危機を機会に:テクノロジーが促進するサステナビリティ・トランスフォーメーション

Fujitsu ActivateNow Technology Summit, Silicon Valley 2023 レポート

2023年3月10日

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富士通は2023年2月22日、カリフォルニア州マウンテンビューで、グローバル・テクノロジーイベント『Fujitsu ActivateNow Technology Summit, Silicon Valley 2023』を開催した。テーマは『危機を機会に変える:テクノロジーが促進するサステナビリティへの転換』だ。
先端テクノロジーが持つ課題を有識者らと共に議論する『Fujitsu ActivateNow: Technology Summit』は、2022年に初めて開催され、今回は2回目となる。前回はオンライン形式で行われたが、今年は初めてのリアル会場での開催となり、期待も高まった。サステナビリティをいかにテクノロジーによって実現するかと共に、高性能コンピューティング(HPC)や量子コンピューティングという最先端の計算処理を、どのように効率的に運営していくのかという話題も含まれ、テクノロジーに携わる人々の責任感も感じられたイベントともなった。今回のイベントがコンピュータの発展を展示するコンピュータ歴史博物館を会場としたことは、その意味でふさわしいものに感じられた。

富士通が注力する5つのテクノロジー分野とは

冒頭の挨拶に立った富士通CTOのヴィヴェック・マハジャン氏は、富士通の総合的な戦略について説明した。
「われわれの目的は、イノベーション、トラスト(信頼)、サステナビリティという3つのキーワードに集約されます」と同氏は口火を切った。それらは相互に結びついており、イノベーションはテクノロジーなしでは成立せず、レジリエンスも含めたサステナビリティという将来を見据えたトラストを顧客から得られなければ、ビジネスとしては成り立たない時代になっているとする。だからこそ社内で行われる研究は重要で、ここから生まれるテクノロジーは危機を機会に変えるキーとなるものと述べた。
富士通は18ヶ月前に今後注力する5つのテクノロジー分野を決定している。コンピューティング、ネットワーク、AI、データ&セキュリティ、コンバージングテクノロジーだ。コンバージングテクノロジーとは、これらテクノロジーをビジネスや社会において人間的に活用することで、そこには社会科学や哲学、行動科学などの知見が必要とされる。ヴィヴェック氏は「今や顧客は企業の名前だけで導入を決めるのではありません。どれだけ優れた視点を持ったテクノロジーかで選ぶのです」と語り、現在のビジネスに臨む姿勢に言及した。
コンピューティング分野については、量子コンピューティングが次世代のイノベーションを牽引することは明らかだが、現時点では安定したハードウェアがない。一方、HPCでも富士通が独自の2nm半導体を設計するなど多くの進歩が起こっている。今後はHPCと量子コンピューティングのハイブリッド利用に注目すべきで、HPCも利用ケースをさらに拡大できると強調した。そうした中で、Digital Annealer(デジタルアニーラ)を利用した最適化ソリューションや、開発に成功した39量子ビットの量子シミュレータは実用段階に入っており、ハンブルク港のシステム最適化などの例を紹介した。
AI分野については、現時点では潜在的可能性の1%が実用化されているに過ぎず、今後の発展は莫大なものだと語る。富士通としては、イノベーションを推進するプラットフォームとして、関係性に基づいて判断するグラフAI、因果関係について人間的な論理を用いた説明や予想が可能なAI、倫理やセキュリティを担保するAIトラストを挙げた。セキュリティ分野ではWeb 3.0技術を利用して、顧客と共に利用ケースをコ・クリエート(共創)していくとする。ネットワーク分野では、分散装置や統合装置の機能が仮想化するネットワークのクラウド化が進み、6Gの研究では電子工学と光通信学を統合する技術を模索していると述べた。
最後に、ヴィヴェック氏が再び重要性を強調したのはコンバージングテクノロジーだ。コンバージングテクノロジーは政策をデジタルでリハーサルすることにも利用可能だ。交通の便を損なうことなくどう炭素排出を抑えるか、都市を平時と緊急時両方に対応できるよう計画するにはどうすれば良いかといった課題では、シミュレーションから得られるフィードバックが大きな役割を果たすはずだ。すでに川崎市がスマートシティを目標としたエコシステム構築を計画しており、富士通も関わっているという。
富士通は、北米、インド、中国、ヨーロッパ、イスラエルにも研究所を持ち、世界の有数大学と共同リサーチを進めており、これを一つの研究組織として捉えているとヴィヴェック氏は語る。「イノベーションの速度は速く、世界中の才能を必要としているからです」と同氏は締めくくった。

コンピュータ・アーキテクチャーの新たな黄金時代

Fujitsu ActivateNow Technology Summit, Silicon Valley 2023では、2つの基調講演が行われた。いずれもコンピュータの歴史を振り返り、未来を見通すような内容だ。最初の講演は、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)のデビッド・パターソン名誉教授によるものである。
パターソン教授は1982年から1983年にかけて、UCBとDARPA(国防高等研究計画局)の前身であるARPAとのVSLIプロジェクトを指揮し、それが後にRISCプロセッサーの先駆となった。2017年には、コンピュータ界のノーベル賞と呼ばれるチューリング賞をジョン・ヘネシー氏(元スタンフォード大学総長)と共に受賞した。講演のテーマは『コンピュータ・アーキテクチャーの新たな黄金時代: 歴史とチャレンジ、そして機会』だ。
パターソン教授は、マイクロプログラム、CISC、RISC、マイクロプロセッサー開発などに触れて、1960年から2010年までのコンピュータ・アーキテクチャーの発展を振り返った後、現在はムーアの法則後の時代にあり、これまで通りの進化は望めなくなっていると語った。企業はチップレット開発やマルチコア化、DSA(ドメイン固有アーキテクチャー)開発などの努力を続けてきたが、その一方で今、新しい黄金時代が開けているという。
それはAIで、特に膨大なデータから独自に学習を行うニューロン・ベースの機械学習をプログラミングに導入することだ。「つまり、コンピュータが賢くなるようなプログラムを書くより、プログラム自身が賢くなるようにする方が簡単だ、ということです」と同教授は説明する。そのために必要な膨大なコンピューティング能力を得るため、グーグルは機械学習に特化させたTPU(テンソル・プロセシング・ユニット)を15ヶ月で開発し、その後各社が同様のDSA開発に乗り出しているのが現況で、大きなインパクトを持つ動きと同教授は語った。
パターソン教授が最後に触れたのは、機械学習が必要とする計算量とその炭素排出量の問題で、その環境負荷は2024年には1000億ドルにも達するという、到底サステイナブルではない予測がある。その一方で、関係者らの努力によって排出量を削減できる手段も挙げた。それは、学習モデルの改良、最新のGPUやTPUへのマシンの切り替え、データセンターのメカニズムの効率化、そして地理マップ上で最適の場所を選ぶという「4M」での配慮だ。このベストプラクティスを実現することで、機械学習のエネルギー効率を750倍近く向上させ、エネルギー消費量を100倍、温室効果ガス排出量を1000倍削減することができるという。
パターソン教授の講演は、コンピュータの歴史と展望を俯瞰し、開発者たちに貴重なポイントを指し示す内容を持つものだった。

サステナビリティをテクノロジーで実現する、さまざまなアプローチ

この後、3つのパネルセッションが行われた。いずれも、サステナビリティ実現のためにテクノロジーを利用するアプローチを物語るもので、その多様性には目を開かされる。
最初のパネルセッションのテーマは、『次世代のサステナビリティ実現のためのコンピューティングの役割』である。ここでは、コンピューティングが科学にもたらす最適化、効率化という効果と共に、コンピューティング自体をどうサステイナブルに運営するかという2つの視点から議論が行われた。

パネリストの一人、NASAエイムズ研究所のウィリアム・シグペン氏は同研究所で使われるHPCの運営を担ってきた。NASAのHPCは消費電力の25%を冷却に用いていることがわかっており、これを減らすために屋外の空気取り入れてデータセンター内を冷却するモジュール設計について説明した。現在は試作段階にあるが、興味深い試みだ。
アンモニアは広く肥料や工業用に利用される素材で、将来燃料としての利用も期待されている。そのアンモニアをクリーンに生産するための電解装置の開発を行なっているのは、アイスランドが拠点のアトモニア(Atmonia)社である。空気と水に加える最適な触媒を発見するために、富士通との共同研究が進行中だ。「計算化学を用いて化学反応をシミュレーションし、シンプルなアンモニア生産を実現したい」と同社CEOのグオビュルグ・リスト氏は語った。
米国富士通研究所主任研究員のサルヴァギャ・ウパデハイ氏は、富士通ではHPC、デジタルアニーラを含む量子インスパイアード技術、そして量子コンピューティングを組み合わせて複雑な社会問題の解決に向かうと述べ、研究開発や応用の現状を説明した。量子コンピューティングの分野では、理化学研究所と共同研究を行う連携センターを2021年に設置しており、2026年までに1000量子ビット級の超伝導量子コンピュータを完成させたいとした。

午後に行われた二つ目のパネルセッションは、『未来のサステナビリティへの転換におけるAIのインパクト』がテーマだ。主にビジネスや社会面でのサステナビリティに関するテクノロジーが議題となった。スタンフォード大学ビジネススクールで教壇に立ち、2021年のノーベル経済学賞受賞者であるグイド・インベンス教授は、因果関係を解き明かして政策に反映するといったことに携わってきたが、従来のような実験ができないケースや、近年のように複雑な要素が関わる社会事象の解明にはAIが大きな役割を果たすと語る。サステナビリティ実現のためには、例えば人がいない時間を推測して照明を消すなど、「人が注意しきれない小さな効率性」の実現にAIを使うことも効果的だという洞察を述べた。
社会の幅広い相関関係を浮かび上がらせるグラフAIのソフトウェアを開発するラールス(LARUS)は、現在富士通と説明可能なAIを導入したプラットフォームを共同開発中で、不正取引の検出などに取り組んでいる。同社CEOのロレンゾ・スペランゾーニ氏は、「サステナビリティはさまざまな要素が複雑に関連し、さらにデータがサイロ化していることが解決の障害となっています」と語った。その中で、デンマーク工科大学が進めるAMICaプロジェクトのように、多くの知見を関連づけるナレッジグラフの利用が始まっていることに希望を持っていると述べる。
米国富士通研究所のAIラボでプロジェクト・ディレクターを務める小橋博道氏は、AIがサステナビリティに貢献するのは、設計や製造、品質管理作業などにおける自動化、そして上述したアトモニアでの触媒発見のようなディスカバリーにおいてだとした。コストや人手の節約がもたらす影響は大きい。

Web3.0は、サステナビリティ実現にどう貢献するか

最後の3つ目のパネルセッションは、『Web 3.0が牽引する次世代のサステナビリティ』について議論が交わされた。企業の気候変動対策と気候監査報告を、ハイパーレジャー(分散元帳)の仕組みを用いて行えるよう開発を推進しているのは、ハイパーレジャー財団のグループである。同財団はLinux財団が支援するが、ハイパーレジャーへの期待からLinux財団の中でも最も速くプロジェクト数が増えており、金融、医療、製造など幅広い分野での応用が始まっている。
同財団CTOのハート・モンゴメリー氏は、「互いに信頼関係にない企業間でも、普遍的な真実のデータ空間を通して安全にやり取りできることが、ハイパーレジャーの特長です」と説明する。気候変動対策と気候監査報告のプロジェクトでは、サプライヤーまで含めたサプライチェーン全体のデータを集め、そのデジタルアセットを元に、行政や市場も含め、ガバナンスも分散した効率的なマーケットプレースができる。
ハイパーレジャーを使いやすくする企業レベルのソリューションを開発するインディシオ(Indicio)のヘザー・ダールCEOは、これまでトラストを確立するのは非常に非効率的、非効果的だったが、ハイパーレジャーによってデータとアイデンティティが紐付けされ、データの質やアナリティックスの質が向上し、それがサステナビリティの課題に取り組む際には大きな助けとなると語る。
米国富士通研究所CEOのインドラディープ・ゴッシュ氏は、同社が開発した「Fujitsu Web3 Acceleration Platform」について説明した。同プラットフォームは、パートナー企業にトラスト、ブロックチェーン、コンピューティングの諸機能をサービス(CaaS)として無償で提供してコ・クリエートすることで、信頼性の高いデジタル・エコシステムへの移行を加速化しようとするものだ。
このセッションには会場からも数々の質問が寄せられ、関心の高さが窺われた。

HPCの進化と未来

テネシー大学ノックスビル校のジャック・ドンガラ名誉教授による最後の基調講演は、HPCの進化と今後の問題点に関するものだった。同教授は1993年以来用いられているHPCのパフォーマンスを計測する『Top 500』で、重要な指標となったリンパック・ベンチマークを考案したことで知られる。
ドンガラ教授は今、HPCが転換点に差し掛かっていると語った。パフォーマンスを向上させるために多大なコストがかかること、デナード則やムーアの法則が成り立たなくなりトランジスタが高価になっていることが背景にはある。一方で、気候予測や素材開発のシミュレーション、デジタルツインなど、トップクラスのHPCは科学計算分野で不可欠なツールになっている。
同教授は、オークリッジ国立研究所とヒュ―レットパッカードが開発したフロンティア、富士通も開発に関わる理化学研究所の富岳、中国が開発中とされるHPCなど、代表的なHPCのシステムを解説した後、AIの導入と共に、グーグル、アマゾンなどの新しいプレーヤーがハードウェアのエコシステムを作り始めていることに触れた。これらの企業はまた、従来のHPC開発企業より数倍から数10倍の企業評価価値を持っている。科学計算の分野にこうした企業が関わるような将来が望ましいが、大規模科学装置となったHPCへの商業的インセンティブをどう上げるかは課題だとした。

さて、『Fujitsu ActivateNow Technology Summit』は富士通で進められている主な研究を紹介する場でもある。今回は先述したコンピューティング、ネットワーク、AI、データ&セキュリティ、コンバージングテクノロジーという5つの戦略分野と、スタートアップとのコ・クリエート分野から合計16の研究が公開された。
その中で『ソーシャルデジタルツイン』は、複雑な要素が関わる社会問題の解決に、実際のデータと人間の行動モデルなどを統合しデジタルリハーサルを行うことで最適解を求めようとするもので、会場では道路の有料化と炭素排出量、人々にとっての便利さがどう相関的に変化するかがプレゼンテーションされていた。また、『行動分析技術Actlyzer』という研究では、人の動きから何をしているのかを判断できる仕組みを見せていた。あらかじめ深層学習させたモデルが約100の基本的行動を認識し、その組み合わせから振る舞いを判断できるというもので、医療や製造現場など幅広い利用が期待される。

コンピュータの進化の歴史の上に立ち、同時にテクノロジーの転換点で目前に開かれた可能性を展望する。『Fujitsu ActivateNow Technology Summit, Silicon Valley 2023』は、人間、社会、環境といった重要な領域で最先端テクノロジーが大きな役割を果たせると実感できるイベントとなった。


執筆者情報

編集者・ジャーナリスト

瀧口範子

シリコンバレーと日本を往復して活動する。テクノロジー、ビジネス、政治、国際関係や、デザイン、建築に関する記事を幅広く執筆。シリコンバレーやアメリカにおけるロボット開発の動向についても詳しく、ロボット情報サイトrobonews.netを運営して情報発信を行っている。

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