量子コンピュータの計算能力は、創薬から金融に至るまで、多くの産業を根本的に変革し、企業と社会に価値をもたらすことが期待されています。本記事は、研究開発を通じて量子コンピュータの実用化にどのように貢献するのか、その取り組みや挑戦についてご紹介します。
2024年5月22日 掲載
RESEARCHER
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徳永 新吾
Tokunaga Shingo
富士通株式会社
富士通研究所
量子研究所
量子ハードウェアCPJ
リサーチャー
富士通と国立研究開発法人理化学研究所(理研)は、両者が共同で設立した「理研RQC-富士通連携センター」において、64量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発しました(*1)。今回、インタビューした徳永研究員は、理研との共同研究に参加しています。大学では電子工学を専攻し、マイクロ波関連の研究テーマに取り組みました。入社後は、ネットワーク機器のファーム開発、コミュニケーションロボットのプラットフォーム開発などのソフト分野を経て、現在、量子研究所の量子ハードウェアチームで過去の経験を活かし新たな挑戦をしています。
創薬などに革命を起こす量子コンピュータ
量子計算はどのような分野に適用できると考えていますか。
徳永:金融、医療など様々な分野での活用が期待されていますが、中でも新薬の開発で用いられる量子化学計算に使用することができれば、短期間で効率よく、高い精度でシミュレーションできるようになります。従来型のコンピュータで解くのに時間がかかる複雑な計算が、量子コンピュータによって短時間で解けるようになることが期待されています。例えば、分子構造のパターンなどの組み合わせ最適化問題です。新型コロナウイルス蔓延によりワクチンや治療薬などの開発が急務となりましたが、そのような迅速な対応が求められる状況において、量子コンピュータが活用できる時が来ると考えています。
量子研究チームの取り組み
富士通は、量子コンピュータの実用化を目指し、量子デバイスから基盤ソフトウェア、アプリケーションに至るまで、全ての技術領域の研究開発を、世界有数の研究機関と共同で推進しています。さらに量子コンピュータの完全な実用化が実現するまで大規模計算に必要となる、スーパーコンピュータ「富岳」を代表とするハイパフォーマンスコンピューティング技術と、量子コンピュータのハイブリッド技術(*2)の開発を進めています。
どのようなテーマを研究されていますか。課題とゴールについても教えてください。
徳永:理研との共同研究の成果の一つとして、64量子ビットの超伝導量子コンピュータの構築があります。超伝導方式の量子コンピュータは、極低温用冷凍機で絶対零度付近である20mK以下に冷やされた量子チップ上に、8GHz前後のマイクロ波信号を照射することによって量子ビット操作を行い、ビットの状態を読み出すのですが、ビット操作も読み出しもアナログ的な操作であるためエラーがつきものです。我々の目標は、量子ビットの制御や読み出しについてより高い忠実度を実現し、高い計算精度で量子アルゴリズムを実行できる環境を提供することで、最終的にはお客様の課題を解決することにあります。
研究における役割や課題へのアプローチ
チームにおいて、どのような役割を担っていますか。
徳永:量子ハードウェアチームは、量子チップの設計、半導体製造プロセスの改善、冷凍機内部の部品設計・構築、冷凍機外部の制御装置設計・構築などを担う多くのメンバーがいます。私は制御装置構築や量子ビットの制御を担当しています。量子コンピュータの本体や量子チップの開発に注目が集まることが多いですが、高い精度で量子ビットの制御や読み出しを行い、量子コンピュータを使用可能な状態にすることで、開発チームの成果を利用者へ届けることができます。それが私の役割です。
量子ビットの制御は、どういった順番やプロセスで行われますか。
徳永:最初に行うのは量子チップの基本評価であり、その後で量子ビットを制御するための較正を行います。まず、製造チームから量子チップを受け取り、性能測定を行います。チップを評価するためには、冷凍機の中に量子チップを入れ、断熱のため多層構造になっている冷凍機のカバーを閉めたあと、中を真空状態にして冷却を開始します。常温から20mKまで冷却するのに通常約2日かかります。基本評価では、量子ビットの共振周波数やT1(量子ビットが初期化されてしまう時間)と呼ばれるコヒーレンス時間などの確認を行います。その後、量子ビット操作・読み出しの較正を行います。ビット操作・読み出しは精度が十分でなく、必ずしも望む結果にならないことがあります。なぜなら、ビット間には相互作用があり、制御したいビットに隣接しているビットから、期待しない影響を受けるため、全体のビットの状況をみて制御をする必要があるからです。そのため、なぜ期待通りの結果にならなかったのか、その原因を調査し、理研の先生方にも相談し、エラーを最小限にする工夫をしています。

ビット操作・読み出しの精度が十分でない課題に対してどのようにアプローチしていますか。
徳永:半導体プロセスの改善や、制御エレクトロニクスのノイズ対策、そしてマイクロ波信号照射の方法を変更するなどの工夫点が考えられます。我々のチームは、量子ビット制御の精度を高めるために必要な、マイクロ波信号の波形、強度、位相や照射タイミングの検討を行っています。まずは、論文に書かれている既存の手法を我々の量子チップに対して試し、そこからさらに精度を向上させていくというアプローチをとっています。
担当の分野以外で、心がけていることや工夫していることは何ですか。その理由も教えてください。
徳永:量子コンピュータハードウェアのさらなる性能向上に貢献できるよう業務を進めています。作成された量子チップは冷凍機に入れて冷却し、測定を行うことで初めてその性能を評価できます。その結果から量子コンピュータハードウェアの性能改善のためには何が必要なのかを見極め、量子チップ設計、製造チームにフィードバックを行うことが重要だと考えています。
富士通にとっては、量子コンピュータの開発は初の挑戦になります。不安はありますか。
徳永:未知の領域こそ、挑戦する価値があり、そこに新たな発見や成長の機会が待っていると捉えています。量子コンピュータの研究開発は、富士通がこれまで培ってきた様々な技術を組み合わせて取り組んでいます。課題を一つずつ取り除き、安定した動作を実現することに取り組んでいきたいです。安定稼働を実現したのち、新しい制御手法の研究を行っていきたいと考えています。
量子コンピュータ研究の加速と今後の展望
量子コンピュータの研究を加速するために行っている活動があれば教えてください。
徳永:量子コンピュータは私自身にとっても未知の分野であるため、共同研究先である理研の方々へ様々な相談をしながら、開発を進めています。私はギブアンドテイクの関係を築きたいと考えておりますので、理研の研究にも貢献できるような点があれば積極的に協力しようと心がけています。
今後の研究についての展望を教えてください。
徳永:最終的には量子コンピュータを活用して社会課題を解決することが目標ですが、量子コンピュータはまだ発展途上にあります。量子ハードウェアチームの責務として、多ビットかつ高い忠実度を持つ量子ビットおよび量子ゲートをアプリケーション開発チームに提供することが急務であると考えています。特に制御の分野では、2量子ゲート操作の忠実度向上が課題となっており、その改善に取り組んでいきたいと考えています。そして、量子コンピュータをお客様が最大限活用できるような量子プラットフォームについても検討していきたいと考えています。
富士通テクノロジーホール
「テクノロジーで人を幸せにする」。我々はこの思いを胸に、様々なテクノロジーを生み出し、社会やお客様の発展に貢献してきました。Fujitsu Technology Parkにある富士通テクノロジーホールでは、富士通の量子コンピュータのモックアップ、AIなどの最新技術を見学することができます。
