研究者インタビュー

海のデジタル化の最前線 ~ブルーカーボン、港湾検査や生物多様性保全に挑む~

未だ多くの謎に包まれている海の世界。これまでは、潜水士や海洋学者などの専門家が、波や濁りのある中で時間をかけて海の中を計測していましたが、その範囲は限定的で、精度にも課題がありました。これらの課題に対し、富士通の海洋デジタルツイン技術は、水中ドローンとAIを活用し、スピーディかつ高精度な海のデジタル化に成功しました。本記事では、海のデジタル化を推進したキーパーソン2名に話を聞きました。

2025年6月11日 掲載

RESEARCHERS

  • 飯田 弘一

    飯田 弘一

    Iida Kouichi

    富士通株式会社
    富士通研究所
    コンバージングテクノロジー研究所
    海洋デジタルツインCPJ
    プリンシパルリサーチャー

  • 大庭 洋祐

    大庭 洋祐

    Oba Yosuke

    富士通株式会社
    富士通研究所
    コンバージングテクノロジー研究所
    海洋デジタルツインCPJ
    リサーチャー

海洋におけるカーボンニュートラルや生物多様性保全に貢献する海洋デジタルツイン

富士通は2024年3月に、海洋におけるカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引いて実質ゼロにすること)や生物多様性の保全施策の立案を支援することをきっかけに、海洋デジタルツインの開発に挑戦しています。海洋デジタルツインは、海洋のあらゆるものをデジタル化することで、海における課題の施策検討と、実施後に簡単に検証することが可能です。具体的には、水中ドローン等を用いて収集・計測した海洋データをもとに、海の中を3Dで再現します。ここでは、海洋デジタルツインを実現する三つの要素技術(自動制御技術、海洋測定技術、藻場AIモデル技術)の特徴を深堀し、技術の展開先の可能性を探ります。

海洋デジタルツインのコンセプト動画はこちらからご覧いただけます。

海洋デジタルツインの構想図

海域全体のデータ収集を行う自動制御技術

海中でのドローンの操縦はなぜ難しいのですか。

飯田:海中は、まさに「暗黒の宇宙」です。視界は限られ、電波は届かずGPSも使用できません。さらに、海流や波などの外乱の影響も大きく、水中ドローンを思い通りに動かすのは至難の業です。熟練の操縦者でも、目標地点へ正確に到達させるのは簡単ではありません。私たちが開発した自動制御技術は、ロボットやハードディスクなどのハードウェア開発で培った制御技術を応用し、GPSが使用できなくても自動的に潜航する制御技術で海中データの安定収集が可能です。水中ドローン自身が速度や、コンパス等で得られる方位の情報から、ある時点からある時点への変化を捉え、それを蓄積していくことで、位置を常に把握することができます。そのため、あらかじめ設定されたルートを自律的に進むことが可能です。また、波の影響で水中ドローンが傾かないように姿勢制御により、安定した姿勢を維持します。

揺れ・濁り・ボケに耐える海洋測定技術

海流があるなか、海底の地形や生物の測定はどのように行うのですか。

飯田:海藻は海流で揺れ動き、水中ドローン自体も動いています。このような状況下で対象物の3Dデータを高速に取得するために、私たちは過去に培ってきた体操採点支援システムの技術を活用しています。このシステムでは、対象物までの距離を計測するレーザー光をMEMSミラー(微小電気機械システム(MEMS)技術を用いて作られた、非常に小型の鏡)によって高速に走査・照射することで、体操選手の素早い動きを計測することができます。この技術により、海中で動いている対象物でも三次元形状のデータを高速に取得できます。

濁りがある海中でも測定できるのでしょうか。

飯田:体操の計測では赤外線レーザーを使用していますが、海中では赤外線はほとんど透過しないため、可視光レーザーを使用しています。具体的には、赤、緑、青の3色のレーザーを使い分けており、濁りなどの海況に応じて最適な色のレーザーを選択しています。例えば、濁りが強い場合は赤色レーザーが比較的透過しやすい傾向があり、濁りが少ない場合には緑や青が有効です。このように、海況に合わせてレーザーの色を切り替えることで、安定して対象物の形状を正確に復元・計測できることが、私たちの技術の強みです。

海洋計測技術では、対象物の形状計測に加えて、色情報も再現可能でしょうか。

飯田:はい、可能です。通常のカメラ映像では、濁りなどによって映像が緑っぽくなったり、鮮明さが失われたりすることがあります。そこで、我々はAI技術(深層学習)を用いて、対象物の映像を鮮明化し、輪郭を復元する処理を行い、色の再現をします。これは特に海藻の種類を判別する際に役立ちます。海藻の種類によっては、形だけでは判別が難しく、色情報が重要な識別要素となる場合があるからです。深層学習を用いた画像処理によって、色情報を再現することで、海藻の種類を正確に判別することが可能になります。

少ない学習データで高精度に藻を分類する藻場AIモデル技術

どのように膨大な海中のデータ(海藻類)を正確に分類していますか。

飯田:従来、海藻種の分類はダイバーが写真を撮って目視で確認したり、海藻を引き上げて調べたりするなど、人手に頼る方法で行われていました。私たちの藻場AIモデル技術は、水中ドローンが自動収集した海洋データを元に自動的に高精度に藻の種類を判別します。高精度な海藻種分類には、通常、機械学習において非常に多くの学習データが必要なことや、水中濁りがある場合に分類性能が低下する問題がありました。これに対し私たちは、少ない参照データを基に、高精度な海藻種の自動分類を可能にしました。本技術は、私たちが開発した画像鮮明化技術により、水中ドローンで自動収集した画像の水中濁りの影響を復元することや、濁りや見え方に影響を受けにくい海藻本来の特徴を用いて識別することで、少ないデータからでも高精度での分類を実現しています。詳しくはTechBlogをご覧ください。

海洋の世界をデジタルツインで再現

収集して分類したデータを活用していくために、どんな工夫していますか。

大庭:数値の解析の知識がある海洋の専門家(海洋生物学者の研究員など)は、例えば、数値データだけで海藻の繁茂状況を十分に理解できますが、自治体の生物保全の担当者などにはイメージしづらいでしょう。そこで、専門知識がなくてもデータの内容を理解できるように、データを3Dで再現しています。3D描画を見れば海藻の分布状況が一目瞭然にわかります。密集度を色分けすることも可能です。3D描画を活用することで、海藻の密集度が低い地点に着目し、増殖に向けた取り組みを行い、その効果を検証することができます。

海藻の分布状況を表示する3D描画

港湾検査、生物多様性保全などへの応用

本技術はブルーカーボン(沿岸・海洋生態系が光合成によりCO2を取り込み、その後植物や土壌に蓄積される炭素)の定量化に活用されてきました(詳細はTechBlognoteをご覧ください)。他にはどのような応用が考えられますか。

大庭:ビジネスや社会課題の解決にも活用できます。いくつかの応用例をご紹介します。

応用例:

  • 港湾管理:港湾に設置された構造物の状態や土砂堆積状況のモニタリング
  • 船体検査への活用:船体のフジツボ等の付着生物や、船底状況の検査
  • 生物多様性保全:藻場周辺環境のモニタリング、サンゴ礁の白化状況確認

より精度の高い海のまるごとデジタル化を目指して

海洋デジタルツイン今後の展望を教えてください。

飯田:現在、海中で取得できる情報の拡充を検討しています。より精度の高い海洋デジタルツインを実現するため、実世界の海流や水質などの環境データは不可欠です。取得データを拡充するため、計測・センシング技術の精度を高める開発や生物学や環境学などの知見を取り入れたシミュレーションを進めます。海洋の全貌を再現することで、私たちの生活にどのような変化がもたらされるのか、想像するだけで技術開発のモチベーションが高まります。

大庭:デジタルツインの機能をさらに発展させ、実世界をセンシングしたデータをもとにした海の課題に対する施策のシミュレーションを行い、施策効果を事前に検証できるようにしたいです。

海洋デジタルツインについてもっと知りたい場合、以下関連情報をご覧ください

当社のSDGsへの貢献について

2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は、世界全体が2030年までに達成すべき共通の目標です。当社のパーパス(存在意義)である「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」は、SDGsへの貢献を約束するものです。

本件が貢献を目指す主なSDGs

“No. 13,14”

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