技術者インタビュー 産学共同研究トークセッション

ロボットやエネルギーまで「デジタルアニーラ」を活用した共同研究
早稲田大学と富士通が語る

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組合せ最適化問題を高速に解くことのできる富士通の量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」は、これまでに材料科学、エネルギー、デジタルマーケティングなど様々な分野で数多くの成果を上げてきました。そうした中、早稲田大学と富士通は同技術の新たな応用分野を切り拓くべく「Fujitsu Co-Creation Research Laboratory at Waseda University」を設立し、独創性に富んだ共同研究を進めています。今回は、早稲田大学 次席研究員の大谷拓也先生、吉田彬先生と研究に従事する大学院生の政谷巧樹さん、志賀祐亮さん、富士通のMatthieu Parizy主任研究員、石田雄一研究員に、共同研究の内容について話を伺いました。

2022年7月6日 掲載

  • 大谷 拓也 氏

    Otani, Takuya

    早稲田大学 理工学術院総合研究所
    次席研究員(研究院講師)

  • 吉田 彬 氏

    Yoshida, Akira

    早稲田大学 スマート社会技術融合研究機構 動力エネルギーシステム研究所
    次席研究員(研究院講師)

  • 政谷 巧樹 氏

    Masaya, Koki

    早稲田大学
    理工学術院 大学院創造理工学研究科

  • 志賀 祐亮 氏

    Shiga, Yusuke

    早稲田大学
    理工学術院 大学院基幹理工学研究科

  • マチュー・パリジ

    Matthieu, Parizy

    富士通株式会社 研究本部 量子研究所
    最適化テクノロジーPJ 主任研究員

  • 石田 雄一

    Ishida, Yuichi

    富士通株式会社 研究本部 量子研究所
    最適化テクノロジーPJ 研究員

社会課題解決に向けて2つのテーマで共同研究を開始

まずは各先生の研究分野、および早稲田大学の特長について紹介してください。

大谷氏

私はロボットの分野で研究を行っています。1973年に世界で初めての人間型ロボットを開発した加藤一郎先生、その研究を引き継いだ高西淳夫先生のもとで研究に従事してきました。早稲田大学のロボット研究の歴史は古く、これまでに培ってきたノウハウや技術の蓄積が豊富なことが大きな特長です。高西研究室は人間型ロボット自体、ハードウェアに強みがありますが、研究室が単独でロボット研究を進めるというよりも、例えば画像解析を得意とするような学内外の他研究室・企業と協力し、それぞれの強みを持ち寄った共同研究に取り組んでいます。

吉田氏

私が携わっているのは、エネルギーリソースアグリゲーションビジネス(ERAB)(注1)、およびそれを実現するバーチャルパワープラント(VPP)(注2)の研究です。技術者の立場から社会経済学の先生とともに、新しい技術の開発と社会普及に向けた学際的な研究に取り組んでいます。早稲田大学は総合大学として、各専門分野の技術や方法論を適切に組み合わせ、多くのOBが活躍する産業界の支援も受けながら社会課題を解決する新たな価値を機動的に創造できるところに大きな強みがあると考えています。

  • 注1:
    エネルギーリソースを制御して需要を調整するデマンドレスポンス(DR)の仕組みとVPPの技術を利用して、電力事業者(一般送配電事業者や小売電気事業者、再生可能エネルギー発電事業者など)や需要家に各種サービスを提供するビジネス
  • 注2:
    企業・自治体などが所有する生産設備や自家用発電設備など、分散しているエネルギーリソースをつないで一元的にコントロールすることで、1つの発電所のように機能させる仕組み。仮想発電所とも呼ばれる
「人の感覚と実際のロボットの動きとのズレ」の課題解決にデジタルアニーラを活用と話す大谷氏
「数千軒の世帯の電力量を束ねたうえで高速に最適化で自動制御」の課題解決にデジタルアニーラを活用と話す吉田氏

デジタルアニーラの共同研究に応募した理由、期待する点について、それぞれの研究テーマの概要とともにお聞かせください。

大谷氏

人間型ロボット研究の大きな目標は、ロボットの運動能力を人間に近づけることです。しかし現在のロボットの運動能力・運動中の安定性は人間に及ばない部分が多く、ロボットが自律的に意思決定・制御できるようになるまでにはまだ時間がかかります。
そこで私たちが研究テーマとして取り組んでいるのが、ロボットを人間が遠隔操縦しようというものです。ただし、ロボットと人間の体は構造が大きく異なります。いまのロボットは見た目こそ人間に近づいたものの、関節の数や腕の長さなど多くの違いがあるために、自分の感覚でロボットを操縦しようとしても、うまく動かせない問題がよく発生します。この「人の感覚と実際のロボットの動きとのズレ」はこれまで人が手探りで微調整していたのですが、その負担が大きいことが課題でした。この課題解決にデジタルアニーラが活用できるではないかと考え、共同研究に応募しました。

吉田氏

私の研究テーマは、2050年のカーボンニュートラルに向けてエネルギーリソースの運用制御手法を開発するというものです。例えば、東京電力管内の再生可能エネルギー比率はピーク時に約40%を占めていますが、悪天候が続いて太陽光発電による電力供給が減り、さらに石油・石炭・LNGなどの調達リスクが高まると、電力の安定供給が難しくなるという課題があります。そこでOT(オペレーションテクノロジー)とITを組み合わせてプロセスの自動制御を実現し、運用の意思決定を迅速化する研究を進めています。
しかしながら現在の電力市場のルールでは、最低入札量が1MW単位と決められているため、需要家の発電設備などから最低1MWの電力量を集める必要があります。ところが一般家庭の太陽光発電設備から得られる電力量はせいぜい1kWのスケールであり、数千軒の世帯を束ねたうえで高速に最適化しなければいけません。このような問題に悩まされていた中、デジタルアニーラを使えば大規模な組合せ問題を高速に最適化できそうだと分かり共同研究に応募しました。

マチュー

デジタルアニーラは「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にする」という富士通のパーパスを具現化する技術ですが、私はデジタルアニーラを楽器のような存在だと思います。つまり、いかに優れた楽器だとしてもプロのミュージシャンが演奏しなければ美しい音楽を奏でないように、デジタルアニーラも素晴らしい研究テーマ、アイデアを持つ研究者の方々が活用することにより初めて本領を発揮するわけです。
このようなデジタルアニーラの共同研究を推進するために、早稲田大学と富士通は2018年に包括的連携活動協定を締結しました。2019年度から公募による共同研究を開始し、2021年度は大谷先生のロボット研究、吉田先生の省エネルギー研究を選定しました。いずれもデジタルアニーラにふさわしい研究テーマだと考えています。

オンラインを駆使して研究が飛躍的に進む

コロナ禍が続く中、デジタルアニーラを活用した研究をどのように進めたのでしょうか。

大谷氏

人間型ロボットの操縦は、操縦者自身がロボットとの身体的ズレを視覚情報などから認識し動作指示を行っていました。このようにズレを考慮しながら操縦するには、ロボットに直接触れながら習熟していく必要があります。デジタルアニーラは、こうした問題を最適化することを目的に利用しています。具体的には人間の操縦に補正をかけ、ロボットの動きとの誤差を埋めるためのパラメータを、デジタルアニーラを使って最適化しています。
2020年度はコロナ禍によって大学へ行けずに研究が中断することもありましたが、2021年度に共同研究を始めてからは、パソコンがネットワークにつながっていればリモートからクラウド上のデジタルアニーラを使える状況になったので、共同研究はスムーズに進められました。

政谷氏

大谷先生がデジタルアニーラを使ってパラメータを最適化し、そこで得られたパラメータを私がロボット操縦に適用するという形で研究を進めています。このロボット制御のテーマは、間接的に関わっている人も含めて4~5人のメンバーで取り組んでいます。

吉田氏

私たちが取り組んでいるのはプロセスの研究ですが、エネルギー需給の最適化を行うには、実際に冷凍機や給湯機、蓄電池など様々なエネルギー装置・機器を触って理解し、エネルギーがどのように消費されるかを物理モデルに落とし込んで、仕組みを理解することが重要だと考えています。エネルギーを持つものは動かし方によって価値が大きく変わってくるので、最適化モデルの精度や品質を確かめるには現地に行く必要があります。
コロナ禍ではこうした部分に割く時間が限られましたが、一方でデジタルアニーラを活用することにより、制約式を目的関数に代入したりラグランジュ未定乗数法(注3)を使ったりといった最適化問題を解く解析処理の計算時間が大幅に短縮され、圧倒的な効率化のもと、進められています。

志賀氏

私が担当したのは、吉田先生が研究テーマとして取り組んでいる配水プラントの運用計画問題を、デジタルアニーラを使って解くことです。モデル自体は吉田先生に作っていただき,デジタルアニーラで求解するときのパラメータ調整をお手伝いしました。今年度から取り組んでいる地域冷暖房プラントを制御するという研究では、使いやすいモデルを考えるという部分から吉田先生をお手伝いしています。

石田

コロナ以前はリアルでコミュニケーションを図りながら、デジタルアニーラの活用についての支援を行っていました。また、共同研究をしている早稲田大学の先生・学生と富士通の開発者の間で課題を決めたディスカッションを行う技術交流会を定期的に開催し、技術的な議論や人材交流にも取り組みました。コロナ禍に見舞われたこの2年間は、オンラインでの打ち合わせ、メールによるやり取りを行いながら共同研究を進めています。
今後は状況が落ち着いたら、以前のようにカジュアルな形でお互い情報共有できるリアルなコミュニケーションの場を設けられればと思っています。雑談からヒントを得られることも多いですし、様々なテーマを持った研究室を横断でつなぐ場にもなります。

  • 注3:
    いくつかの制約条件のもとで、ある関数の値を最大化する数学的手法
大谷氏とロボティクス研究をすすめる政谷氏
吉田氏とエネルギー研究をすすめる志賀氏

簡略化せざるを得なかった膨大な処理を自動化し精度がアップ

デジタルアニーラを実際に使うことで、研究はどのように進展しましたか。

大谷氏

ロボットの領域ではこれまでも最適化問題を解くこと自体は行われていましたが、工場の産業用ロボットと人間型ロボットでは問題の規模が大きく違います。例えば産業用ロボットの関節は最低3つ程度ですが、人間型ロボットでは20~30もあり、それらが相互に影響し合うという複雑な最適化問題を解かなければいけません。そのために従来はシンプルなモデルに簡略化せざるを得ませんでした。しかし、デジタルアニーラを使えば複雑な最適化問題も解けるようになり、ロボットの動きをより人間に近づけられるようになると実感しています。

吉田氏

エネルギーの領域における古典的な最適化問題は、設計問題や運用計画が階層的な構造になっています。そうした階層間の相互作用も考慮しなければならないため、運用計画を解くだけでも、複数の機械に対するパラメータを逐次的に決めていく必要があります。また、いくつもあるアルゴリズムのどれがベストなのかも評価しなければなりません。このような膨大な処理をデジタルアニーラに任せることができるので、私たちが取り組んでいる研究テーマの技術を一般化して横展開していくうえで非常に役に立っています。

様々なテーマを持った研究室を横断でつなぐ場をつくりたいと話す石田
デジタルアニーラは楽器のようとその役割を話すマチュー

デジタルアニーラは社会的に重要な技術になる

今後はどのような研究を進め、社会に貢献していきたいとお考えですか。富士通への期待も含めてお教えください。

大谷氏

ロボットの操縦にデジタルアニーラを使うことは、ロボットやバーチャルアバターを自分の身体の一部のように操縦することが当たり前になるこれからの社会に重要な技術になると思います。ロボット操縦の分野はかなり幅広く研究者も増えている状況ですが、ぶつかりそうな問題は共通していますから、そこにデジタルアニーラを適用して問題の解き方を示せるのは非常に有益なことです。また操縦に限らず、デジタルアニーラをロボット分野で使うのは私の研究が最初のケースだと思うので、ロボット分野においてデジタルアニーラのような技術を活用するにはこうしたらよいといったエッセンスを提供できるように、これからも引き続き共同研究を進めていきたいと考えています。

政谷氏

企業との共同研究は早稲田大学の他の研究室でもすでに行われていることですが、デジタルアニーラのような高度なツールを用いた研究に学生としての立場で携わることができるのは貴重だと思っています。富士通さんには今後もこのような環境を引き続き提供していただきたいと思います。

吉田氏

私の研究では、エネルギー需給状況をデジタルツイン(注4)上に表示し、その現状把握に基づいて適切なモデルから最適化して適切に意思決定するといった取り組みを積み上げて「2050年カーボンニュートラル」の実現に貢献したいと考えています。この野心的な取り組みを実現するためにも、あらゆるエネルギーの課題を洗い出して抽象化し、デジタルアニーラを活用しながら設計運用制御の最適化モデルを構築し、横展開していきたいと考えています。

志賀氏

デジタルアニーラを最初に使用したのは第2世代のもので、制約式を含めた最適化計算に限界があったのですが、第3世代ではこの点が解消されて非常に使いやすくなり、その性能向上に感動しました。常に探究しつづけている研究員の方々の姿勢を目の当たりにし、今後もデジタルアニーラのさらなる進化が楽しみです。

マチュー

大谷先生、吉田先生の研究テーマには素晴らしい発想とビジョンがあります。今回紹介したロボティクスやエネルギー分野に関わらず、多様な分野に活用ができると開発した私たちも期待しています。現在、デジタルアニーラは、富士通の独自技術である大規模アニーリングコアによる最適解の高速な求解実現、利便性を向上させた第四世代をリリースしており、今後も、さらなる性能向上を進めていきます。様々な研究分野に対しデジタルアニーラが貢献していくことで、持続可能な社会の実現につながると確信しています。

  • 注4:
    IoTなどの技術を用い、現実の世界でのモノや環境に関するデータを収集してデジタル上で再現する技術。主に現実の空間にある機器や設備の動きをコンピュータ上でシミュレーションすること目的とする

当社のSDGsへの貢献について

2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)は、世界全体が2030年までに達成すべき共通の目標です。当社のパーパス(存在意義)である「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」は、SDGsへの貢献を約束するものです。

本件が貢献を目指す主なSDGs

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