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研究者の夢

価値のある情報を世界中に届けたい。発見する技術への挑戦

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2023年1月11日 掲載

数学の美しさに魅了されて

私は子供の頃から数学が得意で、特に証明問題を解くのが大好きでした。大学では数学を専攻し、集合論と数理論理学で厳密に構成される現代数学の美しさにますます魅了されました。代数学の教科書に載っている定理の証明を貪るようにノートに書き写したことを、今でもよく覚えています。その一方、私が興味をもって勉強した分野は、かなり成熟しているように感じました。現代でも異色の天才数学者が生まれますが、自分に新しい発見や貢献ができるとは、想像もしていませんでした。

世の中を見まわしてみると、情報技術の急速な進化と普及により、人々の生活や社会そのものが大きく変わろうとしていて、衝撃を受けました。すでに、パソコンとインターネットを使って、誰でも簡単にコンテンツを作成して世界中に公開できるようになっていました。また、さまざまなデータを大量に収集して分析できる時代が間近に迫っていました。情報科学のような成長の著しい分野で何か新しいことをやりたい気持ちが、突如として芽生えてきました。

データで切り拓く新時代

自然な流れで、大学院では情報系を専攻することにしました。最初は論理学をベースとしたAIの研究などをしていましたが、しばらくして発見科学やデータマイニングの研究に出会いました。今ではごく普通の話ですが、当時はレコメンデーションシステムのような、商品や人同士のマッチングを高精度に行うのは難しいことでした。店舗での顧客の行動パターンを知ることで、商品を購入した顧客の好みに合う商品を推薦できないだろうか。データを活かすことができれば、きっと知見が見えてくるはずだ。ぼーっとリラックスする時、そんな研究ができたらいいなと考えました。

こんな思いをきっかけに、「データからの発見」に関する研究に没頭するようになりました。そして、膨大なウェブデータからの効率よい知識発見手法(*1)を考案し、国際会議などで発表したところ、自分でも思っていなかったほどの大きな反響を得ることができました。こういったことが自信となり、私は「世の中に普及して人々に使われる知識発見の技術を開発すること」を目標にするようになりました。

エンジンの性能向上を目指し、限界を突破する研究開発

富士通に入社して間もなく、富士通のミドルウェア製品(*2)(*3)に関する次世代技術の研究開発、具体的にはストリーム志向のXML処理基盤エンジンの開発(*4)に携わることになりました。情報検索は知識発見においてもっとも基本的な技術の1つです。洗練された検索アルゴリズムが実装されている製品を、さらに高度化・高速化するというミッションに、入社早々取り組めるということで、とてもワクワクしました。

研究開発というものは、現状を打破し、さらに上を目指すものです。エンジン高速化の性能向上を限界まで追求することは、私にとって大きなチャレンジでした。特に性能要件を満たすための苦労がとても大きかったことが記憶に残っています。学術的な研究の世界では、たとえばアルゴリズムの高速化を考えるときに、先行技術の理論計算量や、ベンチマークデータ上での実行時間の比較などで優位性を主張します。それに加えて企業の研究では、お客様や事業部門からの性能要件を絶対に満たす必要があります。

既存技術で100秒かかっていた処理を、新しいアイデアで10秒に高速化できれば論文は書けますが、お客様の性能要件が1秒であれば受け取ってもらえません。要件を聞いた当初は「そんなこと不可能だ」思ってしまうこともありますが、実際に歯を食いしばってやってみると実現できてしまうことも多いのです。

また、単純な高速化だけでなく、お客様の実務における使いやすさを考慮することも重要です。大量の検索式を同時に処理したいという要望と、検索式によらず性能を一定にしたいという要望について、システムの検証と改良を重ねました。その結果、次世代型エンジンの処理時間は当時の最先端の技術に比べて100倍以上も早くなり、大規模なXMLデータの系列を高速に検索し、結合、集計、ソートすることができる技術の開発に成功しました。

研究所の上司や同僚だけでなく、大学の先生、富士通の事業部門、関係会社の技術やノウハウやアイデアを結集して目標を達成した時の喜びは大きく、嬉しいことや達成感の詰まった充実した8年間でした。また、学術的な世界しか知らなかった私にとって、ビジネスに関わっていくことの厳しさも教わりました。

「Wide Learning™」 の開発と展開

その後、私の研究に新たな転機がやってきました。
発見科学と機械学習を融合したXAI(Explainable AI:説明可能なAI)技術「Wide Learning™」(*5)の開発および応用に関して、次々に成果を発表したことです。第3次AIブームでディープラーニングが躍進する中で、ディープラーニングとは異なる価値を提供する新しいAIを開発するプロジェクトを立ち上げることになり、私も初期メンバーの一人として参画しました。さらに富士通の研究所では、2015年に発見科学の提唱者である有川節夫先生を招聘し、有川ディスカバリーサイエンスセンターが設立されました。その後、有川先生のご指導のもとでアドバイスを頂く機会が多くなり、大学との連携も進み、理論と応用の研究開発を加速できたおかげで、Wide Learning™ を多様な分野で応用することが現実味を帯びてきました。

Wide Learning™ の主要な価値の一つとして「新しい発見ができる」を掲げています。実課題に適用した出力結果が、有益な発見であるかどうかを最終的に決めるのは利用者であるお客様やお客様が所属するコミュニティですので、新たな発見として受け入れてもらうのは簡単ではありません。お客様が納得する発見にたどり着くために、ヒアリングと試行を繰り返す必要があり大変でしたが、最終的によい発見にたどり着けたときの喜びは大きかったです。

2021年衆議院選挙で、選挙当日に情勢を報道するためのAIとして、Wide Learning™ が日本で初めて地上波のテレビで生放送にて活用されました(*6)。過去のデータから計算された重要な指標と、その当選率や落選率に基づいて現在の候補者を当てはめ、AIならではの分析を実行し、なぜ選挙区が激戦になったのかを番組内でリアルタイムに説明しています。本活用事例の成功要因として、技術そのものが優れていただけではなく、関係者と2年前から繰り返し打合せを行い、検証した結果、実現できたものです。

研究成果が世界中でたくさんの社会や組織で使われてほしい

Wide Learning™ は、プロジェクトの仲間の活躍と関係各所の協力により、すでに多くの実績成果を収めています。

金融分野では、AIスコアリングプラットフォームサービスとして製品化されました(*7)。たとえば金融機関のお客様であれば、人手によるローン審査をWide Learning™ で自動化することにより、コスト削減などの効果が見込めます。ヘルスケア分野では、介護予防施策立案の支援をしています(*8)。自治体で介護認定を受けていない高齢者を対象に、将来的に要介護になるリスクの高い方をWide Learning™ により見つけ、効果的な早期アプローチに貢献しています。喫緊の社会課題に対するWide Learning™を用いた迅速な分析も行いました。新型コロナウィルス感染症(COVID-19)に対する各国の感染拡大抑制施策の効果分析について、2020年8月に結果をまとめて公表し、人工知能学会の研究会優秀賞を受賞しました(*9)。さらに、統計的因果探索などの先端技術を融合して、「発見するAI(発見AI)」として適用範囲を広げています。現在、バイオ・創薬(*10)、材料科学(*11)や、社会科学、言語学(*12)などの分野で、社外の専門家と連携し、新たな知識やメカニズムの発見を目指して取り組みを進めているところです。

発見科学の研究は、データさえあれば、どのような分野でも適用できるところに大きな魅力を感じています。
これからも発見AIやXAIに関する新技術を開発し、ビジネス、アカデミアを問わずさまざまな分野に適用したいです。また、発見AIやXAIの出力結果を高速に検証することで、新発見かどうかの判断を支援する枠組みを構築し、広めたいと考えています。自分一人では実現できないテーマも、これまでやってきたように、多くの仲間と一緒なら実現できると信じています。

世界中のたくさんの社会や組織で「データからの発見」が実践され、得られた発見の価値が広く浸透することを夢見ています。多くの人の生活を支える研究開発に、今後も精力的に取り組みたいと思います。そのため、現在に立ち止まらず、常に最先端の技術を探求するマインドでありたいです。

浅井 達哉
Asai Tatsuya
人工知能研究所
大学院 システム情報科学府卒
2004年入社
私のパーパス
「「もったいない」を見つけ出し、解決する。」
趣味は地域の歴史を学び、史跡や寺社巡りをすることです。自らの足で数々の場所を探索しました。また、リフレッシュのための散歩も好きです。

編集後記

編集担当:コミュニケーション戦略統括部 白 湘一

彼の説明可能なAIに関する社内技術説明会を聞く機会があった。
技術開発だけでなく、その技術を使ってもらう人に、開発した技術を理解してもらうことが大事というメッセージが印象的だった。
それは多くの人に自分の手がけたテクノロジーを使ってもらいたい気持ちが伝わってくるものだった。
彼の研究者としての道を究める姿を応援したい。

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