
人ありきの技術を開発したい
小学生の頃、ある漫画を読みました。ある科学者とその孫が一緒に作ったロボットと共に暮らす物語でした。ロボットと人間の子供は、まるで兄弟や親友のような関係でした。物語の中でロボットが「人間の中で人間のように振る舞う自分たちは一体何者なのだろう」と、自問する場面がありました。このような繊細な心を持つ感情豊かなロボットを、いつか自分で作りたいと思いました。そして、AI開発者になる夢を抱くようになりました。
モノづくりに憧れた青春時代、工業高校の工学科に進学しました。様々な専門分野を学ぶ中で、プログラミングの面白さに魅了され、自分で書いたプログラムが思い通りに動くことに大きな喜びを感じました。小さなコンピュータを借りてBASICやC言語、アセンブラでプログラムを組み、簡単な計算機を作ることもありました。
大学院ではニューラルネットワークを研究しました。子供の頃から一貫して、私の目標はAI開発者だったからです。しかし、その頃はまだニューラルネットワークは実用化には至っていませんでした。人に役立つものを作りたいという思いから、一旦ニューラルネットワークの研究から離れ、目に見える形で社会に貢献できるソフトウェア開発の道を進むことを選びました。
Fujitsu Kozuchiの立ち上げに参加
富士通に入社後、まずビジネスアプリケーション基盤Fujitsu Software Interstageの製品開発に携わりました。次に、研究所が開発した技術を事業部へ移管する業務を担当しました。この時、研究所の技術力と研究のスピード感に魅力を感じ、AIの研究をしたいという想いが大きくなりました。その後、人工知能研究所への異動が実現し、Fujitsu Kozuchi AIプラットフォーム(以下、Fujitsu Kozuchi)立ち上げに初期メンバーとして参加しました。このプラットフォームは、研究所で開発した先端AI技術を、いち早くお客様に体験してもらうことを目的としています。
従来、研究段階の技術を製品化するプロセスは、様々な検討が必要で時間がかかるため、競合他社に先を越される課題がありました。Fujitsu Kozuchiは、この課題を克服するためのものです。このプラットフォームを利用することで、お客様はすぐに先端AI技術を体験できるようになります。しかし、研究開発のスピードを優先して作られた技術は、お客様に試用していただくまでの品質レベルには達していない場もあります。そこで、私はソフトウェア製品開発での品質向上の経験を活かし、このギャップの解消に努めました。

品質へのこだわり
Fujitsu Kozuchiは、最新の研究技術をいち早く公開するため、セキュリティと品質の確保は不可欠でした。過去のプロジェクトで、私はお客様視点でのテスト計画を立案し実行した経験があります。関係者を巻き込みながら、短期間かつ低コストで高品質を実現し、予定通りに製品を発売することができました。この経験を通して、富士通の強みである高品質を追求する真摯な姿勢は、何よりも大切にすべきものだと実感しました。
今回、Fujitsu Kozuchiを公開するにあたり、この品質という富士通の砦を守り抜きたいという強い思いがありました。顧客データのプライバシー保護、不正アクセス防止、想定外の入力データへの対応、高負荷時の安定稼働など、サービス化に伴い考慮すべき事柄は多岐に渡ります。これらの課題に対し、メンバーと協力してセキュリティ上の脆弱性や品質向上に必要な機能を洗い出し、対策を講じました。さらに、ログ監視による負荷チェックなどを実施し、問題発生時の迅速な検知と原因究明を可能にする体制も構築しました。こうした入念な準備を経て、Fujitsu Kozuchiを無事に公開できたことは大きな喜びです。現在では、Fujitsu Research Portalを通じて誰でも一部の技術をお試しいただけるようになっています。
ものづくりと、自然との触れあいを楽しむ
以前から、物を作ることが大好きでした。プラモデルやミニ四駆はもちろん、輪ゴム銃や凧など、作れるものなら何でも作っていました。市販のキットを使うだけでなく、身近な材料で自作することも多かったです。子供の頃は、材料は限られていましたが、割り箸や輪ゴムなどを集めて工夫しながら色々なものを作っていました。例えば、家の前に置く郵便ポストを作ったこともあります。
今でもその情熱は変わらず、趣味で様々なものを作っています。キャンプが好きなので、ホームセンターや100円ショップなどで材料を調達してキャンプ用品を自作することもあります。最近では、ナイフで木を削ってスプーンを作ったり、ポーチを縫ったりしました。キャンプに行く時は、テントなどを自転車に積んで山奥のキャンプ場までサイクリングします。そして、焚き火を眺めたり、キャンプ飯を作ったりして過ごします。知らない土地を冒険するサイクリングと、自然の中でゆったりと過ごすキャンプ。どちらも私にとって最高の息抜きです。

自ら思考し推論できるAIを目指して
私にとって研究開発のやりがいは、好奇心を満たすと同時に、世の中に役立つものを生み出すことです。富士通研究所では、自らテーマを設定し、探求したいことを自由に研究できる環境が魅力です。現在のチームは、生成AIとナレッジグラフ(大量のテキストデータから重要な知識を構造化したもの)を組み合わせて複雑な質問に答える技術、ナレッジグラフ拡張RAGの研究開発に取り組んでいます。私は、その中の「Fujitsu ナレッジグラフ拡張RAG for Q&A」の技術開発を行っています。従来のRAG(*1)技術では、情報抽出が難しく、比較や推論が必要な質問への対応が課題でしたが、本技術はナレッジグラフを活用することで、「画面が映らないPCを、一番安く修理するには?」のような「修理方法」「修理代」等の情報を比較・推論する必要がある質問に高精度で回答できます。今後も更なる機能拡張を予定しています。
しかし、AIにはまだ多くの克服すべき課題があります。人間のように複数の情報を関連付けて推論したり、複雑な比較に基づいて結論を導き出すことは依然として難しいのが現状です。例えば、「ある土地で化石が多く見つかった」という事実から、AIが自ら考え、推論し、そこがかつて海であった、という結論を得るのは容易ではありません。ナレッジグラフに蓄積された情報を検索するだけでなく、AIが自ら思考し推論するためのブレークスルーが求められます。この難しい課題の解決こそが、私の目指すところであり、将来、子供の頃からの夢である「繊細な心を持つ感情豊かなロボット」の実現につながるように、日々研究開発に励んでいます。
関係者からのメッセージ
Fujitsu Kozuchiの登場により、研究所の開発でも最低限以上のソフトウェア品質が必要になりました。成田さんは製品開発部門での経験を活かし、研究員がまだ苦手とする品質の把握/確保の面でも活躍しております。高度に仮説推論するAIの実現までにも未知の品質問題が多々あるでしょう。専門性を活かし夢を掴んでください。(人工知能研究所 宗像聡シニアリサーチマネージャー)
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(*1)RAG(Retrieval Augmented Generation)技術とは、生成AIの能力を外部データソースと組み合わせて拡張する技術です。

本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです