子供の頃の記憶と言えば、科学実験でした。
小学校の理科の授業では、薬品を混ぜたとき化学反応で色が変化したり温度が変わったりするのが楽しく、自分で手を動かして実験するのが大好きでした。
花火大会では、様々な金属の燃焼による鮮やかな光と色が夜空に広がる様子に魅了され、学んだ知識が生活に結びついていることを実感しました。
高校生になり、授業の実験で抽出した有機化合物が、市販の消炎鎮痛剤や解熱鎮痛剤に含まれていることを知り、人の生活に役立てることを強く意識しました。
化学の実験を通して化合物の組成と特性を学び、それらが人々の生活にも密接に関わっていることが分かってくるにつれて、化学で人の役に立つ職業につけたらいいなと思うようになりました。
最新の情報をキャッチし、新しい発見を楽しむ性格は昔も今も変わりません。
生活を支え、より便利な世の中をつくるための学問は化学以外にもあります。それは私の興味と好奇心をくすぐり、もっといろいろな分野を知りたいと思うようになりました。
世の中のトレンドや情報を吸収していくうち、データ利活用の情報学に興味を持ち始め、大学では情報工学に進学することに決めました。
当時は、ビッグデータというキーワードが世の中で注目され、データを扱うための技術が多く出てきた時期でもありました。
位置情報の機能で道路の混雑状況を把握し、利用者に最適ルートを薦めるナビゲーションサービス、顧客の性別や年齢、価値観やライフスタイルを把握した上で、顧客の好みの商品をお勧めするサービス、患者の医療情報を活用して、治療に役立てる医療システムなどの技術が、次々と開発されていました。
「新たな発見を後押しするための仕組みがこんなに盛んに研究されているんだ」
これは、私にとって発見でした。
日々新しい技術に触れ過ごした大学時代、最新の技術を世の中の人々に利用してもらいたいという思いがつのり、技術の社会実装を実現するため、富士通に入社しました。
入社後しばらくの間は、分散システム(*1)やエッジコンピューティング(*2)に関するプロジェクトに携わっていました。
実際には、新しく立ち上がった研究テーマのプロジェクトに参加し、オープンソースソフトウェア(OSS)を活用して一つのシステムとしてプロトタイプを組んでいく、という業務が多かったです。
この期間は、様々なOSSに触れることができ、とても楽しかった一方で、データ量やシステムの規模が大きいほど必要となる機能や活用するOSSが増えるため、初めはシステムの全体像を描くことが本当に大変でした。
大学の時は、個人の利用者に向けて役に立つ技術が何かという観点で考えることが多かったのですが、富士通で研究開発を行ううちに、個人向けのサービスだけにとどまらず、公共サービスや社会を支える企業向けに役立つ技術を目指す必要があるのだ、ということを強く思うようになりました。
そのため、与えられた機会を大切にしたいと考え、知識をスポンジのように何でも吸収するように心がけた、充実した日々でした。
コツコツと研究開発に取り組む中、2021年から、情報通信などのトラスト技術の研究に新しく携わることになりました。
このプロジェクトでは、「Trustable Internet(信頼できるインターネット)」(*3)の実現に関連する研究開発を行い、インターネット上で信頼に基づいたデータのやり取りの実現を目指しています。
現在は、将来必要となりうる機能や要件を洗い出しながら議論し、研究していますが、これまでエッジコンピューティングの研究開発で積んできた経験が生かされている、と感じています。
「信頼できる技術の仕組み作りのため、アメリカの大学に留学させてください」
環境を変えることで研究開発の視野を広げ、今の研究をより一層進めたいと考えたためですが、数年前の経験も大きなきっかけでした。
それは、海外の学会で出会った研究者と私自身の研究とバックグラウンドについて会話したとき、端的に内容を伝えられず焦りを感じたことです。
つたない英語だったからこそ、重要なことを絞り込んで説明する必要があり、伝えることの重要性を痛感しました。
そこで、視野を広げること、人に伝える力、両方を身につけるため海外留学のチャンスに手を挙げました。
2022年に、富士通の研究所からカリフォルニア大学デービス校へ1年間の留学機会が与えられ、渡米しました。
現在、大学ではサービス利用者の倫理的な判断を支援するための仕組みを研究しています。
企業がサービスを通して利用者へ情報や商品を提供するときに、それが利用者や社会にとって、どのように、なぜ、倫理的にどれくらい良いのか・悪いのか、を理解できるようにするのです。
例えば、スーパーで利用者にワインの割引クーポンを配るとします。
しかし利用者が妊婦の場合、そのクーポンの商品が健康上の悪影響を及ぼすことが考えられるため、どのような影響がありうるかを伝えるのです。
利用者の倫理的な判断を支援する情報も提供することで、企業も利用者や社会にどう対峙しようとしているかを示すことができます。
情報への信頼性と倫理的な観点を、システムの設計や将来の技術に取り込むべきなのではと考えるようになりました。
私が研究開発に携わる上で一番大事にしたいと考えていることは、利用者の役に立つ技術を開発することです。
利用者から具体的な要件がある場合と、答えのない未来の研究開発、両方を考えなければならない時がありますが、利用者はどのようなものが欲しいのか、どういう機能が役立つか、ということを常に考え続けています。
未来のサービスやシステムの全体像を考えるときは、どんな使い方が考えられるか、色々な観点で考えてみます。過去の調査やデータ分析を踏まえて、新しい使い方や見せ方ができないか、考えるのはとても楽しいです。
信頼や倫理を扱う技術開発では、その技術そのものがなぜ信頼できるのかを示すことも極めて重要です。それを忘れることなく、自分の技術により、少しでも利用者の役立つものができたら嬉しいです。
そのため、今日も知識の吸収と実践を両方積み重ねています。