【クリニック必見】医療DX令和ビジョン2030がもたらす変革とは

掲載日:2025年10月16日

2022年10月、国の医療DXの推進本部が総理を本部長としてスタートした。岸田政権のときである。以来、3年が過ぎた。推進本部は当初より「医療DX令和ビジョン2030」(以下、令和ビジョン)を掲げている。本稿ではまず、令和ビジョンのポイントを以下に見ていくことにする。「電子カルテ情報共有サービス」、「HL7 FHIR実装の電子カルテ」、「PMH(自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤)」、「診療報酬DX」、「電子処方せん」。
令和ビジョンでは、2025年7月より医療DXの新たな取り組みとして「クラウド・ネィティブなシステムへの移行促進」をうたっている。クラウド・ネィティブ(Cloud Native)とは、一般的に最初 からクラウド環境で動作することを前提にシステムやアプリケーションを設計・開発・運用する考え方のことだ。 令和ビジョンが与えるクリニックへの影響を考えていこう。

1. 電子カルテ情報共有サービス

令和ビジョンの一つ目のポイントは電子カルテ情報の共有だ。電子カルテから抽出した一部の情報を支払基金のサーバーに蓄えることで全国の医療機関が電子カルテ情報を共有することができる。各医療機関の電子カルテ情報から抽出する情報は以下の3文書、6情報だ。3文書とは健診結果報告書、診療情報提供書、退院時サマリーであり、6情報とは傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報、処方情報である 。これらの情報は、国際的な医療情報標準規格である HL7 FHIR(HL7 Fast Healthcare Interoperability Resources) に則って電子化・構造化される。HL7 FHIRを用いることで、医療情報が標準化されたデータ形式で集約され、保険者、医療機関、患者が電子的にクラウドで共有できる(図1)。

図1.電子カルテ情報共有サービスの概要
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厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日

さらにコロナパンデミックの渦中におきた感染情報における目詰まりの反省から、次なる感染症発生時において、感染情報もこの電子カルテ共有サービスに搭載することになった。これにより感染症パンデミックの際に、厚労大臣が電子カルテ共有情報の感染症情報の取得を可能にする仕組みも作ることになった。
これからは、患者がクリニックに受診したときは、患者のマイナンバーから他院で受診した内容(3文書6情報)が閲覧可能となり、診断の正確性の向上や、重複検査の回避など、医療サービスの質向上が期待できるだろう。

2. 遅れている電子カルテ普及

一方、 医療機関では肝心の電子カルテ化が遅れている。電子カルテ化は2023年現在、一般病院で65.6%、一般診療所で55%と言う状態だ。令和ビジョンでは、電子カルテの普及率を「2030年までに100%にする」という目標が掲げられている。あと5年で本当に100%達成は可能なのか?

図2.電子カルテシステム等の普及状況の推移
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厚労省 医療施設調査より

2-1. 今後の電子カルテは、オンプレミス型かクラウド型か

令和ビジョンでは電子カルテのクラウド化を強力に推し進めようとしている。現在のクリニックを始めとした医療機関では情報システムについては院内にサーバーやネットワーク機器、ソフトウエアを保有するいわゆる「オンプレミス型」が採用されている。オンプレミスのプレミスとは敷地や施設を意味する。このためオンプレミスとは敷地内や施設内と言う意味だ。
オンプレミスの課題はこれらの設備や人員を自前で院内に準備する必要があることだ。また、診療報酬改定時のシステム改定作業や、今後の生成AI等の最新技術やサービスを取り入れるなどの機能拡張の際、サーバーや端末ごとに対応が必要になるので、時間やコストがかかりやすい。生成AIにより支援を受けるスマートクリニックはすでに現実のものとなりつつある中、最新技術をその技術進歩に合わせて対応するには、時間と費用がかかる。
こうしたオンプレミスの制約を取り除く決定版が、外部にこれら電子カルテやレセコン、部門システムを一体的に移管する「クラウド型」の導入だ。クラウド型であれば、院内にそれまでの医療情報システムと設備を抱え込むことがなくなり経費の節減につながる。さらに診療報酬改定時のカスタマイズ作業や生成AIなどの機能拡張も低費用で行えるだろう。一方、クラウド化にも課題はある。オンプレミス型からクラウド化 型への移行にあたっては初期費用がかかる。しかもその後はクラウドサービス利用料が発生する。

さて現在はオンプレミス型電子カルテがすでに導入されているクリニックと紙カルテのみのクリニックがある、これらのクリニックの対応はどうすればよいのか?すでにオンプレミスで電子カルテ導入済みのクリニックでは、次回更新時には標準仕様に準拠したクラウド型電子カルテへの移行を考えるべきだろう。  
一方、電子カルテが未導入で紙カルテを使用しているクリニックでも、最初からクラウド型電子カルテの導入を進めるべきだ。このため紙カルテからの移行がスムーズなように、紙カルテ併用型の標準型電子カルテも準備がされている。ぜひ、機能などを比較したうえで自院にあった標準仕様に準拠したクラウド型電子カルテの導入を検討すべきだ。

図3.電子カルテ・電子カルテ情報共有サービスの普及について
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厚労省 第7回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年7月1日

3. 医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤
(PHM:Public Medical Hub)

令和ビジョンの二つ目のポイントは、自治体が実施する健診、こどもなどの医療費助成、予防接種、母子保健分野における情報を、マイナンバーを通じて医療機関、薬局と連携する仕組みだ。すでにこの仕組みは2023年より一部で始まっている。希望する自治体、医療機関、薬局ではマイナンバーカードによりそれらの情報を活用する仕組みだ。
この自治体・医療機関をつなぐ仕組みを「自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤(PMH:Public Medical Hub)」と呼んでいる。PHMのユースケースには以下がある。マイナ保険証を医療費助成の受給者証として利用し、患者が医療機関を受診できるようにする。予防接種、母子保健(健診)で、事前に予診票や問診票をスマホ等で入力し、マイナンバーカードを接種券・受診券として利用できるようにする。マイナポータルから接種勧奨、受診勧奨を行い、接種・検診忘れを防ぐ。それとともに接種履歴や健診結果がリアルタイムにマイナポータル上で確認できるようにする。
PMHによるメリットも以下のようだ。まず患者にとっては紙の受給証を持参する手間が軽減するとともに受給証の紛失リスクがなくなる。自治体にとっても正確な資格情報に基づいて、医療機関・薬局から請求が行われることになるため、資格過誤請求が減少し、医療費の支払いに係る事務負担が軽減する。また医療機関・薬局にとっても医療保険の資格情報及び受給者証情報が手動入力の負荷がセットで削減でき、医療費助成の資格を有しているかどうかの確認に係る事務負担が軽減する。
PMHは予防接種を行うクリニックにとっても福音だ。予防接種に係る事務作業が軽減され、書類の山が消える。

4. 診療報酬DX(共通算定モジュール)

次に令和ビジョンの「診療報酬改定DX」について見ていこう。現状の医療機関では2年に一度の診療報酬改定に対応のため、そのシステム更新に、多大の費用とシステムエンジニア(SE)の人員の動員を行っている。改定年の2月 に内容が確定し、4月から現場での運用を始めるには、改定内容をSEが読み込み、レセプトコンピューターに報酬計算ソフトとして落とし込む作業を急ピッチで行う必要がある。診療報酬の項目は数万点にも及び、入院と外来の違いや、病棟種別の違い、さらには加算との組み合わせできわめて煩雑で膨大なシステム改修に追われることになる。
令和ビジョンでは、厚労省が通知文書ではなく、デジタル化された共通算定モジュールを作り、それをオープンソースとして公開することを提言している。共通算定モジュールは、厚労省、支払基金、ベンダーが協力してデジタル庁のサポートも得て作成しており、算定に関する計算ロジックや、データ規格が統一される仕組みである。 2023年から診療報酬改定DXタスクフォースを組織し、支払基金で共通算定モジュールの開発と運用体制についての検討を行っている。共通算定モジュールはまず導入効果が高いと考えられるクリニックや中小規模の病院を対象に開始し、医療機関の新設やシステム更新時期に合わせて徐々に導入を加速させる。特にクリニック向けには標準型準拠の電子カルテと算定モジュールが一体化されて提供されることが予想される。
このようにクラウド化された共通算定モジュールの導入により、医療機関は診療報酬改定にあたってのシステム変更の煩雑さから解放される。さらに共通算定モジュールにより、文書による複雑かつ曖昧さを残す診療報酬解釈が疑義解釈を要することのないシンプルなものに変えることができ、診療報酬体系の簡素化にも貢献できると考えられる。 クラウド化によって診療報酬算定や審査の在り方も大きく変わるだろう。

5. 電子処方せん

電子処方せんとは現在紙で行われている処方せんの運用を電子的に実施する仕組みだ。その仕組みはオンライン資格確認等システムを拡張して、電子処方せん管理サービスを支払基金等に置く。電子処方せんを活用することで、 患者が直近で処方や調剤をされた内容の閲覧や、重複投与等のチェックが可能となる。この電子処方せんは2023年1月から運用開始している(図4)。

図4.電子処方せんについて
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厚労省 健康・医療・介護情報利活用検討会資料 2022年10月19日

しかし電子処方せんの普及は薬局を除き、遅々として進んでいない。2025年1月現在、電子処方せんが運用されているのは、病院311か所(3.9%)、診療所8,172か所(9.9%)、歯科診療所1010か所(1.7%)、薬局38,188か所(63.2%)、合計で全国の4万7千施設である。
しかも電子処方せんがスタート早々、2024年12月に、電子処方せんを発行している医療機関で、処方とは異なる医薬品が薬局側で表示されるというインシデントが起きた。理由は医療機関が用いている医薬品マスタのコード が独自のコードを利用している場合、電子処方せん管理サービスで用いているコードとの紐づけがなされずに別の医薬品が表示されたという事例である。
こうしたインシデントが水を差して、電子処方せんの導入率は2025年3月末でも前述のように病院・診療所の導入率が1割にも満たない状況だ。当初の目標は「2025年3月末までにおおむねすべての医療機関・薬局で導入する」だった。しかしこの目標は到底達成できていない。このため厚労省は2025年1月に「電子処方せん導入の目標を2025年夏を目指して見直す」こととした。
この見直しに当たって、厚労省は先の医薬品マスタの紐づけミスを受けて、医薬品マスタ設定の一斉点検を実施する、また「取引ベンダーが電子処方せんに対応していない」、「電子処方せんの導入が医療機関側の負担増につながっている」、「そもそも電子カルテを導入していない」などの諸点についても検討を行うとしている。
またこれまで電子処方せんは院外処方のみに対応してきた。しかし2025年1月からは一部医療機関等で「院内処方」への対応に関するプレ運用をスタートさせている。クリニックには院内処方せんを行っているところもまだ多い。これらの院内処方せんの電子処方せん対応も必要となる。
こうした電子処方せんの遅れは、2024年診療報酬改定で新設された「医療DX推進体制整備加算」にも影響を与えている。同加算では電子処方せんにより処方せんを発行できる体制の施設基準で求めている。このため電子処方せんの導入目標の変更から、この加算の在り方も再検討が必要だ。

6. まとめ

現時点における医療DX令和ビジョン2030の進捗状況を振り返った。その進捗は遅れて いる。その遅れの根底にはクラウド化への対応の遅れが横たわっている。クラウド・ネイテイブの本質を理解して、今後のクリニックにおけるDX対応を考えていく必要がある。

参考文献

厚労省 第6回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について 2025年1月22日
厚労省 健康・医療・介護情報利活用検討会資料 2022年10月19日 武藤正樹 「医療・介護DX~コロナデジタル敗戦からAIまで~」日本医学出版2023年

筆者プロフィール

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武藤 正樹

1949年神奈川県生まれ。新潟大学医学部・大学院修了後、国立横浜病院外科医を経て、国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長、国立長野病院副院長などを歴任。
2006年から国際医療福祉大学三田病院副院長・医療経営福祉専攻教授、現在は社会福祉法人日本伝道協会衣笠グループ理事。
厚労省・内閣府の各種検討会座長や専門委員として医療政策に幅広く参画。

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  • 開催期間:
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      日程② 2025年11月12日(水)19:00~20:00
      ※日程①②はどちらも同じ講演内容です。
    • アーカイブ配信:2025年11月13日(木)10:00~2025年12月18日(木)18:00
  • 申込締切:2025年12月17日(水)12:00
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