さいたま市 様

AIを用いたマッチング技術で最適な保育所入所選考を実現。さいたま市の児童約8000人の割り当てもわずか数秒で可能に

「子ども・子育て支援法」の施行など、様々な形で進められている少子化対策。しかし待機児童問題など、保育を取り巻く状況には依然として課題が残っている。その1つとして注目すべきなのが、保育所入所選考の複雑さだ。これを解決するために実施されたのが、「AIを用いたマッチング技術による保育所入所選考」の実証実験。さいたま市の児童約8000人の保育所入所選考を、わずか数秒で算出することが可能になった。富士通はこのような技術を今後「FUJITSU Human Centric AI Zinrai(ジンライ)」などの各種サービスに組み込んで様々なマッチング問題への適用を進めていくという。

背景

膨大な人手と時間が費やされている保育所への入所選考作業

急速に進みつつある少子化への対策の一環として、2012年に成立した「子ども・子育て支援法」。2015年4月にはその改正法が本格施行され、子ども・子育て支援給付や、地域子ども・子育て支援事業、幼保連携型認定こども園の拡充等が進められている。しかし待機児童問題など、保育を取り巻く状況には依然として、数多くの課題が残されているといえるだろう。

その1つが、子どもが入所する保育所を決める「保育所入所選考業務」の複雑性だ。各家庭の事情や要望を考慮しつつ、公平性を保ちながら限られた入所枠に割り当てていくことは、極めて複雑で多くの人手と時間を要する作業なのである。

「自治体によって申請者が出せる希望条件は異なっていますが、入所選考の基本ルールは『各保育所の定員』のもと、『それぞれの子どもの優先順位』に沿って『申請者の希望』を叶えていくことです」と説明するのは、富士通研究所 シニアリサーチャーの大堀耕太郎氏。さいたま市では、きょうだいを「同じ保育所に入所させることを希望」「同時に入所させることを希望」といった「きょうだいの入所条件」の組み合わせから8種類の希望を受け入れているという。

「図1は、定員2名の2つの保育所(A、B)に2組のきょうだいを割り当てるケースを示していますが、保育所の定員を考慮すると、入所割り当てパターンが6通りあることがわかります。その中から子どもの優先順位を守ったうえで、申請者の希望を最大限に満たすことが、入所判定のルールとなります。ここで『それぞれの子どもが保育所BよりもAへの入所を希望』しており、『きょうだいが別々の保育所に入るよりは二人同時に保育所Bに入ることを希望』しているのであれば、割り当て3と割り当て4がルールに合致しており、優先順位の最も高い子ども①の希望がかなえられる割り当て3が最適であると考えます」。

図1:一般的な保育所入所選考のイメージ。4人の子どもを2つの保育所に割り当てるだけでも、6通りのパターンが考えられる。この中から優先順位を守りつつ、申請者の希望を叶える割り当てを見つけ出さなければならない。

これは極めて簡単な例であり、保育所と子どもの数が増えれば、この表は膨大な大きさになっていく。さいたま市では最も多い時期で児童約8000人の入所選考をしているが、それぞれが第5希望まで出した場合には、5の8000乗の組み合わせが出てくるのだという。

さいたま市ではこの作業を、20~30名の職員が非常に多くの日数をかけて実施している。当然、割り当ての見直しも必要であり、間違いがあればやり直しを行わなければならない。作業量が膨大であるだけでなく、心理的な負担も大きいのだ。

株式会社富士通研究所
人工知能研究所 人工知能実践PJ
シニアリサーチャー 博士(工学)
大堀 耕太郎 氏

効果と今後の展望

ゲーム理論で選考をモデル化。
現場での実践を繰り返すことでほぼ完璧な結果に

この問題を解決するため、富士通研究所、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所富士通ソーシャル数理共同研究部門、富士通が共同で実施したのが、「AIを用いたマッチング技術による保育所入所選考」の実証実験である。九州大学マス・フォア・インダストリ研究所はアジアで初めての産業技術に関わる数学研究の拠点であり、富士通ソーシャル数理共同研究部門はそのなかで2014年9月に発足した、社会課題の解決に向けた数理技術の研究開発部門だ。学問の世界に閉じず、数学を社会に役立てたい。その強い想いから選ばれたテーマの1つが、保育所入所選考だったのである。

実証実験に向けた取り組みが始まったのは2015年6月。まずは机上で調査したうえで、2016年3月にさいたま市へのヒアリングを開始。研究者が現場に直接足を運び、選考の詳しい条件やルール、現場の想いなどを聞いたうえで、複雑な関係をモデル化していった。これには「ゲーム理論」と呼ばれる利害が必ずしも一致しない人々の関係を合理的に解決するための数理手法を保育所入所選考のマッチング問題に応用したものだ。具体的には入所割り当て先に応じた利得(好ましさ)を点数化し、その点数に基づき優先順位の高い人の点数ができるかぎり高くなるパターンを算出。優先順位のより高い人の希望が優先されるような唯一のパターンを見つけ出すのである。これをAIで高速処理することを目指したのだ。

2017年1月には実データによる実証実験に着手。さいたま市ですでに入所選考が終わっていた、児童約8000人の匿名化データが利用された。AIによる処理結果は人手による結果と照合され、制約条件などを調整しながら精度が高められていった。これによって2017年8月には、人手による入所選考とほぼ100%合致する結果を、わずか数秒で得られるようになったのである。

「AIで入所選考の作業負荷を減らすことができれば、職員の方は人間にしかできない住民支援に注力することができます」と大堀氏。また結果を早期に確定できれば、申請者の職場復帰計画もよりスムーズに進むはずだと指摘する。なお実証実験の結果は2017年8月にプレスリリースとして公表しているが、その反響は大きく、既に複数の自治体から問い合わせが入っているという。

この実証実験で確立されたマッチング技術は、自治体向け保育業務システム「MICJET MISALIO こども・子育て支援」のオプションサービスとして提供。さらに、社会の様々なマッチング問題を解決する技術を「FUJITSU Human Centric AI Zinrai(ジンライ)」のサービスとしても提供していく。これによって保育所入所選考をはじめとする複雑性の高い問題を解決する上で、今後重要な役割を担う存在になっていくと期待されている。

注)このコンテンツは2017年12月に日経 xTECH Specialに掲載したものです。
注)本記事中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は掲載時のものであり、このページの閲覧時には変更されている可能性があることをご了承ください。

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