近年、特定の企業や管理者による中央集権型のデータ管理とは異なり、自身のデータを自ら管理する自律分散型データ連携の仕組みとそれを支える次世代インターネット「Web3」が注目を浴びています。Web3の特徴を活かした新たなビジネスモデルの創出やさまざまな社会課題の解決が期待される一方で、セキュリティ、プライバシー、著作権保護などの新たな課題も浮き彫りになっています。富士通は、これらの課題を解決しWeb3の要素技術を用いて、デジタル空間上で安心してつながることができる環境や場である「Fujitsu Web3 Acceleration Platform(*1)」を提供しています。今回はWeb3技術の研究開発を担う若手研究員4名に話を聞きました。前編では、富士通がWeb3に取り組む理由とWeb3 Acceleration Platformを支えるConnectionChain(*2)とTrustable Internet(*3)技術を紹介します。後編では、ConnectionChainとTrustable Internetの開発における挑戦と、Web3 Acceleration Platformを通した未来のパートナーと新たな価値創出について内容を聞きました。
2024年2月21日 掲載
RESEARCHERS
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中山 貴祥
Nakayama Takayoshi
富士通株式会社
富士通研究所
データ&セキュリティ研究所
トラストWeb CPJ
プリンシパルリサーチャー -
米倉 裕貴
Yonekura Yuki
富士通株式会社
富士通研究所
データ&セキュリティ研究所
トラストWeb CPJ
シニアリサーチャー -
長谷川 悠貴
Hasegawa Yuki
富士通株式会社
富士通研究所
データ&セキュリティ研究所
トラストWeb CPJ
リサーチャー -
佐久間 義友
Sakuma Yoshitomo
富士通株式会社
富士通研究所
データ&セキュリティ研究所
トラストWeb CPJ
リサーチャー
Web3の実現に向けた研究開発の課題
富士通は、Fujitsu Web3 Acceleration Platformで、自律分散型で個人や企業が互いにデジタル空間上で安心して繋がり価値を生み出すWeb3の世界を目指しています。データ共有のトラストを実現するConnectionChainとデータ自身のトラストを実現するTrustable Internetを用いて、金融やメディア、ヘルスケア、製造などさまざまな分野を跨る領域で新規ビジネスが検討されている一方で、解決しなければならない課題も多く存在しています。
Web3における研究開発にはどのような課題がありますか。
長谷川:Web3における研究開発は、分散性を維持しつつ顧客要件を満たす難しさがあります。分散化によって処理の公平性やデータへのアクセシビリティが向上し、これまで特定の組織内で閉じていたデータや価値を他の組織でも流通することが可能となります。その一方で、広範囲への分散化は性能やプライバシーを損なう可能性があるため、分散化の必要性の見極めや、分散化と性能やプライバシーを両立する技術が求められます。
その課題に対してどのようにアプローチしていますか。
長谷川:分散型システムは前例が少ないため、常に新しい可能性とリスクの両方を意識して研究に取り組んでいます。特に、要件や課題と向き合う際には一点だけを見るのではなく、分散型システム全体でのあるべき姿や、処理の公平性や性能とのトレードオフも考慮し、そのなかで得られた知見の特許化や論文化にも取り組んでいます。
米倉:長谷川が言う通りで、Web3分野の動向は移り変わりが早いので、国内外問わず技術・市場動向や他社サービスを継続的にウォッチする必要があります。海外企業はアクションが早いため、我々も社内事業部と連携してビジネス領域の発掘や技術課題の整理をスピーディに実施することを意識しています。
データ共有のトラストを実現する、ConnectionChainにおける研究開発の課題
ConnectionChainの研究開発で直面した技術的な課題は何ですか。その課題をどのようにして克服しましたか。
長谷川:各ブロックチェーン基盤で取引の形式や仕組みが異なり、ユースケースごとに個別の連携処理を開発する必要があったため、開発コストがかかっていました。そこで、我々は連携処理ロジックの共通化機能(マルチシナリオ機能)を開発することで、連携先ブロックチェーンの複雑な取引実行や監視方法を意識することなく、共通形式のスクリプトで連携処理ロジックを記述可能としました。また、各基盤との差異を吸収する接続部分は公共性が高いと判断しHyperledger Cactiとしてオープンソース化することで再利用性を向上、これらの取り組みによって開発コストを削減しました。
米倉:ConnectionChainはブロックチェーンを繋ぐ基盤技術で、実際に活用する際にはウォレットアプリケーションの作成が必要となります。しかし、ブロックチェーン技術になじみの少ないユーザーがウォレットアプリケーションを簡単に作成・管理する仕組みはこれまで不十分でした。NFT発行時にはウォレットの作成や管理、IPFS(*4)への画像・メタデータ登録、イーサリアムとの連携などを意識する必要があります。これらの課題に対して、ウォレットの作成・管理機能、NFT発行機能をWebAPIとして開発し、ブロックチェーン技術の経験が少ないユーザーも利用できる仕組みづくりを推進しています。

データ自身のトラストを実現する、Trustable Internetにおける研究開発の課題
Trustable Internetの研究開発で直面した技術的な課題は何ですか。その課題をどのようにして克服しましたか。
佐久間:主に二つの課題があります。課題の1つ目は、画像やテキストなどマルチモーダルなデータに対するAIの判定結果を記述するデータのフォーマットが定義されてないことです。誰がどのコンテンツに対して、どのような根拠を付与しているかを、一意に示すことができません。そのため、根拠となる情報を表現するための共通のデータフォーマットを定義しました。具体的には、根拠の付与者と付与されたコンテンツおよび根拠として付与する情報を一意に示す書き方を定義しました。
もう一つの課題とはどういったものでしょうか。
佐久間:二つ目の課題は、閲覧者がコンテンツの真偽を判断しやすいように根拠となる情報を見せることです。データフォーマットが定まっていたとしても、そのフォーマットに基づいて書かれたデータを数十個も確認し、正しいかどうかを判断するのは煩雑で困難です。解決方法として、前述のデータフォーマットで記述された根拠情報と大規模言語モデルの応用により、コンテンツの真偽の根拠を説明する文章を自動生成し、その説明文をコンテンツ閲覧者に見せることで真偽の判断を容易に行うことができるようにしました。
研究の進め方について教えてください。
佐久間:大学と共同研究を行うことで、Web技術に関する専門的・学術的な知見にもとづきながら、Trustable Internetを実現するための技術課題の掘り下げや、解決手法の提案を行っています。また、大学の先生方と共同で論文やホワイトペーパーの執筆や、標準化会議や学会で発表や議論を行うことで、大学とも協調して技術のプレゼンス向上のための活動も行っています。

共創から新たな価値創出
Web3 Acceleration Platformを広めていくため、具体的にどのような活動を推進しているのでしょうか。
長谷川:Web3に関する技術開発では、第三者が公開した技術を活用し、社内外での組織連携を通して開発を加速することが重要です。それに向けた活動の一環として、我々は新しいコラボレーションを生むための活動にも取り組んでいます。最近では、スペインで開催されたOpen Source Summit Europe 2023(*5)にて環境価値取引サンプルアプリのライブデモを実施し、ConnectionChainの技術紹介を行いました。
イベント当日に、来場者からどのようなフィードバックを頂きましたか。
長谷川:多くの方が富士通ブースに立ち寄ってくださり、ぜひConnectionChainの技術を使ってみたいという声をいただきました。また、多くの方がデータの信頼性やクロスボーダーでのデータ連携に関して興味を持たれており、我々の取り組みが市場のニーズに合致することを実感しました。このようなイベントに出展することは、他分野への応用やコラボレーションの可能性を広げることに繋がり、とても有意義なことだと感じています。

国際標準化会議に参加する重要性について教えてください。
佐久間:我々は、国内のみでなく海外のWeb技術者に対するTrustable Internetのプレゼンスを向上させるため、2023年9月にスペインで開催された国際標準化会議であるW3C TPAC 2023(*6)にてTrustable Internetについてのセッションを開催し、技術の説明やデモを行いました。この会議では、テクノロジー企業に限らず、出版やクレジット関連の企業も多数参加していたのが印象的でした。Trustable Internetの技術は初期段階にあるからこそ、国際標準化会議に参加し、さまざまな関連企業と一緒に標準化を進めていく重要性を感じています。
今後の研究開発に向けて
今後はどのような研究を進め、社会に貢献していきたいと考えていますか。将来のWeb3社会への期待も含めて教えてください。
長谷川:ブロックチェーンにより、これまで可視化や流通が難しかった価値を、誰もが公共性高く記録できるようになりつつあります。一方で、記録した価値を広く利用するためには、さまざまなシステムとの連携が必要不可欠であり、その実現に向けて分散的なアカウント管理や認可の仕組みが重要になると考えています。これまでの知見を活かしつつ、社内外の方と広く共創しながらWeb3社会を実現していきたいと思います。
米倉:ConnectionChain含むWeb3技術を社会に普及させるには、エンドユーザが簡単に利用できるウォレット、継続的にウォレットを利用したくなるマーケットプレイスの形成が不可欠に思います。社内技術や他社技術とも協調しながらエンドユーザやプラットフォーム双方からWeb3社会の実現を仕掛けていきたいと思います。
佐久間:昨今では、特に画像を生成するAIなどの技術が高度化したこともあり、一つのWebのコンテンツをみただけでは、それが本当のことかそうでないのかを閲覧者が確かめることが難しくなっています。そこで私はTrustable Internetの研究開発を通して、閲覧者が偽情報に惑わされることなくWebを利用できるようなる社会を実現していきたいです。
最後に、今回の研究テーマはSDGsでどのように貢献できるでしょうか。
中山:No.9の「産業と技術革新の基盤をつくろう」とNo.11の「住み続けられるまちづくりを」の目標における貢献を目指したいと思います。No.9の目標はWeb3 Acceleration Platformが目指す姿そのものであり、全ての人が公平に利用できる技術プラットフォームを基盤に信頼性のある持続可能な技術インフラを構築し、多くの人がこれを利用できるように貢献したいと考えています。No.11については、個人や企業が互いにデジタル空間上で安心して繋がり価値を生み出すWeb3の世界の実現を通し、まちに住む誰もが互いに安心して繋がり、持続可能なまちづくりに貢献し合える、そんな自律分散型社会の形成に寄与することを願っています。

Fujitsu Research Portalで、先進技術のAPIやWebアプリケーションを無償試用可能
Web3 Acceleration Platform は、Webからのユーザー登録のみで富士通研究所のさまざまな技術を簡単に試行可能な Fujitsu Research Portal を通してお試しいただけます。ConnectionChain、Trustable Internet技術などに興味のある方は、ぜひFujitsu Research Portalをご利用ください。一緒に新しい体験や価値、エコシステムをつくりましょう。
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(*1)
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(*2)
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(*3)
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(*4)IPFS(InterPlanetary File System)は 分散ファイルシステムにデータを保存、共有するためのプロトコル、かつP2Pネットワークです。
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(*5)Open Source Summitは、オープンソースの開発者、技術者、コミュニティ リーダーが集まり、情報共有や問題解決に取り組むことで、サステナブルなオープンソース エコシステムの構築を目指すイベントです。
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(*6)W3CはWeb技術の標準化と推進を目的とした国際的な会員制の産学共同コンソーシアムであり、年1回の技術総会をTPACとして開催しています。
当社のSDGsへの貢献について
2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は、世界全体が2030年までに達成すべき共通の目標です。当社のパーパス(存在意義)である「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」は、SDGsへの貢献を約束するものです。
