クラウドネイティブ型電子カルテの真価
掲載日:2025年12月25日
少子高齢化、医師の働き方改革、そして新型コロナウイルスを経て、医療を取り巻く環境は大きく変化しました。特に、デジタル技術の進化は目覚ましく、クリニック経営においてもICTの活用は避けて通れないテーマとなっています。そうした中、最近よく耳にするようになったキーワードが「クラウドネイティブ」です。これは単なるIT用語ではなく国が推進する「医療DX令和ビジョン2030」の中核をなす考え方であり、これからのクリニック経営を成功に導くための羅針盤とも言えるものです。
しかし、「クラウドネイティブ」と聞いても、「結局、何がどう変わるのか?」「自院にとって本当に必要なのか?」と疑問に思う方も少なくないでしょう。本稿では、この「クラウドネイティブ」という考え方を深掘りし、なぜ今、この思想で設計された電子カルテを選ぶべきなのかを、クリニック経営者の皆様の視点に立って解説します。
1. 医療情報システム、3つのシステム形態
「クラウドネイティブ」について理解を深める前に、まずは現在の医療情報システムがどのような形態に分類されるのかを整理しておきましょう。システム形態は、大きく以下の3つに分けることができます。
1-1. オンプレミス型
これは、これまで主流だったシステム形態です。クリニックの院内に物理的なサーバーを設置し、その上でシステムを運用します。自院の運用に合わせて細かく現地対応が期待できます。
- 初期投資: サーバーやソフトウェアは導入施設単位で購入します。
- 運用管理: サーバーの管理に一定の知識が必要です。
- システム更新: 5~6年ごとにシステムを買い替える必要があります。
- 災害・サイバーセキュリティリスク: 地震や火災といった自然災害が発生した場合、そしてサイバー攻撃を受けた場合、データが失われるリスクがあります。
1-2. クラウドリフト型
オンプレミス型のシステムを、大きな変更を加えることなく、そのままクラウド上のサーバーに移行したシステム形態です。院内にサーバーを置く必要がなくなり、管理の手間が減ります。システムの基本設計はオンプレミス型と同じです。
1-3. クラウドネイティブ型
これからの時代に求められるのがこの「クラウドネイティブ」です。最初からクラウド上でシステムが稼働することを前提として、最新の技術を用いてゼロから設計されたシステム形態を指します。この設計思想により、システムの柔軟性、拡張性、コスト効率、そして開発スピードが飛躍的に向上します。
現在、国が目指す医療DXの対応方針では、標準型電子カルテの要件を参考にして2025年度中に医科診療所向け電子カルテの標準仕様を策定するとしていて、その中でもこの「クラウドネイティブ」であることが前提とされています。
図1.電子処方箋・電子カルテの目標設定等の概要

2025年7月1日 第7回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料
電子処方箋・電子カルテの目標設定等について
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001511375.pdf
2. なぜクラウドネイティブなのか?
では、なぜ国はこれほどまでに「クラウドネイティブ」を推奨しているのでしょうか? その答えとして、このシステムが持つ代表的な2つのコア技術を挙げることができます。
2-1. マルチテナント(SaaS型)
これは、一つのアプリケーションやデータベースを、複数のクリニック(テナント)が共同で利用する仕組みです。例えるなら、各クリニックが戸建て(オンプレミス)を建てるのではなく、一つの高性能なマンション(クラウドネイティブシステム)の部屋に、セキュリティが確保された状態で入居するようなものです。この仕組みにより、システム構築やサーバー維持にかかる莫大なコストを全利用者で分担できるため、一クリニックあたりの利用料(月額料金)を大幅に引き下げることが可能になります。この低コスト化こそ、多くのクリニックが最新のIT技術を導入できるようになるための重要なポイントです。
2-2. WebAPI連携
API(Application Programming Interface) とは、異なるシステム同士が情報をやり取りするための「共通の接続口」のようなものです。クラウドネイティブ型電子カルテは、システム連携を容易にするAPIを標準で備えているものもあります。 これにより、電子カルテを中核として、Web予約システム、Web問診システム、キャッシュレス決済など、様々な外部サービスを、まるでコンセントにプラグを差し込むように簡単かつ低コストで連携させることが可能になります。
図2.標準型電子カルテのシステム開発のコンセプト

2025年1月31日 厚生労働省 第3回標準型電子カルテ検討ワーキンググループ資料
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001392965.pdf
3. クラウドネイティブがもたらす経営変革
クラウドネイティブ型電子カルテの導入は、クリニックの経営に多岐にわたるメリットをもたらします。
3-1.コスト構造の根本的な変革
- 初期費用の削減: サーバーや高価なソフトウェアの購入が不要なため、数十万~数百万円単位の初期投資を大幅に削減できます。
- システム更新費用の削減: オンプレミス型で経営を圧迫していた5~6年ごとの高額なシステム更新費用からも解放されます。
- アップデート費用の削減: 診療報酬改定やセキュリティ更新に伴うアップデートは、ベンダーのクラウド環境上で月額利用料の範囲内で自動的に行われるため、追加費用は発生しません。これにより、ITコストがより明確になり、経営計画が立てやすくなります。
3-2.業務効率化とスタッフの働き方改革
インターネット環境さえあればどこからでもアクセスできるため、場所を選ばない働き方が可能になります。例えば訪問診療先でのカルテ入力や、院長が自宅でレセプトを確認・承認するといった業務効率化が期待できます。院長に限らず、同様の効果はスタッフが関わる様々な場面で発揮され、スタッフの働き方改革にも繋がります。
3-3.診療の質と患者満足度の向上
- 診療の質の向上: クラウドネイティブ化と同時に、オンライン資格確認、電子処方箋管理サービス、電子カルテ情報共有サービス等から構成される国が推進する全国医療情報プラットフォーム との接続が進むことで、将来的に他院との情報連携がスムーズになります。これにより、患者様の過去の病歴や処方情報を正確に把握でき、重複投薬や不要な検査の防止に繋がり、より安全で質の高い医療を提供できます。
- 患者満足度の向上: Web予約・問診システムとのAPI連携は、患者様の利便性を劇的に向上させます。来院前に問診を済ませることで、受付での記入作業がなくなり、院内での待ち時間が大幅に短縮 されます。さらに、キャッシュレス決済を導入すれば、診察後の会計待ちからも解放され、患者満足度の向上に直結します。
図3.受けた医療の満足度(項目別)

日医総研ワーキングペーパー
第 8 回 日本の医療に関する意識調査
https://www.jmari.med.or.jp/wp-content/uploads/2024/01/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%84%8F%E8%AD%98%E8%AA%BF%E6%9F%BBWP480_20250924.pdf
3-4.優れた事業継続計画(BCP)
クラウドネイティブ型電子カルテは、優れた事業継続計画(BCP)でもあります。患者様のデータは、物理的に安全で厳重に管理された複数のデータセンターに分散して保管・バックアップされます。そのため、万が一クリニックが地震や火災、水害といった自然災害に見舞われても、最も重要な資産である診療データは保護されます。
また、院内にサーバーという攻撃対象が存在しないため、近年増加しているランサムウェアなどのサイバー攻撃のリスクを低減できます。セキュリティ対策は、専門のエンジニアを多数抱えるベンダーに一任できるため、自院で対策を講じるよりも遥かに高いレベルの安全性を確保できます。これは、「守りのBCP」と「攻めの業務改革」を同時に実現する、一石二鳥の経営判断と言えるでしょう。
4. 潜在的リスクとその対策
多くのメリットがある一方で、クラウドネイティブ型電子カルテを導入するにあたって留意すべきリスクも存在します。
4-1. インターネット接続への依存
クラウド型である以上、インターネット接続が生命線です。通信障害や回線速度の低下が発生すると、カルテの閲覧や入力ができなくなり、診療業務が滞るリスクがあります。
対策としては、安定した高速光回線の契約や、万一に備え、モバイルルーターやスマートフォンのテザリング機能などの予備回線を準備しておくことが重要です。オフライン時でも過去のカルテを閲覧できる機能を提供しているベンダーもあるため、選定時に確認しましょう。
4-2. カスタマイズ性の制約
オンプレミス型のように、自院の特殊な業務フローに合わせてシステムを細かく作り込むことは困難です。多くのクリニックが利用する標準的な機能が中心となります。
これはデメリットであると同時に、業務プロセスを見直す良い機会でもあります。「自院のこだわり」が、実は非効率な慣習になっていないか、ゼロベースで検証することが求められます。「システムに業務を合わせる」という発想の転換により、業務が標準化・効率化されるケースも少なくありません。豊富な実績を持つベンダーであれば、こうした業務改善へのアドバイスを受けることが期待できますし、システム標準機能で様々な運用に対応できる機能が予め備わっています。導入前のデモ等で、自院の業務が標準機能でカバーできるかを検証することが不可欠です。
4-3. ベンダーへの信頼性
システムの安定稼働、セキュリティ、将来の機能拡張は、すべてサービス提供ベンダーの能力に依存します。ベンダーの事業継続性に問題が生じた場合のリスクはゼロではありません。そのため、ベンダーの経営安定性、導入実績、業界での評判などを慎重に評価することが重要です。契約時には、サービス仕様、セキュリティ仕様の開示を求めると同時に、サービス終了時のデータの扱いなどについても書面で明確にしておくべきです。
5. 未来を見据えた電子カルテ選定術
クラウドネイティブ型電子カルテの導入を成功させるためには、体系的で戦略的なアプローチが不可欠です。目先の機能や価格だけでなく、自院の未来像を見据えた選定が求められます。
5-1.導入目的の明確化:「ありたい姿」を描く
電子カルテの導入は「手段」であり、「目的」ではありません。まず初めに、「何のためにシステムを刷新するのか」という目的を具体的かつ定量的に言語化することが、プロジェクトの成否を分けます。
- 「スタッフの残業時間を月平均20%削減する」
- 「患者一人あたりの院内滞在時間を平均15分短縮する」
- 「Web経由の新患予約を現状の2倍にする」
といった、測定可能な経営目標(KPI)を設定することが望まれます。このプロセスには、院長だけでなく、看護師、医療事務スタッフなど、実際にシステムを利用する全スタッフを巻き込むことが重要です。現場の視点から現状の業務フローの課題や非効率な点を洗い出し、新しいシステムに求める要件を共に定義することで、導入後の定着がスムーズになります。
5-2.評価・選定のための実践的チェックポイント
具体的な製品の比較検討段階では、複数のベンダーからデモを受け、多角的に評価することを推奨します。その際、単なる機能の有無を問うのではなく、「自院の課題をどう解決してくれるのか」という視点で、以下のチェックポイントを評価することが有効です。
- 国の進める医療DX施策への理解度と実装は十分か?
- マルチテナントやWebAPI連携といった特長を活かしたクラウドネイティブなシステム形態になっているか?
- 多くの導入実績を持ち、カスタマイズ無しで自院の業務改善に協力してもらえるか?
- システムの安定性、セキュリティ、将来性など、ベンダーへの信頼性は十分か?
クラウドネイティブ時代の電子カルテ選定は、もはや単体の「製品(プロダクト)」を選ぶのではなく、その製品がどのように国の医療DXプラットフォームや様々な外部サービスと繋がり、どのような価値を生み出すかという「生態系(エコシステム)」を選ぶ行為へと変化しています。
上記のポイントを踏まえ、未来志向の選定を行うことが、これからのクリニック経営を成功に導く最も重要な鍵となるでしょう。
筆者プロフィール

アクレインシステム株式会社 代表取締役 堀江 宙
<略歴>
2002年〜 情報システムベンダーの医療IT部門にて電子カルテ、レセコン等システム提案を担当。
2018年 アクレインシステム株式会社を独立起業。
医療・ヘルスケア分野のICT活用に特化したコンサルティング、セミナー講師等の事業を展開。
日本医療情報学会認定 上級医療情報技師
医療情報安全管理監査人協会 認定医療情報システム監査人補
日本プライマリ・ケア連合学会 ICT診療委員
参考:https://acranesystem.com/profile/
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