大学で情報学を専攻していたため、コンピュータ以外の分野については、
ほとんど触れる機会がありませんでした。
大学院に進み、コンピュータサイエンスと人の認知にフォーカスする
異分野融合の研究に取り組むことで、はじめて認知科学に出会いました。
具体的には、自動車の運転中に、前の車が急ブレーキをかけた時の反応速度や、
眠気を感じている時にはどのくらい対応が遅くなるのかといった研究です。
人の認知に関する研究を進めることで、事故を防止する技術を生み出すことができるかもしれない。
研究結果がどのように使われるのかを想像しながら研究するのが楽しく、
卒業後も研究活動を続けたいと思うようになりました。
これが、私の「社会課題解決を支える技術の研究をしたい」という想いの原点でした。
原点は人の役に立つ研究成果を世の中に広めたいという想い
自力で解決できない難問に遭遇
入社後、私は視線検出技術(*1)の開発プロジェクトに配属されました。
視線検出技術とは、カメラで撮影した画像を使ってユーザーがどこを見ているか見つけ出す技術です。
通常、私たちはマウスやタッチパッドを使ってパソコンを操作していますが、
この技術は特に両手を動かすことができない時に役に立ちます。
ユーザーがパソコン画面のどこを見ているかを検出して、
ユーザーがしたい操作を実行してくれる便利な技術です。
ユーザーがどこを見ているのか判断するためには、目の動きを正確に検出しなければなりません。
しかし、人によって目の形が違ったり、メガネによる反射が発生したりすることで、
視線の検出精度が低下してしまう場合がありました。多くの人にこの技術を使ってもらうためには、
様々な状況を網羅的に想定し、状況に応じて発生する検出精度の低下を解決していくことが必要です。
振り返ると、課題の洗い出しがとても大変でした。
当時、私は一人ひとりの目の形の微妙な違いを高精度に検出するという課題を解決するため、
自分一人でその計算モデルを作ろうとしました。
しかし、その課題を解決するための大量のデータ取集や計算モデルの構築に時間がかかり、
限られた時間内で結果を出せるかどうか未知数でした。
気が付いた時には、次第に他の課題が増え、結果としてやるべき重要なタスクに着手できず、
期限がどんどん迫ってきました。
先に対処すべき大事な課題が見えなくなって、チームの進捗を遅らせることになり、
計画に支障が出てしまいました。
視線検出技術の製品化がもたらす喜びを体験
私は、「過去に生きるな」という言葉に支えられてきました。
昔聞いていたあるラジオ番組で聞いた、
「過去の辛い記憶や苦い経験を全く無いものにするということではなく、
次のステップに進むためにこの言葉を思い出します」
と解釈する方の話が心に響き勇気づけられたことがあります。
失敗で落ち込んでいた時も、この言葉を思い出しました。
私は気を取り直し、事実の分析をし、プロジェクトのリーダーと開発の方向性について再検討しました。
一人ひとりの目を高精度に検出する計算モデルの作成は、現在のリソースでは難しいと判断し、
リーダーのアドバイスで汎用的なモデルの開発に課題シフトをしました。
その結果、眼鏡に風景が映り込んでいる場合でも、
検出精度が低下することのない解決策を提案することができました(*2)。
今でも、当時相談に乗ってくれたリーダーには感謝の気持ちでいっぱいです。
その後、パソコンに、小型カメラを用いた視線検出技術が搭載され(*3)、
製品として一般ユーザーに使ってもらうことを初めて体験しました。
実際に使ってもらえる技術を作りたいという想いで入社したので、
展示会で自分の技術がどのように活用できるのかを紹介された時や、
お客様からポジティブなフィードバックやお褒めの言葉をいただいた時は、何より嬉しかったです。

信頼が生み出す期待
学生時代に、子どもたちの創造力を高める教室でアルバイトをしていました。
子供たちと一緒にブロックでさまざまなものを組み立てたり、
身近な物理現象を分かりやすい例で教えたりしました。
教室での子どもたちの活躍を新聞のような形にまとめ、それぞれのご両親にお渡していたのですが、
子どもたちがどんなことを考えていたのかをしっかりと伝えたかったので、いつも楽しく作成していました。
この活動を続けるうちに、「担当してくれてありがとう、これからもよろしく」と、
子どもたちのご両親から言って頂けるようになりました。
今振り返ると、信頼され、期待を持ってもらうサイクルが回り始めたのだと思います。
研究開発の仕事も同じで、はじめは「知らない人」でも、信頼されることで、
次の期待をいだいてもらうことができます。
だからこそ、自分も期待に応えられるように頑張れるのです。
安心・安全な社会の実現に向けて
私は現在、ミリ波センサーを使ったプライバシーに配慮した人物骨格推定技術の研究をしています(*4)。
一般に普及している安価なミリ波センサーは、点群情報が少なすぎて骨格推定ができませんでしたが、
時系列の点群情報を使って拡張し、一般的なミリ波センサーでも骨格推定を実現しました。
これにより、病院や介護施設でカメラを設置せずに、
患者や高齢者の転倒前後の行動などを詳細に分析できます。
最近では、この技術を国際会議のデモセッションで発表し、
想定している利用シーンも含めて会議に参加された皆さんに共感していただき、
賞も受賞することができました(*5)。
利用者の安心なくらしを手助けする技術が開発できたら嬉しいです。

最近は研究の関係で人文社会科学の先生方と会話する機会が増えています。
私は将来、人がどのように考え、どうしてそのような行動を起こしたかなど、
社会・心理的な側面を考慮した行動をデジタル技術で明らかにし、
社会課題の解決につながる研究をさらに推進したいと考えています。
人文社会科学の研究手法や知見を得ることは、技術の社会実装を検討する上で重要です。
例えば、特殊詐欺犯罪の未然防止や、高齢者社会における生活の質向上、
教育格差への対策などの社会的な課題に関わります。
自分が今まで経験したことを活かし、これらの課題解決に取り組み、
今後も社会に寄り添った技術を創り上げることを目指します。

Yoshioka Takahiro
コンバージングテクノロジー研究所
大学院 システム情報科学府卒
2012年入社
「期待と信頼のサイクルを保ち続ける」
編集後記
過去に自分をサポートし育ててくださった方々への感謝を忘れずにいる彼の素直な気持ちが心に響いた。彼は自分の研究開発のキャリアを折り紙のようなものに例えた。折り紙は1枚の紙から様々な形を作ることができるが、複数の折り紙を組み合わせた作品もあるように、研究開発もいろいろな技術を開発して組み合わせていくことで、最終的に目指すことを実現するのが折り紙に似ていると彼は語る。そして、みなさんも一日の研究や仕事がどんなに忙しくても、自分が好きなことをやる時間を必ず作ってほしいという、彼からのアドバイスに共感した。