用研究の第一人者である早稲田大学 田中 宗 准教授をお招きし、世の中の課題のどれが「組合せ最適化問題」なのかを見つけるためのワークショップを開催。様々な社会課題や企業内での業務を検証し、どのテーマが組合せ最適化問題と関連性が深く、デジタルアニーラの活用が期待できるかを探索していきます。
「組合せ最適化問題」を実用レベルで解ける唯一のコンピュータ「デジタルアニーラ」
現実社会の様々な課題解決が可能な次世代コンピュータとして「量子コンピュータ」の実用化が期待されています。これは、量子現象という物理現象を使って高速な計算処理を実行するコンピュータです。例えば、「光の特性」や「絶対零度近くまで冷やした物質の中で起こる現象」を応用して、高速な計算を可能としています。
量子コンピュータには、一般的に「量子ゲート型(量子回路型)」と「量子アニーリング型」があります。ゲート型は素因数分解やデータの探索、パターンマッチング、シミュレーションアルゴリズムなどを高速に計算処理するのに適しています。一方、量子アニーリング型は、高精度な組合せ最適化問題の解を高速に得ることができるのが特徴です。
しかし、量子コンピュータ、特に「量子ゲート型」は、実社会の問題を解けるようになるにはまだ時間がかかると考えられています。そこで富士通は、量子アニーリング型に着想を得て、デジタル回路で組合せ最適化問題に能力を発揮する「デジタルアニーラ」を開発しました。組合せ最適化問題を実用レベルで解ける唯一のコンピュータとして注目されています。
大切なことは「組合せ最適化問題」に気付く目をどう養うか
ただし、こうしたテクノロジーを現実社会の課題解決に活用するには、いくつかのハードルがあります。早稲田大学 グリーン・コンピューティング・システム研究機構 主任研究員で、量子アニーリングマシンとそのアプリケーションの産官学連携研究に従事している田中 宗 研究院准教授によれば、まずは社会の様々な現象について、「そこに組合せ最適化問題が潜んでいることに気付くこと」が大切だといいます。「量子アニーリングを活用するという観点からは、量子力学や物理の知識は必ずしも必要ありません。解決すべき組合せ最適化問題があることに『気付く目』が重要なのです」(田中氏)と説明します。
それでは、組合せ最適化問題に気付く目を養うためには、どうすればいいのでしょうか。
そこで今回、「組合せ最適化問題に気付く目の養い方と見つけ方のポイント」を探ることをテーマに、東京都浜松町にある「FUJITSU Digital Transformation Center」(DTC)で田中 准教授と富士通のデジタルアニーラ事業に携わる藤、中村、藤澤の4名でワークショップを開催しました。
重要なことは、「求めたい最適値」を明確に定義できるか
まず、組合せ最適化問題を見つけるヒントになると考えられる項目が提示されました。
- 求めたい最適値を定義できる
- 求めたい最適値に影響を与える変数を定義できる
- どの変数がどの変数に影響を与えているのか関係性を理解できる
- 変数の中でもアクセルになる(影響の大きい)変数を定義できる
これら4つのヒントについて、各人が意見や考えを示していくことからワークショップは始まりました。
藤澤「『求めたい最適解を定義できる』『求めたい最適値に影響を与える変数を定義できる』ことは非常に重要だと思います。問題を数式化できるかどうかが、組合せ最適化問題を見つける鍵になります。しかし、企業や組織それぞれの立場によってニーズややりたいことが異なるため、実際には、最適値を定義するのが難しいケースがあります。そこをいかにブレークダウンしていくかが重要です。『コストを最小化したい』といった求めたい最適値に対して、それに影響を与える変数や制約条件、優先順位などをイジングモデル化・数式化することで、コンピュータで計算できるようになります」
藤「実践的なことを考えると、無限のコンピューティングリソースがあるわけではありません。制約条件や優先順位をきっちりと決めることと、それらを定義することもポイントになるのではないでしょうか」
田中氏「まずは、求めたい最適値を定義できることがスタート地点になると思います。例えば、スマートフォンのサイズとバッテリーの相関性で考えると、より長く稼働させ続けるには大きなバッテリーが必要です。その分、スマホも大きくなる。スマホのサイズと持ち時間との『どちらを優先』させるかを考えなくてはなりません。つまり、どういう最適化を求めるのかを明確にすることで、変数や制約条件も変わってきます。変数や制約条件が明確になれば最適値を定義できます。さらに言うと、単純に『やります』『やりません』など0か1か、オンかオフか、で定義できるモデルに落とせるものは、組合せ最適化問題で解ける課題と考えられます」
最適値とあわせて変数と制約条件を明確にすることも重要
中村「組合せ最適化問題で解けるとは気がつかなかったことでも、実際には解ける課題は多いと思います。組合せ最適化問題を見つける鍵は、『どういう最適化を望んでいるか』を明確にすることが重要です。最適化とは『一番〇〇したい』という課題意識です。つまり、『一番したいこと』、最適値を明確に定義するからこそ、具体的なアクションが可能になると考えています」
藤澤「最適値に影響を与える変数、要素を定義できることも重要です。現実の問題では最適値に影響を与える変数だけではなく、最適値に影響するさまざまな制約条件が絡んできます。制約条件を明確にリストアップしていかないと求めたい答えが得られません。変数の定義に加えて、制約条件の定義もとても重要になります」
ここまでのディスカッションを踏まえて、「最適解、それに影響を与える変数や制約条件などが定義できること」「『一番〇〇したい』という課題設定が明確であること」「定義された変数や制約条件を数式に落とせること」などが組合せ最適化問題の要件として挙げられました。
また、「オン/オフが明確に定義できる問題」などもデジタルアニーラで解ける組合せ最適化問題の特徴だという共通認識を持つことができました。
組合せ最適化問題が潜んでいそうな5つのテーマとは
さて、DTCには、お客様と富士通との対話の中から生まれた新規ビジネスやサービスのヒントを記したインスピレーションカードが用意されています。ディスカッションで得られた共通認識をもとに、インスピレーションカードの中から、組合せ最適化問題が潜んでいそうなカード(テーマ)をそれぞれが直観的にピックアップしていきます。
そこから、各参加者が特に議論したいテーマを選び、デジタルボードに表示。参加者からの共感が多かったテーマで議論を進めていきました。
今回選出されたテーマは、以下の5つ。
- 信号自動制御
- タービン(電力)の稼働状況最適化
- 船の運航シミュレーション
- パーソナルチラシ
- グローバル物流シミュレーション
選定したテーマに対して、求められる「最適値」、その最適値に影響を与える「変数(要素)」は何か、「制約条件」にはどのようなものがあるのかを検討。そして、それらの検討結果をもとに「デジタルアニーラで問題が解けそうか」について、意見をまとめていきました。
以下に、その検討結果をまとめた表を示します。
テーマ | 最適値 | 変数(要素) | 制約条件 |
---|---|---|---|
信号自動制御 | 待ち時間最小化 | 信号の数 設置場所 信号時間 時間帯 |
全色の同時点灯はNG 交差する信号の 赤同時点灯はOK 青同時はNG |
タービン(電力)の稼働状況最適化 | 発電コストの最小化 | タービン数 移動時間 出力発電量 タービンの運用コスト |
常に「需要<供給」を満たす |
船の運航シミュレーション | 燃料コストの最小化 | 波/風、天気、海流 港の数/場所 積み荷量 荷積み場所の順番 船の製造コスト |
到着時刻 船の速度制限 積載量 |
パーソナルチラシ | 来店者数の最大化 | 会員数、嗜好、商品数 値引き額、時期、 天気、立地 |
広告料金 一画面に表示できる数 |
グローバル物流シミュレーション | 物流コスト最小化 | 需要量、移動手段、距離 移動コスト、時間 物流量、種類、場所 |
到着時刻 台数 積載量 |
このうち、信号の自動制御を組合せ最適化問題として解けるかどうかを考えてみます。最適値を「待ち時間の最小化」とすることで、変数と制約条件も明確になり、それらをパラメータとして数式に入れていくことで、組合せ最適化問題として計算することが可能になります。
一方、「グローバル物流シミュレーション」のテーマでは、以下のようなことが議論されました。
- 陸・海・空で複数の物流手段があり、それぞれについて、最適値や変数(要素)が変わるので、テーマをより具体化していくことも必要であること。
- 今回のワークショップでは、最適値を「物流コストの最小化」としたが、これは、グローバル物流シミュレーションを検討する企業(荷主)の立場から考えたケースとなる。地球環境問題に取り組む国連の組織などが、グローバル物流シミュレーションについて検討すると、その最適値は「CO2排出量の最適化」や「地球にやさしい物流の方法」などとなる。最適値が変われば、変数(要素)や制約条件も変わってくる。
- また、同様に物流コストを最小化する「発注量の最適化」や、「一定時間に運べる最大積載量」を「一番○○したいこと」として設定した場合、変数(要素)も制約条件も変わってくる。「どの切り口で考えるか」によって最適値が変わり、それによって、変数(要素)、制約条件も変わり、デジタルアニーラで解けるかどうかも異なってくる。そのため、「一番○○したいこと」、つまり最適値を決めることは極めて重要となる。
グローバル物流シミュレーションでの議論を通じ、田中 准教授は、「テーマをより具体的にしていかないと、最適値を定義することが難しくなることが、改めてわかりました。こうした整理の仕方を富士通、富士通研究所、お客様が一緒になって実践すると、組合せ最適化問題をより見つけやすくなると思います。富士通研究所と早稲田大学で締結された、デジタルアニーラに関する連携活動協定を通じて、様々な分野での事例が出てくることで、この整理の仕方がさらに具体的になると考えています。」と感想を述べました。
今回のワークショップでは、「求めたい最適値を定義できるか」、そして、その最適に影響を与える「変数(要素)を定義できるか」、「制約条件を定義できるか」といった視点で、身の周りにある課題を見つめ直すことが最初のステップになるということが示されました。その視点で、課題を見つめ直すと、その課題に組合せ最適化問題が潜んでいるかどうかに気付くことが容易になり、デジタルアニーラで解決できる可能性が高いということです。デジタルアニーラで、現実社会の様々な課題、地球上の複雑な問題に対するアプローチを一緒に考えてみませんか?
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