本稿中に記載の肩書きや数値、固有名詞等は取材当時のものです

単一の分野による課題解決は限界に

デジタル技術が私たちの生活に広く浸透し、不可欠な存在になる現在、社会は多様化し、様々な価値観が生まれています。社会全体が公平性を保ちつつ様々な人の利害に対応しながら持続的に発展していくには、広い視野に立ち、複数の観点から解決策が求められています。課題に取り組む学問や研究においては、細分化が進み、各分野に膨大な専門知識が蓄積されている中、研究成果を社会に実装し数々の課題を解決に導いていく企業においては、一つの分野を深く掘り下げると同時に、他の分野に目が届かなくなる危険性を鑑みる必要があります。多様化が進む社会に対し、もはや単一の分野に閉じた研究開発だけでは不十分なのです。

こうした状況下、富士通のコンバージングテクノロジー研究所では、異分野を組み合わせるアプローチが適していると考え、異なる分野を収斂する融合技術(Converging Technologies)の研究開発を行っています。

異分野融合の必要性は、昨今の新型コロナウイルスの例からも明らかです。感染防止と経済活動を両立させるには、疫学や公衆衛生学と経済学など複数の分野を横断して考えなければなりません。また、これまで経験や勘に頼りがちだった公共政策では、エビデンスに基づいた科学的なアプローチが求められています。その一環として、行動科学と経済学を組み合わせた行動経済学の知見が活用され始めています。

人と社会にフォーカスした異分野融合の研究

コンバージングテクノロジー研究所では、富士通が長年培ってきたコンピュータサイエンスなどの自然科学の知見をベースに、人と社会にフォーカスして異分野融合を進めています。そのアプローチとして以下の4つのテーマを掲げています。

1つめの「ヒューマンセンシング」では、「人」を「理解・予測」することにフォーカスし、人の振る舞い方から、その人と周囲の人、モノ、環境との関係を理解しようと試みます。代表的な技術の1つが「行動分析技術Actlyzer」です。映像から人の様々な行動を認識するAI技術であり、世界トップクラスの性能を持っています。現在、この技術と行動科学の知見とを組み合わせることで、さらなる性能向上を目指しています。これにより、犯罪発生後に監視カメラの映像を見るのでなく事前に犯罪を予測し防止することが可能になると考えています。徘徊やストーカーなどの抑制にも応用できます。

2つめの「ヒューマンエンハンスメント」では、「人」への「働きかけ」に注力し、人の能力の拡張や成長を促すことを目的としています。医療画像診断、複数の書類間に存在する不整合の抽出・修正、介護予防対象者のスクリーニングといった、人手で行ってきた様々な業務を効率化できるものです。

しかし、効率化が直接、人間の能力の拡張や成長につながるわけではありません。富士通が挑むのはここをつなぐ領域です。行動経済学に基づく行動変容モデルとコンピュータサイエンスを組み合わせ、どのように人に対して働きかければ、人が納得して行動変容を受け入れて習慣化・定着化するのかをモデリングする技術を開発しています。

例えば介護施策を行う自治体が、要介護状態になる可能性が高い状態(フレイル)の住民をAIによって判定し、予防施策の対象者を絞り込むということは既に取り組んでいます。コンバージングテクノロジー研究所では、その予防施策の効果を高めることに着眼し、住民の予防策への参加率を高め、行動変容させることまで考慮し、どのような働きかけが必要なのかを科学的に導き出すアプローチで取り組んでいます。

変化に強靭な社会を目指して変化に強靭な社会を目指して

人と社会をモデリングするソーシャルデジタルツイン

3つめのテーマである「ソーシャルデジタルツイン」は、「社会」を「理解・予測」し、複雑化する社会の課題解決を加速する上で根幹となる技術です。時々刻々と変化する実世界から大量のデータを集めた上で、実社会を再現したソーシャルデジタルツインをサイバー空間上に構築して社会の見える化・分析を行い、社会課題を速やかに解決していくものです。

コンバージングテクノロジー研究所では、社会課題解決を支える技術として、数百万台規模のセンサーや端末からの様々なデータやその関係性をリアルタイムに処理しながら、処理内容を追加・変更できる大規模分散ストリーム処理技術「Dracena」を開発しました。すでにDigital Twin Utilizerとして製品化されており、発生し続ける大量の車両の位置データなどを活用した渋滞回避や配送の効率化など、モビリティ領域での実用化を進めています。

さらにこの技術を発展させるために、社会科学の知見やモデルを活用して、ソーシャルデジタルツインを実現するための技術を開発しています。

最後の4つめのテーマ「ソーシャルデザイン」では、「社会」への「働きかけ」に着目し、人とサービスの関係性を軸とした上で、どのように「社会」を最適化していくべきかを考えています。例えば公共政策では、コスト効果と疾病リスク低減効果が最大となる施策を立案するための仕組みを提供することを目指しています。

もう1つ大きな可能性を秘めているのが、「マルチ生体認証」です。複数の生体認証を組み合わせ、従来の単一の生体認証では1万人程度が限界であった識別対象人数をさらに拡大することで、社会生活で汎用的に利用できる本人識別のインフラが可能になると考えています。コンシューマ向けサービスだけでなく、行政サービスと組み合わせることで、より個人にパーソナライズされた利便性の高い社会を実現できます。

リスクを最小化し、持続可能な成長を実現する社会へ

感染症、医療費増大、環境問題、フードロスなど山積する社会課題に対して、マクロな指標に頼った対策ではもはや解決が困難です。人間一人ひとりの行動やそれらの相互作用などミクロな事象を統合した上で定量的かつリアルタイムなデータとして扱い、自在にシミュレートすることで、人間の行動変容や社会課題の解決への働きかけを適切に行えると考えています。不確実な時代において、急速な変化にも柔軟に対応できる強靭な社会を作り上げ、持続可能な社会と経済成長を両立していきます。

もっとも、この世界観は我々だけでは実現できません。富士通では、産学連携によって人文社会科学を含む最先端の学術的知見を取り込みながら、研究開発を進めています。例えば、計算社会科学、経済学、行動科学の分野における研究機関との共同研究を行っていきます。

富士通は社会における存在意義(パーパス)として、いかなる変化に対しても強靭な社会、サステナブル(持続可能)な世界にしていくことだと考えています。これまで社会のICT基盤を支えてきた自負を持つと同時に、これからもデジタル技術を通して貢献していく責務があります。一人ひとりを尊重しながら社会全体を豊かにするには、人・社会の状態やその関係性をデジタルの世界にモデル化して再現することが必要と考えます。

コンバージングテクノロジー研究所では、デジタルの世界でのモデルを使った「デジタルリハーサル」により、施策をあらかじめ仮想的に試すことで有効な施策を絞り込む技術を開発します。その結果を分析してさらなる改善につなげるサイクルを回すことで、数十年先を見据え、人々が安心・安全に生活でき、かつ発展していけるサスティナブルな世界の実現に寄与していきます。

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