研究者インタビュー

富士通の新しいインド拠点がAI研究に変革をもたらす

English

Fujitsu Research of India Private Limited(以下、FRIPL)(*1)は、最先端のAIや量子ソフトウェア分野に焦点を当て、研究開発を支える未来に不可欠なソフトウェア技術を提供することがミッションです。このミッションを実行する上で近年IT分野の成長が著しいインドは非常に良い場所です。FRIPLでは、インド工科大学ハイデラバード校やインド理科大学院など、インドのトップクラスの研究機関との共同研究を推進しています。私たちは最先端の技術とイノベーションを通じて、世界中で日々深刻化する社会問題の解決に貢献することを共通の目標にしています。今回は、インド、イギリス、日本からグローバルに活動するAI研究チームの主要メンバー4名に、研究内容と、その研究がどのように持続可能な社会の実現に貢献するのかについてインタビューしました。

2023年3月13日 掲載

MEMBERS

  • アビシェーク・チカネ

    アビシェーク・チカネ

    Abhishek Chikane

    インド富士通研究所
    人工知能研究所
    自律学習PJ
    研究員

  • アルカディプタ・デ

    アルカディプタ・デ

    Arkadipta De

    インド富士通研究所
    人工知能研究所
    自律学習PJ
    研究員

  • サーバン・ジョルジェスク

    サーバン・ジョルジェスク

    Serban Georgescu

    欧州富士通研究所
    人工知能研究所
    自律学習PJ
    研究員

  • 小橋 博道

    小橋 博道

    Kobashi Hiromichi

    富士通株式会社
    研究本部
    人工知能研究所
    自律学習PJ
    プロジェクトディレクター

FRIPLに新たに加わった2人のAI研究員

取り組んでいるプロジェクトの注目点

アルカディプタは、インド工科大学ハイデラバード校で人工知能と機械学習の分野で技術の修士号を取得し、FRIPLに入社しました。

現在2つのプロジェクトに取り組んでいると伺いましたが、どんな内容ですか。

アルカディプタ:1つ目のプロジェクトは、少し難しく聞こえるテーマですが、洪水後の被害状況を可視化するモデルに関するもので、VQA(Visual Question Answering)の分布外データ(Out-of-Distribution data:OOD data)に対する認識精度を向上する方法についての研究です。

具体的にはどのような研究内容ですか。

アルカディプタ:VQAは、画像に関するテキストベースの質問をシステムに与え、その答えを推論し導き出させるタスクです。洪水対策は非常に手間のかかる作業です。例えば、水没した場所に人が取り残された場合、救助隊はそこに何人の人がいるかを把握し、即座に避難させたり緊急物資の準備をしたりしなければなりません。しかし、その前にまず正確な情報に基づいて救助を計画できるよう、徹底した被害状況の把握が必要です。これは現在、本当に難しいことですがVQAの技術で改善していきたいと考えています。

人命救助に関わる重要な研究ですね。他にはどのような研究に取り組んでいますか。

アルカディプタ:2つ目のプロジェクトは、点群データ(あるいはポイントクラウド)のような非ユークリッドのデータに対するドメイン適応の研究です。これは、特定の物体をバリエーションや外観、情報の取得元などに関係なく、AIに理解と認識をさせるための技術を開発することです。例えるなら車の色や形、種類に関係なく、車を車として認識できるようにすることです。

アビシェークはインド工科大学ボンベイ校で修士号を取得し、機械学習とビジュアルコンピューティングのラボでの研究開発を経て、入社しました。アルカディプタと同じプロジェクトでOODの汎化による洪水検知に取り組んでいるほか、AIを使った物理シミュレーションにも携わっています。

AIを使った物理シミュレーションは具体的にはどのような研究内容ですか。

アビシェーク:AIを使って、より効率的に自動車や航空機を作ることを目指しているやりがいのあるプロジェクトです。私たちは主に、製品の製造コスト削減や時間短縮を可能にする構造シミュレーションに注力しています。例えば、従来の製造方法では、落下試験や衝突試験などの衝突シミュレーションにコストと時間がかかっていました。物理シミュレーションは、その両方を改善することが期待されています。

アルカディプタは、富士通は働きやすく、成長できる素晴らしい場所だと語る
アビシェークは、チームメンバーが互いにモチベーションを高め合い、より創造的で革新的な研究開発を目指していると語る

富士通へ入社のきっかけ

富士通が日本で大手のITサービスプロバイダーであり、世界的にも有名な企業であることを以前から知っていたと伺いました。

アルカディプタ:私は、富士通が世界最速のスーパーコンピュータ「富岳」を発表し注目を集めたことで、富士通に入社したいと思うようになりました。偶然にもインド工科大学ハイデラバード校博士課程を卒業した仲の良い先輩がFujitsu Research of Europe(FRE)(*2)と関わりがあり、それをきっかけに富士通の研究所を知り興味を持ちました。そして何より、富士通の研究所は私がやりたかったAI分野の研究を行う機会を与えてくれました。

アビシェーク:富士通のスーパーコンピュータ「富岳」やノートパソコンなどの製品は、よく知っている身近な存在でした。大学の先輩が富士通で研究職に就いていて、彼の語ってくれた富士通での研究経験に刺激を受けました。富士通に入社したのは、富士通が長年にわたり研究開発に力をいれてきたことを知り、強く惹かれたためです。

富士通入社後の印象

入社後の感想を教えてください。

アルカディプタ:入社後、正しい場所に来たと感じましたし、自分が一番好きなことである研究開発に没頭することができました。ここは、働きながら成長できる素晴らしい職場だと思います。現在、理論研究と応用研究の両方に力を入れています。大学では、応用の観点から研究を行う機会はありませんでした。企業での研究プロジェクトは、まったく異なる観点から自分の研究に洞察を与えてくれることを実感しています。また、技術的な観点から行う理論的な研究は、私の考える力や問題解決への好奇心をかき立ててくれます。

職場の雰囲気や仕事の環境はいかがでしたか。

アビシェーク:チームは質の高い研究を行っているだけではなく、ワークライフバランスもよく、社員を大切にしていることを実感しています。同僚も親切で、お互いにモチベーションを高め合い、より創造的で革新的な研究開発を目指しています。また、職場環境も素晴らしいと思います。いま会社ではハイブリッドワーク制度が実施され、自宅で仕事ができますが、私自身は、頻繁にオフィスに足を運ぶのが好きです。

FRIPLの新オフィス。社員が自由に使用可能なオープンワークスペース

Out-of-Distribution 汎化に研究焦点を当て、FREとFRIPLはさまざまな社会的課題に共同で取り組んでいる

AI研究プロジェクトの主なターゲット

サーバン・ジョルジェスクは本研究のチームのリーダーで、OODの研究におけるディープニューラルネットワークの挙動を理解し、さまざまな状況での汎化性能を向上させる方法を発見することに焦点を当てています。

どのような目標で本研究に取り組んでいますか。

サーバン:OODの研究は、ヨーロッパ(FRE)、インド(FRIPL)、日本の研究チームが共同で行っており、イギリス、インド、日本での活用先を見つけることが目標です。私たちはビジネスに関わることはもちろんですが、さまざまな場面で活用できるような技術を生み出したいと考えています。

グローバルに活用できる技術を生み出すために、どのようなことを行っていますか。

サーバン:私たちのチームには、2つの出発点があります。1つ目は技術的な観点で、学術的なデータセットでモデルや技術を準備しビジネス機会を探します。もちろんビジネスの需要と合致しないことも時々ありますが、技術的な課題を理解するための準備に役に立ちます。2つ目は活用の観点です。明確な活用方法から考え、技術的な解決策を見出していきます。このアプローチでは、最終的に新しい技術は生まれないかもしれませんが、ビジネスの需要や要件の理解に役に立ちます。最終ゴールは、私たちが生み出す技術とビジネスが求める技術が一致することです。

研究の課題

ゲームから医療画像の解析まで、さまざまな分野でAIが人間を凌駕していますが、この超人的な精度が学習データから離れると非常に急速に低下することはあまり知られていません。これは現在のディープラーニングシステムの大きな課題の一つであり、医療診断のように高い精度の予測が必要な分野での採用の妨げになっています。

従来の方法で学習させたAIには、どのような課題があるのでしょうか。

サーバン:例えば、ピンクの象がいるとします。従来の方法で学習させたAIは、学習データの中にピンクの象を見たことがないため、それが象であることを認識することができません。なぜなら学習データの中にピンクの象がないからです。おそらくフラミンゴだと認識してしまうでしょう。私たちの研究の目標は、ニューラルネットワークがなぜうまく汎化できないかを理解し、その限界を克服する新しい技術を考え出すことです。

前例がないものをAIに正しく判断させるためには、具体的にどのような方法がありますか。

サーバン:ピンクの象の場合は、形と色の概念を別々に、例えば異なるモジュールで学習するニューラルネットワークの構造では、このタスクを成功させることができます。なぜなら、色に惑わされることなく象の形をうまく認識することができるのです。同様に形を意識せずにピンク色を認識することも可能です。この2つの概念を自由に組み合わせることで、ディープラーニングシステムの課題を克服することができるのです。しかし、このような研究の最大の課題は、OODの汎化という概念自体の定義が非常に難しいということです。要するにシステムが見たことのないものを汎化したいわけですが、その可能性は無限にあります。そのため、仮説の立て方、データセットの作り方、実験の仕方などには、かなり慎重に検討する必要があります。

ピンクの象

OODの汎化について、共同研究を行っている大学があると伺いました。

サーバン:OOD汎化のためのAIモデル精度向上の共同研究を、マサチューセッツ工科大学(MIT)と行いました(*3)。MITは非常に学術重視のチームです。彼らは色付きの文字や数字のような単純なケースを使用し、なぜ汎化が起こるのかなど、メカニズムを理解するには十分な実験を行っています。富士通の役割は、より研究の応用に重点を置き、単純なケースから導き出された概念を、複雑な実世界へどのように適用するか、その方法を見つけることです。

富士通のOOD汎化を実社会に適用する

富士通のOOD汎化研究は、すでにどんな分野で応用されているのでしょうか。

サーバン:まずは医療分野への応用を考え、コンピュータビジョンモデルの精度を上げることを目標としています。課題として、学習データ取得に使用した機器と異なるものからスキャンしたデータを使用すると、精度が劇的に低下することです。また、AIが非常に厳しい気象条件下でも正確なシミュレーション結果を出すことが求められる洪水検知への応用も始めています。アルカディプタとアビシェークが最近入ったプロジェクトでは、特にこの研究テーマに焦点を当てています。

アルカディプタ:アッサム州、ジャールカンド州、西ベンガル州の一部、ムンバイなど、インドの特定の地域では、洪水や浸水は深刻な問題です。インドで洪水が発生すると、軍隊や災害対策グループが、被害状況の確認や被災者の支援を行っています。

洪水検知課題に注力

OOD汎化は洪水対策にどのように役に立ちますか。

アルカディプタ:私たちの研究の主な目標の一つは、洪水被害状況の把握のためのVQAのOOD汎化性能を向上させることです。政府も災害対策グループも、洪水後の被害状況を把握するために最小限の手作業しか必要としないシステムを使って、より良い情報に基づいた意思決定を行うことができるようになれば、被害を受けたすべての人に迅速かつ効率的に支援を行うことができるようになるでしょう。それが我々の目標です。

人命救助や洪水被害の防止にも役に立ちますね。具体的にはどのような状況での利用を想定していますか。

サーバン:OODの汎化により洪水問題をより効果的に対処することができる3つの可能性があります。1つ目の例は、2〜3日前から洪水の発生を事前に検知することで、危険にさらされている可能性のある人々を大規模に避難させることができるということです。このような研究は通常、物理モデリングに基づくモデリングと衛星画像を組み合わせて行うことがほとんどです。2つ目の例は、鉄砲水のように洪水発生の数時間前に起こる予測不可能な現象についてです。鉄砲水は、河川の近くや洪水が予想される場所だけでなく、都心のように洪水が予想されない場所にもカメラを設置するなど、センサーによる検知を行うことがほとんどです。洪水の状況を観察することで警報を発し、被害を回避することができるのです。私たちのアイディアは、今日ほとんどの都市に張り巡らされている防犯カメラネットワークを活用することです。3つ目の例は人工衛星の使用に関するものです。人工衛星は洪水を検知したレーダーをトレースすることができるため、長期的な洪水発生時に使用されます。しかし、衛星の位置によって洪水を検知できる時間帯が限られていることが問題です。そこで、より迅速に洪水警報が出せるようにするために、カメラによる監視を中心に進めています。洪水が発生したらなるべく早く状況を把握することが必要なため、私たちのアプローチは人道的な活動や保険金請求などに役に立ちます。

これらのアプローチは、世界的に発生している洪水対策のためにも非常に重要ですね。

アビシェーク:洪水は世界的な問題であり、私たちはその解決に努めなければなりません。OODの汎化は、細心の注意が必要な分野です。なぜなら現在、学習済みモデルの数は数が限られており、モデルが学習したものに限定されているからです。例えば、人間は「逆さの家」と聞けば、見たことがなくても想像でき、イメージしやすい場合があります。しかし、AIは、物の位置や形が変わると認識することができません。洪水のようなケースも同じで、AIモデルの精度を向上する努力が必要です。OODの汎化は、他の多くの応用にも貢献できる可能性があると思っています。

理論研究の推進

理論研究もFRIPLにとっては重要で、アルカディプタはポイントクラウドの非ユークリッドデータにおけるドメイン適応について研究しています。これは、どのようなバリエーションで提示されてもオブジェクトを認識できるように、AIモデルをトレーニングする研究です。それは、実世界にある膨大なデータを収集するのではなく、合成して生成されたデータを使うことで、より費用対効果の高い、より高速なAIの学習を可能にする方法を見つけることです。

アビシェークは、AIを使った物理シミュレーションで、製造業への応用を目指す研究に焦点を当てています。航空機などの乗り物の形状や構造に関するシミュレーションを行うことで衝突試験のコストを大幅に削減し、精度の向上と生産サイクルの短縮を目指しています。

AI研究プロジェクトの目標について語るサーバン
小橋は、インドに新設した研究所がAI研究のイノベーションを促進し、社会に重大なインパクトを与えることを強く期待していると語る

国を超えたコラボレーションのメリット

新しい技術を生み出すこと、そして強力なユースケースを定義するためには経験と知識を組み合わせる能力が不可欠ですね。

サーバン:洪水対策を例にとると、インドは洪水が深刻な社会問題を引き起こしている国であり、ここ数ヶ月の間にも頻繁に発生しています。FRIPLチームは独自の視点でこの問題を捉えており、革新的なアプローチを生み出すのに不可欠な知見を与えてくれます。

普段、FREとFRIPLはどのようにコミュニケーションを取っていますか。

サーバン:私たちは、遠く離れているにもかかわらずビデオ会議を通じて一緒に仕事をすることに慣れています。毎週のミーティングでは、先週の作業進捗状況、次週の予定または障害となりそうなものなどを報告し合っています。私の役割は適切な質問をし、ときには正しい方向性を示すことです。アルカディプタとアビシェークは、私からの問いかけや、彼らの経験、好奇心をもとに実際の研究を進めています。

インドの大学との共同研究も2022年4月に開始しました(*4)。富士通研究本部人工知能研究所自律学習PJのプロジェクトディレクターの小橋博道は、日本の研究チームとFRIPL研究チームが、インド工科大学ハイデラバード校やインド理科大学院と連携して、最先端のAI技術のイノベーション推進をしていると説明しました。

小橋:インド工科大学ハイデラバード校との共同研究では、より高精度で因果関係を発見するAI技術に注力しています。また、インド理科大学院との共同研究では、さまざまな変化に応じて自律的に学習するAI技術の研究を実施します。

最後に、AIの研究開発に対する展望を教えてください。

小橋:これらの共同研究を通じて持続可能な発展を可能にし、社会にインパクトを与える技術の実現を目指します。AI技術のイノベーションで、創薬や新材料開発など幅広い分野に貢献したいと考えています。また、世界では洪水、干ばつ、地震、嵐などの自然災害が発生しています。私たちは研究開発を通じて、これらの深刻な社会問題を解決し、人々の生活の質を向上していきたいと考えています。

左からアビシェーク、小橋、サーバン、アルカディプタ、Fujitsu Uvance Kawasaki Towerのオフィスでの集合写真

当社のSDGsへの貢献について

2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は、世界全体が2030年までに達成すべき共通の目標です。当社のパーパス(存在意義)である「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」は、SDGsへの貢献を約束するものです。

本件が貢献を目指す主なSDGs

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