
あらまし
データ利活用においては,現在産官学それぞれにおいて様々な取り組みが行われている。政府はSociety 5.0実現のために,データ利活用を重点施策として位置付けており,Data Free Flow with Trust(DFFT)をはじめとした様々な提言,国家プロジェクトを推進している。学術界においても,基礎科学から応用研究まで,データ駆動型社会の実現に向けた研究が行われている。民間においては,これらのデータを事業者間で流通させるという視点の下に協議会が設置されており,標準化や技術基準の策定が行われている。そのような中,富士通は分野間データ連携基盤および情報銀行に関する取り組みを行っている。
本稿では,データ利活用における産官学の状況について概観し,富士通の取り組みを紹介する。
1.まえがき
近年,企業の競争力を高めたり行政サービスを高度化したりするためのデータ利活用について,産官学それぞれにおける様々な取り組みが行われている。
本稿では,データ利活用における政府の取り組みを始め,関連する団体や国家プロジェクトなどの状況について概観するとともに,富士通の取り組みを紹介する。
2.産官学の動向
2.1 政府の取り組み
内閣府によると,Society 5.0とは「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する,人間中心の社会(Society)」を指している。これは,2016年に策定された第5期科学技術基本計画において,我が国が目指すべき未来社会の姿として提唱された[1]。
Society 5.0の実現においてデータ利活用は必須であり,日本の成長戦略における重点施策の一つと位置付けられている。現在,その実現に向けた取り組みが,省庁・業種横断的に進められている(表-1)。
表-1 Society 5.0の実現に向けた取り組み
省庁名 | 政策名 | 概要(データ利活用関連) |
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内閣府 | 第5期科学技術基本計画 (2016)[2] |
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戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)(第2期)[3] |
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内閣官房 | 未来投資戦略2018 ─ 「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革─[4] |
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経済産業省 | 新産業構造ビジョン[5] |
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総務省 | IoT総合戦略(改訂版:2017)[6] |
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また,データ利活用の促進に向けたグローバルな取り組みとして,2019年1月のダボス会議において,安倍首相が「Data Free Flow with Trust(DFFT)」を提言した。これは,今後のデジタル社会の発展に際して,競争力の源であるデータを特定の国が寡占することなく,個人情報におけるプライバシーの問題,あるいは機密情報における企業経営や安全保障の問題を解決した上で,公平かつ安全で信頼性のあるデータの自由な流通が国境を越えて必要であることを表した概念である[7]。
このような政府の取り組みに対して,富士通では,後述する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)をはじめとした各種プログラムや団体に参画し,研究開発や実証に取り組んでいる。
2.2 学術界の取り組み
データ利活用社会では,従来の経験や勘に頼った行動の決定ではなく,データに基づいて問題や課題を定量化し客観的な視点を加えて行動を決定したり,AI(人工知能)を用いた自律的なシステムが稼働したりする社会,すなわちデータ駆動型社会になると期待される。そのためには,AIの学習技術だけで足りず,データマネジメントからブロックチェーンや量子鍵配送技術,更には格子暗号などの耐量子暗号に至るまで,様々な技術の研究が必要である。
これらの技術は,データ駆動型社会を見据えて,電力システム,交通システム,建築物マネジメント,まちづくり,教育,働き方改革などへの応用が研究されている。例えば,社会課題解決の事例としては,近年日本で多発する災害に対して,マイクロジオデータ(ミクロスケールの様々な時空間データ)を用いた防災の研究が行われている[8]。
基礎科学にもデータ駆動の考え方が還流している。マテリアルズ・インフォマティクスと呼ばれる領域では,データ駆動による新素材の研究が盛んである。他にも,創薬,生物工学,物理学,量子デバイスなどにおいても,データ駆動型研究が進んでいる。特筆すべき事例として,WWW(World Wide Web)の発祥の地であり,基礎科学の高エネルギー物理学の研究を行っている欧州原子核研究機構(CERN)では,加速された粒子の衝突で起きる複雑なイベントをDeep Leaningを用いて解析する研究が進んでいる[9]。
2.3 民間の取り組み
本節では,前述したSociety 5.0およびDFFTの実現において重要な役割を担う民間主導の取り組みとして,一般社団法人データ流通推進協議会(DTA)[10]の活動について述べる。
DTAは,データ提供者が安心して,かつスムーズにデータを提供でき,またデータ利用者が欲するデータを容易に判断して収集・活用できる技術的・制度的環境を整備することを目的として,2017年11月に設立された。DTAでは,データ流通事業者などの技術基準・運用基準の策定・国際標準化,および認定審査を行っている。また,2019年6月にIEEE-SA(Standards Association)と連携して,データ取引の国際標準化活動であるData Trading System Initiativeを開始した。
DTAの会員企業・団体・個人数は,2019年12月10日現在で134である。富士通もDTAの会員として各委員会へ参加し,貢献している。
DTAは以下の委員会で構成される。
- 運用基準検討委員会
データ流通事業の「運用基準」を策定する。 - 技術基準検討委員会
データ流通プラットフォーム間および利用者・提供者との連携のための「技術基準」を策定する。 - 利活用促進委員会
データ流通事業者間の相互連携,調査・研究,政策提言など,広く普及・啓発活動を行う。 - 認定審査委員会
データ流通事業に係る事業者に対して認定審査を行う。 - 戦略企画委員会
各委員会に共通する課題,事業戦略,事業企画を審議する。 - 国際標準化推進委員会
データ流通に係る国際標準化を推進するため,関係各種組織の動向調査および標準化を行う。
2019年12月10日現在,以下の標準が公開されている。
- データ取引市場運営事業者認定基準_D2.0
データ取引市場の運営の適正性を確保するために,データ取引市場運営事業者に求められる要件を定める。 - データカタログ作成ガイドラインV1.1
業界・組織をまたいだデータ流通を見越し,データの概要を記述するための項目群やその構造,説明,入力ルールを規定する。
3.富士通の取り組み
3.1 分野間データ連携基盤
前述したように,電力,交通などの分野を越えたデータ活用への期待が高まっている。その一方で,語彙やカタログなど,データにまつわる情報が企業ごと・分野ごとに統一されていないため,実際には活用は進んでいない。そのため,SIP第2期の課題の一つとして,分野間データ連携基盤の研究が2018年度に開始された[11,12]。本基盤の実現によって,複数分野のデータの容易な利用を可能とし,正確で利便性の高い情報の提供や新サービスの早期創出が期待されている。
この基盤は,独立して機能する多様な分野のデータを連携させる必要があるため,データを一か所に集める集中型では機能しないことが予想される。そのため,SIPの研究チームでは基盤自体を分散型で設計している。このように設計された基盤では,各分野におけるカタログやデータ,語彙などはそれぞれの分野内で管理するが,それらを接続するための「コネクタ」を各分野に設置し,コネクタを介したデータ連携を行う。
本データ基盤において,富士通の研究上の取り組みは主に次の3点である。
(1)創発的リコメンド
分野間データ連携基盤を使ってアプリケーションを作る際に,用語・概念などが異なる分野をまたいで対象となるデータを発見するために,データの記述,整理,推薦手法について研究している。この手法には,東京大学大澤研究室で研究されているIMDJ(Innovations Marketplace for Data Jacket)を活用している。
(2)原本性保証
流通されているデータを安心・安全に利活用するために,データのトレーサビリティを確実に担保する必要がある。本研究では,富士通研究所のChain Data Lineage技術[13]を応用することにより,異なる分野で個別に管理されていたデータ利用履歴を信頼性の高い方法で接続し,誰もが利用データの生成元までの来歴をたどれるようにする。
(3)類似語推定
分野間で共通して使用可能な語彙の基盤として,経済産業省が設置する情報共有基盤推進委員会において共通語彙基盤が検討されている[14]。分野ごとの語彙については,共通語彙へ対応付けることにより相互に変換可能となる。しかし,例えばある分野における「小学校」が別の分野では「一時避難所」の意味となるなど,その対応が直感的に理解できるものであるとは限らない。そのため,機械学習などの技術を活用して,語彙変換規則を学習した上で利用者に対して適切な語彙の候補を提示する,語彙変換規則学習技術を研究している。
これらの開発技術の実証として,観光分野と防災分野を連携させた例がある。観光情報と防災情報について確認できるアプリケーションを作成し,大規模スポーツイベントにおいて実証を進めている。2020年度以降,開発した技術を含めて実証を更に広げる予定である。
3.2 情報銀行
EU一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)をはじめとして,パーソナルデータの主権を個人に戻す動きが世界的に拡大している。日本でも情報銀行(情報利用信用銀行)の名で,個人のデータ(以下,パーソナルデータ)を,個人の同意に基づいて安全かつ適正に第三者(他の事業者)が利活用できるようにするために,仕組みの制度設計や実証実験などが進められてきている。
2017年に,総務省および経済産業省によって,情報銀行の認定スキームの在り方に関する検討が開始され,2018年6月に「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」(以下,認定指針)が制定された。これを受けて産業界では,2018年9月に一般社団法人日本IT団体連盟内に「情報銀行推進委員会」が新設された。同委員会により認定指針に基づいて情報銀行を審査・認定する「情報銀行認定」の仕組みの運用が開始され,2019年6月に初の認定事業者が誕生した。
この情報銀行に関して,富士通はこれまでに以下のような取り組みを行っている。
(1)国内初となるイオンFGとの実証実験
2017年8月から10月の約2か月間,富士通はイオンフィナンシャルグループ(FG)と共同で,情報銀行に関する日本初の実証実験を実施した[15]。この実証実験では,まず富士通の社員約500名を対象として,個人の趣味・嗜好・行動パターンなどのパーソナルデータについて,データ提供者本人が開示範囲を設定した。そして,開示されたデータを用いて,イオン銀行などの他事業者がone-to-oneマーケティングやライフコンサルティングなどへの活用を検討し,情報銀行に対するニーズを抽出した。富士通は,情報銀行を運用する側として,企業のパーソナルデータ利用の希望に応じ,個人の同意に基づき提供可能なデータを提供した。また,パーソナルデータ提供者に対して,預託されたパーソナルデータの内容や情報量,開示先に応じて,富士通が発行する本実証実験専用の企業内仮想コイン「FUJITSUコイン」を付与した。
(2)電通とのライフデザイン共同検討
2019年8月に,富士通のPDS(Personal Data Store)サービスである「Personium(ペルソニウム)」を基盤として,電通と共同で開発したアプリケーションを使用した実証実験を行った[16]。参加者が利用を許諾した自身のGoogleカレンダーのデータを活用し,趣味・趣向のデータをマッチングさせることで,ライフスタイルの提案を行った。この実証実験において富士通は,データ利活用社会において,個人がパーソナルデータを有効かつ安全に活用するためのサービスを検討・検証した。また,サービスの機能面について,利便性と安全性に関して検証した。
(3)丸の内データコンソーシアム
2019年9月に三菱地所と富士通の共同主催により,企業間データ共有・利活用による価値創出を目的としたコンソーシアムを設立した[17]。また,データ利活用の取り組みの一つとして,富士通が主催して「情報銀行サービス実証プロジェクト」を立ち上げた。本プロジェクトでは,情報銀行セミナーの開催などによる普及啓発に加え,複数のサービスの実証実験を大日本印刷,電通,JTBなどの先行企業と連携して実施した。この実証実験は,前述した「情報銀行認定」の考え方に沿ったものである。この実証実験において,システムに関する課題抽出の他,パーソナルデータ活用の社会受容性や価値評価など,情報銀行サービスの社会実装に向けた有益な知見を得た。
(4)情報銀行システムプラットフォーム
富士通では,情報銀行事業を行う企業を対象として,情報銀行システムプラットフォームの開発に取り組んできた[18]。上述した各種実証実験からの知見を取り込むとともに,「情報銀行認定」と整合する同意管理,トレーサビリティなどの各種機能を提供する。本プラットフォームを中心として,企業が持つ既存顧客管理システムからの移行支援や情報銀行認定取得支援などの関連サービスも含めて,情報銀行事業への新規参入を検討している企業の障壁を下げ,情報銀行サービスの普及拡大に貢献していく。
4.むすび
本稿では,データ利活用における産官学それぞれの動向,および富士通の取り組みについて俯瞰した。
これらの取り組みは,制度,標準,技術開発,実証など多岐にわたっている。そのため,それぞれが独立して行われているものではなく,相互に関連しながら進められている。また,データは一つの組織・企業で抱え込むものではなく,交換・流通していく動きが加速していくと考えられる。
富士通はこれらの取り組みで重要な貢献をしており,産官学の動きと歩調を合わせながら,今後のデータ利活用社会においてますます重要な役割を担っていくことが期待されている。
本成果の一部は,内閣府が実施し国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が管理法人を務める「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」によって実施されたものである。
本稿に掲載されている会社名・製品名は,各社所有の商標もしくは登録商標を含みます。
参考文献・注記
- 小川芳樹 他:ジオビッグデータを用いた多様なシナリオに基づく南海トラフ地震津波の人的被害推定―高知市周辺を対象として―.E-journal GEO,2018,13巻,1号,p.140-155.本文へ戻る
著者紹介

ソフトウェア研究所
(富士通株式会社 ソフトウェア事業本部 兼務)
データ駆動型サービスの研究に従事。

政策渉外室
データ利活用関連政策の渉外業務に従事。

ソフトウェア研究所
(富士通株式会社 ソフトウェア事業本部 兼務)
データ駆動型サービスの研究に従事。

ソフトウェア事業本部
財務関連ソフトウェアの開発に従事。

デジタルソリューションサービス事業本部
データ流通・利活用に関するビジネスに従事。