技術者インタビュー

すべての人に健康と福祉を
説明可能なAI「Deep Tensor」とスーパーコンピュータ「富岳」で新たながん治療が実現する未来

English

人々のWell-beingをサポートし、健康長寿の社会実現を目指す富士通では、一人ひとりの社会における価値創造を支える技術研究開発に取り組んでいます。今回ご紹介する説明可能なAI「Deep Tensor」×スーパーコンピュータ「富岳」は、最先端技術で健康な生活を支援し、より良い未来を実現する取り組みの一つです。

「シンプルで目から鱗が落ちるようなアイデアで高い効果を出し、人々に役に立つ技術を開発したい」。研究員としてもマネージャーとしても長年にわたりAI開発を進めてきた丸橋弘治プロジェクトマネージャーに、最先端技術を組み合わせた医療分野における取り組みについて、その思いをお聞きしました。(全2回の2回目。前編を読む)

2022年3月30日 掲載

Researcher

  • Maruhashi, Koji

    丸橋 弘治

    Maruhashi, Koji

    人工知能研究所 発見数理PJ
    プロジェクトマネージャー

病院の医師との共同研究を通じ、がんの治療法の確立など、人々の健康に役立つ仕組みの実現へ

医療現場の医師たちは、どのような医療的な課題を抱えているのでしょうか?

Deep Tensorの研究チームでは、病院の医師と密に連携し、課題設定や解析結果の評価を行い、がんの治療法の確立に結びつく知見を引き出す実証をしています。この共同研究の中、医療的な課題と、実際に遺伝子ネットワークから知見を引き出すための技術的問題が見えてきました。個々の遺伝子の挙動を解析しそれを狙い撃ちするようながんの治療法は限界に来ていると言えます。これからは、遺伝子間の制御関係のネットワークの全貌を理解した上で、有効ながんの治療法を開発することが求められています。

実際に遺伝子ネットワークから知見を引き出すための技術的課題は何でしょうか?

がん患者ごとにがんの進行度は異なります。そして、がんの進行度により、遺伝子間の制御関係のネットワーク全体も大きく変化します。そのため、既知の遺伝子の変化だけに注目するのではなくて、ネットワーク全体の構造の変化を分析して、そこから知見を引きだすことが重要です。これにより、がんの進行度に応じた個別の治療法が確立できると考えています。

知識も多岐にわたって必要になりそうですが、本取り組みに至るまでの説明可能なAI開発のきっかけをお聞かせください

自分は大学時代に生命科学が専攻で遺伝子を色々勉強していたことがあって、遺伝子間の制御関係のネットワークの進化に強く興味を持っていました。20年ほど前には遺伝子間ネットワークの分析技術に関する研究開発に取り組みました。しかし、当時は遺伝子を大規模に解析する技術が進歩し始めた頃で、データはたくさん取れても、AI 技術が未発達なためにデータから知見を見出すことには限界がありました。

その後研究対象は遺伝子から離れましたが、ネットワーク解析の興味は持ち続け、説明可能なAI「Deep Tensor」*1の開発に至りました。AI技術はその発展とともに、AIシステムの透明性と信頼性の担保が課題となってきています。データに基づいて自動的に判断するだけでなく、個々の判断理由を提示する「説明可能なAI」が重要なのです。ですからAI開発時に大切なのは、AI技術を使って予測するだけではなくて、その予測した結果を医師などの利用者が理解できるよう、分かる形で提示することです。こうしたことが巡り巡って、遺伝子間ネットワークの分析につながったのです。医療分野特有の難しさはありますが、「生命の複雑な仕組みを解明したい」という思いがモチベーションとなっています。

  • *1:
    Deep Tensorは、画像や音声では極めて高い認識精度を達成している既存のディープラーニング技術を、グラフ構造のデータにまで適用できるようにした技術で、ノードをエッジで接続した形状として表現される情報を扱うのが得意な機械学習技術です。

説明可能なAIによるがん遺伝子ネットワーク解析を富岳を用いて高速処理し、がんのメカニズム解明に貢献

実際にどんな技術を開発したのですか?

人やモノの繋がりを表現できるグラフ構造のデータに対して高精度な予測を可能とする技術Deep Tensorを開発しました。Deep Tensorを適用することによって、グラフ構造の中で予測の理由となった成分を抽出することができます。

約2万個あるヒトの遺伝子間の制御関係の計算は、大学などの研究機関で利用可能なスーパーコンピュータでも従来、数か月かかっていました。今回、富岳の高速処理を用いて、Deep Tensorによるがんの遺伝子ネットワーク分析を実施したところ、1日以内で完了しました。*2

このように高精度な予測を可能とする成分を迅速に抽出できたことは、その後の工程に迅速に進めることにつながり、かつ膨大な遺伝子ネットワーク全体をあまねく考慮する時間、労力に振り向けることができたのです。今回の成果では、遺伝子ネットワークと上皮性がんの浸潤・移転との関連を解明する重要なヒントが得られましたが、将来的に、医師が治療方針を決める労力を劇的に軽減することを目指す、よい機会になったと思っています。

今後のAI開発の展望について教えてください

遺伝子間の因果関係が、分子や細胞、組織、臓器などの様々なレベルの現象にどう影響してくるのかを総合的に捉えて新しい治療法が発見されるようなAIを実現したいと思っています。*3また、今は医療分野をターゲットとして取り組んでいますが、金融分野の不正検知など他の領域での適用検討も進めています。

私の思いとしては、巨大なネットワークのデータに対してまだまだやれることがいっぱいあると思っており、例えば人々の日常的な活動のパターンからも様々な知見を見出せるようになるのではないかと思いを巡らせています。

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