現場と技術をつなぐ社会システムデザインアプローチ

公開日 2020年7月1日
AI大堀 耕太郎

本稿では,問題を抱える現場と先進技術をつなぎ,社会的課題を解決するためのアプローチについて説明する。この数年で,人工知能(AI)をはじめとする先進技術による社会的課題の解決に注目が集まっているが,未だ成功例は多くない。その原因は主として,社会的課題の解決を目指すプロジェクトが有する複雑性と不確実性により,解決すべき本質的な問題を見極められないことにある。この問題に対して筆者は,複雑性や不確実性の異なる様々な対象において問題解決プロセスの枠組みを提供する,システム科学の考え方を採り入れた。その下で,AIなどの先進技術を用いた社会的課題の解決の難しさを提示し,現場と技術をつなぐための新たな社会システムデザインのアプローチを提案した。

1.まえがき

近年,科学技術政策だけでなくビジネス現場においても社会的課題への取り組みが注目され,複雑に絡み合う不確実な要素を扱う必要が出てきている。従来のものづくりにおける課題との大きな違いは,社会的課題には人間活動が大きく影響する点にある。すなわち,人間の心理や行動に関わる様々な要素が原因となって,解決すべき問題が不明確になっている。そのため,この数年で期待が高まっている人工知能(AI)による社会的課題の解決も,未だ成功例は多くない[1]。今後,社会的課題の解決の事例を増やしていくためには,現場のステークホルダーと共に問題の本質を捉えるための,新たなアプローチが必要になる。

本稿では,問題を抱える現場と先進技術をつなぎ,社会的課題を解決するためのアプローチについて説明する。まず,2章で複雑性や不確実性の異なる様々な対象において問題解決プロセスの枠組みを提供する,システム科学の考え方を紹介することから始める。次に,3章で先進技術を用いて社会的課題を解決する際の障壁について説明する。更に,4章で問題を抱える現場とAIなどの先進技術を結び付けるための社会システムデザインのアプローチを提示し,5章で本稿のまとめを述べる。

なお,本稿に関連して,「数理科学と社会科学の融合による社会システムデザイン研究」の業績によって,筆者は令和2年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞を受賞した[23]。

2.システム科学の考え方

社会的課題の解決を目指すプロジェクトでは,クライアントへのヒアリングに基づいてソリューションを提案しても,後に何らかの障壁が見つかり,解決に失敗することがある。

この理由を明らかにしてくれるのは,システム科学の考え方である。様々な課題において問題解決の方法を提供するシステム科学[4]では,取り組むプロジェクトにおける問題コンテキスト(プロジェクトが持つ性質)を表-1のように分類している。

表-1 問題コンテキストの分類

システムの軸は,取り組むプロジェクトに含まれている要素やその要素間の関係性を指す。単純なシステムでは要素が明確に構造化されているが,複雑なシステムではひも解くことが難しい要素間の関係が多数存在している。

一方で,参加者の軸は,プロジェクトに関わるステークホルダーを指す。本稿では,この参加者の軸を重要視する。「単一的」な状況では,ステークホルダーは共通の価値観を持っており,プロジェクトの意図や目的(Purpose)があらかじめ合意されている。一方で,「多元的」な状況では,ステークホルダーの価値観が異なるため,全員が納得する目的を見つけるには調整が必要である。更に,「強圧的」な状況では,そもそも価値観が対立しており,目的の合意が極めて難しい。

従来のものづくりにおける課題は,「単一的」な状況にあてはまることが多かった。このケースでは,目的が合意されているため,解決すべき問題を明確にすることが容易である。そのため,すぐにソリューション開発に乗り出してもスムーズに進むことが多い。

一方で,社会的課題の解決を目指すケースでは,「多元的」あるいは「強圧的」な状況にあることが多い。このようなケースでは,プロジェクトに関わるステークホルダーは複数の組織にまたがる場合が多いため,クライアントだけではなく,関連するステークホルダーの関心事を引き出さないとプロジェクトの目的がはっきりしない。特に「強圧的」な状況下では,プロジェクトに関わるべきステークホルダーが安易に排除されることもある。それにも関わらず,クライアントの一部の意見のみでソリューション開発を進めるため,導入に至らないのである。

すなわち,社会的課題の解決を目指すプロジェクトにおいて重要なことは,ステークホルダーを巻き込み,プロジェクトの目的を合意することにある。幸いなことに,システム科学では,表-1のAからFのそれぞれの状況において,問題解決に導くための有効な方法論が整備されている。有名なアプローチとしては,多元的な状況下で,ステークホルダーの問題関心を共有し,目的を合意するためのソフトシステムアプローチ[56]や,強圧的な状況下でのステークホルダーの同定方法[7]が存在する。

3.社会的課題解決の障壁

AIなどの先進技術を用いた社会的課題解決のプロジェクトでは,前章で説明したシステム科学の考え方だけでは不十分なケースがある。それは,何らかの問題を抱える現場とソリューション提供者との間の対話の壁にある(図-1)。

図-1 現場とソリューション提供者の壁

ソリューション提供者は,ヒアリングやワークショップなどの様々な技法を駆使して現場の関心事を洗い出そうとするが,暗黙的な現場の知識が多数含まれており,解決すべき問題を同定することが難しい。一方で現場側は,ソリューション提供者からAIなどの先進技術を説明されるが,その効果を理解することが難しい。

こういった対話の壁は,人間活動に関わる要素だけでなく,先進技術そのものが持つ説明の難しさも大きく影響している。そのため,繰り返し対話を行っても,本質的なソリューションの導出に至らないのである。

4.新たなシステムアプローチ

先進技術を用いた社会的課題の解決に向けて,著者らは,現場を理解する社会科学のアプローチと,AIなどの先進技術を開発するための数理科学のアプローチを融合することを試みてきた。そして,現場とソリューション提供者の認識を共有するための二つのアプローチを提案した。

一つ目は,社会システムモデル(以下,モデル)の利用である(図-2)。議論の対象となっている現場の重要な要素は,ステークホルダー一人ひとりの頭の中にある。その認識を明にするために,モデルを利用する。ここでモデルとは,ステークホルダーが認識している現場における人間の心理や行動を表現したものである。例えば,都市の混雑緩和の課題では交通行動をモデル化し,都市の安全性の課題では犯罪行動のモデルを構築する。このようにモデルを用いることで,各ステークホルダーが認識している要素の違いが可視化され,議論を進めやすくなる。特に,数学的に記述されたオペレーショナルなモデルを作ることができれば,現状認識について共通理解を得るだけでなく,施策を実施した際の将来変化をも明らかにすることができる[8]。

図-2 社会システムモデルによる対話

二つ目は,技術の専門家による現場介入である。従来,技術の専門家は現場から与えられた問題を解くことに集中していた。そのため,得られた問題の背後にあるステークホルダーの関心事を理解しないままソリューションの基になる技術を作ることになる。しかし,現場のステークホルダーは自身の関心事を明に語ることが難しいため,誤った問題が技術の専門家に伝えられることが多い。技術の専門家が自ら現場介入し,社会科学の方法を用いて,ヒアリングやワークショップを行うことで,問題を正しく理解できる。

著者らは,社会的課題を数理技術で解決するプロジェクトとして,九州大学と共にソーシャル数理という研究プログラムを進めてきた[910]。この研究プログラムでは数理研究者が自ら,現場に隠れた要素を明らかにするエスノグラフィックアプローチ[11]をはじめとするヒアリング手法を用いて現場介入を進め,現場と技術の接合に成功している。

5.むすび

本稿では,複雑で不確実な要素が絡み合う社会的課題解決に向けた考え方と新たな社会システムデザインのアプローチについて述べた。最近では,ものづくりにおける課題にも人間活動を含むことが多く,本稿のアプローチはあらゆる場面での現場と技術の接合に力を発揮する可能性が高い。

富士通では,この10年間,ブランドプロミスとして「shaping tomorrow with you」を発信してきた。そして,共創(Co-creation)を重要なキーワードとして,顧客や社会のステークホルダーと共に活動を行ってきた。本稿の内容は,従来の現場起点のアプローチを更に発展させ,より多くのステークホルダーにとって望ましい社会システムを設計するための方法論になることが期待される。

なお,本稿の3章,4章の詳しい内容については,別稿[12]をご覧いただきたい。


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参考文献・注記

  1. 独立行政法人情報処理推進機構(IPA):AI白書2019.本文へ戻る
  2. M. C. Jackson et al.:Towards a system of systems methodologies.Journal of the Operational Research Society,Vol.35,1984,p.473-486.本文へ戻る
  3. P. B. Checkland:Systems Thinking.Systems Practice,John Wiley & Sons,1981.本文へ戻る
  4. R. O. Mason el al.:Challenging Strategic Planning Assumptions.John Wiley & Sons,1981.本文へ戻る
  5. W. Ulrich:“Beyond methodology choice: Critical systems thinking as critically systemic discourse.” Journal of the Operational Research Society,Vol.54,2003,p.325-342.本文へ戻る
  6. K. Ohori et al.:Agent-Based Social Simulation as an Aid to Communication Between Stakeholders.Advances in Computational Social Science,Springer,p.265-277 (2014).本文へ戻る
  7. 吉良知文 他:数理技術に基づく社会的課題への挑戦.日本オペレーションズ・リサーチ学会 第27回 RAMPシンポジウム論文集,115-125(2015).本文へ戻る
  8. K. Ohori et al.:Mathematical Technologies and Artificial Intelligence Toward Human-Centric Innovation.Innovative Approaches in Agent-Based Modelling and Business Intelligence,p.9-22 (2018).本文へ戻る
  9. M. Cefkin (Eds.):“Ethnography and the Corporate Encounter: Reflections on Research in and of Corporations.” Berghahn Books (2009).本文へ戻る
  10. 大堀耕太郎:システム科学に基づくAI社会実装へのアプローチ.人工知能,特集「人工知能と社会的意思決定」,35巻,4号,p. 542-548,2020.本文へ戻る

著者紹介

大堀 耕太郎(おおほり こうたろう)株式会社富士通研究所
人工知能研究所
人工知能および数理技術による社会システムデザインの研究に従事。

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