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研究者の夢

「世界の言語の成り立ちの解明」という夢を実現する日が来るまで

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2023年10月24日 掲載

世界の言語の壁をなくす機械翻訳目指して

私が15歳のある日のこと、父親のイギリス転勤に伴い、家族と共にロンドンへの移住が決まりました。
転入したロンドンのインターナショナルスクールでは、
世界中から集まった言語や文化の異なる子供たちが英語で会話していました。
今まで日本で何事もなく過ごしてきた私にとって、あまりにも過酷な環境でした。
暫くは日本に帰れる希望もなさそうなので、気持ちを切り替えて、
ロンドンの生活や言葉に慣れる機会を得たのでラッキーだと考えるようにしました。

不思議なことに、自分がラッキーだと考えはじめたら、物事が良い方向に動き始めました。
学校の勉強に前向きに取り組むうちに、私は少しずつ明るくなり、
言葉も話せるようになって、同級生とも冗談を言い合えるようになりました。
話すことは、案外難しいことではないと感じます。
一方で、もしこの世の中に、言語の壁をなくす翻訳機があれば、人と人との交流がもっと進むはずです。
これは、私が機械翻訳の研究を志したきっかけでした。

世界を結ぶ翻訳技術の製品化を実現

私は富士通へ入社し、人生の目標を4つ設定しました。
一つ目は自分が開発した技術の製品化です。
入社してから20年以上機械翻訳の研究開発を行ってきました。
その間、高い翻訳精度を誇る翻訳ソフトATLAS(*1)の研究開発から製品化まで関わりました。
事業部と連携して必要な機能を洗い出したり、
製品アンケートやユーザー会からいただいたフィードバックに基づき、
ユーザーが使いやすいように、辞書やエディタの機能を徐々に拡充しました。
機能追加するためのアルゴリズムを考え、それを実装することは楽しく、
翻訳ソフトをより良くしていくことは達成感に繋がりました。

当時は、オフラインで使用する翻訳ソフトウェアがまだまだ主流の時期でした。
店の目立つ棚に製品が陳列されたことで、全ての努力が報われたと感じました。
こうして、私の目標の一つである、製品として世の中に使われる技術を開発する事が、初めて達成できました。

「グローバルコミュニケーション計画」の研究開発と並行して博士号取得

博士号を取得する事は、2つ目の人生の目標でした。
大学卒業後、大学院に入らずにイギリスから日本に戻り就職する道を選んだ私には、
仕事が多忙であったため、なかなか実現するチャンスが訪れませんでした。

2020年オリンピック・パラリンピックの東京開催が決定したことを受け、病院、商業施設、
観光地をはじめとした地域の様々な拠点で、
多言語音声翻訳システムをスマートフォンなどで利用したいという要望が増えました。
世界の「言葉の壁」をなくしグローバルで自由な交流を実現するため、
2014年にグローバルコミュニケーション開発推進協議会が多言語音声翻訳システムの
社会実装プロジェクト「グローバルコミュニケーション計画」を発表しました。
私は会員である富士通の機械翻訳研究員代表の一人として参画し、
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)に2年半の間、出向しました。

たまたま、出向先の近くの大学には、プロジェクトに役に立つ情報科学の研究科がありました。
出向期間中に博士号を取得するため、社内の博士課程取得支援制度を活用し、
仕事をしながら大学に通うという日々がはじまりました。
この間、ニューラル機械翻訳(*2)により翻訳の品質が格段に向上し、世の中に大きな衝撃を与えました。
「グローバルコミュニケーション計画」のシステム設計も、従来の統計機械翻訳(*3)から
ニューラル機械翻訳へ方向転換し再構築することになりました。
世の中の技術が飛躍的に進化していく中で研究開発を進めつつ、
私は2つ目の人生の目標である博士号を取得しました。

がんゲノム医療を支援するAI技術の開発

NICTから富士通に帰任後、がんゲノム医療を支援するAI技術(*4)の開発に携わるようになり、
自然言語処理の研究開発に従事することになりました。
従来のがんゲノム医療では、検出された遺伝子の変異に対して、
医師は医学論文に書かれた過去の症例を参考に治療方針を検討するため、
患者一人ひとりに適した治療法を解読する必要があり、作業に莫大な時間がかかっていました。
そこで、この作業の効率化・高度化を目的として、医学論文から、治療方針に繋がるナレッジを抽出して
ナレッジグラフと呼ばれるグラフ構造型のデータベースを構築する技術を開発しました。
その結果、医師が論文全体を解読する負担を軽減し、
より短時間で治療薬候補の選択や効果の予測ができるようになりました。

ヘルスケア領域は人の健康や命に深く関わる分野なので、責任を感じますし、とてもやりがいがあります。
AIが想像を超えるスピードで発展している昨今、医師がAIを利用することで、
判断が必要な業務に集中できる時代がやってきました。
特に、医師の経験や直感で判断していたことを、AIがデータ解析で手助けすることで、
治療の効率化や高度化に貢献できたらと思います。

「世界の言語の成り立ちの解明」に向かって

私の3つ目の目標は、個人研究である「世界の言語の成り立ちの解明(*5)」に関する理論を発表することです。
それは、世界にある7,000とも言われる言語が、
どのような経緯を経てどのように発展してきたかについて解明する研究であり、
20年前に着想して温めてきたものです。

言語学の理論では5000年程度しか遡れないとされており、限界がありました。
ここに新たな可能性をもたらしてくれたのがゲノム解析技術です。
ゲノム解析技術が進むことで、出アフリカの年代までヒトグループの動きが追えるようになってきました。
アフリカ大陸で生まれたヒトが世界に広がっていった10万年程前には、
既に言語が使用されていたことを仮説として証拠を集め、古い年代の言語発展を解明したいと思っています。

ようやく理論化しデータも取れてきており、解明に一歩近づいたと感じます。
理論が完成した暁には、4つ目の最終目標である本や著作物として世に出したいと考えています。
探索の旅は、まだまだ続きます。

富士 秀
Fuji Masaru
コンピューティング研究所
大学院 情報科学研究科卒
1988年入社
私のパーパス
「自分にしかできないことを成し遂げ後世に遺す」
普段仕事も家庭生活も多忙を極めていますが、少しでも隙間時間ができれば、「世界の言語の成り立ちの解明」の研究を個人的に進めています。

編集後記

編集担当:コミュニケーション戦略統括部 白 湘一

高度なゲノム情報の知識を持つ専門医の不足、治療薬選択の難しさなどが、がんゲノム医療の普及に及ばない課題の一つである。彼はヘルスケアのプロジェクトを通して、AIが医療分野でできることと、一人ひとりの健康の実現に懸ける想いについて教えてくれた。彼がこれから技術で紡ぐ未来は、さらに多くの人達に幸せを届けられるように感じられた。

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