研究者の夢 Researcher's Dream

科学と文化の融合:ある量子研究者の歩み

カルロス・ビスタファCarlos Bistafa量子研究所

Article|2025-09-08

新たな視点:量子力学で実用的な問題を解く

サンパウロ大学物理学科に入学した頃、私は天体物理学者になろうと考えていました。そのきっかけは、高校時代に出会ったペルーからの移民である物理と数学の先生が、素晴らしかったことです。先生の丁寧に準備された板書や、概念と公式を根気強く教えてくれる指導のおかげで、私は物理学に興味を持つようになったのです。

しかし、大学3年の初めにすべてが変わりました。シルビオ・カヌート教授(元サンパウロ大学副総長(研究担当)、現Brazilian Physical Society会長)が教える量子物理学の入門コースで、初めてこの分野に触れたのです。それが私にとって初めての量子力学との出会いであり、波動と粒子の二重性、トンネル効果、「発音が難しい名前の科学者のゾンビ猫」(シュレーディンガーの猫のことです)、そして自然がいかに確率的に振る舞うかを学びました。

ある講義の終わりに、教授は私たちにこんな挑戦的な問いを投げかけました。「シュレーディンガー方程式には、温度に依存する項が明示的に含まれていません。では、温度の影響をどうやって組み込めば良いでしょうか?」私はこれを素晴らしい問いだと思いました。なぜなら、温度を考慮していない量子力学と、微視的な視点で熱と物の関係を扱う統計力学を組み合わせれば、現実世界を正確に扱えるかもしれないと気づいたからです。私はその考えにすっかり魅了され、この情熱が、量子力学、統計力学などを組み合わせ、コンピュータシミュレーションを活用することで実用的な問題を解決するという、私の現在の研究テーマへと繋がっていったのです。

量子アプリケーションの推進:富士通研究所とFujitsu Research of Europeの架け橋になる

博士号を取得し、日本のトップクラスの大学で数年間研究者として働いた後、私は化学や材料科学の分野で新しい量子コンピュータアプリケーションを開発する機会を探し始めました。富士通は、理化学研究所をはじめ、様々なパートナーと協力して、国産の量子コンピュータを開発するための産学連携コンソーシアムを設立していました。そのコンソーシアムが64量子ビットの超伝導量子コンピュータを発表した時今ではもう256量子ビットになっています!)、もし量子コンピュータのプロジェクトに携わりたいのであれば、行くべき場所は富士通研究所だと確信したのです。

入社以来、私は主に2つの業務に注力しています。1つ目は、化学、材料科学、創薬に関連する課題を解決するために量子技術の開発と利用に関心を持つ、他の日本企業との協業です。量子コンピューティングはまだ始まったばかりの技術なので、他社と協力することで、彼らが直面している具体的な課題を理解し、そのニーズに合わせて量子技術をいかに最適に活用できるかを考えることが重要です。特に、近い将来、パートナーやお客様に堅牢で実用的なハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム(量子コンピュータと量子シミュレータを連携させ、最適な量子計算を可能にするプラットフォーム)を提供したいのであれば、こうした連携は不可欠なのです。

私のもう一つの仕事は、富士通のグローバル化の取り組みに関するものです。私は日本の富士通研究所と、欧州の研究開発拠点であるFujitsu Research of Europe(FRE)をつなぐ架け橋として、量子アプリケーション分野での連携を促進する役割を担っています。FREには量子コンピューティングとソフトウェア開発の優秀な専門家チームがいます。私は、彼らが最近開発した技術を、私たちのパートナーと共に日本で活用する取り組みに参加しています。私たちは隔週で会議を開いてソフトウェア開発について議論しています。私はユーザー視点でのフィードバックや提案を行って、富士通研究所やパートナーの研究者にとってより便利で使いやすいものになるよう改善を進めています。また、コミュニケーションが円滑でないと感じた時や、誰かから助けを求められた時には、英語と日本語の通訳や翻訳も行います。科学分野で共同研究を進めているプロジェクトも数多くあり、最近では量子コンピューティングの新しいアプリケーション開発し、その成果を査読付き学術誌に論文として発表しました。

パートナーの期待に応えられることにやりがいを感じており、国際的な環境で働くのはとても楽しいです。私は人とコミュニケーションをとることが大好きなので、日本と西洋の間の言語や文化の壁を低くする手助けをし、一日の終わりに、日本人と外国人の同僚が共通の目標に向かって共に進んでいく姿を見ること以上に、満足感を得られることはありません。

二つの情熱:語学とゲーム

私には趣味が2つあります。1つは外国語の勉強です。私はブラジル・ポルトガル語が母国語で、英語、スペイン語、日本語を流暢に話すことができます。現在は、日本語能力試験のレベルを上げるために、さらに多くの漢字を覚えようと励んでいます。新しい言語を学ぶとき、私たちは人間の思考の新たな側面やニュアンスを学ぶことになると信じています。なぜなら、言語は文化を反映し、また文化に影響を与えるものだからです。この考えは、ある問題に対して、日本的な視点と西洋的な視点の両方からどのようにアプローチするか、そして、どのようにそれぞれの視点を理解し最良の結果を見つけ出すかを考えるために、役立っています。

もう1つの趣味はゲームです。新しいものも古いものもプレイします。ゲームをするとき、私は研究にも通じる戦略をよく使います。隠された要素を探してマップの隅々まで体系的に探索したり、後で再訪するために気になった場所をメモしたり、クエストに関するToDoリストを作成したり、年間を通してプレイするゲームのスケジュールを立てたりします。また、謎解きやパズルを解くのも大好きで、頭の体操にとても良いです。歴史的な背景を忠実に再現しているゲームは、古代エジプトやギリシャ、中世、ルネサンス、日本の戦国時代や幕末に至るまで、様々な時代における人類の歴史や文明への興味をかき立ててくれます。今では850本以上のゲームをクリアし、据え置き型や携帯型のゲーム機を所有し、自分でゲーミングPCも作りました。

自作PCのメンテナンスも定期的に行っています。

化学と材料分野における量子アプリケーションを開拓

子供の頃、科学者が実際何をするのか理解できるようになってから、私は科学雑誌を読み始めました。NASAが火星への有人ミッションの可能性について語り始めたとき、私は確信しました。私の夢は、宇宙飛行士になって、地球の外に足を踏み入れることだと!そして、周りのみんなに、科学を勉強してNASAで働き、ミッションに応募したいと話していました。今となっては、火星の地表を歩くことは子供の頃の甘い夢に過ぎませんが、科学への情熱は決して色褪せていません。

私はアイルトン・セナの大ファンです。彼は史上最も偉大なブラジル人の一人だと、私はいつも思っています。レースでの彼の強い意志、不可能とも思える追い抜き、逆境を乗り越えての勝利、そして絶えず自らを高め、卓越性を追求するその姿勢は、海外で働くブラジル人にとっての模範です。彼のように、私も常に自分を磨き、最高のプロフェッショナルになることを目指しています。そして同じように、日本のハードウェアとヨーロッパのソフトウェアで作られた私たちのハイブリッド量子コンピューティングプラットフォームを「ドライブ」し、量子優位性(従来のコンピュータが現実的な時間では計算できない問題を量子コンピュータが計算できること)という勝利へと導きたいと思っています。

今、私は量子アプリケーション、特に分子や材料を扱う分野で、高く評価される研究者になることを目指しています。また、私たちが最近開発した量子コンピュータと、高性能コンピューティングにおける豊富な専門知識を効果的に統合する方法を見つけ出し、それによって計算化学における問題の解き方を根本から変革することも目標としています。

関係者からのメッセージ

ビスタファさんは計算化学も語学も堪能なチームの中核的存在です。いつも明るく、富士通としての先を見据えて研究に取組む姿は頼もしく、知識だけでなく前向きさや研究の楽しさを思い起してくれる尊敬する仲間です。(富士通研究所 量子研究所 羽染あや乃プリンシパルリサーチャー)

ビスタファさんは、才能と意欲にあふれる研究者であり、新しい課題にも熱意と科学的好奇心を持って取り組んでくれます。彼は川崎を拠点としながら、ヨーロッパのチームとの連携を含む国内外の共同プロジェクトに、国境を越えて大きく貢献してきました。彼の技術的な能力もさることながら、もう一つの強みは、専門知識のレベルが異なる聴衆に対しても、複雑なテーマを分かりやすく論理的に説明できることです。今後、彼とさらに協業できることを楽しみにしています。(Fujitsu Research of Europe ジョシュ・カーソッププリンシパルリサーチャー)

カルロス・ビスタファ
Carlos Bistafa
量子研究所
物理学博士(Ph.D.)
2024年入社
私のパーパス
量子技術で、社会の現実的な課題を解決する
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本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです

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