English技術者インタビュー

ブロックチェーンのセキュリティや信頼性の課題にグローバルワンチームで挑む

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ブロックチェーンは暗号資産(仮想通貨)を支えるテクノロジーとして広く普及していますが、富士通研究所では企業のビジネスにおいても様々な可能性があると考え、研究開発を行っています。その中心となるのがセキュリティ研究所ブロックチェーン研究センターです。独自技術「コネクションチェーン」を活かし、ブロックチェーンのさらなる可能性を広げるその取り組みに関して日米の研究員に話を聞きました。

2021年1月22日 掲載

MEMBERS

  • Arnab Roy

    Arnab Roy

    (米国拠点)

    富士通研究所
    セキュリティ研究所 ブロックチェーン研究センター
    プロジェクトマネージャー

  • 小暮 淳

    小暮 淳

    Kogure, Jun

    富士通研究所
    セキュリティ研究所 ブロックチェーン研究センター
    特任研究員

  • 藤本 真吾

    藤本 真吾

    Fujimoto, Shingo

    富士通研究所
    セキュリティ研究所 ブロックチェーン研究センター
    シニアリサーチャー

  • 牛田 芽生恵

    牛田 芽生恵

    Ushida, Mebae

    富士通研究所
    セキュリティ研究所 ブロックチェーン研究センター

  • Hart Montgomery

    Hart Montgomery

    (米国拠点)

    富士通研究所
    セキュリティ研究所 ブロックチェーン研究センター

  • 高橋 康

    高橋 康

    Takahashi, Yasushi

    富士通研究所
    セキュリティ研究所 ブロックチェーン研究センター

ブロックチェーンにおける相互運用性の重要性

ビットコインをはじめとする暗号資産の普及に合わせて、それを支える技術として近年活用が広がっているのがブロックチェーンです。複数のコンピューターで分散したネットワークによって取引情報を記録する方式は、中央集権的な管理機能を持たずに改ざんや不正を防止できるとして注目され、現在ではその他の用途にも活用が広がり始めています。

「ブロックチェーンは、ネットワークの観点からも先進的なノウハウが活用されています。例えば、ブロックチェーン内で用いられているP2Pの技術はサーバーの耐故障性を向上させるので、データ保護の面から見て強固なインフラ構築に役立つ技術です。暗号資産だけではなく様々なデジタル資産を安全に管理するためのインフラとして期待できます」こう話すのは、ブロックチェーン研究センターにてシニアリサーチャーを務める藤本真吾です。

ブロックチェーンを応用することで通貨を用いない新たな経済圏を創出することもできます。例えば車の所有権の取引に同技術を適用し、車を持っている人が使わない時間に他の人に車を貸すカーシェアリングにも応用できるようになります。ブロックチェーンの世界では、例えば車の所有権にあたるものを“トークン”とし、トークンを様々な形で交換することで取引が可能になる「トークンエコノミー」という経済圏が生まれると言われています。

しかし、新しい技術には当然ながら課題が生じます。トークンエコノミーでの最大の課題は、異なるブロックチェーンを安全につなげることです。具体的には、上述のカーシェアリングの例でも車の利用権の管理と利用代金の管理は異なる経済圏、つまり異なるブロックチェーンによって成り立っています。それぞれの基盤や中身の違いに依存せず両者を接続することは技術的に容易なことではありません。

「こうした世界では、複数のブロックチェーンを連携させ、業界をまたいだ信頼性を構築すること、すなわちブロックチェーンの相互運用性を確保する技術が必要となるのです」と藤本は語ります。

集合写真

トークンエコノミー実現の鍵を握る「コネクションチェーン」

藤本が所属するセキュリティ研究所ブロックチェーン研究センターでは、こうした技術課題に対しての研究開発に取り組んでいます。もともとブロックチェーンに関する研究プロジェクトが立ち上がったのは2015年のことでした。

当時、ビットコインなどの暗号資産が大きく取り上げられる中、P2Pを用いたオープンな決済や暗号資産としてみたときに、「土台の公開分散台帳技術であるブロックチェーンに大きな潜在性を感じた」と同センター 特任研究員の小暮淳はいいます。

「ブロックチェーンのベースには、ハッシュ関数、電子署名といった暗号の要素技術が使われています。これらは富士通が今まで研究してきた分野であり、我々の知識を活用してブロックチェーンの可能性を広げることができるのではないかと思いました」(小暮)

そして、先に指摘した課題の1つである「異なるブロックチェーンの連携問題」に対して、富士通研究所が開発したのが「コネクションチェーン」です。藤本は先述のカーシェアリングに例えてこう説明します。

「例えば、車の所有者が、他人に車を貸し出すにあたってお金を払ってくれるのか、きちんと車を返してくれるのかなど疑いだすときりがありません。コネクションチェーンは、こうしたお互いを完全には信用できないユーザー間での取引の信頼性を高める「エスクロー取引機能」を備えています。エスクロー取引では、ある条件を満たさないと取引が実行されないように一時保留とします。例えばカーシェア利用時に前金として、利用代金の送金を預託(エスクロー)し、それを受けた形で指定した車の使用権が利用者に移転されます。もし、なんらかの理由で車が借りられなかった場合には、支払いの条件を満たさなかったとして、預託中の代金がユーザーに返金する、ということが可能になります」。

ブロックチェーン同士を安全につなげる技術「コネクションチェーン」~異なる暗号資産間での決済を簡単・安全に実行する概念図ブロックチェーン同士を安全につなげる技術「コネクションチェーン」
~異なる暗号資産間での決済を簡単・安全に実行する概念図

富士通は2017年にコネクションチェーンを開発し、顧客との実証実験を進めた後で、オープンソースプロジェクトにすることにしました。アクセンチュア社も同様の技術を開発していたことから、共同でLinux Foundationの下にあるオープンソースのブロックチェーンプロジェクト「Hyperledger」に新規プロジェクト設立を提案したところ、これが受け入れられて2020年に「Hyperledger Cactus」として発足しました。

このHyperledger Cactusプロジェクトは、米国拠点のメンバーが地の利を活かして活動を進めています。研究の中心的存在となっているのがスタンフォード大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得した直後に入社したHart Montgomeryです。

「Hyperledger Cactusはこれからのブロックチェーン普及で重要な役割を果たすと考えています。この技術を土台に使うことで企業はブロックチェーンソフトウェアを構築できます。そのため、必要な部分だけを使用できるモジュラー構成を採用しています」とMontgomeryは話します。

ブロックチェーンと相性が良いオープンソース

ブロックチェーン研究センターがHyperledgerで取り組んでいるもう1つの重要な活動が共有暗号ライブラリに関するプロジェクトである「Hyperledger Ursa」です。

「Hyperledgerでは数年前まで、それぞれのプロジェクトが個別に自分たちの暗号化を実装していました。このやり方では、暗号化コードに不具合があると取引が進みません。そこで、単一の暗号化ライブラリを用意してすべてのプロジェクトが利用できるようにしたのがUrsaです」とMontgomeryは説明します。

暗号技術も専門とするMontgomeryは、Hyperledgerプロジェクトでもその専門性が高く評価されており、選挙で選ばれるテクニカル・ステアリング・コミッティ(TSC)メンバーとして技術面での取り組みを率いています。

富士通とLinux Foundationの関係は古く、設立当初に遡ります。富士通は最上位のプラチナメンバーとして積極的に関わっていますが、ブロックチェーンは特にオープンソースの開発モデルと相性が良いと藤本は強調します。

「これまでのITシステムは、開発した自社製品をいかにして買ってもらうかが重要でした。しかし、ブロックチェーンの世界では参加してもらうことで価値が上がります。そこで我々も自社の技術を積極的に外部に公開して良さを認めてもらい、一緒に技術を育てていこうという共創型のビジネスを目指しています」(藤本)

透明性の高いブロックチェーンでプライバシーをどう守るか

ブロックチェーンの課題は相互運用性だけではありません。ブロックチェーンは、ビットコインのように誰もが参加できる「パブリックチェーン」と、同じ目的の企業が集まって作るクローズドなブロックチェーンである「コンソーシアムチェーン」の2種類に分類されます。エンタープライズ用途では主に後者が利用されます。その最大の理由がセキュリティや秘匿性の確保であり、ブロックチェーンの大きな課題の1つとなっています。同研究センターのコネクションチェーンの機能拡張を行うグループにて、プライバシー保護の観点から研究に取り組む牛田芽生恵は次のように説明します。

「ブロックチェーンは、データを共有し、そのやりとりをお互いが見えるようにすることで監視機能が働いていますが、今後、生活に根差した使われ方になるとデータに含まれるプライバシーをどう確保するかという問題が出てきます」

これに関連してどのような技術アプローチが存在するのでしょうか。同研究センターでセキュリティや暗号化の要素技術を研究する高橋康は、その技術の一例として「ゼロ知識証明」を紹介します。

「ゼロ知識証明は、秘密にしたいデータを知っていることを証明する時に、そのデータ自体を開示することなく知っているということだけを証明する技術です。暗号理論やプライバシー保護における重要な手法として1980年代に発明されたものですが、ブロックチェーンの台頭によって現在改めて注目を集めています」

そのほかにセキュリティの問題として挙げられるのが「鍵管理」です。「ブロックチェーンの多くは公開鍵暗号技術を使っていますが、ユーザー認証で使われる秘密鍵の情報が漏洩すると、なりすましが簡単にできてしまいます。この問題を解決するべく、鍵の分散管理の研究も進めています」と牛田は話します。なお鍵管理は、以前からセキュリティ業界の課題として挙がっていたものであり、セキュリティ研究所が培ってきた研究開発が活かされています。

プライバシーやセキュリティの研究は、「技術だけでは地に足がつかない議論になることが多いので、実証チームとのやりとりを重要視している」と牛田は続けます。特にブロックチェーンでは、スケーラビリティ(拡張性)が、プライバシーと並ぶ主要な課題であり、トレードオフとなる難しい関係ですが、連携しながら研究を行っているといいます。

牛田自身は、学生時代に「運命の出会いだった」と語る暗号技術に触れ、これまでプライバシー保護、サイバーセキュリティなどで知識を活かしました。二児の母でもある牛田は、育児休暇や時短勤務を活用して研究者としてのキャリアを築き、「常に自分のスキルを高めることを考えて、働き続けていきたい」と今後への意欲を示します。

グローバルで1つのチームだからこそできる課題へのアプローチ

ブロックチェーン研究センターでの取り組みは、日本、米国、中国の3拠点で進んでおり、拠点の壁を越えた“グローバルワンチーム”として研究を行っています。組織としては大きく分けて、標準化やオープンソースに関する取り組みを行うチーム、機能エンハンスとして技術開発を進めるチームの2つに分かれています。

コネクションチェーンとオープンソースプロジェクトHyperledger Cactusを担当する藤本は、情報工学系からこの世界に入り、現在では暗号セキュリティの専門家と一緒に研究開発をしています。「暗号理論だけではなく、それをどう使うかに興味を持っている」といい、Hyperledgerの活動が米国で活発であることから、毎週行われる米国チームとのビデオ会議での密なコミュニケーションは重要であるといいます。

藤本と同じチームの高橋は大学院時代に数学を専攻し、富士通研究所に入社した研究員です。現在では暗号理論などベースとなる技術の研究を主な業務とし、プロジェクトマネージャーであるFLAのArnab RoyやMontgomeryなど、米国チームの技術者とともに、同じくビデオ会議によるコミュニケーションを行いながら取り組みを進めています。

「富士通研究所では、基礎研究や基礎的な技術開発にも力を入れているところが魅力だと感じています。もちろん、企業での研究はアカデミックとは違い、常に最新の社会課題を捉え研究動向を追う責任と大変さがありますが、同時に面白さも感じています」(高橋)

なお、高橋は入社半年の頃に早くもアメリカで開催された国際会議で研究発表を行った経験を持ち、現地においても米国チームのRoyやMontgomeryと交流を持っており、こうしたコミュニケーションを重視した社風についても魅力の一つだといいます。

富士通研究所では、若手のうちから海外経験を積ませるための「若手海外派遣制度」も設けています。そのほか、小暮や藤本のように海外拠点での駐在経験をもつ研究員もいます。こうした取り組みを行う背景には、多様かつ得意な分野を持つ研究者が、“世界一”を目指すグローバルワンチームとして各プロジェクトで活躍することが、結果、社会課題解決の近道であるという考えがあるからです。

「攻めのセキュリティ」と「守りのセキュリティ」

調査会社Gartnerによるとブロックチェーンは過度な期待のピーク期(ハイプ)を過ぎ、今は主流の技術になる手前の段階に入りつつあります。

Montgomeryは「すでに食の安全で小売業が利用するなど、ブロックチェーンの用途は拡大しています。企業の関心は高く、我々の研究はブロックチェーンを簡単に、安全な技術にすることを目指しています」と語ります。

またRoyは、コロナ禍でオンラインへのシフトが進んだことに触れ、「信頼されるサービスへの需要は急激に増加しています。現実世界で我々が持っている信頼をどのようにしてデジタルの世界で実現するか。これは大きな挑戦です」といいます。

また利用用途拡大を目指すと同時に、安心して使えるためセキュリティ、プライバシー保護技術も引き続き求められる中で、牛田は次のように話します。

「プライバシーの社会的意義は高まっていくと思います。デジタルに早期段階から触れている若い人は、プライバシーへの感覚が磨かれており敏感になっていくと個人的に考えています。プライバシー保護技術に正解はありませんが、これがベストというものを見極め、それを実現する技術を開発していきたいです」

藤本は最後にこう締めくくります。「ブロックチェーンは金融システムに特化した技術と思われがちですが、我々は、今後の社会を支える技術と捉えています。セキュリティは事業継続の観点で保険のようにとらえる向きもありますが、ことブロックチェーンに関しては、むしろビジネスを起こしお金を生み出す“攻めのセキュリティ”と成り得るのです。我々は従来からの『守りのセキュリティ』とともに、こうした『攻めのセキュリティ』を加えた両面の研究開発に取り組み、技術を進化させていきたいと考えています」

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